戦争勃発して柄まで通る
突然過ぎる大倶利伽羅の行動に鈴は、目を丸くして驚いた。
抱き締められるまでは、まだ許容範囲だった。
誰かに縋りたくなる時だってあるし、人恋しくなる時だってある。
先程、自分を抱き締めた彼が、それに当て嵌まるかは分からないが、まだ、その行動を戸惑いつつも受け止める事が出来た。
だが、今のは、何が起こったのかを理解するのに時間がかかってしまった。
今、彼は自分に何をしたのだろうか。
最初に感じたのは、頭に触れた柔らかいもの。
そして次に感じたのは、髪を掬われ、少しの間があって頭皮が引っ張られた感覚。
頭に触れた時には、触れた瞬間と同時に彼の吐息も感じた。
そうなると、一番最初のあの柔らかいものは、彼の唇と云う事になる。
その流れから、あの頭皮を引っ張られた感覚は…、きっとそうゆう事なのだろう。
それを鈴が理解出来た時には、彼は鈴から離れ、一度鈴をチラリ、と見ると部屋の外に出て障子戸の前に腰を下ろした。
先程、一瞬だけ鈴は彼と目が合った。
ほんの一瞬だったが、彼の目は穏やかになっていて、随分と落ち着いているように見えた。
目だけで相手を殺せるような、目が合った瞬間息が止まってしまうような、そんな感じだったのに、先程目が合った時にはそれを感じなかったのだ。
初めて会った時の目が凍てつくような氷の目なら、今は心地よい春のお日様のような目だ。
こんな短期間で。
しかも、一瞬とも言える短い時間で、彼の中でどんな変化があったのか、今の彼女には分からない事だった。
自分に背を向け、障子戸に凭れ掛かっている彼を見て鈴は、ホッと息を吐いた。
大倶利伽羅にされた、あの口付け。
それを理解した瞬間から、鈴の心臓はバクバクと五月蠅く動いていた。
あんな優しく触れられ、口付けられ。
その口付けが唇でないにしろ、あんな風にされたら心臓がそうなるのも仕方がない事だった。
女と云うモノは優しくされると、自分の意志など関係なく、心臓がせわしなく動いてしまうものだ。
惚れ易い女は勿論、惚っぽくない女もトキメクぐらいはする。
鈴の中で彼は救うべき存在であり、手を差し伸べたい存在だ。
それは彼だけではなく、この本丸に居る刀剣男士全員も当然当て嵌まる。
そんな存在であっても、自分が惚れっぽくなくても、こうなってしまうのは当然とも言える事だった。
特に大倶利伽羅は、講義や自分で調べた内容では、人間にこんなにも接触してくるような付喪神ではなかった筈だ。
数多くある本丸の、そのうちの何処かの本丸では、そんな大倶利伽羅が居るかもしれない。
でも、一般的に大倶利伽羅は群れないのがデフォだ。
それなのにこの本丸の大倶利伽羅は、どうしてこうも接触してくるのか。
付喪神に対して知識を付けようと、必死で調べた事が無駄になるような行動ばかりする。
余りにも想定外の事に鈴の頭はパンク寸前だった。
そんな状態を誤魔化すように、再び深呼吸をすると、鈴は自分の側に置いてあったビジネスバッグ程の大きさの鞄の中から、B5サイズ程の端末とキーボードを取り出した。
その端末の電源を入れ、キーボードと接続すると、メール画面を起動し、政府宛の報告のメールを打ち出した。
リズム良くカタカタとキーボードを叩く鈴が今作成しているのは、本来、就任した日から毎日、政府に提出しなければならない、本丸の状態や進捗の内容を記したモノだった。
そう、提出時間は決められていないものの、本来は毎日提出しなければならない、重要な報告だった。
だが、就任したその日から、鈴の身には色々あり過ぎて、メールはおろか、端末の電源を入れる事すら出来なかった。
政府に何の報告もなしに、三日も音信不通。
きっと政府は、どんな状態になっているのか分からず、多少は心配しただろうし、自分に対する評価が落ちた事だろう。
別に自分に対する評価が落ちても彼女には、何の問題もなかった。
