彼の色気が悪い@
「お、おはようございます!」
出勤し、刑事課課大部屋の扉をくぐる。
すでにいた縢さんや宜野座さん、それにー。
「…おう」
狡噛さんの視線も私に向けられる。
それだけで私の心臓は大きな音を立てて、うまく息ができなくなってしまうのだから重症だ。
狡噛さんの隣の席に腰掛けて、システムを立ち上げる。読み込みの最中にちらりと横目で彼を見ると、キーボードを叩きながら提出資料の作成中のようだった。
「(はぁ…指長い…横顔キレイ…)」
艶のある黒髪。
長い睫毛。骨張った指。線は細いけれど、男の人特有の手の造形。
今はモニタに集中しているその視線が、私だけを映し出してくれないかな、なんて淡い期待を抱いてしまうくらいには、私は彼に惚れている。
「…ん?」
「(やば)」
私の視線に気づいた狡噛さんが、目線を私に寄越す。無意識だけど、無遠慮に見つめすぎてしまったようだ。
何も言わずに目線を逸らしたけれど、訝しまれてしまっただろうか。
休憩所に向かい、自販機で飲み物を買う。
他のみんなとは違って私は味覚が大人ではない。チョイスはいつも甘いココアだ。
プシュ、と音をたててプルタブを開けながら、黒い長椅子に腰掛ける。
「(…狡噛さん、今日もかっこいいなぁ)」
監視官と執行官として初めて顔を合わせた日から、私は彼に夢中だ。
それでも今日まで、業務に支障をきたさないよう心がけている甲斐があり、大きなミスをしていない自分を褒めてあげたい。
…というか、そもそも私は悪くない。
色気の権化といっても過言ではない存在の彼がいけない。世間一般ではこれを責任転嫁というけれど、知ったこっちゃない。
「そう、狡噛さんの色気がすごいのが悪い!」
「俺がなんだって?」
「…え」
おそるおそる首だけ振り返ってそちらを見ると、狡噛さんがそこに立っていた。固まる私をよそに、彼は自販機でブラックコーヒーを買うと、私の隣に腰掛ける。
「こここ狡噛さん?!」
「聞こえたぞ、ユリ」
「あー…えっと…その…」
バッチリ聞かれてしまっていた。
黙ってじっと注がれる彼の視線に、私如きが勝てるはずもない。
「…………狡噛さんは、その……目に毒、といいますか」
「は?」
「狡噛さんが持つ色気がすごくて…あの、いい意味で、ですからね?」
もじもじと手に持つ缶を弄ぶ。
何ワケわかんないこと言ってんだ、と言われるかと思ったけれど、意外にも彼は呆れる様子はなかった。
代わりに狡噛さんは私が手にしているものに視線を向ける。
「…あんた、いつもそれ飲んでるよな」
「え?ああ、ココアですか…って」
なんで急に飲み物の話になるんだろう、と思う間もなく、持っていたココアは狡噛さんにあっさりと奪われてしまう。
ぽかんとその様子を見ていると、彼はそれを一口飲んでわずかに顔をしかめた。
「甘い。こんなのよく飲めるな」
「…狡噛さんこそ、いつもブラックコーヒーですよね。すごく苦そう…」
「ユリと違って子供じゃないんでね」
ココアの口直しと言わんばかりに、ぐい、とコーヒーを飲み下す。その上下する喉仏にすらどきっとしてしまう。
「試してみるか?」
「え?」
不意に、狡噛さんの顔がぐっと近いてきた。驚いて身体を引こうとしたけれど、狡噛さんの腕が私の腕をぐっと掴んだためそれは叶わない。
「ブラックコーヒーの、味」
「…っ!」
狡噛さんの視線が私の目から、唇へと移動する。どくどくと心音がうるさい。どうすれば分からず、私はぎゅっと目を閉じた。
「…?」
けれど予想していた感触は唇にはなく、代わりに頭に狡噛さんの手が乗り、ポンポンと優しく撫でられる感触。驚いて目を開けると、楽しそうに笑う彼がそこにいた。
「ははっ、そうやって俺だけ意識してりゃいいんだよ、お前は」
「…へ?」
「今は勤務中だからな」
ー本番はまた今度だ。
耳元で低く囁くと、狡噛さんは去っていった。
残された私は固まったまま絶句していたけれど、やがてぽつりと呟いた。
「…やっぱり、狡噛さんの色気がすごいのが悪い」
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