誘惑バスタイム@



セーフハウスの中に造られたトレーニングルーム。その中で2人の男性が向かい合っている。


ヒュッと鋭い音がして、拳が繰り出される。
見事その一撃が身体にめり込んだらしく、片方の男性ーチェ・グソンさんは「ぐっ」と呻き声を上げた。


「参りました。降参です、槙島の旦那」
「ああ。ありがとう、いい運動になったよ」


その相手ー槙島さんは、微笑むとグソンさんの肩をポンと叩いた。


「お疲れ様でした、お二人とも」


腰を上げて、白いタオルを2人に渡す。
どうも、お嬢さん。
ありがとう、ユリ。
そう言って受け取ってくれた。


これでもかというくらいに流れる汗が眩しい。グソンさんはたまに相手をする程度だけれど、槙島さんは毎日のようにこんなトレーニングを続けていて、本当にストイックだなあと感心する。


傍に置いていたペットボトルの水をごくごくと飲み下す2人を眺めていると、グソンさんが時計を見て呟いた。


「さて、そろそろ戻るとしますかね」
「何か用事があるんですか?」
「いえね、もう少しで完成しそうなハッキングシステムがありまして。今はそれを作るのが楽しいんです」


そう笑うと、黒いタンクトップ姿のまま、グソンさんは上着をひょいと持ち上げた。


「まるで子供のように笑うんだね。チェ・グソン」
「これが生業でもありますからねぇ。それじゃ、俺はこれで」
「ああ、また連絡するよ」


グソンさんが去ると、槙島さんはふぅ、と息を吐いた。その仕草に加えてまだ首筋や額に光る汗がとても色っぽくて、私の心臓がどきりと音を立てる。

その視線に気付いたのか、槙島さんはタオルを首にかけて私に言った。


「お湯は、沸かしてくれてるんだったかな」
「はい!ゆっくり浸かってきてくださいね」
「そう、ありがとう。…おや?」
「?」
「顔が赤いよ、ユリ」
「!」


ばれてる。
けれど仕方ないじゃないか。
槙島さんのように美しい人が、汗をかいてそこに佇んでいるだけで、どれだけ絵になると思っているんだろう。

そんな自覚なんてないのだろうけど、彼は私をよく観察する。そして私が何を思っているのかすぐに読み取ってしまうのだ。


「いいことを思いついたよ」
「え?」
「一緒に風呂に入ろう」
「はい?!」


優雅に笑いながらとんでもない事をさらりと言う槙島さん。
おいで、と言いながら私の手をひいて、トレーニングルームを後にした。


でも、とかあの、とか、そんな言葉は通用しないし効かない。私の抵抗は大抵槙島さんに飲み込まれてしまうからだ。


だから今回も逃げられないだろう。
これから起こる事を想像しただけで頭がくらくらしそうになりながらも、私は大人しく彼の後に従った。



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