これから、この本丸の付喪神達の手入れが終わり、次の仕事を依頼される際には、渋い顔をされるだろうが、このご時世、手入れ師は貴重な存在故に、何かしらの仕事は貰えるだろう。
そんな事を考えながら鈴は、メールを作成していた。
メールの文頭は、とにかく謝った。
これが対話式の報告ならば、相手が口を挟めないぐらいの勢いで、謝罪の言葉を並べた。
自分はどう思われようが構わないが、この本丸の付喪神達が何か不利な事にならないよう、この三日であった事は上手く隠しながら、付喪神達の事は立て、自分の不甲斐なさ故に報告が遅くなった事を伝えた。
少しやり過ぎかとも一瞬思ったが、これぐらいしないと政府にはきっと伝わらないだろうし、現場の状態なんて分かってもくれない。
下の人間を現場に放り込み、自分達は胡坐をかいて無理難題を押し付ける。
そんな政府には、これぐらいが丁度いいのかもしれない。
だが、政府の機嫌を損ねてしまうと後々厄介な事になるのは目に見えていた。
だから、慎重に言葉は選び、丸二日の報告を打ち込んだ頃には、辺りは朱に染まっていた。
報告を書き始めた時は、まだ昼過ぎだったのに余程集中していたらしい。
少し猫背で丸くなっていた背中を伸ばすと、ポキ、と軽い音が鳴り、そのついでに首を軽く回すと首もまた、軽い音を立てた。
ふと、大倶利伽羅はどうしているのだろうか、と思った鈴は、彼の方に顔を向けた。
朱色に染まった彼は、障子戸に凭れ掛かったまま腕を組み、顔は少し俯いており、眠っているように見えた。
そんな大倶利伽羅にそろり、そろり、と音を立てないように近付くと、何の反応をしない彼は、本当に眠っているようで、鈴は笑みを浮かべ、自分が先程まで使っていた膝掛を手に取ると、それを彼の膝に掛けた。
それでも起きない大倶利伽羅に鈴は少し驚きつつも、気配に敏感な刀剣男士が反応を示さない事に少し、嬉しくも感じた。
鈴は先程まで自分が座っていた場所に戻り、もう一度腰を下ろすと、後は送信するだけになっていたメールを送信し、今度は通販サイトを開いた。
此処に来てから何度もお世話になっている通販サイトで商品検索をかけると、目的の物がズラリと並んで表示された。
鈴は、それに目を通し、バスタオル、フェイスタオルを人数分より少し多めにカゴに入れ。
今度は別の商品を検索すると、これもまたズラリと並んで表示された。
鈴が二回目に検索をし、探していたものは、刀剣男士の部屋着のような物だった。
現世の知識を持った刀剣男士にも、好みと云うものが出来、こんな服が着たい、などの要望が審神者を通じて、政府へと伝わり。
政府に居る刀剣男士がそれぞれの要望を聞きながら作った、刀剣男士がプロデュースした部屋着だった。
その部屋着を粟田口、左文字、三条、伊達の分をカゴに入れ、買い忘れた物はないか確認すると購入ボタンを押し、無事に購入する事が出来た。
服と云うものにはサイズがあるが、刀剣男士自身がモデルとなり採寸もした為、サイズは一つしかなく、刀剣男士の服のサイズを知らない鈴でも購入する事は出来たのだ。
しかも、通販サイトの方で、政府の刀剣男士がそれを着用し、サンプルとして写真付きで載っているものだから、非常に参考になった。
通販サイトを閉じた鈴が次に開いたのは、審神者の交流サイトだった。
この本丸の大倶利伽羅が、自分の調べた情報とは正反対にも近い行動を取る。
それは、鈴にとってあまりにもフェイントにも近い事だった。
別に調べたからと言って、彼や他の刀剣男士に対し、態度や接し方を変えるつもりはないが、どんな個体差があるのか調べる事は悪い事ではないと思ったのだ。
いざ、交流サイトの掲示板を閲覧してみると、やはり実際に刀剣男士と生活している審神者の意見は非常に参考になった。
