放課後よ早く来い
「オハヨーっ」
「オハヨー、ユリ」
「もー、今日もギリギリだね」
「へへっ、間に合ってるからいーの」
始業チャイムギリギリに教室に入ってきた彼女。
入り口付近にいた彼女の友人たちが、呆れたように笑いかけている。
そのままオレの隣の席まで来て、ユリは黙って椅子を引き、着席した。オレはそちらを見ながら声をかける。
「はよ」
「……おはよ」
ほとんど消え入りそうな声。
さっき友人達に挨拶していた時とは打って変わって、笑顔の一つすらない。
オレの方をちらりと見ようともせず、ユリは鞄から筆箱やらノートをやらを机に乗せた。そんな様子を見ていると、担任が教室に入ってきて教卓についたため、オレは視線をそちらに向けた。
午後になり、昼休みのチャイムが鳴った。
その途端に席を立ち友人達のところへ行こうと動きかけた彼女に、オレは「ユリ」と声をかける。
「話したいことがあるんだけど」
「……」
「頼む、すぐ終わるから」
わずかにユリがこちらに顔を向けた。
迷っているのだろう。
断りたいけれど、このままではいけないと思っているのかもしれない。彼女はわずかに口を開いたが何も言わずに、やがて小さく頷いた。
「…サンキュ」
オレは席から立ち上がり、廊下に出た。
そしてなるべく人気がないところを探して歩く。
ユリが黙って後ろからついてくる気配。
それを背中で感じながら、人がいない廊下の端でオレは立ち止まった。
後ろを振り返ると、少し離れた距離にユリがいた。相変わらず目は合わせてくれない。
「悪ィ、急に」
「…ううん」
「オレのこと避けてるよな?」
「…」
彼女が言葉に詰まった。
何か言う気配もなかったため、オレは言葉を続ける。
「オレの気持ち、迷惑だったか?」
つい数日前の情景が脳裏に再生される。
放課後、たまたま教室に残っていたユリに、オレは「好きだ」と告げた。
それからユリはオレと目を合わせなくなり、返事もまともにしてくれなくなったのだ。
明らかに拒絶ととれる反応に、当たり前に傷ついた。
それならばいっそ断ってもらえればオレの気持ちにも整理がつくだろうと思い、ユリに声をかけたというわけだ。それに何より、毎日こんな状態だとユリもやりづらいだろう。
「迷惑なら、ハッキリ断って欲しいんだ」
「………迷惑じゃ、ないよ」
「え?」
「違うの………その……」
ユリの声が震えてる。
小さな声。壁に反響してこだましているそれを、一言も聞き逃すまいとオレは一歩彼女に近づいた。
「………好きって言ってくれた日から」
「うん」
「和谷君のことで…頭がいっぱいになっちゃって…。考えるだけでドキドキするし、こうして近くにいると、なんだか苦しくて、うまく話せなくて…」
「…それって」
相変わらず、ユリはオレをみようとしない。
けれどその顔は真っ赤に染まっていて、加えて今の言葉。…オレはもしかしたら、大きな勘違いをしていたのかもしれない。
「嫌じゃねェってこと?」
「…」
こくり、と彼女が小さく頷いた。
「ハハ…なんだ。よかった。嫌われたんじゃねェかと思ってたんだ」
「!違う…ほんとは……」
「ホントは?」
「…っ」
「おーい!和谷ァ」
ユリの言葉の続きがもう少しで聞ける、と思った時、遠くからオレを呼ぶ声がした。そちらを見るとクラスメイトの姿。なんてタイミングが悪いんだ。
「センセー呼んでんぞー」
「!ああ、今行く」
返事をすると、ユリに視線を戻す。
彼女はわずかに口を開けたまま固まっていた。
けれど先ほどまでと決定的に違うところが一つあった。彼女がオレの目をしっかり見ているという所だ。
「やっと目ェ合ったな」
「う、うん」
「なァ、さっきの言葉の続き、放課後に聞かせてくれないか」
「…わかった」
「時間取らせて悪かったな。戻ろうぜ」
「うん…」
踵を返し、来た道を戻った。
おそらく少し俯きながら後ろを歩いているユリの表情を思い浮かべる。1秒でも早く放課後が来てくれればいいのにと、オレは願った。