眠れないのは誰のせい
(2期宜野座さん)
今日は夜勤の日。
夕方から出勤して朝方までの勤務だ。
原則として深夜に2時間ほど仮眠の時間があるのだけれど、悲しいかな、私の目はぱっちりと冴えてしまっていた。
「…全然眠れない」
仮眠室のベッドの上でひとり呟く。
このままここで横になって退屈な時間を過ごすのはとても無益に思えた。
こんな時、脳裏に浮かぶのはある人の顔。
考え出すと止まらなくなってしまって、私は毛布をめくってベッドから抜け出した。
「…それで?」
「あは、来ちゃいました」
「はあ、全く君は…」
部屋を訪れると、タンクトップに黒いパンツを履いた宜野座さんが出迎えてくれた。
いや、出迎えてくれたというのは語弊がある。私が一方的に宿舎に押しかけ、「眠れないんで話し相手になってください」と要求されて彼も極めて困惑した様子だったからだ。
「…たまには宜野座さんとゆっくりお話がしたいなと思って。でも迷惑でしたよね、やっぱり私、仮眠室に戻ってー」
「待て、誰が迷惑だなどと言った?」
「え…」
「眠れなくなった理由を聞いて呆れただけだ。俺でいいなら話し相手になろう」
「宜野座さん…!」
なんて優しいんだろう。
顔を輝かせてソファに腰掛けると、「やれやれ」と苦笑しながらも隣に倣ってくれた。
「そんなに美味いのか?その菓子は」
「そうなんです!縢君がくれたんですけど、これがまた止まらなくて」
ごそごそ、と私はポケットに入れていたそれを取り出して見せる。小さな袋に入ったそれは、コーヒー豆にチョコレートがコーティングされたお菓子。
お菓子とはいえどコーヒー豆を直に食べれば、カフェインの摂取で頭が冴えてしまうのは当然の事だった。
「数粒くらいなら平気かなと思って食べてみたら、思いの外美味しくていっぱい食べちゃって…。で、結果がコレです」
「…っはは」
「!」
「ユリ。君は本当に抜けているというか、なんというか…」
宜野座さんが、肩を揺らして可笑しそうに笑ってる。
監視官の時よりも、執行官になった今の方がずっと表情が柔らかくなったのは絶対に気のせいではない。それは他のみんなも感じているだろう。
「…」
「ん、どうした?」
「あ、いいえ…」
どきどきと心臓が音を立てる。
本当は、ずっと前から宜野座さんの事が好きだった。
けれどこんなふうに優しい笑顔を間近で見ることが出来たのは初めてで、切なさがこみ上げてくる。
…私がもっと綺麗で大人な女性だったら、今この空間も、もっと違ったものになっていたのかな、なんてくだらない事を考えてしまう。
「何か思い詰めた顔をしているな」
「…、そんな事ありません。それより、宜野座さんもコレ食べてみませんか?」
「それは君と同様、眠れなくなれと俺に言っているのか?」
「え!そういうわけじゃ…」
「冗談だ」
くす、と笑うと、宜野座さんが掌を差し出してきた。私は袋を傾けて、そこに何粒かチョコレートを乗せる。
それを指先でつまみ、口に含む。
何度か咀嚼すると、納得した表情を浮かべてこちらを見た。
「確かに美味いな、これは。君が夢中で食べるのもわかる気がする」
「そうですよね!なんというか、手が止まらなくなる美味しさですよ、ね…」
味について共感してもらえたのが嬉しくて、嬉々として話している最中に、不意に宜野座さんの手が私の顎に伸びてきた。
彼の綺麗な顔が静かに近づいてくるものだから、私は言葉を紡げず、呼吸もうまく出来なくなってしまう。
「…君のせいで俺も眠れなくなりそうだ。責任を取ってもらおう」
「せ、責任って、え…?」
あと数センチで唇が重なる、と思った時、端末に電話がかかってきた。慌てて顔を背けて着信を受けると、唐之杜さんの顔が空間に表示される。
『ねーえユリちゃん、今なにしてるの?仮眠してないなら分析室に来てよ。事件もないし、やる事なくてヒマだわ』
「わ、わかりました!すぐ行きます」
そう返事をして通話を切る。
動揺を隠すため、「お邪魔しました」と言って急いでソファから立ち上がろうとした時、宜野座さんの手が私の手首を掴んだ。
「宜野座さん?」
「邪魔が入って残念だ。また眠れなくなったら、俺のところへ来るといい。…君なら歓迎する」
真っ直ぐに見上げられて、どくどくと脈が波打つ。今更隠そうとしても、顔が真っ赤になっているのはもうはっきり見られてしまっているだろう。
「夜勤、頑張れよ」
「…っ、はい!お邪魔しました」
手首を掴む力がようやく緩められ、私は軽く頭を下げると宜野座さんの部屋を後にした。
コーヒー豆のせいだけじゃない。
今日はもう眠るのを諦めよう。
呼吸を整えつつ、私は唐之杜さんの待つ分析室へと向かった。
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