勿論、その審神者の影響もあり、元となった刀剣男士とは違う一面もあるが、それでも参考になったのだ。
メモを取って、それを刀剣男士に見られてしまっては、何か企んでると思われそうで、鈴はメモする事が出来なかったが、その掲示板を集中して目を通し、出来るだけ頭の中に叩き込んだ。
一通り見たあと、その掲示板はブックマークし、端末の電源を落とした時だった。
パタパタと軽い足音が聞こえ、廊下の方に顔を向けた彼女の目に映ったのは、驚いた表情をしていた、秋田、五虎退、小夜の三振りだった。
どうして、そんな驚いた表情をしているのか…、は、それはきっと大倶利伽羅がうたた寝をしていたからだろう。
警戒心が強い大倶利伽羅が、秋田達の足音に気付かず、うたた寝をしていた。
でも、そこは、刀剣男士。
流石に鈴にも聞こえる大きさになった足音で目を覚ましたが、先程まで寝ていたのは、彼の目を見れば明らかだった。
目をパチパチとさせている大倶利伽羅に驚きつつも、秋田、五虎退、小夜の三振りは、お邪魔します、と律儀に言い部屋の中に入って来た。
「どうかしましたか?」
鈴は首を傾げながらそう訊ねると、三振りは困ったように顔を見合わせ、小夜が口を開いた。
「今日の夕餉のことなんだ」
「お夕飯、ですか?もしかして食材が足りませんでしたか?」
「ううん、違うよ」
「と、言いますと…?」
「夕餉のおかずの事でもめてるんだ」
「……、ああ、なるほど」
鈴は少し思考した後、納得したかのように深く頷いた。
このおかず戦争は、どの本丸でも繰り広げられるらしく、その本丸によっては、あみだくじで決めたり、じゃんけんだったり、その日の誉回数だったりで収まるらしい。
今この本丸では、出陣をしていない為、誉回数でおかずを決めるのは無理だが、何か他の案で皆が納得出来たらいいのだが。
「それじゃあ、広間に行って、皆さんがどんなものを食べたいのかちゃんと聞いて、納得するおかずに決めましょう」
そう言って鈴が立ち上がると、三振りは安心したかのように表情を緩ませ、大きく頷いた。
この三振りが自分を呼びに来たのは、そのおかず戦争の空気に耐え切れなくなって呼びに来た秋田と五虎退と、その二振りに付き添った小夜の組み合わせだろう。
鈴が立ち上がった事で、三振りも立ち上がり、部屋の外に目を向けると、そこには大倶利伽羅の姿はなかった。
きっと、この三振りが来た事で、自分の役目は終えたと思い、広間へと戻ったのだろう。
先程、鈴が彼に掛けた膝掛は、きちんと畳まれており、大倶利伽羅の几帳面さが窺えた。
その膝掛を部屋の中へと移し、三振りに急かされながら広間へと向かった。
広間へと着くと、想像を遥かに超えた戦争が起きていた。
三日月は穏やかそうに微笑んではいるが、決して譲らんぞ、と言わんばかりのオーラを発していた。
粟田口は主に短刀の面々が絶対にこれだ!と口を揃えて意見しており、兄の一期一振はそんな弟達を落ち着かせようとしていたが、数の多い粟田口の短刀相手では一振りでは太刀打ち出来ないようで顔を覆っていた。
左文字は興味のなさそうな顔をしていたが、ちゃっかりと食べたいものを主張していたので、意外と抜け目がない。
そして伊達は、調理する者がいるからか、余裕な表情を崩す事無く、中々ボリューミーなメニューを提案していた。
この光景を目にした鈴は、壮絶な戦争に口を挟む事が出来るのか自信を無くし、思わず足が一歩後ろへと下がってしまった。
実家の兄弟達の戦争も凄かったが、何と言うか迫力が違う。
兄弟達の戦争は幼稚園児の争い、付喪神達の戦争はそれこそ大人ぐらいの違いがあった。
そんな中、一番大声を上げ意見していた粟田口の一振り、乱が鈴に気付き、パァ、と表情を明るくした。
「お姉さん!!」
乱の高い声が鈴を呼んだ。
その良く通る声に広間は一瞬で静かになり、その幾つもの目が鈴に集中した。
