普通を望む

いわゆる「普通」の恋人達に憧れる。
街中で手を繋いで、笑い合って。


お気に入りのカフェに行って他愛もない話をしたり、色んな場所に行ってお互いに沢山のものを共有するのだろう。そしてそれが「思い出」となって重なっていく。



端末に表示している「恋人と行くデート特集」のページを見つめながら、心の中でため息をつく。ここに載っているような恋愛の中の一コマというのは、一般的にごく普通なんだろう。

けれど私には、この「ごく普通」はきっと望めない。
監視官という肩書きを持つ自分と、執行官という立場の彼とでは。




「どうした?ユリ」

「!狡噛さん」



筋トレを終えた狡噛さんがやってきて、後ろから私を見下ろした。慌てて端末を隠そうとしたけれど、それよりも早く狡噛さんの視線が私の手の中にあるそれを捕らえてしまった。

すると彼は少し目を細めて、口角を持ち上げた。



「なるほどね。アンタは、こういうのがお望みだったってわけか」

「え!?違いますよ、たまたまこのページを開いていただけで…」

「ごまかさなくていい」



首にかけていたタオルで汗を軽くふき取ると、狡噛さんは緩く私の身体を包み込んだ。鍛え上げられた筋肉が衣服越しに感じ取れて、私は緊張してしまう。



「悪かったな、気付いてやれなくて」

「…そんな」

「考えてみれば当然か。アンタも監視官である前に、年頃の女の子なんだもんな」



ぽん、と優しく頭を撫でられる。



「シャワー浴びてくるから、その間に支度しといてくれ」

「え?支度って…」

「決まってんだろ。普通のデートってやつ、するんだよ」

「…!」



じわり、目頭の奥が熱くなる。
狡噛さんは本当に、どこまでも優しい。



「悪い、汗くさかったか?」

「違います…!あの、嬉しくて」



ぎゅ、と狡噛さんの身体に手を回して抱き締める。
私の大好きな彼の体温と、肌の感触と、淡いタバコの匂いと、汗の匂いに包まれた。

彼の胸板に顔を埋めているため表情は見えないけれど、彼がフッと笑ったのが分かった。そして私から身体を離すと、タオルを肩にかけ、こちらを振り返る。



「行きたいとこ、付き合うぜ。遠慮はナシだ」

「…はい!」



私が頷くのを確認すると、狡噛さんはシャワー室へと消えていった。

どうしよう。狡噛さんとデート、だ。
いわゆる「普通」の恋人達の。


期待と緊張が入り交ざった気持ちがこみ上げるのを感じつつ、私は端末に表示していた特集のページに視線を落とした。


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