黒猫の誘惑A




「ちょっとユリ、アンタほんとに大丈夫?」

「んん〜…大丈夫ぅ…」



結局昨日は、というか今日は、お店をはしごして朝の5時半まで飲み明かした。久しぶりに会う友達ということで、思いの外話が弾んでしまったのだ。


せっかく総レースの黒いフォーマルドレスでキメて行ったというのに、今の私は顔を真っ赤に染めて、セットした髪も乱れて台無しな状態だ。


今は友達に抱えられて移動し、休める場所を見つけてそこに座っている。タクシーに乗せても行き先を告げる事すら不可能だと判断されたのか、私を置いて帰ることも出来ないようだ。



「誰かいないの?お父さんとか、迎えに来てくれそうな人」

「ふふ、頭ふわふわ〜」

「…こりゃダメだわ」



友人が隣でため息をついた時、私のスマホがバッグの中で音を立てた。「見るよ」と断りを入れると、それを取り出して画面を確認している。



「ねえ、宜野座さんって人から電話」

「…ふあ…どちらさま〜?」

「もう、勝手に出るからね?はい、もしもし。…あ、はい。ユリの友人です。ユリの職場の先輩ですか?…はい。もう泥酔しちゃって。できたら迎えに来てあげてください…」

「(…あ…寝そう……)」



頭の芯がどくどくと波打って、身体中が火照ってまるで雲の上にいるようだ。ものすごい睡魔に襲われてきた私は、友人の肩に頭を乗せると意識を手放した。









「…ん…?」



不思議な浮遊感に目が覚める。
ほんとに雲の上にいっちゃったのかな、なんて思いながら重たい目蓋を持ち上げようとする。





「…起きたか」

「え、あれえ……ここは…」

「君の家だ。あのあと俺の車で迎えに行って、ここに運んできた」



そう言われてみると、寝慣れた枕に肌に馴染みのあるシーツだと思った。
アルコールはまだ身体にしっかり残っていて、血液の循環を促している。

まだはっきりとしない意識の中で、かろうじてそこに誰かがいることに気がついた。




「はぁ……熱い……」

「は?」

「これ脱ぎたい………ねえ脱がして……」

「…その要望には応えかねる」

「ふえ…なんでぇ…」

「君はまだ酔っているな。待ってろ、今水をー、」



立ち上がり掛けた彼の手をゆるく掴む。
気怠い半身をなんとか起こしながら見上げて「行かないで」と言うと、彼は表情を険しくしたがそこにとどまってくれた。



「いいもん……自分で脱ぐからあ…」

「!お、おい、待て、そんな脱ぎ方をしたらレースが破れるぞ」



肩を掴まれて動きを止められる。
私は彼の肩に枝垂れかかって、熱い息をこぼした。



「じゃあ………貴方が脱がして…?」

「…ッ、分かった」



背中に手が回される。
フォーマルドレスというものは大抵、自分では手の届きにくい位置にファスナーがある。

それを手で探り当てると、ゆっくりとファスナーを上から下へ下ろした。解放された布は、パサリと音を立てて私の腰のあたりまで落ちる。



「これでいいか」

「ん………」



お陰で解放感に包まれ、少し冷えた空気に肌を晒すことができた。私は目の前にいる人物の首筋に顔を埋めてそのまま目を閉じる。



「…ん、いー匂い…」

「ーっおい、もう離れ…、……また寝たのか…?」









再び目が覚めると、時刻は15時頃だった。
あれ、私は飲み会のあと、どうやって帰ったんだっけ。そんなことを思いながらベッドの上でごろりと体勢を変える。



『……今回は君が悪い』



宜野座さんに耳元でそう囁やかれる。
そしてベッドに緩く押し倒されたあと、息もできないような口づけを繰り返した。

ーそんな夢を見た。



「私…もしかして欲求不満なのかな」



呆れてため息を吐く。
そもそも宜野座さんがこの家に来るわけはないし、キスだってされるわけがないじゃないか。



「…ん、メールだ」



スマホが震えた。
それを手に取り画面を見ると、友人からのメールが来ている。



『ユリ、具合大丈夫?宜野座さんって先輩に、送ってもらったお礼ちゃんと言っときなよ』

「………………うそ」



思わずスマホを取り落とす。
あの唇の柔らかさも熱い眼差しも、全て夢だと思っていたのに。

本物だと理解した瞬間、どくどくと鼓動が速くなるのを感じる。



「宜野座さんが……私に……き、キス…」



…明日、どんな顔をして会えばいいんだろう。

布団を頭までひっかぶると、私はその中で丸くなった。散々眠ったせいもあって、今夜はなかなか眠れない夜になりそうだ。


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