さあ、足を踏み出し輝く世界へ



自分の胸に飛び込む感じで部屋に引き込んだ宗三は特に何かをする訳でもなく、鈴の頭頂部を見下ろしており。
だが、自分の身に何が起きたのか把握出来ていない鈴は、混乱の余り身動き一つ取れないでおり、結果大人しく宗三の腕の中に納まっていた。

暫くその状態が続いていたが、それは第三者の声で変わる事となった。


「宗三、そろそろ離してやりなさい」

「兄上…」


その言葉を発したのは、左文字兄弟の長兄、江雪左文字だった。
彼は、部屋の隅の方で、壁に凭れ掛かりながら静かに言い、その江雪の言葉に宗三は少し驚きつつも鈴との距離を開け鈴から離れた場所へと腰を下ろした。

宗三が離れた事で鈴はホッと息を吐き、そろり、と視線を動かし部屋の中を観察した。
部屋の中を見渡すのは失礼かとも思ったが、少し違和感を覚え、余り失礼のないように観察を始めた。

障子戸を閉め切り、雨戸も閉めている為、室内はかなり薄暗かった。
しかも換気もしていなかったからか、室内の空気は悪く、臭いも篭っていた。

だが、この部屋を見る限り、この部屋の主は外傷も見当たらず大丈夫そうに見えるが、神気が少し淀んでいた。一期一振のように闇堕ちの危険があるか、と聞かれればそこまでではない。
それなのに違和感を覚える程には、何かが変だった。

その”何か”を必死に考えていた鈴だったが、そんな鈴の様子に気付いた江雪と宗三は目を合わせ、少しだけその目を丸くした。
この部屋の“何か”おかしい部分にうっすらと気付き始めた事に驚いたのだ。

一見、平凡な普通の人間なのに”手入れ師”とだけあって敏感なようだ。

人間に期待するのも、縋るのも疲れ果て、人間は信用するべき存在ではないモノだと思っていた二振りだったが、この人間だけは、もう一度だけ頼ってみよう、信用してみようと不思議と自然に思えた。
それは、鈴が纏っている温かな霊力が心地良いからなのかもしれない。

そう思えた原因は分からないが、自然とそう思えたのだ。

宗三は口の中に溜まった唾液を飲み込み、意を決したように鈴へと向き合った。
畳の擦れる音がして、鈴がそちらの方を向くと、自分と向き合うようにしていた宗三の姿があり、鈴はその姿を見つめた。

鈴の視線に仮初の心臓がバクバクと五月蠅く動き出したが、宗三はきゅ、と唇を一度結び、恐る恐ると言った感じに口を開いた。


「何を、感じますか…?」

「え…?」


宗三の口から出た言葉は、その一言だった。
核心のようで、少しあやふやなその言葉に、鈴は思わず間抜けな声を出してしまった。

咄嗟の事で仕方なかったとは言え、宗三は、むっ、と唇を尖らせ、鈴は小さくなりながら、ごめんなさい、と口にした。

だが、そのお陰なのか。
空気は少し緩み、お互いから程よく力が抜けたのを感じ、困ったような、照れ臭いような、そんな意味が含まれた微笑を浮かべた、宗三と鈴。

だが、それもつかの間の事で、鈴はきゅ、と表情を引き締め、口を開いた。


「深い、悲しみのようなものを感じます」


鈴のその言葉に宗三はハッとしたように江雪を振り返ると、江雪も切れ長の目をこれでもか、と見開き、静かに頷いた。
その江雪の頷きの意味を直ぐに理解した宗三は、目に薄く涙を浮かべると鈴に向かって深々と頭を下げ、その額は畳へと擦り付ける程だった。


「小夜を…ッ、お小夜を助けてくださいっ…!!!」


恥も外聞も捨てたその宗三の行動に鈴は目を丸くし驚いた。
宗三はプライドの高い刀剣だと学んだし、実際、政府直下の宗三左文字は儚い見た目に反してプライドが高く、物言いもキツイ、そんな刀剣だったのに、だ。
今、自分の目の前に居る、宗三左文字はそんな面影が全くなく、儚い系美人そのものだった。