真っ先に行動に出たのは、短刀故に機動の早い、粟田口だった。
乱を筆頭に鈴の元に集まった面々は目を輝かせながら、鈴を見た。
自分と背丈の変わらない何振りもの短刀に囲まれてしまい、鈴はぴしり、と石のように固まってしまった。
だが、そんな鈴に気付く事なく、口にしたのはやはり、今日の夕飯のメニューについてだった。
「聞いてよ!ボク達オムライスが良いって言ってるのに皆違うものばっかり言うんだよ?!」
酷いよね!と、頬を膨らませながらそう言った乱。
何でも昔、ちゃんと朝、昼、晩、と食事をしていた時、短刀達はオムライスが大好物だったらしく、それを思い出し食べたくなったらしい。
でも、三日月は疲れているから、あっさりとしたものが食べたい。
左文字は、力を付けたいから肉料理を食べたいが、そんなにがっつりとは食べたくない。
伊達は、肉を食べたいが、がっつりと食べたい。
こんな風に意見が割れてしまい、収拾がつかなくなり、短刀も引くに引けなくなってしまったようだった。
「食事を作って下さっていた、歌仙さんも燭台切さんも、オムライスは簡単だと以前おっしゃっていましたから、私達はまた次回でも構わないのですが…」
「こうも激しくなっちまったから、引くに引けなくてな。懐かしさもあって、つい、な」
そう言った薬研の表情は困りつつも、楽しくて仕方ない、と雄弁に語っていた。
それを聞いて、鈴は大きく目を見開き、自然と口元が緩んだ。
彼達は少しずつ、元に戻って来ている。
部屋に閉じこもり、張り詰めた糸のようになっていたのが、少しずつ昔の平和だった頃のようになってきている。
それだけ、彼らの心にゆとりが出来た事なのだろう。
鈴はゆっくりと目を閉じ、再び目を開けると、口を開いた。
「燭台切様」
「なんだい?」
「オムライスは明日のお昼ご飯に作っていただく事は可能ですか?」
「明日の昼餉に、かい?ああ、それは勿論できるよ」
「それでは、短刀の皆様の希望のオムライスは、明日のお昼にお願いします」
「オーケー、任せてくれ」
直接、燭台切と交渉し、短刀達希望のオムライスを明日の昼ご飯にする事を約束した鈴は、不安そうにしながらも短刀へと目を移すと、短刀達は目を大きく見開き驚いていたが、その表情は次第に嬉しそうに緩み、次の瞬間には歓喜の声を上げた。
その短刀達の反応を見て、鈴はホッと息を吐き、オムライスの件は無事に解決する事が出来た。
問題は、左文字、三日月、伊達。
小狐丸は食べられれば何でも良いらしく、この戦争には参加していなかったが、一番最初に解決した短刀達を見て、自分の事のように喜び、短刀の頭を撫でている姿を見て、鈴は頬の筋肉が緩んだのが分かった。
さて、問題なのは、この三刀派だ。
見事に食べたいものがバラバラで、どうしたものか分からない。
眉間に皺を寄せ、考え込んだ鈴に、薬研は彼女の眉間の皺を突いたり、乱は頬を突いたり、厚は頬を軽く引っ張ったりしたが、鈴は何の反応を示さないぐらい考え込んでいた。
どのぐらいの時間、そうしていたのか分からないが、鈴がハッとした表情になり、顔を上げた。
「豚の生姜焼きはどうでしょうか?」
鈴の言葉に彼らは、はて、と首を傾げた。
「豚肉には疲労回復の効果があるので、三日月様でも食べられると思います。甘辛いタレなので付け合せのキャベツと一緒に食べれば、あっさりとしますので左文字の皆様も大丈夫だと思いますし、がっつりと肉を食べたいと言っていた伊達の皆様も、キャベツの量は少なめにして、甘辛いタレの絡んだ豚肉にマヨネーズを付けて食べると結構重量感があって満足されると思います」
ここまでノンブレスでプレゼンした鈴に広間に居た者は皆、目が点になった。
あんなに何をされても無反応だった鈴が何か閃いたように顔を上げると、息継ぎをしないままこう言ったのだ。
驚かない訳もなかった。
