私と彼の距離
放課後、下校時。
下駄箱で上履きから靴に履き替えている時、後ろから「よ」と声をかけられた。
「和谷君」
「すぐ帰るのか?」
「うん」
「……一緒に、帰らねェ?」
「え?」
驚いた。そんなことを言われたのは初めてだったから。私は動揺を隠しながらも、小さく頷いたのだった。
この日は初夏で、太陽の光が少し暑く感じた。
私と和谷君は付かず離れずの距離を保ったまま、並んで歩く。お互いに目を合わせる訳でもなく、特に会話もない。
同じ学年の同級生が近くを通るたび、ヒソヒソと何か囁かれているのが聞こえた。今し方聞こえたのは、「アイツら2人で帰ってるぜ」と好奇に満ちた話し声。そんな声が聞こえるたび、恥ずかしくてそわそわと落ち着かなくなる。
やがて同級生たちの姿も見えなくなった。
そろそろ何か話したほうがいいのかと思い、私はちらっと和谷君の横顔を盗み見る。その表情からは何も読み取れなくて、私はすぐに視線を戻した。
…もしかして、知っているのだろうか、私の気持ちを。
彼のことが気になり始めたのは最近で、それを自覚したのもついこの前だ。
友人の誰にも話していないのだから、もし気づかれているとなると、気付かないうちに私がよほど分かりやすいリアクションをしてしまったということになるのだけれど。
「(…ん?じゃあ、一緒に帰ろうって声かけてくれたのって…)」
もしや、私の好意をお断りするためなのだろうか。
これからやんわりと「君の気持ちには答えられない」的なことを告げられるのだろうか。だとしたら、声をかけてもらって一瞬でも浮かれてしまった私は愚かでしかない。
「なぁ」
「!はいっ」
不意に声をかけられて、思考から意識を引き戻される。和谷君の方を見ると、どこか真剣な表情を浮かべてこちらを見ていた。
あ、これアレだ。お断りされるヤツだ。
やるなら一思いにやってくれ。
そう思い、私は鞄の持ち手をぎゅっと握りしめて彼の言葉を待った。
「…」
けれど一向に言葉はない。
恐る恐る彼の表情を伺うと、何かを伝えようと決心しているように見えた。
ああ、そうか。
和谷君は優しいから、はっきりと断れないんだ、きっと。そんな事を考えながらも、私は彼の次の言葉を待った。
「…ッ、明日も」
「?」
「明日も、一緒に帰らねェ?」
「え…?」
心臓が大きな音を立てる。
だってその表情や仕草は、とても私を拒んでいるようには見えなかったから。
むしろその、逆のー…。
「…うん!帰りたい、和谷君と」
「!ホントか?」
こくこくと頷いてみせる。
すると和谷君は、強張っていた表情を崩し、安心したように息を吐いた。
「いやー、断られたらどうしようって思ってたぜ」
「!言うわけないよ」
「え?」
「あ」
今のは分かりやす過ぎただろうか。
つい食い気味に否定してしまい、私は口をつぐんだ。こんなんだから、きっと和谷君に好意がバレたんだ。
「…サンキュ、ユリ」
どこまでもまっすぐで、優しい瞳が私を映す。
心臓がまた大きく鳴って、和谷君への気持ちがどんどん膨れ上がっていくのを感じた。
「行こうぜ」
「うん」
優しい微笑みを浮かべた彼に促されて、私は再び歩き出した。心なしか、私と和谷君の距離は、先ほどまでよりもずっと近くに思えた。