僕の言う事をお聞きなさい
その日の朝食は、まるでお通夜みたいだった。
誰もが口を開かず、意味ありげな視線が飛び交い、静まり返り、暗い雰囲気だった。
鈴は食事が喉を通らず、箸が中々進まなかったが、折角燭台切が作ってくれた朝食だ。
やっとの思いで口に運び、それを胃に納めたが、正直、味は分からず、申し訳ない気持ちになった。
短刀達は、チラチラと彼鈴へと視線を向けていた。
きっと悪気はない。
純粋に気になった故の行動なのだろうが、鈴はそれを答える事が出来ず、気まずさから目を合わす事は出来なかった。
昨日は鈴に散々、ちょっかいを出してた薬研と乱だが、この二振りですら、そんな鈴の様子に気付き、からかうのはおろか、話しかける事もせず、大人しく食事を口に運んでいた。
かちゃかちゃと食器のぶつかる音だけが広間に響いていた。
だが、それも皆が食事を終えると止み、自然な流れで燭台切は立ち上がった。
そして、食べ終わり空になった食器を集めると、それを何も言わず片付け始めたものだから、短刀達もそれに倣い、燭台切の手伝いを始めた。
ここまで、終始無言だった。
誰も、何も口にする事無く、時間が経ってしまった。
そんな空間に鈴はとうとう、耐え切れなくなり、勢い良く立ち上がると早口で“ごちそうさまでした”と口にし、足早に広間から出て行ってしまった。
誰も止める暇もなく、鈴は足早に出て行ってしまったものだから、その場は唖然とし、しん、と静まり返った。
だが、一番早く我に返ったのは、江雪と宗三の二振りだった。
二振りは、ちらり、と顔を見合わせると静かに立ち上がり、当然のように広間から出て行こうとした。
最初は何をする気だ、と、二振りの行動を視線で追っていた鶴丸だが、はた、と何かに気付いたように二振りへと声を掛けた。
「江雪、宗三っ、」
鶴丸の焦ったような、そんな必死にも似た声音で自分達を呼び止めた事に江雪と宗三は、一瞬目を丸くして驚いた。
彼のこんな必死な声は随分と聞いていない。
それだけ、彼の中で自分達は信用ないのだろうか。
確かに初日に彼女に対して、強引な手段をとったが、別に殺そうとしていなかったし、悪意があった訳でもない。
それに今は、鈴に対して不思議と警戒はしていないし、軽蔑もしていない。
そんなに警戒せずとも良いのに。
そうは思ったが、鈴に対して、どんな感情を持っているのかは自分達しか知らないし、今説明している時間も惜しい。
何とか彼…、否、彼らの誤解やらそんなモノを取り払ってやりたい気持ちはあるが、今は正直、彼らよりは鈴の方が優先だった。
「……、今は、私達を信じて頂けないでしょうか」
「こ、う……、せつ?」
「今回は僕達に任せて頂けませんか」
「それは一体、どうしてでしょうか?」
一期が宗三にそう訊ねた。
それもそうだ。
この二振りと鈴は、特に何かあった訳でもなく、鈴が深く関わったと言えるのは、二振りの弟である、小夜だ。
昨日一日、鈴を見ていたが、特にこの二振りと何か会話をした訳ではなかった。
それなのにどうして、彼らはここまで鈴の為に動こうとするのか。
この場に居た、皆が同時に思った疑問であった。
言葉にせずとも、この場に居た者の疑問を感じ取ったのか、江雪が一息置いて、その口をゆっくりと開いた。
「昨夜、彼女が最後に言葉を交わしたのは、私達のはず。もしかすると私達なら彼女がああなった原因が分かるかもしれません」
江雪は一期一振の目を真っ直ぐと見ながらそう話すと、最後にチラリと三日月へと視線を遣った。
やはり、江雪も鈴がああなった原因に三日月が絡んでいる事に気付いていた。
それに加え、江雪が言った事が真実なら、昨夜、鈴が三日月の前に会ったのは、江雪と宗三と云う事になり、それなら今の鈴は、この二振りに任せた方が良いのかもしれない。
その結論に至った、鶴丸と一期一振は、目線を交わし、同時に小狐丸の方へ視線を遣ると彼は深く頷き、それを見た鶴丸は、真っ直ぐに江雪の目を見詰めた。
「彼女の事を……、頼んだ」
「分かりました…、」
鶴丸の言葉に江雪は深く頷いた。
その江雪を見た宗三は、一安心したかのように江雪と共に鈴の元へと向かおうとしたが、宗三は何か思い付いたようで、チラリ、と燭台切と大倶利伽羅をジト目で見遣った。
「くれぐれも…、くれぐれも面倒事は起こさないで下さいよ」
釘をさすような宗三の言葉に燭台切と大倶利伽羅はバツが悪そうに不自然な動きで宗三から視線を逸らした。
その二振りの反応を見て、宗三は呆れたように溜め息を吐き、トドメと言わんばかりに二振りをキッと見た後、江雪と共に広間から出て行った。
向かう先は鈴の部屋。
