32 so sweet.
次の日。授業に向かおうとブルー寮の玄関を歩いている途中で声をかけられた。
「ユリ!」
「あ、ヨハン君」
「おはよう。一緒に行こうと思ってさ、待ってたんだ」
「そうだったんだ。ありがとう」
私を待っていてくれたのだと思うと、なんだか嬉しくてくすぐったい気持ちになる。
朝一番からヨハン君に会えるなんて、とても幸せだ。
「昨日、寒かっただろ。風邪でも引いてないかと思ってさ。大丈夫か?」
並んで歩いていると、そう言って心配そうな視線を向けてくれる。
昨日というのは、ファラオを探しに行って森の中を迷ってしまった時のことだろう。夜の森は寒い上、ただでさえ女子の制服は露出が高くてとても暖かいとは言えない。
「大丈夫だよ。ヨハン君が来てくれたから」
にこっと笑ってみせると、ヨハン君は少し頬を染めて安心したように微笑んでくれた。そして少し遠くを見るような目をして口を開いた。
「…オレさ、ユリは十代の事が好きなんだって思ってたんだ」
「え?!そうだったの?」
そうか、だから「もう十代に嫉妬なんかしない」と言っていたのかな。
そういえば同じような事を明日香にも言われたし、今思えばレイちゃんも私のことを「恋のライバル」と言ったこともあったし、側から見ると私は十代に恋をしてるように見えるみたいだ。
「うん。だからオレの事は見てもらえないかもしれないって思ってた。でもユリはオレの事を好きって言ってくれた。信じられないぐらい嬉しいよ」
「うん…」
「ユリの事、ずっと大切にする。オレが絶対守ってみせるから…これから、よろしくな」
「…こちらこそ!よろしくお願いします」
お互いに目を合わせて微笑み合う。
なんて幸せな時間なんだろう、と心の底から思った。
「あ、そうだ。明日ね、もし良かったらお弁当作ろうと思うんだけど…食べてくれるかな?」
「え?いいのか?」
「うん。て言っても、あんまり手の込んだものは作れないけど…」
「やったぜ!前に十代が食べてたとこ見て、ちょっと羨ましかったんだ」
「本当?それなら…」
それなら時間あるときはいつでも作るよ、と言いかけて私は口をつぐんだ。
「…」
「ユリ?」
ヨハン君はもうすぐ留学期間を終えてあっちの学校に帰ってしまう。
お弁当を作る時間はあっても、顔を合わせる時間はなくなってしまう。
前にもふと考えたことがあった。ヨハン君が向こうに帰ってしまった後、この空はどんな風に違って見えるんだろう、って。
ヨハン君はしばらく私の横顔を黙って見ていたけど、やがて何を考えているのか察したようだった。そして立ち止まると口を開いた。
「なあ、ユリ。オレがアークティックに帰っても、会えなくなるわけじゃないぜ」
「…うん、そうだよね」
「なるべく会いに行くさ。休暇中には一緒にどこか行こう」
「うん…!行きたい!」
そうだ。何も二度と会えなくなるわけじゃない。
頭では分かっているつもりだったけどやっぱり寂しさが勝ってしまって。
きっとヨハン君も寂しいと思ってくれているはずなのに、こうして励ましてくれるなんて本当に優しい人なんだなと思う。
一緒に並んで街を歩いて、色んなものを見て、顔を見合わせて笑い合いたい。それができるなら少しの寂しさくらい我慢しなくちゃいけない、と私は思った。
「迎えに行くよ。卒業したら」
「え…」
「オレは卒業したら、自分の夢を叶えるために資金を貯めようと思ってる。それまで少し待たせちまうかもしれないけど」
夢。資金。
予想もしていなかった言葉がヨハン君の口から次々に出てきて混乱しそうになるけど、その視線は真剣そのものだった。
「ある程度目処がついたら、世界の色々なところを訪れようと思ってる。オレの力を必要としてくれている人たちのために」
「…世界を…」
「ユリ。一緒に来てくれるか?」
あまりにも唐突すぎる話で現実味はなかった。
けれど私の頭の中に断るという文字はなくて、きっとそれはヨハン君という人が持つ力とーそれと、それくらい彼のことが好きになってしまった自分がいるからだと思った。
「…うん。ヨハン君となら、どこまででも行きたい」
「…!ありがとう、ユリ」
ふわり、嬉しそうに微笑んだヨハン君はそのままま私の顔を愛おしげに一瞥すると、優しく唇を重ねた。
そしてゆっくりと離れる間際に私の頬にも優しく口づけを落としてくれた。
「行こうか。授業、始まっちまうからな」
「うん…!」
もう、周りの目なんてどうでもいいと思った。何があったって、目の前にいるこの人が好きだという気持ちは誰にも邪魔できない。
ヨハン君も同じ気持ちでいてくれたらしく、私たちはお互い顔を見合わせて微笑むと、どちらからともなく手を繋いだ。
ーヨハン君、私は貴方のことが大好きだよ。
繋いだ手から優しく伝わる体温を感じながら空を見上げると、そこには私の気持ちを映したような、晴れ渡った青空が広がっていた。
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