チェリージャムに口付けを




スコーンの焼ける香ばしい匂いが部屋の中を満たしている。私は今日、明日香の部屋のキッチンでお菓子作りを習っていた。



「ん〜、いい匂い…!さすが明日香!」

「ユリだって頑張って作ったじゃない。さ、先週一緒に作ったジャムもあるから、お茶の時間にしましょ」

「うん!あ、私テーブルに並べるね」

「そうね。お願いするわ」



焼き上がったスコーンをお皿に盛り付けて、ジャムを2つの小皿にそれぞれスプーンで乗せる。

ティーポットにカップ、ソーサー、ミルクにレモンまで用意すれば、あっという間にお茶会の始まりだ。



「スコーン美味しい!焼き立て最高だよーっ」

「ふふ、ユリは本当に美味しそうに食べるわね」

「ホントは明日香みたいに優雅な女性の振る舞いを身につけたいんだけどね…」

「そんなの要らないわよ。ユリにはユリにしかない良さがあるんだから」



ね?と小首を傾げて微笑む明日香は、さながら女神のごとくだ。
その笑顔に見惚れていると、コンコン、とドアをノックする音が聞こえてきた。



「誰かしら」



カップを置いて明日香が立ち上がる。
ドアを開けると、十代とヨハン君が顔を覗かせた。



「あら十代、ヨハン。どうかしたの?」

「暇だったからヨハンと2人散歩してたんだけどさ、明日香の部屋からいい匂いがしたから来てみたんだ」

「ああ、ユリとスコーンを焼いてたのよ。良かったら一緒に…、あ、ちょっと待っててくれる?」

「?おう」



なんだ?と疑問符を浮かべている十代をよそに、明日香は小走りでキッチンへと駆けていった。

そしてすぐに小さなバスケットを持って現れると、それを私に押し付けるようにして手渡す。



「あ、明日香?」

「スコーンとジャムを入れておいたわ。ヨハンと2人で、ね?」



小声でそう囁くと、ウインクを私に向ける。
ああ美しいなあ、なんて呑気に見惚れている私の手を取り立ち上がらせると、ぐいぐいとドアの方まで引っ張られた。



「ねえヨハン、ユリがこれを外で食べたいっていうんだけど、生憎私はあんまり日焼けしたくないのよ。だから2人で中庭にでも行って食べたらどうかしら?」

「ん?俺は構わないけど…ユリはいいのか?」

「わ、私は全然!むしろ歓迎です!」

「なんだ、そっか。じゃあ行こうぜ」

「…うん!」



去り際に後ろを振り返ると、明日香が笑顔で見送ってくれている。
口の形だけで「ありがとう」と返すと、私とヨハン君は寮の外に出て中庭へと向かった。








向かい合って芝生に腰掛ける。バスケットを広げると、紙袋に入ったスコーンが二つに、小さな瓶に入ったジャムが顔を覗かせた。



「はい、ヨハン君」

「お、サンキュ。ユリが焼いたのか?」

「明日香に教えてもらいながら作ったの。ジャムもね、先週教わったんだ」

「へえ。女の子って感じで、可愛いな」



こちらを見てにこりと笑いかけてくれる。
その笑顔を見ることができただけで、お菓子作りを頑張った甲斐があるというものだ。

ヨハン君は一口スコーンをかじると、「お、美味いな、これ!」と喜んでくれた。



「これ付けて食べてみる?チェリージャムなんだけど」

「へえ、珍しいな。イチゴとかブルーベリーのジャムなら良く見るけど」

「私さくらんぼが大好きだから、前から作ってみたかったの」



スプーンにジャムを盛ってヨハン君の持っているスコーンに乗せてみる。「綺麗な色だな」と言いながらまた一口かじっているヨハン君を横目で見守る。



「うん、すごく上手いよ。初めて食べたけど驚いた」

「ホント?!よかったぁ…」



ほっと一安心。
まあ、明日香に習ったんだからまず間違いはないだろうけど、やっぱり自分が作ったものを好きな人に食べてもらうのはとても緊張するものだ。


私もスコーンにジャムを塗ってそれを口にする。スコーンの香ばしい香りと、チェリージャムのちょうどいい甘さが口いっぱいに広がった。



「んん、美味しい〜…」

「幸せそうな顔してるな」



ヨハン君に向けられた優しい眼差し。
慈しむような笑顔を浮かべられていて、私の心臓がドキドキと音を立てて始める。

…ヨハン君と恋人同士になれたら、こんな笑顔を毎日そばで見ることができるのだろうか。



「…ん?」

「どうしたの?」

「ユリ、ちょっと動くなよ」

「え…」



ヨハン君の顔が、私の顔を覗き込むようにしてゆっくりと近づいてくる。
あまりの近さにもはや混乱状態に陥りかけた時、彼の指先が私の唇の端をそっとなぞった。



「…ついてた、ジャム」

「!!!」



なんてことだ。
キスされるかもと期待してしまった事と、口にジャムがついていた事で二重に恥ずかしい。うわあ、と羞恥で頭を抱えたくなる。



「ご、ごめんね、今ハンカチ出すから…」

「いいよ」

「え?」



ポケットを探ろうとしたけれど、やんわりと断られる。
どうするんだろうと見守っている中、ヨハン君はジャムの付いた指先をそのまま口に含めたではないか。



「あああ、あの?!」

「…なんかさ」



ぺろりとジャムを舐めるヨハン君。
一体何が起こっているんだろうと呆然としている私に、彼は笑いかけた。



「俺もチェリージャム、好きになりそうだ」



手にしていたスコーンを危うく芝生に落としかける。

「また作ってくれるか?」と尋ねるヨハン君に、私は「何度でも喜んで!」と食い気味に返事をした。



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