彼の色気が悪いA



「フー…」


室内を満たすタバコの匂い。
狡噛さんが大きく息を吐くと、その口から煙が吐き出される。私はただ隣で縮こまってそれを眺めていた。


新宿区で発生した事件解決のあと。
公安局に戻ってくるなり、ちょっと付き合ってくれと言われ、刑事の大部屋から連れ出された。

そして場所は狡噛さんの部屋。
神様、どうして今私はこんなところいるのでしょうか。

緊張でガチガチの私とは対照的に、狡噛さんはソファに深く腰掛けてタバコを吸っている。


「すぐに片付いてよかったな、今日の事件」
「え?!あ、ああ、そうですね」
「…」


紫煙をくゆらせながら、狡噛さんは視線だけを私に寄越す。…ああ、たまらない。できることならそのタバコになってしまいたい。


「あ、あああの、どうして私をここに?もしかして昨日のこと怒ってるんですか?」


昨日、休憩所で「狡噛さんの色気がすごいのが悪い」と独り言を言っていたのが、偶然彼に聞かれてしまった。

それならちゃんと弁解したつもりだっだけれど、彼にそれがちゃんと響いてくれたのかどうかは分からない。


「怒ってなんかいないさ。…言っただろ、今度は本番≠チてな」
「え?え…?」


意味がわからないでいると、狡噛さんは灰皿にタバコをぐりぐりと押しつけ、私に身体を向けた。そしてぐっと距離を近づけて、私の顎をすくいとる。


「ちょっ…待っ、何してるんですか狡噛さん!近いです近すぎます!!」
「近いと何か問題があるのか?」
「問題しかありません!」


そんな、獲物を捕らえるみたいな目で。
じっと見据えられたら私は本当にどうにかなってしまいそうだ。


「…赤いな。顔」
「あ、当たり前です…!」
「へえ。どうして当たり前なんだ?」


口の端をわずかに持ち上げる。
…狡噛さんは分かっててやってる。私があたふたしてるのを見て楽しんでるんだ。でもそんなずるい表情にすら魅入られてしまう。


「ああ、そういやこの部屋ちょっと暑いかも、なあ?」
「〜っ!!」


そんなことを言いながら、目の前でネクタイを緩めて見せる始末。
彼はそこにいるだけでも目に毒だというのに、こういったちょっとした仕草をするだけでも色気が大爆発するという自覚はあるのだろうか。

いや、きっと分かってやってる。
少なくとも、私に効果大であることは承知の上でやってる。


「ーっ、わ、私、刑事部屋に戻ります!まだ勤務中ー」
「時計見ろ、ユリ」
「え…?」


19時01分。
私の今日の退勤予定時間だ。

それを確認して顔をあげると、すぐそこに狡噛さんの顔があった。


「勤務終了、だな」
「…んっ」


唇が重なって、タバコの味が彼の唇から伝わってくる。
それは一瞬だったけど、私の体中の血液が沸騰したんじゃないかと思うくらい、身体が熱くなった。


「っ…い、今の…っ、キ、キ…」
「なんだ。もっと深いのをお望みか?」


狡噛さんが顔を傾けて、再び顔を近づけてくる。まずい、そろそろ心臓が限界に近い。


「…こ、」
「?」
「狡噛さんの、バカー!!色気魔神っ!」


どーん、という効果音でも付きそうなくらいの勢いで、私は狡噛さんの身体を思いっきり押しのけ、そのままソファから出口へと一目散に走った。


「(色気魔神…?)お、おい、悪かった。やりすぎたか?」
「…です」
「え?」
「ドキドキして、死にそうです!!それじゃっ!」


そう言い残して、私は狡噛さんの部屋を後にした。






「…フッ」


ユリが勢いよく去ったあと、狡噛は1人、さもおかしそうに笑った。彼女が去り際に見せた真っ赤な顔。
初々しくて可愛らしくて、たまらなく自身の加虐心をくすぐるのを感じる。


次に会った時はどんなふうに彼女を愛でてやろうか。そんなことを考えながら、狡噛はスーツの胸ポケットからタバコを取り出した。



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