不意に目が覚めると、私はベッドの上にいた。
バスローブを着た状態であるところを見ると、聖護さんが着せてくれたらしい。

むくりと起き上がり、私は一人呟く。



「………はぁ、恥ずかしい…」



あの後、何度も浴室の中で聖護さんに求められた。壁に反響して響いた自分の嬌声や、お互いの吐息が生々しく耳に残っている。


もちろん全身を愛撫された感覚も、身体を貫かれた感覚も、未だに鮮明だ。下腹部に微かな痛みを感じる程には、私と彼は交わった。



サイドテーブルに視線を下ろすと、メモ用紙が一枚あった。「ランニングに行ってくる」と一言だけ書かれている。

そこに水差しとグラスがあったため、喉が乾いていた私は水を注いで一気に飲んだ。



「………暇だな」



やることなんてもちろんない。
なんとなく外を見ると雪は止んでいた。窓辺に立って下を見ると、コートを着込んで行き交う人々の様子が見下ろせる。

その中には恋人同士の姿もあって、仲睦まじく手を繋いで歩いているのが分かった。



「…どうしてこうなっちゃったんだろ」



シビュラの相性判定は抜群だったはずなのだ。だから彼を選んだわけではなかったけど、最初こそ本当に幸せに笑い合えていたのに。


気持ちが沈むのを感じて、窓辺から離れる。
ソファに腰掛けてテレビのリモコンを手にしようとした時、再びスマホが振動する音が耳をついた。


画面にはまたも彼氏の名前。
ずいぶん長く鳴っていたかと思うと、やがて静かになった。



「今更何を言うつもりなの…?」



身体中だけでなく、心にも大きな爪痕を残したくせに。音もなくスッと暗くなった液晶を、私は憎しみを込めた目で見つめた。








15時過ぎに差し掛かった頃、部屋のドアがガチャリと音を立てて開いた。パーカー姿の聖護さんが顔を覗かせる。



「戻ったよ、ユリ。具合はどうだい?」

「おかげさまで大丈夫です。あの…重かったですよね、ベッドまで運んでくれてありがとうございました」

「君はとても軽かったよ。もう少し食べた方がいいんじゃないかな」

「その言葉、そのままお返しします」

「そう?」



笑いながら、聖護さんは冷蔵庫からプロテインらしきものを取り出して一気に飲み干した。

普段からランニングやトレーニングをしているんだろうな、とその様子を見ながら思う。



「僕がいない間、何をしていたんだい?…おや」



私の隣に腰を下ろしながら、目の前のスクリーンに視線を投げる。暇だったので、たまたまやっていた映画を付けっぱなしにしていた。


最初から見られた訳ではないので、登場人物の相関もよく分からなかったし内容も把握できていなかったけど。



「映画か。いいね、僕もたまに見るよ」

「そうなんですか?…逆に聖護さんくらい綺麗な人だったら、モデルや俳優さんになっててもおかしくないのに」

「…僕が?」



私の発言に、きょとんとした顔をする。
その表情は彼が纏う妖しげな雰囲気からは大分かけ離れていて、彼もこんな顔をするんだなと思った。



「考えたこともなかったな。僕という人間を、羨望の眼差しで誰かに見て欲しいと思った事はないよ」

「そうなんですか?そんなに綺麗なのにもったいない」

「顕示欲というのは、人間の厄介な欲の一つだ。自分が持っていなくて良かったと思う」

「…そうですか」



そんなもんなのかな、と考えていると、聖護さんは「そういえば」と切り出した。



「セーフハウスの手配が完了した、とさっき連絡があってね。明日ここを出ることにした。それに当たって、君が必要なものを代わりに取りに行くよ。自分じゃ行きづらいだろう?」

「必要なもの……ですか」

「ああ。着替えや日用品などは向こうで揃えるから心配しなくていい」

「……」



恋人と二人で暮らしていたあの家を思い浮かべる。必要なもの、必要なもの。…そんなものがあっただろうか。



「…必要、ではないかもしれないんですが」

「ん?」

「机の上に、家族で撮った写真が飾ってあるんです。他は全部実家で…その一枚しか持っていないので」

「それが欲しいんだね。分かった」



聖護さんはそう言って笑うと、私の肩をそっと抱き寄せた。あ、と思う間もなくそちらを向かされ、唇を重ねられる。



「…ん、聖護さん…?」

「急にキスがしたくなったんだ」



囁くような言葉。
また唇が重なり、上唇と下唇を交互に軽く吸われる。

啄むような口付けはやがて深くなっていき、私の後頭部に聖護さんの手が回された。



「っん…はぁ…」



苦しくなって口を開けると、聖護さんの舌がぬるりと侵入してきた。私の舌を絡め取ったり吸い上げたりを繰り返していくうちに、高揚感が私の中で湧き上がっていく。


不思議だ。
いつの間に、聖護さんから与えられる口付けにこんな感情を抱くようになったのだろう。





その時、再びソファの上にあったスマホが振動音を立てた。聖護さんは動きを止め、静かに私から唇を離すとそちらに視線を投げる。

いい加減にして欲しい、と思いながらもスマホに手を伸ばした時、それよりも早く聖護さんの腕が伸びてきてかすめとった。


そして何かボタンを押してそれを耳に当てている。「もしもし」という言葉で、通話をしているのだと理解した。



『………男か?誰だお前。ユリに代われ』

「生憎、彼女はもう君と会話をする気がないようだが?」

『うるせえな、俺はあいつの恋人なんだよ。いいからとっとと代われ』

「恋人…ね。悪いが彼女は今、僕の腕の中にいる」

『なっ…』

「後ほど会おう」



そう告げると、終話したのかスマホを耳から離した。そして立ち上がってからそれを床に落とすと、足で思い切り踏みつける。バキバキと端末が砕かれる音が響いた。



「…!」

「これはもう必要ない。そうだろう?」

「…………、はい」

「それじゃ、君の住所を教えてくれるかな。今からさっそく向かうとしよう」



私は小さく頷くと、メモに住所を走り書きした。それを聖護さんに手渡すと、彼は口元に微笑みを浮かべる。



「心配しなくていい。すぐに戻る」

「でも、彼がもし殴りかかってきたりでもしたら…」

「その時は、…その時さ」



ぞく、と背中に何か寒いものが走る。
彼はただ笑っているだけなのに、空気がピンと張り詰めたように感じた。



「それじゃ、行ってくるよ」



不安を感じつつもドアまで見送りに行く。
私の額にキスを一つ落とすと、聖護さんは部屋を出て行った。




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