そんな事に一瞬意識が向いてしまった鈴だったが、ハッと我に返り、宗三に目線を合わせた。
震える声音で縋るように言った宗三は、まだ畳に額を擦り付けたままだった。

鈴は宗三の肩に手を添え、その頭を何とか上げさせたが、今にもまた頭を下げてしまいそうなその姿に何があったのか、ちゃんと訊く必要があると感じた。


「何があったのですか…?」


宗三の背中を擦りながら、柔らかい声音でそう訊ねた鈴に宗三は思い口を開き、小夜の事を話し始めた。


「僕達、左文字はお世辞にも性格が良いとは言えず、捻くれた言い方や頑として譲らなかったり…、自分でも分かるぐらい、面倒臭い性格をしているんです」


自嘲したような笑みを浮かべ、そう話し始めた宗三に鈴は、心の中で、あぁ、と思ったのだが、それが少し顔に出ていたのか、宗三は困った笑みを浮かべ、再び口を開いた。


「僕や兄上は、まあ、それなりに前任の機嫌を窺いつつ、のらりくらりと交わしながらここでの生活をしていました。でもね、お小夜はそのさじ加減が上手く出来なかったみたいで、良く前任の機嫌を損ねていました…。僕や兄上が何度言い聞かせてもお小夜は上手く出来なかったみたいで、とうとう前任を怒らせてしまったんです」


そこまで話した宗三の表情は、どの言葉で表していいのか分からない、複雑な、色んな種類の感情が混じった表情をしていた。
悲しみと哀しみ、諦めと怒り、そんな感情が複雑に交じりあっていて、非常に苦しそうに見えた。


「前任殿を怒らせてしまった小夜様はどうなったのですか…?」

「…前任も大人気ない人間でしてね。人間では十分に大人だと云うのに見た目が幼子のお小夜にあそこまで非道な行いをするんですから」


一瞬、哀しみに揺れた宗三の瞳。
その瞳が前任の非道の所業を物語っていた。


「最初は後に比べると随分とマシなものでした…、お小夜が大切に育てていた花を荒し、お小夜の好物の柿の木を切り倒し…、お小夜の大事な物を徹底的に奪っていきました。それこそ、対象が生き物であってもです」

「い、きもの…?」

「……、貴女はこの本丸に猫が居ついている事はご存知ですか?」

「は、はい、初日に門の前で見かけました」

「そうですか…、その猫の一匹をお小夜が大層可愛がっていたんです。でもね、前任にはその猫が格好の獲物だったんですよ。……ここまで言えば、貴女にも想像ついたでしょう?」

「小夜、さま…」

「徹底的にお小夜の精神を痛めつけ……、それが引き金になったんでしょうね、お小夜は押入れに閉じこもってしまい、出て来なくなってしまったんです。僕達がどれだけ声を掛けようとも出てこず、無理に開けようとすると錯乱状態になって自分の本体で切りつけてくる状態になったんです」


そこまで話すと宗三は我慢の限界を迎え、口を閉ざし肩を震わせ俯いてしまった。
そんな宗三に鈴は近付き、側まで寄ると初めのように優しく背中を擦り、宗三が落ち着くのを待った。

鈴が背中に触れた時、宗三の体はびくり、と小さく跳ねたが、宗三は鈴の手を振り払う事はしなかった。
鈴も鈴で直感に似たもので宗三は自分に危害を加える刀剣ではないと感じていたから、こうして近くまで近付けたのだが、こうして抵抗せず背中を擦る、と云う行為を受け入れてくれている宗三に対して嬉しく思っていた。

暫くの間、そうして背中を擦っていたが、宗三も落ち着き赤くなった目を鈴に向け、少し恥ずかしそうに“ありがとうございます”と言った宗三。
そんな彼に鈴もホッと安堵の息を吐き、彼の側から離れ、部屋の片隅に居る、江雪に目を向け、頭を下げた。

宗三の背中を擦っていた時、江雪の居る方から、彼の視線を感じていた。
その視線は警戒ではなく、心配の意味の視線だったのだが、側に寄りそう事はなく、ただ、ただ、その場から見守っていた視線だった。

宗三が落ち着いたのを見て、江雪も安心出来たのだろう。
今の江雪の表情は、安堵の色が見え、少し穏やかにもなっていた。

だが、押入れの方へ視線を向けると、再び暗くなり、その表情は苦しいもので鈴もそちらの方へと顔を向けた。

暫く、押入れの方を見ていた鈴だったが、きゅ、と唇を一度結び、そのまま立ち上がると押入れの前まで行き、押入れから頭一つ分開けるとそこに座った。

鈴の突然の行動に宗三も江雪も目をぎょ、と見開き驚き、咄嗟に元いた場所に戻そうと腰を浮かせたが、鈴の背中を見ると、そうする事が出来なかった。
小さなその背中は頼りなく見えてしまうのだが、その背中から強い意志を感じ取ったのだ。

