44
平日の昼間で人がまばらな通り道。
私は息を切らしながら、駅に向かって走っていた。
「っ、痛…!」
不意に足首が捩れ、バランスを崩してそのまま勢いよく膝から地面にぶつかってしまう。
何事かと思い座り込んだまま右足を見ると、黒いパンプスのヒールの根本がポッキリと折れているのが視界に入った。
「こんな時に…」
けれどそんな事に構っている場合ではない。
靴なんか後で修理してもらえばいい、と思い、折れたヒール部分を手にして立ち上がろうとした時だった。
「ユリ!大丈夫か?」
「…エド、さん…」
昼休憩にでも向かう途中なのか、スーツ姿に黒い鞄を提げたエドさんの姿がそこにあった。
私の姿を見ると、駆け寄って手を貸してくれた。
「ありがとうございます…」
「どうして君がこんなところにいるんだ?てっきりヨハンの見送りに行ったと…」
「そうなんです!早くいかないと…っ」
「…なるほど。なんとなくだが事情が見えて来た。少し歩けるかい?」
「えっ…はい。でも一人で…」
私の面倒にエドさんを巻き込むわけにはいかない。そう思い、支えてくれている腕を軽く押そうとしたけれど、エドさんは青い瞳で真っ直ぐに私を見て言った。
「空港まで送ろう。近くに車を停めてある」
「…でも…」
「もう忘れたのか?あの時言っただろう」
エドさんは私の腰に手を回して身体を支えるようにすると、歩き出した。
「君の幸せを願うと」
静かな車内。
滑るようにして高速に車を走らせるエドさんは、バックミラーを通して私に視線を送ってから口を開いた。
「傷は大丈夫かい?」
「…はい、大した事ありません」
「そうか。ならよかった」
それだけ言うと口を閉じてしまった。
流れていく風景と時計を交互に見ながら、今度は私がエドさんに話しかけた。
「何も…聞かないんですね」
「なんだ、聞いてほしかったのか?」
「そういうつもりでは…」
「ボクは君に一度振られた男だからね、なんやかんやと口を出すつもりもないさ」
また一台、一台とスムーズな運転で前の車を追い抜かしていく。ちらっとエドさんの横顔を盗み見ても、その表情からは何も読み取れない。
「それよりいいのかい?ヨハンに連絡を取らなくて」
「それが…何度か掛けたんですが繋がらなくて」
「…そうか」
もう行ってしまった後なのかもしれない、とエドさんも私と同じように思っただろう。けど彼はそんなことは口にしなかった。
段々と見えて来た国際線ターミナルの建物。
近づくにつれ、距離とは逆に私の気持ちは焦りだしていた。
もしももう、飛行機に乗って行ってしまっていたら。空の上に行ってしまっていたら。
もしこのまま、お別れを言えずに離ればなれになってしまったらー。
「…もうすぐ着く。すぐに降りれるよう準備をしててくれ」
「はい」
目的地に着くその寸前、エドさんは私を横目で見て微笑んだ。
「会ったら伝えてくれよ」
「え…?」
「油断してるとボクがユリを横取りするからな、ってね」
「エドさん!」
「冗談さ」
急ブレーキが踏まれ、軽く上体が前のめりになる。私はシートベルトを外し、ドアの取手に手をかけた。
「着いたぞ。さあ行くんだ!」
「はい!…ありがとうございました!」
車を降りて、私はターミナルの入り口に向かって勢いよく走りだした。
ーどうか。
どうか、間に合いますように。
ヨハンさんに会えますようにー。
1/48
prev next△