9 ドローパンの悪夢
次の日の夕方、私は十代のためにまとめたノートを片手にレッド寮へ向かった。今日も彼に勉強を教えるためだ。
「…もういるかな、十代」
オレンジ色の夕日がレッド寮を照らしていて、その色合いがとても素敵だなあなんて考えながら十代の部屋のドアをノックした。
「…」
反応がなかったのでもう一度ノックして待ってみても同じだった。
もしかして補習でも受けてるのだろうかと思いつつドアノブを捻ると、ギィ、と錆びた音を立ててドアはあっけなく開いた。
「…なんて不用心な…」
泥棒でも入ったらどうするつもりなのだろう。まぁこの学園の敷地内にそんな人はいないと思うけど…。
十代には悪いけど、部屋で少し待たせてもらおう、と思い足を踏み入れた。
靴を脱いで部屋に上がると、途端に十代の香りがふわりと漂ってきた。
「…落ち着く。この香り」
優しくて、温かい気持ちになれる、大好きな十代の香りだ。…なんだか私いま、少し変態っぽいかもしれない。
「まだかなぁ…」
30分ほど待っても十代は来ず、代わりに訪れたのは睡魔だった。
昨日は十代のために夜遅くまでノートをまとめていたから、あまり眠れていないのだ。
…いいよね、少しくらい寝ちゃっても。
ふぁ、とあくびをひとつ零すとその場に座り込み、私はベッドの柵にもたれて目を閉じた。
『ーねえユリ!今日はドローパン一緒に買ってみようよ!』
ブルー寮の友達であるももえが私にそう誘いかける。
『うん、じゃ私はこれー』
『私はこれにしよっと』
パンの山から、それぞれ一つずつ掴んで手に取る。まずはももえが袋を開けてみると、当たりのミートボールパンだ。
『あ、いいなぁももえ!それ当たりだよね』
『なかなか良い引きかな。ユリはどうだった?』
『えーと、私のはね…』
袋の切り口に手をかけて、中身を取り出す。そこから現れたのはなんと、禍々しい色合いをした青紫色の物体だったー
「い、いやあぁああ!!もうドローパンなんて買わない!!」
「うわっ!?」
「ーって、あれ?ヨハン君…?」
夢を見ていたんだと気がつく前に視界に飛び込んできたのは、ヨハン君の顔だった。
「目が覚めたか。びっくりしたぜ、寝てると思ったら急にドローパンとか言い出すからさ」
「あぁ、その…悪い夢を見たの」
「夢って?」
「友達とドローパンを買った夢。友達のは当たりのパンだったんだけど、私が買ったのを開けてみたら、なんだかよく分からない物体だったの…はぁ…」
この上なく落ち込んだ気持ちになる。
リアルでも良いパンに当たったことなんてただの一度しかないのだから、せめて夢の中でくらい良い思いをさせてくれてもいいのに。
「…ははっ!なんだそれ、面白すぎる!」
私の気持ちとは裏腹に、ヨハン君は大笑いだ。
「私にとってはすごく深刻な夢だったんだよ?おいしいドローパンを引けるかどうかはとても重要だもん」
「そっかそっか。笑って悪かったよ、ごめん」
そう謝りつつも、まだ笑いが収まりきっていない様子だ。
「じゃあさ、明日はオレが選んでやるよ。十代ほどじゃないにしても、中々引きは良い方だと思うぜ」
「ほ…ほんと?!」
「ああ!明日は一緒に購買に行こう」
「うわあ、ありがとうヨハン君!」
もしかしなくても、彼はものすごく良い人だ。嬉しさのあまり、思わず私はヨハン君の手を取った。
すると驚いたことに、ヨハン君は途端に顔を赤くしたのだ。すぐに顔をそらされてしまったけれど、見間違いではなかったと思う。
「…よ、ヨハン君?顔…」
「っ、なんでもない」
「2人とも待たせてごめんな!」
なんとも言えないタイミングで十代が部屋に入ってきたことに驚き、私はぱっとヨハン君の手を離した。
「いやー授業終わったらいきなりデュエル申し込まれちゃってさ。苦戦してたら遅れちまった」
「そうだったんだ…」
あれ、おかしい。
十代と話しているときはいつも嬉しさと緊張で胸が高鳴るけれど、今日は違う理由で心臓がどきどきしている。
「ん?どうしたんだ?ユリ」
「…ううん、なんでもない!さ、勉強始めよっ」
そっと、まだ少し頬が染まっているヨハン君の顔を横目で盗み見る。すると、小さく心臓が音を立てた気がした。
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