きっと、今の鈴は、何を言っても訊く耳持たない、と、そう思ってしまうぐらいに。

それならば、と鈴が危険な目に遇わないよう見守ろう、と。
願わくは、小夜が鈴に刃を向けない事を願うが、そうなった時は鈴を守ろう、と、そう思えた。

鈴は暫く、無言のまま押入れを見ていた。
襖を見るのではなく、襖の向こう、中に居る小夜を見ているその目は、何を考えているのか読み取る事は出来なかった。

押入れの中に居る小夜にも、鈴の視線は気付いていた。

鈴はどうするのか。
襖を無理矢理開けて、無理矢理外に出すのか。
それとも綺麗ごとを並べて同情するのか。

少し捻くれた考えかもしれないが、小夜は勿論、兄である宗三や江雪もそう思っていた。

だが、その考えは違っていた事に気付く。


「小夜左文字様、初めまして。先日からこの本丸にて手入れ師として配属された者です」


緊張しているのか、鈴の声音は固いモノだったが、口調は穏やかそのものだった。
元より、この鈴が口調荒く、刺々しい物言いをする人間とは思えなかったが、まさか、こんな入り方をするとは思わなかった。


「本丸に来た初日は、霊力の供給がなかったせいか、空は今にも雨が降りそうな程どんよりとしていましたが、私が来た次の日には空模様も大分落ち着き、少し晴れ間も見えました」


鈴が口にしている言葉は、まさに”今の”本丸の出来事だった。
晴れ間の見えるようになった空の事、日を分け掃除をしていて、段々と綺麗になっていっていると云う事。
燭台切に食事を作ってもらっているが、これが幸せな気分になる程、美味しくて油断すると食べ過ぎて太ってしまいそうな事。

それを凄く嬉しそうに、そして、幸せそうに話すものだから、宗三も江雪も拍子抜けしてしまったが、その表情は嬉しそうに…、穏やかに微笑んでいた。


「家柄的に神様に御使いするのは初めてではないのですが、やはり可視化する分、面と向かうと緊張してしまいます…」


しょぼん、と落ち込んだ声音でそう言った鈴に吹き出しそうになるのを堪えた、宗三と江雪。
緊張しているのは本当だろうが、それを表面に出さず、堂々としているのに内心では、ビクビクしていた。

本当、この人間は面白い。
嘘をつくのは苦手だが、隠すのは上手い。

これだから人間は面白い生き物。
かつての主達もこんな一面があったものだった、と遠い記憶を懐かしんだ。


「今日は、粟田口の皆様が畑を整えて下さっています。雑草も生え、土もダメで…、体力も気力も必要ですが、やって下さって本当に感謝しています」


その鈴の言葉に宗三と江雪は、むごい事を…、と心の中で粟田口に同情した。
優等生の集まりの粟田口がどうして、あの畑を担当する事になったのか、二振りには分からないが、相当、鈴を怒らせてしまったのだろう。

だが、鈴が小夜に語っている話を訊いていると、それは決して自分の為の事ではない、と分かった。

畑仕事に厩舎の手入れ、厨の掃除に風呂掃除。
このどれをとっても、それは鈴が自分の為にしている事ではなかった。

これらは全て、この本丸に住まう自分達の為にやっていた事だった。

厨が掃除されれば、料理も出来る。
料理が出来れば、朝餉も昼餉も夕餉も食べられる。
風呂掃除をすれば、疲れた体を癒す為に風呂に入れる。
厩舎の掃除が進めば、神馬も元気になり、いつか戦場に立った時にまた力を貸してくれる。
畑の状態が整い、野菜を育てれば、食べ物に困る事はなくなる。

このどれもが、この本丸に住む”刀剣男士”の為だった。

縛られず、自分達の意志でなんでも出来る。
自分達は、もう自由なのだ、と、これらの作業を通して教えているかのようだった。

鈴にそんな考えがあったのかは分からないが、少なくとも自分達の為にしてくれている事だけは確かだった。

鈴は決して小夜を押入れから出そうとはせず、ただ優しく話しかけていた。

どれ程の時間が経ったのだろうか。
この部屋には時計と云う物はないし、ずっと部屋を閉め切っていた為、太陽の傾き具合で時間を計る事も覚えておらず出来ないが、それなりの時間は経ったかと思う。

少なくとも、鈴の掃除は終わって当然なぐらいの時間は経っている。
そう、この本丸で”一番短い廊下の掃除”はとっくに終わっている時間だ。

それなのに鈴はまだこの部屋に居るし、まだ近侍部屋と自分の部屋の前の掃除が残っている。

そうなると、どうなるのか。

バタバタとこちらに向かって来る複数の足音が聞こえ、最初の目的を思い出した鈴は、ハッとした表情になり、見るからに慌てだした。

そんな鈴を不思議そうに見ていた宗三と江雪だったが、足音で何となくの理由を悟り、申し訳ない気持ちにもなったが、悲しいかな、末っ子を溺愛している兄達には、然程問題ではなかった。

