今宵、甘美なる時を@


今日も日課であるランニングを終えて、セーフハウスへ帰宅する。

ビルの地下にあるそこはまるで穴蔵のようで、巣へと潜っていくもぐらみたいだな、と皮肉がこもった笑いがなんとなく込み上げた。



鍵を開け中へ入ると、こちらを振り返り、リビングのソファから立ち上がるユリの姿が見えた。



「お帰りなさい、槙島さん」

「ああ、ただいま」

「すごい汗…。今日もたくさん走ったんですね」

「うん、天気も良かったからね。少し湿気はあったけど」



手渡してくれたプロテインを飲む。
寛いでいたのであろうユリの姿は、ふわふわとしたルームウェアのパーカーにショート丈のパンツ。


彼女はパステルカラーがよく似合う。
顔立ちはもちろんだけど、彼女の持つ雰囲気がよく映える色合いだと思った。



「シャワー、入りますか?」

「そうしようかな。上がったら一緒に過ごそう」

「わあ…!はいっ!」



嬉しそうに頷くユリ。
なんて可愛らしいのだろう。
今すぐに抱きしめて口付けをしたいと思ったけれど、汗だらけの状態だしそれはやめておいた。





シャワーで簡単に汗を流し終える。
再びリビングへ向かうと、キッチンカウンターでユリが紅茶を淹れて待っていてくれた。
僕をみると照れたように微笑みを向けてくれる。



「あ、槙島さん。ちょうどいま、いい温度でお茶が入ったところー、」



堪えきれなくなり、僕はユリをふわりと抱きしめた。彼女の甘い肌の香りが鼻腔をくすぐって、思わず安心のため息が漏れる。



「あ、あの…槙島さん…?」



彼女の身長は僕よりも顔一つぶんくらい違う。
懸命に僕の顔を見上げてくるその表情を見るとぞくりと何かが疼いて、そのまま彼女の唇を吸い上げた。



「っ…」

「ユリの唇は甘いね」

「ま、槙島さん?」

「…もっと味わいたいな」



そう言って唇を舐めて見せると、ユリは頬をほんのり染めながら、僕の着ているシャツをぎゅっと握った。


彼女の顔を覗き込み、下唇を柔く食みながらちゅ、と吸いあげる。上唇も同様にしてやると、「は、」と吐息が溢れた。


口が僅かに開いたのを狙って舌をねじ込む。怯えている彼女の舌を絡みとると、「んん」とくぐもった声。


深い口付けを繰り返していると、やがて僕の中の欲望が少しずつ大きくなっていく。彼女の身体をベッドへ押し倒して、その全身を余すことなく愛でてやりたくなる。


…いけない。
この後はトレーニングの予定があるのだから、抑えなければ。



彼女の頬を両手で包み、最後にちゅっと軽く音を立てて口付けを落としてから顔を離す。

ユリの瞳は微かに潤んでいて、それが僕を容赦なく煽る。

…まったく。僕をこんな風に惑わせるのは彼女の存在以外ないだろう。今までも、これから先も。



「悪いね、驚いた?」

「…少し。でも、大丈夫です」

「そう、ならよかった。それじゃ一緒に紅茶を飲もうか。冷めてないといいけど」



紅茶か入ったカップをテーブルに運ぶ。
ユリは僕の隣におずおずと腰掛けた。



「…槙島さん」

「ん?」



ユリの顔が近づいてきて、僕の唇に触れるだけのキスが落とされた。ゆっくり離れていく彼女の顔は真っ赤で、余程勇気を振り絞ったということが見て取れる。

僕はそんな可愛らしい彼女を見て、思わず口元が綻んだ。



「そんな事をされたら、我慢ができなくなってしまうよ」

「我慢…?」

「そう。君をー、めちゃくちゃにしてしまいたくなる」

「…っ」

「責任を取ってもらわなくてはね。
そうだ。今夜、君を愛させてもらおうかな」



僕の申し出に、身体を固くする彼女。
まあ、嫌だと言っても逃すつもりもないんだけれど。

視線をしばらく泳がせたあと、ユリは小さく頷いた。それを確認して、僕は彼女の額に唇を寄せて微笑む。



「ありがとう。楽しみにしているよ」



カップを手にすると、芳ばしい紅茶の香り。

今宵の情事は一段と甘美なものになりそうだ。
そんな事を思いながら、僕はそれを口に含んだ。



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