26 前兆


やっと自分の気持ちに気づけたからといって、じゃあヨハン君に告白しようか、なんて思えるほど勇気も行動力もある私じゃない。

むしろ昨日あんな事があったのにどんな顔をして会えばいいのか分からない上に、気持ちを自覚してしまった以上、不自然な態度になってしまわないか心配だった。


それでも朝はやってくるし、いつも通り授業だってあるのだからいつまでもこうしてベッドの中にいるわけにもいかず、身体を無理やり起こして支度を始めることにした。




最初の授業に向かう途中、ヨハン君と十代が並んで歩いているのを見かけた。
いつもならここで迷う事なく2人に声をかけるけど、今日は反射的に隠れてしまった。


「(…やっぱり、普通の顔してなんて、無理だよ)」


いま一瞬見かけただけなのに、胸がどきどきしてしまう。

昨日あんなにも近くまでヨハン君の顔が近づいてきたことを思い出して、顔から湯気が出そうな勢いだった。

というか、あれは本当にキスをしようとしていたのかな。もしそうだったとしたらどうして…?まさかヨハン君も、私のこと…?


「…きっと私の顔に何かついてたとかそんな理由だよ。期待なんかしちゃダメだ、私」


自分の胸にそう言い聞かせる。勝手に期待して、もし違った時に傷つくのは怖かった。

でもそれ以上にヨハン君に好きな人がいるかもしれない、と想像しただけでも胸が痛んだ。本当にいつのまに私は、ヨハン君の事をこんなに好きになっていたんだろう。


「あれ?ユリ、こんなところで何やってるの?」
「ももえ!」
「もう授業始まっちゃうわよ、行きましょ!」


ももえは柱の影に隠れた私の腕を引くと、教室に向かって歩き始めた。

ももえの声に気づいたヨハン君と十代がこちらを振り向いたのが視界の端で見えたけど、私は目を合わせないように足早にその場を去った。



いつもなら隣の席に座って授業を受けるけれど、最初の授業でも、次の授業でも、私はなかなかヨハン君と目を合わせることができなかった。

授業終わりのチャイムが鳴った時、遠くからヨハン君が「ユリ」と声をかけてくれたのが聞こえたけど、気づかないふりをしてその場を去ってしまった。



そのまま、お昼ご飯の時間になった。
私はなるべく人気のない方を探してベンチに座り込み、そこで一人過ごすことにした。


「はぁ…」


ため息が出てしまう。好きだと自覚しただけで、その相手とうまく顔を合わせられなくなってしまうなんて。

小学生の方がまだ上手に恋愛をするんじゃないだろうか、と思ったらまた気が滅入ってしまった。


「私…だめだなぁ…」
「…いた!ユリ!」
「あ…」


聞きなれた声が少し遠くから聞こえてきて、私は勢いよく顔を上げた。
その方向を見ると、ヨハン君がこちらに向かって走ってきているのが見える。


「はぁ、はぁ…やっと見つけた」
「…」
「探したんだぜ。購買にも中庭にもいなかったからさ」


肩で息をしている。
私を探すために走り回ってくれたのだろうか。ヨハン君はそのまま少し息を整えて話しだした。


「なぁ、もしかしてオレのこと避けてるのか?」
「…避けてないよ。ただ…」
「ただ?」
「…」


あなたのことが好きだと気づいてしまったから、うまく話すことができないだけです。なんて言うことはできなかった。


「…今日、寂しかったよ。ユリと話せなくてさ。十代も気にしてたぜ」
「…ご、ごめんね」
「昨日のこと気にしてるのか?」
「…?」
「その、オレが…キスしようとしたこと」
「え…」


ーほんとにキス、しようとしてたんだ。

昨日のことを思い出して、かぁっと顔が赤くなるのを感じる。


「嫌だったんなら謝るー」
「っ、違う!」


思ったより大きな声が出てしまって、ヨハン君は少し驚いた様子だ。


「全然違う!嫌なんかじゃないの…嫌なわけないよ」
「…ユリ?」
「…」


嫌なわけない。好きなのに。
想いはこんなに溢れそうなのに、言葉にして伝える事はこんなにも難しい。


「…あ、いた!ヨハン、ユリ!」
「十代!」


私とヨハン君のあいだに沈黙が流れたとき、十代が手を上げながらこちらに走ってくるのが見えた。


「どうしたの?そんなに走って…」
「…、大変なんだ」
「え?」
「大変って…なにが…」


何やら不穏な空気を醸していたので、私は恐る恐る十代に尋ねる。十代は息をつく暇も無くこう言った。


「ファラオがいなくなったんだ」

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