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会社に着いたのは11時を過ぎた頃だった。
全力疾走をしたせいで大きく息が切れていたけれど、私はオフィス内に入る前に今一度携帯電話を開いた。

ずらりと並ぶ、ヨハンさんからの着信履歴。
その中には明日香さんや由季さんからのものもある。

こんなにたくさん、連絡を取ろうとしてくれていたのに。私はブラウスの袖で涙を拭い、大きく息を吸って一歩踏み出した。

とにかくヨハンさんの口から転勤の話をちゃんと聞いて、そして受け止めなければいけない。



「…、ユリちゃん!!」
「!由季さん…?」


自動ドアが開く音がして、そちらを見ると私と同じように息を切らせた由季さんがいた。

そして勢い良く私に向かって走ったかと思うと、そのまま思い切り抱きしめられた。


「走ってくるの、窓から見えたから…。
良かった、心配したんだよ…!何かあったのかと思って…」
「心配お掛けしてごめんなさい、由季さん。でももう大丈夫です」
「うん、うん」


由季さんがあまりにも優しい表情を浮かべるから、途切れたはずの涙が再びこみ上げてくるのを感じた。けれど今は泣いてる場合じゃない。


「…私、由季さんにずっと言わなきゃいけなかったことがあるんです」
「…」
「私、ヨハンさんのことがー」
「うん、知ってたよ」
「え…」


驚いて身体を離して由季さんを見ると、にこやかに笑って私を見る彼女がいた。いつもの、とても柔らかい、まるで花が咲いたような笑顔だ。


「気付くに決まってるよ。同じ、ヨハンの事が好きな女同士だもの。…私は、振られちゃったけど」
「あ…」


あの日の光景が脳裏に蘇る。
会社の外のベンチでヨハンさんを待っていた時、由季さんが泣きながら会社から出ていった。
…あの時きっと、由季さんはヨハンさんに想いを伝えたんだ。


「ヨハンと一緒に何年か働いてきたけど、ユリちゃんと話している時が一番楽しそうだった」
「…」
「あんな笑顔にしてあげられるのはユリちゃんだけだよ。だから…支えてあげてね。ヨハンを」
「…はい…っ」


本当に、本当に優しくて、大好きな存在。
私は由季さんのことが大好きだと思った。




「それより、どうして会社に来たの?てっきり空港に見送りに行ったのかと思ってたよ」
「…え、見送り、って」
「ユリちゃん、もしかしてヨハンから聞いてないの?」


どくり、と心臓が大きく嫌な音を立てる。
まさか、まさか。


「今日だよ。ヨハンが海外に出発するの」
「…っ!」
「嘘…本当に聞いてないの?こんな大事なことをユリちゃんに言わないなんて…」
「違うんです…私が、ずっと電話に出なかったから…。あの、何時の飛行機ですか?」
「お昼頃、としか教えてくれなかった。寂しくなるから見送りに来て欲しくないって」
「そんな…」


携帯電話を見ると、時計は11時半頃を差している。ここから電車を乗り継いでどんなに急いだとしても、空港までは一時間近くかかってしまうだろう。
その頃にはもう、ヨハンさんはー…。


「…っ、私、今から空港に向かいます!」
「うん、そうしてあげて…!気をつけてね!」
「はい、ありがとうございます!」


軽く背中を押してくれた由季さんに手を振って、私は駅に向かって走り出した。


臆病な自分とはさよなら。
私はもう、躊躇わない。
ヨハンさんを真っ直ぐに想う事をー。



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