白い体温



槙島さんの毎日のルーティンは、ほとんど決まっている。

朝起きて食事、その後ジョギングに行き、トレーニングをしたあと、リラックスがてら読書と紅茶。


だから今目の前で、ソファに腰掛けて眠っている彼を見た私は驚いた。



「(珍しいなぁ…居眠りなんて)」



長い足を組んだまま、少し俯いた体勢で静かな寝息を立てている。ガラステーブルの上には飲みかけのお茶と読みかけの本。



本当に綺麗な顔だな、と思う。

陶器のように白くて滑らかな肌。
長い睫毛に、柔らかな銀髪。

眠っている表情は本当に天使そのもので、まるで美術品が何かを見ているような気持ちになってくる。


私は槙島さんを起こさないように細心の注意を払いながら、セーフハウスを後にした。





「…寒い」


季節は冬。
温かい上着を着てきたつもりだけど、冷えた空気が肌を撫でるたびに、震えそうになる。


街の中には、手を繋いで歩くカップルが多く見受けられる。冬になると身を寄せ合って歩く人々が多くなる様を見るのは、実は私にとってちょっぴり辛かった。


槙島さんはほとんど自身の生活リズムを崩すようなことはしない。イレギュラーがあるとすれば、それは新たな犯罪に向けた準備や打ち合わせ、実行に移す事があった時くらいだろう。


何年か共に過ごしてきているので、私もそれくらいは知っている。


だから、一般的なカップルのように仲睦まじく街中を歩くなんて事はこれから先もきっとないのだろう。




東京という街には、自然なんてほとんど残されていない。けれど大量のホロで装飾されたこの公園は緑で生い茂っていて、本物の草木と比べても遜色ない。




巨大な池に沿って組まれた枠組に両腕を乗せて、ぼんやりと水面を眺める。

私と同じように池を眺めるカップルが、少し遠くの方で何組かいることに気づいて気が滅入ってきたのを感じる。



「…かえろ」



セーフハウスの外の空気を吸いたくなって出てきたけど、一人きりでは開放感よりも虚しさがこみ上げてきてしまう。

外の空気でかじかんだ両手にはあっと息を吹きかけて、さて行こうと思った時だった。



後ろから不意に伸びてきた腕。
驚く間もなく、それは緩く私の身体を包み込んだ。

目の前に映る白いコートの持ち主を、私は一人しか知らない。



「…探したよ」

「……槙島さん、どうして…」

「目が覚めたらユリの気配がなかったから探しにきたんだ。すぐに見つけられて良かった」



彼の手が、私の両手をそっと包み込む。



「こんなに冷えて。寒いだろう」

「寒いです。…ううん、寒かったです」

「うん?」

「今は…槙島さんが来てくれたから、もう大丈夫」

「…ユリ。君は本当に、いつも僕を翻弄させるね」



君だから為せる事だ、と耳元で微笑む気配。
槙島さんの声があまりに心地良くて、そして私の心音を速くさせる。

彼の方こそ、私をいつも翻弄させる。
彼が思っているよりもずっと。



「…お願いがあるんです」
「なんだい?」

「もう少しだけ、こうしてて欲しい…です」



私の両手を包む、大きくて線の細い槙島さんの手の温もりが愛おしくて目を細める。



「ああ。…君がそれを望むなら」



抱き締められている腕に力が込められ、より密着した姿勢になる。


愛おしい彼の体温も、香りも、時間も。
今くらい、私が独り占めしても許して欲しいと思った。




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