焦らず、ゆっくり



兄達も燭台切達も久し振りに見た小夜は、暗い影を落としつつも、兄や皆と昼食を食べ始めた。

鈴が言った”ご飯を食べると元気になる”と、言う言葉の通り、左文字兄弟の表情は次第に穏やかになり、おかずを交換しあったり、弟に分けたりして昼食を楽しんでいるようで、賑やかな食事風景は、どの刀剣男士も望んでいた事で。

そんな左文字兄弟を見て、鈴はホッ、と安堵の息を吐いた。

過酷な状況で過ごしてきたこの本丸の刀剣男士は、刀派関係なく仲が良いらしく、基本的には身内にしか興味がない江雪や宗三までもが、粟田口の短刀と和やかに食事を楽しんでいたのだ。
粟田口の短刀も、自分の兄である一期一振程ではないにしろ、兄のように接しているその姿を見て、鈴が驚いたのは言うまでもないが、誰もがお互いに対して安心出来ている関係性に安心したのも確かだった。

自分の刀派だけに頼ってしまっては、もし何かあったならば動く事が出来ない。
頼っていた相手が居なくなってしまっては、心が折れてしまう。

だが、この本丸の刀剣男士達は、他の刀派の刀剣男士も頼って、安心している。
それは、この狭い空間の中では、とても重要な事で、でも、とても難しい事だった。

昼食も食べ終わり、食後のお茶をのんびりと寛ぎながら飲んでいると、控えめに鈴の側に来た小夜。
少し別の事を考えていた鈴は、急に隣に感じた気配に一瞬息が止まったが、表情には出さないよう努め、どうしたのか、と小夜を見た。

小夜を見ると、彼は顔を上げたり俯いたり、何度も口を開き閉ざしたり、それが少し続いた。

何か言いたい事があるのは分かったが、それを訊きだそうと急かしてしまっては、小夜を焦らしてしまう。
そうなると、その言いたい事を言えず、自分に対して発言する事を躊躇してしまうかもしれない。

焦らず、小夜が言いだすのをじっと見守っていた鈴だったが、小夜はぎこちなく鈴の服の袖口を引っ張り、小さな声で”ありがとう”と言った。
遠慮気味に恐る恐ると云った感じだったが、その意思表示に鈴は少し泣きそうになった。

審神者に傷つけられ、心を閉ざした小夜が、同じ人間の自分に関わろうとしてくれているから。
それが何より嬉しく、ここに来て良かった、と心の底からそう思えた。

泣きそうになるのを誤魔化すかのように小夜の頭を優しく撫で、照れたように視線を逸らした小夜に鈴はそっと距離を縮め、ふわり、と包み込むように抱き締めた。

さっきの今で怖がらせたらどうしよう、とも思ったが、こうする事で自分は何もしない、安全な人間なのだと思って欲しかったから。
少しの間しか関わらない関係かもしれないが、その少しの間でも安心して生活して欲しい。

その想いが小夜に伝わったのか、どうかは分からない。
それは小夜にしか分からないし、どうあがいても、つい先程会ったばかりの自分には分からないが、少しでも伝わればいい。

そう、強く想った。

鈴は小夜を抱き締めていたし、小夜も鈴に抱き締められていて、周りがどんな顔をしているのか知る事は出来なかったが、小夜の兄や粟田口の皆…、その場に居た者全てが一人の人間と一振りの刀剣に対し、自分の事のように嬉しそうに微笑んでいた。

一歩前に踏み出した小夜。
自分達の事を考え行動に移し、助けてくれている鈴。

江雪が普段口にする”和睦”が今、目の前で行われており、江雪に至っては感動で何も言えないのか、肩が震えており、宗三はこれまでにない程の優しい笑みを浮かべていた。

そんな微笑ましい状況なのだが、ふと、我に返ったのは、流石とも言うべき存在の燭台切だった。


「ごめんね、ちょっといいかな?」

「おいおい、光坊…、この状況に水を差すのは野暮ってもんだぜ?」

「それは分かってるんだけどね…」


この場の空気を壊す事は知っていた。
絶対誰かに水を差すな、と言われるのも分かっていた。

自分だってもう少しこの空気に浸っていたかったし、他力本願かもしれないが、正直に言えば自分が口にした事を他の誰かに言って欲しかった。
でも、誰も言わなさそうだし、それならば、と心を鬼にし口にしたのにいざ本当にそう言われてしまうと流石に傷付くものがあった。

