この世界を愛せるか?
犯罪を進行させていない時、彼はどこにでもいる普通の人間と同じ生活を送る。
大半は読書に費やすけれど、そこに日課のトレーニングも加わってくる。ごくたまに音楽鑑賞も。あまり睡眠時間を長く取らない人ではあるから、1日の活動時間は平均よりもずっと長いかもしれない。
「ユリ。何か他のことを考えているね?」
「…貴方の事ですよ、聖護さん」
「そうかな?」
半信半疑、といった声。
嘘は言っていない。私は今間違いなく、後ろから緩く私の身体に腕を回しているこの人物のことを考えていたんだから。
「嘘は言っていないけど、本当でもなさそうだな」
「ふふ。それ、矛盾してますよ」
「確かにそうだ」
つつ、と背中を這う聖護さんの指先。
その感覚が気持ち良くて、私は思わず息をこぼす。
「正直なのは君の身体だけということかな」
「ッん、…そんなこと」
ちゅ、と首筋にキスを落とされ、そこから背中の至るところに同じように唇が這わされていく。
私が背中が弱いことを、聖護さんはとっくに知っている。彼はいつも、苦痛にも似た快感から身を捩ろうとする私の身体を拘束し、声を上げる私の姿を見て満足そうに笑う。
「…っぁ、聖護さ…」
「ちゃんと僕を見てくれないと困るな。少なくとも、今こうしてる間だけでも」
「それとも」と、彼は私の首筋に舌を這わせながら続ける。
「ユリ、君をここに縛り付けてあげようか。どんな時でも君が僕の事しか考えられなくなるように」
「…私はいつだって、貴方の事で頭がいっぱいですよ。知っていますよね?」
「そうだったね。…僕の悪い癖が出たかな、お気に入りはどうしても支配したくなってしまうみたいでね」
「それは、私は聖護さんのお気に入りなんだって自惚れてもいいって事ですか?」
「当たり前だろう。随分と今更だな」
「…ッ!」
突然がぶりと肩口に噛み付かれる。
血は出ない程度だけれど、軽い跡くらいなら残りそうだ、と思った。
「君は僕のもの、という証だ」
愉悦に浸ったような声が耳元をくすぐる。
槙島聖護という人間は、この世界にシビュラシステムという神託の女神が存在しなければ、一体どんな存在になっていたんだろう。
少なくとも、ひどい孤独や虚無を味わう事はなかったはずだ。だから罪を重ねる事も、人を殺める事もしない人生があったのかもしれない。
これらはこの世界に在る以上はただの憶測の域を出ない。けれど、私はここではない何処かで生まれた彼と出会ってみたい、と願ってしまうことがある。
「今日は時間がある。存分に君と居られるよ」
「…はい」
体勢を変えて、彼がいる方を振り返る。
そこには私を見て静かに微笑む彼がいた。
まるでどこにでもいる、普通の恋人同士のようだと錯覚してしまうくらいにー、その笑顔は綺麗で、慈愛に満ちているように見えた。
「聖護さん。…私は、貴方を愛しています」
「僕もだ。君が存在しているこの人生を、愛している」
そう囁き合うと、どちらからともなく静かに唇を重ね合った。柔らかくてほのかに体温を感じさせるそれは、お互いの存在をお互いに刻み付けるための証だ。
この世界を愛せるか?
そう問われたら私はこう答えるだろう。
「槙島聖護という人間が存在する世界なら、永遠に愛していられる」と。
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