30 その先へ
少ししてから、ヨハン君は私の手を引いて洞穴から連れ出してくれた。
もうはぐれないように、と手は繋いだままに暗い森の中を進んでいく。
不思議だ。
隣にヨハン君がいてくれるだけで、ついさっきまで襲われていた恐怖が嘘みたいに引いてしまうんだから。
「…あれ?そういえば」
「ん?」
「帰りの方向は大丈夫なの?」
そうだ、ヨハン君は方向音痴なんだった、とふと私は思い出した。
ましてこんな暗闇の中じゃ、誰でも道に迷ってしまうんじゃないだろうか。
「ああ、それなら心配ない。オレにはルビーがついてるからな」
「…?」
「カードの精霊でオレの家族さ。ユリには見えないかもしれないけど、今度ゆっくり紹介するよ」
「カードの精霊?ヨハン君は精霊が見えるの?すごい…!」
「…信じてくれるのか?オレの話。大抵みんな、そんなの嘘だろって言うんだけど」
不思議そうな表情を浮かべてヨハン君はこちらを見た。
「もちろん。だって見えるんでしょ?私は話でしか聞いたことがないんだけど、精霊はほんとにいたんだね!いいなぁ、私も精霊に会ってみたい」
おとぎ話みたいなものだとみんな言うけど、私は初めて話を聞いた時から信じていた。
自分も精霊が見える人間になれたらどんなにいいだろう、と何度も思った。
結局一度も精霊の姿を見ることはできなかったけど、目の前にいるヨハン君は、精霊を見ることができる人なんだと思ったら心が踊った。
「…」
ヨハン君はそんな私の表情をじっと見ていたけれど、すぐに表情を変えて柔らかく微笑んだ。
「ありがとな、信じてくれて」
「信じるよ。ヨハン君の言うことだもん」
「ーよかったよ」
「え?」
「オレ、ユリを好きになってよかった」
「…っ」
あまりにも優しい表情でそう言ってくれるから。ヨハン君の顔をまっすぐに見ていられなくて、私は目を逸らした。
「よし。戻ってこれたな」
森を抜けて中庭に出た時、ヨハン君が繋いでいた手をそっと離した。
「オレはもうちょっと繋いでたいんだけどさ。誰かに見られたらユリは嫌だろ?」
「嫌じゃないけど…。確かに、見られると学園中で噂になりそうだもんね」
女子生徒から人気の高いヨハン君だ。
私と手を繋いでいるところを誰かに目撃されてしまうと、それだけで面倒なことになってしまうかもしれない、と思った私は小さく頷いた。
「だから今はこれだけ」
「え…?」
肩に手を置かれて、疑問に思う瞬間もなくヨハン君の唇が私の頬に落とされた。
そして顔を離した彼は照れたように笑った。間違いなく私の方が照れていると思うけど。
「行こうぜ。きっとみんな心配してる」
「…うん…!」
レッド寮の前へ向かうと、明日香に万丈目君、翔君、剣山君が立っていた。
私とヨハン君を見ると、明日香はファラオを万丈目君に預けると私の方へ駆けてきた。
「ユリ!良かった、無事だったのね」
「森の中で迷っちゃって…でも、ヨハン君が見つけてくれたの」
「そう。ありがとう、ヨハン」
「礼なんていいって。そういえば十代は?」
「ユリを探しに行ったきりよ。いま翔君が連絡してくれたからすぐに戻ってくると思うわ」
「そっか…」
十代が、私を探しに行ってくれた。
その事実を聞いただけでじんと胸が熱くなる。
「もう遅いし、私達は寮に戻るわ。ユリも一緒に行く?」
「ううん。私はここで十代を待ってる。…十代に、話したいことがあるの」
私はそう言って明日香の目を見た。すると明日香はすぐに察してくれたのか、すぐににこりと笑って言った。
「そう。…じゃ、私達は行きましょ」
明日香が歩き出すと、それにみんなついていった。ヨハン君だけが立ち止まったまま、私に声をかける。
「気をつけて戻ってこいよ、ユリ。…おやすみ」
「うん!…ありがとう、ヨハン君」
笑顔で手を振ると、私は彼らの背中を見送った。
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