幻想の朝に@


ー朝だ。
まだまだ気怠い身体を起こす気にはとてもなれず、一度開いた目を再び閉じる。


「(そうだ、槙島さん…)」


彼は昨日の昼頃にこのセーフハウスを出て行ったきりで、それから会っていない。淡い期待を込めて自身の隣に目をやるけれど、やはりそこには誰の姿もなかった。


「(まだ帰ってきてないんだ)」



今日もどこかで、罪を重ねているのだろうか。

彼が犯罪者であることは知っている。
さらに免罪体質であり、シビュラシステムでは彼を裁くことができない。


その事実を初めて彼の口から聞いた時、恐怖を感じなかったわけじゃない。
彼がそそのかして力を与えた潜在犯たちは、彼が飽きたら皆、殺されてしまった。



「…あ」
「ただいま、ユリ」


キイ、と軽い音を立てて開いた扉から、槙島さんが姿を現した。ベッドの上にいる私の姿を認めると、後ろ手でそっとドアを閉める。


「起こしてしまったかな」
「いえ、今起きたところです」
「そう。それならよかった」


少し疲れているように見える。
私は身体を起こして、布団をめくってそこに槙島さんが寝れるスペースを作った。


「どうぞ、ゆっくり寝てください。私はリビングでテレビでも…っ」


そう言い終わらないうちに、彼はベッドに上がると私の身体を抱きしめた。ギシ、と2人分の体重を乗せたスプリングが軋む音がする。


「行かないで」
「…!」
「ユリ。君がいてくれた方が、安心して眠れるんだ」
「…ぁ、」


こめかみ、耳たぶ、頬、と、彼の口付けが落とされる。流れるような手付きでルームウェアのファスナーが下へと下げられる音がして、私は慌てて槙島さんの顔を見上げた。


「あ、の…槙島さん…?」
「なんだい?」
「ど、どうして脱がすんですか」
「君に触れたいからだよ。それ以外にない」


身につけている淡い桃色の下着が露わになって、槙島さんの視線がそこを這う。まるで獲物を目の前にしたようにぎらりと光が宿ったのが見えた。

さらにそのまま押し倒されて、上から見下ろされる形になる。これはもしかしなくても、今から行為が行われようとしているのだろうか。


「ダメです…っ、グソンさんに聞こえちゃう」
「彼は今はいない。新しく見つけた玩具のために下準備をしてくれているからね。…それより」


つつ、と脇腹を指先で撫でられる。
びくりと反応すると、槙島さんの目が細められた。


「僕が目の前にいるのに他の男の名前を口にするなんて。…悪い子だな」
「そんなつもりじゃ…ぁっ…」


首筋に舌が這う。
それは何か生温い生き物のようで、ぞくぞくした。
ちゅ、ちゅ、と音を立てて、肩や鎖骨にもキスが落とされていく。


「なるほど、僕は意外と嫉妬深いようだ。君のおかげで知ることができたよ、ユリ」
「…嫉妬、ですか」
「ああ。そうだね」
「…ん…」


優しく、けれどどこか執拗に唇が重ねられる。入り込んできた舌に精一杯応えると、槙島さんは少し満足そうに微笑んだ。


「朝から君を抱くというのも、良い1日の始まりになりそうだ」


指と指が絡められて、シーツに縫い付けられる腕。
これから続く光景を想像して、羞恥と緊張と期待とで身体が火照っていくのを感じる。

目の前で私を見下ろす天使のような彼の顔を見ながら、私は胸で浅く呼吸をした。



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