一度この部屋の前を通り過ぎた人影は、一瞬の間があり、部屋の前まで戻って来ると息も荒く口を開いた。


「心配したでしょ?!」
「心配しただろ?!」
「お前ッ……!!!」

「すっ、すみません…!!!」


口を揃えそう言った面々は、鈴が無事な姿を確認するとホッと安堵の溜め息を吐いた。
あの大倶利伽羅までもが、あんなあからさまに安心しきった表情をしたのだから、どれだけ鈴を心配していたのかが分かり、気まずく思ったが、そこはやはり末っ子が可愛い兄達には……、だ。

その必死の形相に鈴はすぐさま謝罪の言葉を述べたが、次に切り出した言葉は何とも的外れな言葉だった。


「どう、されたのでしょうか…?」


小首を傾げ、そう訊ねた鈴に探しに来た面々、燭台切、薬研、大倶利伽羅はぴくり、と口の端を引き攣らせた。

どうした、と、聞きたいのはこっちだ。
鈴はしっかりしてそうに見えて、どこか抜けている。
多分、そこも鈴の魅力の一つなのだろうが、もう少し危機感を持って欲しい。


「お嬢、そりゃねぇだろう」

「え、と…?」

「この短い廊下掃除にどれだけ時間をかけてるんだ…!」

「そ、れは、その…」

「そうだよ?この短い廊下の掃除をお願いしたのに一番時間のかかる僕が終わってもキミは戻って来なくて…、もしかしたら疲れたから、部屋で休んでるのかな、と思ったけど、どれだけ待っても戻って来ないし…」

「畑行ってた俺っちが戻っても、お嬢の姿は見えないしで…」

「本丸中を全員で探していた」

「も、申し訳ありません!!!」


事細かに説明する三振りに申し訳ないと云うか、居た堪れない気持ちになったと云うか…
何せ、やってしまった、と思った鈴は見事なまでの土下座をして謝罪した。

その見事なまでの謝罪に呆気に取られてしまったが、結果、鈴は無事だった。
そして、押入れに向かって話しかけていただけで、何ともなかった。

最悪の想像をしていただけにどこか拍子抜けしてしまったが、無事だった事は素直に良かったと思わなければならない。

行き場のない想いを吐き出すかのように溜め息を吐き、鈴の頭を何とか上げさせた。


「お昼ご飯も殆ど出来たし、広間に行かない?」

「お昼ご飯…、…あ」

「お嬢?」


燭台切の”お昼ご飯”の言葉に鈴は、何かを思い出した表情をし、それに気付いた薬研が声を掛けた。
鈴は少し考え込み、体を宗三と江雪の方へと向け、何て事ない提案を持ちかけた。


「宗三様、江雪様、お昼ご飯を食べませんか?」

「お、ひるを…、ですか?」

「何故、私達に…?」


鈴の言葉に素朴な疑問を抱いた宗三と江雪は、思った事そのままを口にした。

それもそうだろう。
燭台切は鈴に”昼食”の事を言ったのにどうして自分達に訊くのだ。
食べない事に慣れたし、食べずとも何ともないのだから、自分達の事は気にしなくても良いのに。


「ご飯を食べると元気になるんです。あと…、ずっと部屋に居ては、気が滅入ってしまいますから、気分転換も兼ねて広間に行きましょう?」


病は気から、とも言いますし。

その言葉を最後に付け足し、そう言った鈴に思わず、真顔になってしまった。

確かに病は気から、とも言う。
体温を計るまで何ともなかったのに基準よりも高い体温である事を知ってしまうと途端に体調を崩す事もある。

だが、それは”人間”に限った事ではないのだろうか?
それは”付喪神”にも通用する言葉なのだろうか?

だが、鈴を部屋に引きずり込んだ時に障子戸を開け、久方ぶりに外の空気を吸ったが、少しスッキリした気分になったような気がする。
それならば、病は気から、と云う言葉は、自分達付喪神にも通用するのではないだろうか。

