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「…こんばんわ、槙島さん」
『光栄だな。君から電話がかかってくるなんて思っていなかった』
槙島さんが入れたメモの場所から、その言葉が嘘だという事が分かる。
なぜなら慎也君の写真を抜き取らなければ、あのメモは永遠に見つかることはなかったはずだから。
「こうなること、分かってたんですね」
『何のことかな』
微かに笑いが含まれていることが端末越しでも分かる。それは嘲笑ではなく、満足感からくる笑いといったもののように思う。
「槙島さん、あの、私…」
『ユリ。…君に会いたい』
どくり、心臓が音を立てる。
そんなにもストレートに告げられると言葉に詰まってしまう。
『君も同じ気持ちでいてくれると嬉しいんだけど』
「……」
『イエスととるよ。車でそっちに向かう。…そうだな、20分後にまた』
その言葉を最後に、通話は一方的に切られてしまった。
やがてアパートの外に車が停まった音がした。この前聞いたエンジンの音と同じだ。私は意を決して玄関から出ると、下へ続く階段を下っていった。
思ったよりも肌寒い。
ルームウェアの上にカーディガンを羽織ってきて良かったと思った。
車へ近づいていくと、内側から扉が開かれた。「こんばんわ」と綺麗な微笑みを浮かべて、中から槙島さんが顔を覗かせる。少し躊躇ったけれど、招かれるまま私は助手席に腰掛けた。
車のドアを閉めるや否や、槙島さんの腕にきつく抱き締められる。
「…っ」
「ああ。会いたかった、ユリ」
耳元で囁かれ、首筋にちゅうっと音を立てて口付けられる。不思議なことに、私はこの腕を振りを解くことができない。
そのまま至近距離で見つめらる。
なんて美しい金色の瞳なんだろう。
「キスをしてもいいかい」
「初めてですね、許可を求めたの」
「そうかもしれない。ま、断られてもするつもりだけど」
「…っ」
深い口付け。
角度を変えて何度も、何度も。舌を差し込まれておそるおそるそれに応えると、槙島さんは堪えきれないように「はぁ」と吐息をこぼした。
「…っ、私は話をしに…」
このままだと成り行きでもっと先まで進んでしまいそうで、私は手で彼の胸を押した。唇は離してくれたけれど、彼の顔はまだ目と鼻の先にある。
「そうだったな。話は僕の家でしよう」
「え?それなら私、着替えてきます。部屋着で来ちゃったし…」
「どうせ脱がすことになるんだ。関係ないさ」
「ぁ…っ」
パジャマの一番上のボタンあたりに人差し指を差し込み、そこをぐっと下げられる。除いた胸元に音を立ててキスを落とされた。
「可愛いよ、部屋着姿もね。今すぐに食べてしまいたいくらいだ」
「…」
「家の鍵はかけてきたね?」
黙って頷いて見せると、槙島さんは満足げに微笑んで車のエンジンをかけた。
「あ、あの…行くなんてまだ一言も」
「君が僕に電話を掛けてきたという事実が、君の心の現れだろ?」
「…」
なんだかうまく言いくるめられてしまったような気がする。
私達を乗せた車が、滑るように夜道を走り出す。まるで静かに変わり始めた、私と槙島さんの関係のように。
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