孤独なふたり
『この世に孤独でない人間がいるのか』
広い室内に、ふたり。
優雅に足を組んで本のページをめくる槙島さんの隣に腰掛けて、私は携帯情報端末の操作をしていた。
ガラスのテーブルの上に2つ並ぶ紅茶の香りが辺りに漂う。私はそれにミルクを注いでスプーンで軽くかき混ぜた。
「(孤独でない人、か…)」
この国にもたくさんの人々が住んでいて、みんなそれぞれの生活があって、さまざまな想いを抱えながら生きている。
槙島さんは言っていた。
この世に孤独でない人間はいないと。
それならいまこの空間にいる私も槙島さんも孤独だということになる。
「…どうしたんだい、ユリ」
端末を操作する手をすっかり止めて思案に耽っていたのを不思議に思ってか、槙島さんは本から顔を上げて私を見た。
「ちょっと考え事をしてました」
「そう。どんな?」
「…槙島さんは、寂しいって感じるときがあるのかな、とか」
「…」
パタン、と本が閉じられる音。
それをテーブルの上に置いて紅茶を口に運ぶ。ティーカップを置くと、槙島さんは私に向かって軽く両腕を広げた。
「ユリ、おいで」
「…」
いつもなら緊張してしまってすぐに動くことができないけれど、今の私は素直に槙島さんの腕の中に飛び込むことができた。
「さっきの疑問だけどね」
「はい」
「もちろん僕にだってある。人なら誰しも、繰り返し感じるものなんじゃないかな」
「じゃあやっぱり槙島さんも…」
私がいま抱えているこの気持ちを、槙島さんも同じように感じることがある、ということ。
私を包んでくれている彼の体温も、密着したところから伝わってくる心音も、確かにここにあると感じることができるのに。
それでも人が孤独であることは、変わらない。
「けどね、僕は」
彼の額と私の額がそっと重なる。
今にもキスしてしまいそうなくらい近い距離で、槙島さんの心地よい声が響く。
「ユリに触れていると、孤独が和らぐような気がするよ」
「…本当に?」
「うん。不思議なものだな。こんな感覚があるなんてね」
目を閉じた彼の唇がそっと私の唇に重なる。
伝わってくる熱に意識が集中して、繋がったそこから互いの気持ちを共有できたような錯覚を覚えた。
「…僕が孤独を感じた時は、いつでも君に触れていいかい」
「それなら私も寂しい時、槙島さんに触れてもいいですか?」
「困ったな」
ー永遠に離れられる気がしないよ、
彼はそう言って、綺麗な微笑みを浮かべた。
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