「一緒に朝食を摂ろう」と、聖護さんは言ってくれた。

昨日の夜と同じように、ベッド脇に置いてある電話でフロントに頼んでくれたようで、10数分後にはワゴンに彩り鮮やかな朝食が運ばれてきた。


従業員がそれをローテーブルに一つ一つ丁寧に並べていく。
ワッフルにクロワッサン、キッシュ、サラダ、スープ、ヨーグルト、苺にマスカットにブルーベリー。オレンジジュース、コーヒーに紅茶。

平素な庶民には感動的に豪華な朝食だ。



「…聖護さんは、ここに住んでいるんですか?」

「まさか。ほんの数日の間、身を置いているだけだよ」



優雅な動作でサラダを口に運んでいる。その光景を見ながら、やっぱり天使も食事を摂るんだなあ、などと呑気な事を考えた。



「今はね、都内の某所にセーフハウスを手配してもらっているんだ。その間だけの仮宿ってところかな」

「…そうなんですか」



セーフハウス。私はその単語を反芻した。
そんな隠れ家を用意しなければならないほど、目の前にいる人物には何か事情があるということか。


影に身を潜める理由を持つのは、聖護さん本人なのか、或いはその身近な人物なのだろうか。

そしてその隠れ家に私は招かれるのだろうか。それとも、その前に彼の手によって終わりを迎える事になるのだろうか。



「…気になるかい?」

「それは、まあ」

「安心していい。しばらく君を殺すつもりはないよ」

「…」

「ま、生かしておくのも、今後の価値次第ではあるがね」



こうして、「殺す」だの「生かす」だの、他人が聞いたら冗談だと捉えられるに決まっているであろう単語すら、彼が舌に乗せると本物になってしまう。


苺を口に含んでそれを噛むと、口内で果汁が飛沫をあげていともあっさり潰れてしまう。まるで今の私の命のようだ、と頭の中で皮肉った。






朝食を終えると、聖護さんは窓から外を見下ろしながら私に言った。



「ランニングに行こうと思ったけど、まだ雪が降っている。予報ではもう直ぐ止むと言っていたから、先にシャワーでも浴びないか?」

「…一緒に、ですか」

「うん。そうだね」



聖護さんは私を振り返って微笑んで見せた。
それは屈託のない笑顔にも見えるし、でもどこか影を孕んでいるようにも見える。

なぜだろう。
背景にある、灰色の空がよく似合うと思った。



聖護さんが私に歩み寄り、ニットワンピースの上から腰を抱き締めて引き寄せようとした時だった。


スマホが振動している音が響いた。
そういえば持ってきていたんだった、そう思い、ソファの背もたれに掛けておいたコートのポケットの中からそれを取り出して画面を確認する。



「…恋人からかい?」

「はい…」



彼の名前が画面に浮かんでいる。それを見ただけで、嫌悪感が頭の中をよぎった。

すかさず終話ボタンを押してホーム画面を確認すると、昨日からの着信履歴が32件。

全て彼の名前が表示されていたが、バイブ機能にしていたため全く気づかなかった。



「ユリ、それを置いて。今目の前にいるのは、僕だ」

「あ…」

「身体を温めながら、浴室で話をしよう」



聖護さんは私からスマホを取り上げて、それを乱雑にソファに投げ捨てた。そして私の腰に手を添えると、そのまま浴室へと促した。



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