鶴丸は普段は飄々としていて、短刀に交ざって悪戯を仕掛ける子供っぽい男だが、いざとなると頼れる存在だし、その場を仕切る器も持っている。
それ故に掴みどころのない男なのだが、燭台切はこの場の空気を変えるのが鶴丸であって欲しいと願っていただけに少し落ち込んでしまったのは自分の心の中にそっと仕舞いこんだ。

じと目気味で自分の方に視線をやる皆の中、非常に言いづらい事だったが、燭台切は意を決し口を開いた。


「お昼も食べ終わったし、昼からの作業に移らない…?」


その燭台切の言葉に皆して、あ、と云う表情になった。

そう、彼らはすっかり頭から抜けていたのだ。
昼食も食べ終わり、こんな和睦を見せられてしまい、頭の中から“昼からの作業”が抜けてしまっていた。

そんな皆の表情を見て燭台切は、溜め息をつきたくなった。

こうしてまた、食事をしたり、広間に集まって会話をしたりと久し振りに感じる感覚が嬉しいのも分かるが、今自分達が何を中心に行動をしているのか頭の中に置いておいて欲しかった。


「あー…、俺っち達は、また畑だな」

「ほんっとう、あの雑草手ごわいよね?!」

「荒れ放題なのは想像していましたが、まさかあれ程だとは思いませんでした…」

「でも始めた頃に比べると大分雑草の量は減りましたよ!」


粟田口の短刀が揃って溜め息を吐くその姿は、如何に畑に生え放題の雑草が手強く、量が多いのかを物語っていた。
乱は、はあ、と更に深い溜め息を吐き、ごろり、と寝転がり、側にいた五虎退の仔虎に癒しを求めるかのようにそのふわふわな毛並を堪能していた。

仔虎も乱が自分に何を求めてこうしているのかを感じ取ったのか、暴れる事もなく大人しく乱の好きなようにさせており、その姿はまさにアニマルセラピーそのもので、鈴は申し訳ないと思いつつも、その光景に和んでしまった。


「さあ、もう少し頑張って今日は終わりにしよう」


弟達の嫌がり様に苦笑し、そう言った一期一振の顔にも疲れが見えたし、本当は嫌なんだな、とも感じた。
でも、今朝鈴と交わした事を無かった事にするつもりは無いらしく、畑を元に戻す為に全力を尽くす事も感じ取れた。


「無茶はせず、ちゃんと休憩を挟んでくださいね」


午後も宜しくお願いします、と頭を下げた鈴に一期一振は穏やかに微笑みを浮かべた。


「お任せ下さい、手入れ師殿」


一期一振も流れるような仕草で頭を下げると、ゆっくりと立ち上がり、兄のその姿を見て、弟達も諦めたかのように立ち上がった。

すると小夜が鈴の袖口を再び小さく引っ張った。


「どうかされましたか?」


鈴が不思議そうに、そう声を掛けると、小夜は先程のように俯いたり顔を上げたりしており、何かを言いたいのだな、と分かり小夜が口に出すのを待つ事にした。
そんな小夜に粟田口も気付き、その場から動く事はせず、彼らもまた小夜の行動を見守っていた。

小夜はその“何か”を言う事を躊躇っているのか、その表情に迷いが見えたが、それでも伝えようとしており、あと一歩踏み出せないのを感じた。


「小夜様、焦らなくて良いのですよ…?」


小夜の小さな手を包み込みそう言うと、小夜は少し目を見開き、きゅ、と唇を結んだ。

言いたい事があるならはっきり言え。

前任にそう言われ続けた小夜。
小夜自身、別にはっきり言っても構わなかった。

でも、兄達に上手く立ち回りなさい、と言われていた為に前任を怒らす事をせず自分の意見を言う為に頭の中で必死に言葉を探し、選ぶようになってしまった。
すると、どの言葉も怒らせてしまうような気がしてしまい、段々と言えなくなり、口数が減り、いざ何か言おうとすると言葉に詰まってしまって、言う事を諦めてしまうようになったのだ。

