rainy
「…ええ…」
うそだ。
私は公安局の中から外を見つめながらそう呟いた。空は暗く、そこから土砂降りの雨が降っている。
今日は仕事に遅刻寸前で、傘を持ってくる余裕などなく、そもそも前日に天気予報をチェックしていなかった。
そんな私を見かけた縢君が後ろから声をかけてきた。
「どーしたの、ユリちゃん」
「…傘、持ってきてないの…」
「嘘だろ?今日大雨警報出てたじゃん」
「毎日天気予報見る習慣がなくて。最近お天気続きだったし」
「へえ。んじゃー俺んトコ泊まってく?一晩可愛がってやるよ」
「泊まるわけないでしょ。ばか!」
「あーあ、怒んないでよ」という縢君の声を背中に受けながら、私はその場を去った。
公安局の出口。
そこら中を満たす、ザアァ、という強い雨音。
この上なく嫌だけれど、全身ずぶ濡れにならなければ家にたどり着くことはできない。
「よーし、行くぞ…」
スーツの上着を頭の上にかざして、それを雨除け代わりに走り出そうとしたその時だった。
「ユリ、待て」
「…宜野座さん」
振り返ると、そこに宜野座さんが立っていた。私の姿を見て状況を察したらしい。
「傘がないんだろう。俺の車に乗っていくといい」
「え、いいんですか?!」
「ああ。帰るついでだ。送っていく」
「うわあぁ、ありがとうございます!」
宜野座さんに駆け寄って顔を綻ばせる。
「ああ。行くぞ」言い、と彼は口元だけで微笑みを返してくれた。
宜野座さんの運転で、車が静かに道路を滑り出す。フロントガラスに雨が打ち付けられる音が車内に響いていた。
「寒くないか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか」
宜野座さんは普段、そんなに口数は多い方では無いと思う。捜査や仕事の事になると話は別だけれど。
だから私はつい、いつもなんとなく思ったことを口走ってしまう。
「…私、昔から人見知りが激しいんです」
「そうか?そんな風には見えないが」
「ほんとですか?…そう振る舞えてるのかな。いつも、親友とか家族以外の人と2人きりになると、緊張してしまって、うまく話せないんです」
「……」
「でも、宜野座さんは違います。…一緒にいると、落ち着くし安心する」
暗くて静かな車内で2人きりだというのに、小刻みに揺れる車体のリズムが心地よく感じられる。私はそっと目を閉じてこの空気を感じた。
「いつも優しくしてくれるし、…私、宜野座さんと一緒にいるのが好きです」
「…君は、本当に俺を惑わすのが上手いな」
「え?」
信号が赤に変わり、ブレーキがかかる。
前方を眺めていた視線をこちらに寄越すと、宜野座さんは言った。
「君だからだ。誰にでも特別優しくするわけじゃない」
「……」
「そんな事を言われると期待してしまうだろう。…そろそろ俺の気持ちに気付いてくれるとありがたいんだが」
目の前の横断歩道で、人が交互にすれ違っているのが横目に映る。皆が皆傘をさして、カーライトに照らされながら行き交っている。
しゅる、とシートベルトを緩める宜野座さん。そして私の顎を救いとり、静かに顔を傾けた。
綺麗な顔がゆっくりと近づいてくる。
…睫毛、長いなあ…。なんてぼんやり考えた。
「…って、宜野座さん?!」
「………残念。時間切れだ」
信号が赤から青に変わる。
宜野座さんは再びシートベルトを締めると、青信号になったのを確認して再び車を走らせた。
「………」
心臓がばくばく言っている。
なんだったんだろ、今の。
「…次は」
「はい?」
「必ずさせてもらうぞ」
微かに口角を上げ、不適に微笑んでいる。
初めて見るその表情。ずるい、と私は思った。
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