その考えに至った、宗三と江雪は顔を見合わせ、頷き合った。


「わかりました」

「燭台切殿の食事、久し振りに食べられますね」


ゆっくりと立ち上がるとそろそろと廊下に出た宗三と江雪。
彼らは一度、鈴に頭を下げると、呼びに来た燭台切達を置いて、広間へと向かった。


「宗三様と江雪様をお願いします」

「オーケー、任せて」


キミの分のご飯は避けておくからね。
そう言って、納得のしていない大倶利伽羅と諦めたような笑みを浮かべた薬研を連れて、彼らも広間へと戻って行った。

この部屋に残ったのは、手入れ師の鈴と、押入れの中の小夜のみとなった。

鈴はもう一度、押入れに向き合い、居住まいを正すと、一度だけ小夜の名を呼んだ。

すると押入れの中で動く音がし、震えた声が聞こえた。
その声は小さく震えており、押入れの中、と云う状態で聞こえたのだが、鈴は聞き逃しのないよう、耳を澄ませた。


「自分のせいで兄様達に迷惑をかけたんだ…、兄様達は何度もぼくに助言してくれたのにぼくは上手に出来なかった…」

「どうして、押入れの中に居る事を選んだのですか…?」

「……この中は安心するんだ。けど、それは兄様達が心配する行動だとは分かっていたけど出れなくて、兄様が襖を開けようとすると途端に怖くなって切りつけてしまってッ…!」


兄が居なくなったからだろうか。
小夜は思っている事、どうしたら良いのか分からない事を話し始めた。

きっと、押入れの中が安心するのは、外と遮断されるから。
外の事を気にしなくても良い、この中に居れば外の音は聞こえない…、だから安心する。
襖を開けようとしているのは兄なのに審神者だと錯覚してしまって、咄嗟に切りつけてしまう。

その負の循環が小夜を苦しめていた。


「兄様達が好きなのにっ、そんな自分が嫌なんだ!」

「小夜様…」

「兄様に会うのが怖い…ッ、」


そう口にした小夜に鈴は、どう声をかけるのが正解なのか分からなかった。
どの言葉も違うような、そんな気がして仕方なかった。

でも、きっと。
小夜は”正解”を求めている訳ではない。

多分、だが。
小夜は自分が感じていた事、思っていた事を訊いて欲しいと思っているのではないだろうか。

そんな不器用な彼に鈴は何とかしてやりたくて、心の中に浮かんだ言葉を紡いだ。


「貴方の事を見放していたり、嫌っているのなら…、お兄様達は憎い人間の私に小夜様を任せたりしません」

「憎い人間にぼくを任せたのに…?」

「きっと自分達では、小夜様を助けてあげられないと思われたのだと思います。好きな相手だから、大切な相手だから何も言えなかった…、言う事が出来なかったのだと思います」

「……もし、貴女が審神者みたいな人間だったらどうするの」

「そう、ですね…、…もし私がそんな非道な人間なら、宗三様は私を部屋に入れなかったでしょうし、この押入れに近付いた時点で宗三様か江雪様に斬られていたかと思います」


こんな素性の知れない人間に大切な弟を任せるぐらいだ。
きっと彼らの中で何かしら自分を見定める切っ掛けがあって、こうして弟を任せたのだ。

小夜に言ったように前任と同じ類の人間ならば、部屋に入れないだろうし、斬られてもおかしくない行動を自分はとっていた。
だが、何ともない事を考えると”この人間は大丈夫”だと、判断したのだろう。


「小夜様、貴方はお兄様達に愛されています」


その言葉を最後に無言の状態が続いた。
耳にはカサカサと外で風がそよいで草木を揺らす音が聞こえ、押入れの中では衣擦れの音が聞こえた。

やはり、知らない人間が言っても、無駄だった。
そう思った時だった。

ゆっくりと、音も立てず襖が動いた。

それに目を見開いた鈴は、ゆっくりと開く襖をジッと見つめていると、開いた襖から小夜が顔を出した。


「兄様達は…、ぼくを本当に見限っていないだろうか」

「大丈夫です…、そんな事は絶対に有り得ないです…、今度こそ、ご自分の気持ち、想いをお兄様達に伝えましょう?」


小夜の小さな手をぎゅ、と握り締めながらそう言った鈴に小夜は、唇を噛み締めながら、ゆっくりと頷いた。


「お兄様達は広間に居ます、行きましょう」


握り締めたままの手を引き、小夜にとって随分と久しい外へと足を踏み出した。
足の裏に感じる畳の感触、廊下の木の温もり、聞こえる草木の揺れる音、少し湿っぽい空気。

どれも忘れかけていたモノで、込み上げる涙を堪えながら足を踏み出し、鈴に手を引かれながら広間へと向かった。

広間に着くと、机を囲み賑やかに食事を楽しんでいる今朝の面々と先に広間に来ていた、宗三と江雪の姿。
だが、鈴と小夜が来た事に気付くと視線は一斉に一人と一振りに向き、宗三と江雪は目に涙を浮かべながら小夜へと駆け寄り、その小さな体を力一杯抱き締めた。

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