ふわふわと夢の中を漂う。
そこは灰色な世界で、自分がまるで他の誰かにでもなったような感覚だ。

辺りには誰もいない。
一度自身の足元に視線を落として目を閉じる。

再び目を開けると、白い天使のような男性が少し離れた場所から私を見ていた。






「…」



意識が浮上する。
視線だけを辺りに巡らせ、ここはベッドの上だと理解した。

隣には聖護さんが眠っている。
バスローブを纏っているところを見ると、あの後シャワーを浴びたのだろうか。



私は上半身を起こし、なるべく音を立てないようにしてベッドから降りた。

脱衣所に向かい、昨日干しておいた下着や衣服を身に纏う。そうだ、コートは居間にあるポールハンガーに掛けてもらったんだっけ。


そう思って再び居間に戻ると、ベッドの上で半身を起こしてこちらを見ている聖護さんと目が合った。



「おはよう。…黙って行くつもりなのかい?ユリ」

「ごめんなさい。起こす気はなかったんです」

「まだ僕は、君を抱いた対価を支払っていないんだけどな」



彼は緩慢な動作でベッドを降りて、私の方へゆっくりと歩み寄ってきた。



「…お金は要りません」

「恋人のところへ戻る気になったのかい?」

「いいえ、戻る場所なんてありません。このままどこかあてもなく歩いて行くつもりです。その後は…」

「自ら命を断つ、と?」



私はそれには応えなかった。

そうするつもりでここを出て行くのを決意したけれど、実際にはその時になってみなければ、自分がどんな行動を起こすのかなんて分からない。

迷っているわけではない。
自分で命を断つ事が出来るのか、それが不安だった。



「…そう、なら」

「?」

「今ここで僕が君を殺してあげよう」



聖護さんの両手が私に向かって伸びてきて、それは緩く私の首を包み込んだ。私を見るその目の奥には何も感じられない。


じわじわと私の首に浸透していく彼の両手の熱。それが私に与えたものは、恐怖ではなく安堵≠セった。


自然と表情が柔らかくなり、肩から力が抜けていく。自分でも信じられなかったけれど、気づくと私は微笑んでいた。



「…良かった」

「何?」

「貴方みたいに美しい天使に殺してもらえるなら、こんなにいい最期はありませんね」

「…………君は…」



聖護さんの目が僅かに見開かれる。
一瞬の間のあと、一度、グッと指先が首に食い込んだけれど、それだけだった。



「…やめた」

「え?」

「一度生を諦めた人間が、どのような生き方を選ぶのか。それが見てみたくなった」



聖護さんの指先が首から頬へと移動して、ゆっくりと輪郭をなぞっていく。
私を見下ろす目は、先ほどまでとは打って変わってどこか愉しげだ。



「ユリ。君のお陰で、少しは退屈から目を逸らす事ができそうだ。もしかしたら、それもすぐに終わってしまうのかもしれないけど」

「…私を、殺してくれないんですね」

「ああ。ここにいる間、君と時間を共有するというのも中々良さそうだ」



君の天使になれなくて悪かったね。
そう言って聖護さんは私からそっと手を離した。


先ほどまで見ていた夢と、彼の姿が重なる。
間違いなく聖護さんは、私の夢の中に出てきた男性そのものだった。


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