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あの日、僕は夜の街を当てもなく散歩していた。家でいつものように読書をしていたら、なんとなく外の風に当たりたくなったのが理由だ。


繁華街の方を行くのはあまり好きではない。ガヤガヤと騒がしいし、好きなように歩けない。

…まあ、人混みが好きだなんて奇怪な人間はおそらく世の中にそういないだろうけど。




「世の中…か」


ぽつりと呟く。
物心ついた頃から僕の中で繰り返し疼く感情。それは「孤独」といった。


たまに思う。
幸せそうな家族も、仲睦まじい恋人同士も、親友と呼べる間柄の人間も。

結局は一人きりの存在なんだ。
それなら彼らも僕と同様、孤独ということになる。

それなら彼らはどうやって、この胸に渦巻く感情をコントロールしているのかな。






「…ん?」


住宅街に差し掛かる手前に、小さな公園がある。その中にある木造りのベンチに、女性と思わしき人物が腰掛けているのが見えた。


腰掛けているというよりも、もはや枝垂れかかっている、と言ったほうが正解か。
遠目から見ても、酔っ払いだということがわかる。


こんな夜更けに女性が酔っ払って一人きり。
普通の人間なら善意で声をかけるのだろうけど、僕は違う。


「こんばんは、お嬢さん。こんな夜中に一人でどうしたんだい?」
「…んん…?だーれ…?」


赤く染まった顔。潤んだ瞳。
これは相当飲んでいる様子だ。

ー都合がいい。
人肌恋しいと思っていたところだ。一夜の相手にうってつけの女を見つけた。

僕は彼女の肩と腰を支え、そう遠くない場所にある自宅まで連れ帰った。


…ひどい?
そう思うなら好きに批判すればいいさ。



とりあえず家に上がらせて、そのまま寝室へ連れ込んだ。一夜限りの相手にムードも気遣いも必要ない。

僕は名前も知らない彼女の上にのしかかり、服のボタンを外していった。


「んー…あれぇ…?慎也君だぁ」
「残念。僕は君の彼氏じゃないよ」


顕になる下着。
彼女は抵抗しなかった。それどころかうっとりとした眼差しで僕を見つめると、首に腕を回してきた。


「慎也君………すき」
「そう。それは光栄だな」
「うん。すき……すき…、だい、すき…」
「…」


微笑んでいた彼女の表情は綻び始める。
その瞳から大粒の涙が次から次へと溢れて頬を流れ落ちていくのが見えた。

そしてぎゅ、と僕の背中を抱きしめると、僕の胸に顔を埋め、声をなるべく押し殺すようにして泣き始めた。それはまるで慟哭に近い、と思った。


「っ…うわぁん…慎也君、すき……すき、なの。ずうっと…前から…」
「…大丈夫かい?」


初めて彼女に対して、上辺だけではない言葉をかけた。
僕にしがみついている彼女の、真っ直ぐで純粋すぎる気持ちがそうさせたのかもしれない。


そっと彼女の頭を撫でてみる。
見た目よりも柔らかくて細い髪の毛。触れると心地よかった。


…何をやっているんだ、僕は。相手が泣いていようが関係ないじゃないか。無理矢理でもいい。早く抱いてしまえ。

そう思うのに、なぜか身体が動かない。


「ずぅーっと…すきで…。わたしのこと、見て欲しい…ぎゅうって、して欲しい…。慎也君の、たいせつなひとに、なりたいよぅ…」
「…うん、そうか。その人が好きなんだね」


僕のシャツが、彼女の涙でどんどん濡れていくのが分かる。ああ、そんなに涙を流して、身体を震わせて。大丈夫なのだろうか?壊れてしまわない?


「君…名前は?」
「…ユリ…」
「そう。僕は槙島聖護」


まきしまさん、とくぐもった声が小さく響く。

抱けなかった腹いせなのだろうか?
孤独を一時でも忘れることができなかった事への苛立ちからなのだろうか?


ーいや、違う。


僕はユリという女性の、美しいとすら言えるこの気持ちが欲しくなってしまったのかもしれない。人は俗にその気持ちを「恋心」と呼ぶ。



僕は彼女が寝静まるのを待ち、鞄の中から見えていた定期入れを手に取った。
そこに入っていたのは、通学の定期と、見知らぬ男の写真。


「ーなるほどね」


ニヤリと微笑むと、それを手で弄ぶ。
結果がどうであれ構わない。


…知りたくなった。

ユリという人間が、僕に何を与え、何をもたらすのか。興味が、湧いてきんだ。



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