でも、鈴が言った事は、全ての意見を上手く取り込んだもので、それに驚いたのもあったのだが。
「なるほど、それなら皆食べられそうだね!」
「ふむ、疲れた体に豚肉が良いとは…、知らなんだ。どれ、それを食べて疲労回復を図るか」
うんうん、と頷きながら表情を輝かせながら燭台切は腕まくりをし、料理魂に火が付いたようで。
三日月も口元を隠しながら、嬉しそうに頷いていた。
鶴丸も大倶利伽羅も期待に満ちた輝いた目をしているし、左文字も豚の生姜焼きに満足したのか、表情は穏やかになった。
こうして無事に夕飯が決まると、我先に、と分担が決まった。
付けあわせのキャベツは薬研が担当する事になり、宗三が味噌汁を作る事になった。
何でも宗三も料理が出来るらしく、特に宗三の作った味噌汁は味に煩い者を黙らせる程の腕らしい。
豚の生姜焼きは特に手のかかる料理ではないから、これだけ料理の方に集まれば、他は自由だ。
だが、昼間の作業で疲れていたからか、既に準備の出来ていた風呂へと我先に向かって行った。
最後に広間に残っていた、三日月と江雪が今にも部屋から出ようとしていた時だった。
彼らの進行を邪魔するかのように足元に突如現れた大きなダンボール箱に彼女は、あ、と小さく声を上げた。
「手入れ師殿…、これは?」
不思議そうに箱を見ながら鈴にそう訊ねた江雪に鈴は、箱を開け中身を取り出した。
「先程、通販で買った物です。体を拭く大きさの違うタオル…、手拭いとお風呂上りに着て頂く服になります」
「わざわざ、買われたのですか…?」
「心機一転、と思いまして。新しい物を使い気分を変えて頂ければ嬉しいな、と思ったのですが…」
「成る程…、そうでしたか。小夜も皆も喜ぶと思います」
大倶利伽羅に並んで、普段、難しい表情をしている江雪が嬉しそうに笑みを浮かべ、鈴に向かって深く頭を下げた。
「おお、これは気持ちよさそうな肌触りだなぁ」
箱の中から三日月用にと注文したものを何の迷いもなく手に取った三日月は、その肌触りの良さそうな服を大層気に入ったらしく、これが世間の言う天下五剣か、と疑いたくなるようなまでの頬の緩みっぷりだった。
三日月は手に取った物をもう一度箱の中にしまうと、箱を持ち上げ、江雪も同じようにすると鈴に頭を下げ風呂へと向かった。
そして、やはり一人になる事を許されていない鈴は、燭台切、薬研、宗三と一緒に台所へと向かった。
その台所で、鈴は宗三の手伝いで味噌汁の具材を切ったり、他に小さな手伝いをしていると、鈴の耳に信じられない言葉が聞こえた。
それはキャベツの千切りを担当していた薬研だった。
彼はあまり台所に立った事がないが、切るなら任せてくれ、と言っていた。
でも、意外にも大食いの左文字がキャベツを大量に消費すると予想され、用意したキャベツは10玉にも及んだ。
流石に多くないか、と薬研は宗三に引きながら訊ねたが、宗三はこう言った。
「こんな量、朝飯前です。白米、味噌汁、豚肉の事を考えてこれだけになったんですから、少ない方でしょう」
何を言ってるんだ、と言わんばかりにそう言われてしまい薬研は勿論、その場にいた鈴や燭台切も表情が引き攣った。
これが切っ掛けで薬研の戦いが始まったのだ。
太く切ったら千切りじゃ、ありませんよ、と、宗三に釘を刺された薬研は、最初の内は慎重にキャベツを刻んでいた。
ざく、ざく、ざく、とゆっくり刻んでいたのだが、いつまでも減らないキャベツに薬研の中で何かが切れた音がした。
「柄まで通ったぞぉぉーーーーーーーーーっ!!!」
突如、台所に大きく響いた薬研の声。
それは薬研が戦場で発する言葉で、燭台切、宗三は勢いよく薬研の方を見た。
すると薬研は目を血走らせながら、鬼気迫る表情でキャベツの千切りとの戦いに身を投じていた。
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