そんな小夜にとって、鈴のこの言葉は驚くものがあったし、衝撃的だった。

言う事を焦らなくてもいい。
鈴ならどんな言葉でも怒らず、どうしてそう思ったのかを考え、分からなければ自分に訊いてくれる。

どうしてか分からないが、不思議とそう思った。


「その畑仕事…、僕も手伝ってもいいですか…?」


その言葉に鈴は目を見開いた。
小夜が自分のやりたい事をさっきの今で自分に言ってくれた事に驚いたのだ。

それは嬉しく思ったし、直ぐにその事を了承してやりたかった。
だが、鈴の中に引っ掛かるモノがあり、言いにくそうに心を鬼にしてそれを止めた。


「小夜様?貴方はつい先程、押入れから出たばかりです。それなのに急に外に出て、体力の要る畑仕事をするのは少し無茶かもしれません」


その鈴の言葉は尤もだった。
押入れの中で、その小さな体を丸めじっとしていた小夜には辛い作業かもしれない。
それだけに中々、小夜に助け舟を出せない面々は、もどかしさを抱えた。

広間は沈黙状態になり、しん、と静まり返ったが、その状態を破ったのは、小夜を止めた筈の鈴だった。

鈴は、小夜に威圧感を与えないよう、じっと小夜の様子を窺っていた。
もし、小夜が軽い気持ちで畑仕事をやると言ったなら、自分が止めた時点で小夜は撤回する筈だが、小夜は撤回の言葉を言う事をしなかった。
それは、それだけ小夜が本気で言ったのだと分かり、鈴は口を開いたのだ。

鈴は困ったような笑みを浮かべ、一期一振へと向き合った。


「一期一振様、不躾ながら一つお願いしたい事がございます」


頭を下げ、畳に指をつけながらそう言った鈴の仕草は洗礼されており、一瞬息をするのを忘れる程で。
鈴は頭を上げ、一期一振の目を真っ直ぐ見つめると不安そうに口を開いた。


「昼からの畑仕事ですが、小夜左文字様と一緒に作業して頂きたいのです」


その言葉にその場に居た刀剣男士の目が信じられないとばかりに大きく見開かれた。

先程、鈴は小夜の言葉を止めた筈だ。
それなにどうして、と当然の反応だった。


「それをどうして私に頼むのですか…?」


一期一振は動揺を隠せない様子で至極尤もな事を鈴に訊ねた。


「一期一振様には短刀の弟君が沢山いらっしゃいます。ご自分の事や弟君の事で手一杯なのは重々承知していますが、小夜左文字様もご一緒させて頂きたいのです」


凛とした声音でそう言った彼女に一期一振は困った笑みを浮かべたが、その表情には安堵の色も含まれていた。
小夜の意志を汲み、それをさせてやりたい、と小夜の願いを叶えようとしてくれている鈴に一期一振は更に好感を持った。


「そのお言葉、拝命致します」


その一期一振の言葉に鈴は、緊張から解放されたかのように深い安堵の息を吐き、小夜に向かって安心させるかのような笑みを浮かべた。


「それでは、小夜様も畑仕事をお願いします。もし体に違和感を感じたり、気分が悪くなったら作業を止めて戻ってくる事が条件ですが、それでも構いませんか?」


その言葉に必死に頷く小夜に鈴は優しく微笑み、一期一振は小夜の目の前に屈むと、小夜の頭を優しく撫でた。


「内番服に着替えて来なさい、此処で待っているから」


一期一振がそう言うと大きく頷き、部屋へと向かった小夜に江雪と宗三は頭を深々と下げ、小夜の後を追うように広間から出て行った。


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