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「…ない」
次の日の朝、自宅にて。
私は通学に使用しているカバンを前に呟いた。
昨日は槙島聖護さんとかいう天使な顔をした人と衝撃の出会いを果たした。彼曰く、私と彼は一夜の関係を持ってしまったとのこと。
そのことは、信じたくはないけれど起こってしまったことは仕方がない。今後はお酒の飲み方に注意するべきと心に念じておいた。
そんな後悔を抱えた朝。
昨日のことを忘れるためにも気分転換にどこかへ出かけようと定期入れを探すためにカバンを開けて発覚した。それがない。
「………どうしよう」
単に定期入れを無くしたというだけでもショックは大きいというのに、更にあの定期入れの中にはあろうことか、慎也君の写真が入っている。
もちろん彼の写真を撮れる機会なんてなかったものだから、お母さんに頼み込んで、慎也君のお母さんから譲っていただいた家宝のような一枚の写真だ。
私はそれをたまに眺めて癒しをもらっていた。それなのに。
「探しに行かなきゃ…」
大慌てで適当な服に着替え、私は家を出た。
友達の絵美と立ち寄った居酒屋に行って落とし物がなかったか聞くも、ないと返答が返ってきた。
であればその付近に落ちている可能性もあるけれど、誰かが拾って交番に届けてくれているかもしれない。
この近くに交番がなかったか調べるため、スマホをカバンから取り出そうとしたその時だった。
「やぁ。おはよう、ユリ」
「…あなたは…!」
今もっとも見たくない顔がそこにあった。
槙島聖護。彼は人の良さそうな笑みを浮かべながら、軽く腕を組んでこちらを見ている。
「朝からこんな飲み屋街で何をしているのかな」
「…あなたには関係ありません」
「つれないな。せっかくまた会えたっていうのに」
「ご迷惑をお掛けした事なら謝りましたよね?もう私たちは他人同士ー、」
そこで言葉が止まる。
彼があるものを目の前に掲げて見せたからだ。
小さな長方形に、薄いピンク色のそれは、紛れもなく私の定期入れだった。
「それっ、私の…!」
「そうだよ。君が寝ている間、カバンから拝借したのさ」
「…っ!」
手を伸ばしてそれを奪い取ろうとしたけれど、軽く交わされた。その余裕たっぷりの微笑みが憎らしい。
「返してください」
「僕についてきてくれれば、ね」
「嫌だって言ったら?」
「…そうだな」
槙島さんは目を細めると、定期入れを開いて私に見せる。そこには慎也君の写真があって、途端に私の顔に一気に熱が集まるのを感じた。
「君の彼氏かい?それにしてはどうもアングルが味気ない。他の誰かが撮ったようにも思える…となると、もしかして想い人、なのかな」
「…」
「そこも含めて君の話が聞きたいんだ。僕はね、ユリ。君のことが知りたい」
ぱたん、と定期入れが閉じられる。
変わらず不敵な笑みを浮かべたまま、「僕についてきてくれるね?」と彼は言った。
思考回路がうまく働かない。
私はためらったあと、力なく頷いた。
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