お一人様のススメ@


今日は休日。
忙しい仕事の日々から解放される至福のひと時だ。



「んー…。もう11時過ぎかあ」



日頃の疲れが溜まっていたのか、つい寝過ぎてしまった。枕元に置いてあるスマホを手に取り、SNSなどのツールを軽くチェックする。


特に予定はない。
というよりも、不規則な仕事であるためどうしても友人とは日程が合わなかった。


加えて私は特にこれといった趣味もない。あえて言うならウィンドウショッピングといったところか。

欲しいものはないけれど、ガヤガヤと活気のある街中を歩きながら色々な店を見て回るのは割といい気分転換になるものだ。



「よし、出かけよ!」



適当にぶらぶら歩いて、お腹が空いたらカフェにでも入ろう。そう思いながら、私はベッドから床へ降りた。










「(あ、あの洋服可愛い……)」



ふと目についた街中の洋服店。
そこにディスプレイされている淡いパステルグリーンのワンピースに目が止まった。

それとセットでトルソーの下に置かれている、ブラウンのパンプス。編み上げのようなデザインになっていて、足首の部分についているリボンがとても可愛らしい。



…でも、いつ着ていくんだろう。
着る機会なんて友達と遊びに行く時くらいだ。そんなチャンスさえ、今は中々ないというのに。


けれどその淡い色のワンピースから目が離せない。別に普段から無駄遣いをしているわけではないし、仕事を頑張っている自分へのご褒美として購入してもバチは当たらないだろう。

そう思った私は、心を弾ませながら入店した。









場所は変わり、ここは喫茶店。



「…なぜ君がここにいる」

「宜野座さんこそ!まさかこんなところでばったり会うなんて思いませんでした」

「同感だ」



なぜこんな会話が交わされているのか簡単に説明しよう。


先ほどの洋服屋でワンピースとパンプスを買ったあと、一息つこうと近くにあった喫茶店に入った。

店内は広く、テラス席まで解放されている。
せっかくだから外の空気に当たりながらお茶をしようと思い、カフェラテとサンドイッチを乗せたトレイを持って私は外に出た。


空いている席に適当に座ろうと辺りを見回した時、少し離れた席に座っていた宜野座さんとばっちり目が合った、というわけだ。



「ここに座るか?君さえよければだが」

「え、いいんですか?じゃあお言葉に甘えて」



宜野座さんは私を見上げながら、静かに椅子を引いてくれた。

私は先ほどの洋服と靴が入ったショッパーバッグを足元に置くと、うきうきと宜野座さんに話しかける。



「嬉しいなあ、こんなところで会えるなんて」

「公安局でほぼ毎日顔を合わせているだろう」

「だって、私服の宜野座さんですよ?!プライベートスタイルですよ?」



いつもしっかりと締めているネクタイも、一番上までボタンを閉めたワイシャツも、黒い上下のスーツも今日は着ていない。


上はダークグリーンのシャツ、下はチャコールホワイトのスラックス。そしてなによりも彼は今日、眼鏡を掛けていなかった。

いつもは見え隠れしている切れ長の目元が今はよく見える。それだけで雰囲気ががらりと変わるような気がした。





「……あまり見ないでくれ。今日の俺がそんなに物珍しいか?」

「はい、正直に言います。すごく素敵だと思います」

「ッ……?!」



私のストレートな言葉に、宜野座さんは口につけていたマグカップを勢いよくテーブルに置いた。変なところにコーヒーが入ってしまったのか、げほげほとむせている。



「あ、大変!ちょっと待ってくださいね」



カバンからハンカチを取り出すと、宜野座さんに向かって手を伸ばす。けれど彼は「…大丈夫だ」と言って私の手をやんわりと制止させた。



「ユリ。いつも思うが…君は天然なのか?」

「えっと…そんな要素が私にありましたか?」

「…なるほど、無自覚という訳か。これはまた厄介だ」



自嘲気味に笑う宜野座さんに、私はひたすら疑問符を浮かべる。
そういえば、と私の足元に置かれたショッパーバッグに視線をやりながら、彼は私に尋ねた。



「今日は買い物か?」

「はい。せっかくの非番だし、なにもしないのも勿体ないなって…。それでフラフラしながらお散歩してたら、偶然可愛いお洋服を見つけちゃって。ほとんど衝動買いでした」

「なるほど、君によく似合いそうな色だ。…彼氏のために、か?」

「え?彼氏?」

「ああ。…いるだろう、君くらいの歳の子なら、付き合っている相手くらい」

「いませんよ。そういう宜野座さんだって、せっかくのお休みを彼女さんと過ごさなくていいんですか?」

「俺に恋人はいない。とっくに知っていると思っていたが」

「……」

「……」



お互いに間の抜けた表情で見つめ合う。
そしてほぼ同じくらいのタイミングで、私たちは笑い出した。



「…っふふ、私たち、お一人様同士ってことですね」

「そうみたいだな。寂しい者同士、今日は一緒に過ごすというのはどうだ?」

「ぜひ、そうしてくれると嬉しいです」



仕事中だといつも険しい顔をしている宜野座さんも、こんなに柔らかく笑うことがあるんだ。…全然知らなかった。



「迷惑でなければ、だが」

「?」

「非番が重なったら、またこうして会わないか?その服を着ている君を見てみたい」

「それって…それって、デートのお誘いですか?!」



嬉しさと驚きで私は思わず声を上げる。
宜野座さんは困ったように、「やれやれ」といった仕草をした。



「直球すぎる。まあ…そういう事だが、少しは包み隠してくれないか」

「えっ、えっ、どうしよう…照れちゃいます…」

「やめてくれ。こっちまで照れてくるだろう」

「(うわあ…!)」



どきどきと鼓動が速まっていく。
お一人様でいて良かった、と初めて思えた休日だった。




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