互いに無言で静かな足取りで鈴の部屋へと着くと鈴に声を掛けずに静かに障子戸を開いた。
江雪と宗三の目に映ったのは、鈴が壁に凭れ掛かり、膝を抱えている姿だった。
根が真面目な鈴の事だ。
きっとネガティブになって、グルグルと余計な事を考えているのだろう、と簡単に察する事が出来た。
部屋の中に入り、鈴と適度な距離に腰を下ろすと、出来るだけ優しく鈴に声を掛けた。
「昨夜……、私達が部屋へと戻ったあと、何があったのですか…?」
ゆっくりと、問いかけるように鈴へと言葉を掛けた江雪。
その声音は優しく、鈴を想っての事だったが、その言った言葉は核心を付いていて、江雪の不器用さが垣間見えてしまった。
本来、こうゆう事は、宗三が得意とする部分だった。
江雪は穏やかな口調と見た目に反して、割とストレートに物事を言う傾向にあった。
そこが江雪の不器用さが窺える部分であり、そこが江雪の損な部分でもあった。
一方、宗三は、内心、面倒臭いと思いつつも、遠回しに物事を言う傾向にあった。
相手を反応を探るようにするそれに良い事もあれば、悪い事もあり、前任の審神者には気に障る物言いだった。
前任にとっては、気に障る宗三の物言いだが、今回、鈴にとっては最善であったが、江雪が切り出してしまったが故に、宗三は心の中で重い溜め息を吐いてしまった。
本当、自分達、左文字は不器用な刀だ、と。
こうなれば、鈴が口を開いてくれるのをただ、待つだけだった。
どれぐらいの時間が経ったのだろうか。
時計もないこの部屋では、時間は分からないし、無言の状態だったからか、時間が経つのが凄く遅く感じた。
もしたしたら、たったの数分かもしれないし、10分以上経ってるのかもしれない。
長くも感じたし、短くも感じた。
そんな中、鈴がやっと口を開いた。
細々と小さな声で。
「……、昨夜、江雪様達がお部屋に戻られて、」
その言葉に江雪と宗三は、その先を促すように頷き、チラリ、と二振りを見た鈴も心を決めたように言葉を続けた。
「……、直ぐ、部屋の電気を消して、眠ったんです。……、眠ったはず、でした」
「……、と、云うのは?」
「何かに触れられてる感じがしたんです。最初、自分の髪かと思って掃ってみたんですが、それでもそれは触れてきて……。流石におかしいと思って目を開けて…、でも、部屋は真っ暗で何も見えなくて、」
「ええ…、それでどうたんですか?」
ぐ、と、言葉に詰まりながら、昨夜、自分達が部屋に戻って来てからの出来事を話す鈴を焦らせせないよう、鈴が自分達の弟の小夜にしたようにゆっくりと先を促し。
そのお陰もあってか、ゆっくりとだが、鈴は昨夜の事を口にし、自分達に話してくれている事に安心したのもつかの間、何やら話しの流れが不穏になってきた事に江雪と宗三は、思わず頭を抱えそうになった。
まだ、これは、自分達の想像の範囲でしかないが、もしや、三日月は鈴の寝込みを襲ったのではないだろうか。
しかも、同意ではなく、寧ろ強引に事を進めたのではなかろうか。
マイペースで基本的に自分のやりたいようにやる平安刀の三日月の事だ、それは十分に有り得る事だった。
「でも、段々と目が暗闇に慣れてきて……、そこに居たのが三日月様だったんです」
想像を裏切らなかった三日月を思いっきり殴ってやりたい気持ちをぐ、と抑え込み、やり場のない感情を悶々と自分達の中で昇華させるしか方法はなく、その結果、深い溜め息を吐く事で何とか誤魔化せた。
「…、それで、三日月殿がどうしたのです」
「…み、かづき様……、何か思いつめていたみたいで、とても苦しそうな表情をされていました……、それで…」
「三日月殿を受け入れたのですね、」
「……っ、はい」
全てを話し終わった頃には、鈴の声は涙ぐんでいた。
話しを全て聞き終わった江雪と宗三は、やはり、自分達が思っていた事が本当であった事に、納得半分、疑問半分だった。
夜伽を嫌悪している三日月。
夜伽どころか、性行為自体に嫌悪している筈なのに、一体どうして鈴にそんな事をしたのだろうか。
鈴に命じられた訳でもなく、何者かに操られた訳でもなく、自ら進んで鈴との性行為に及んだ。
それに分からないのが、もう一つあった。
鈴が言っていた、三日月の苦しそうな表情。
一体、三日月は何に苦しんでいたのだろうか。
一体、三日月は彼女に何を感じ、何を求めているのか。
前々から、考えが読めない刀だとは思っていたが、こうなると更に考えている事が分からない。
この際、気になるが、それは横に置いておき、先ずは鈴をどうにかせねばならなかった。
この本丸を良くしようと。
全く無関係の人間なのにこの本丸の為に動いてくれている鈴を放っておける訳がなかった。
少なくとも、自分達の弟。
押入れに篭ってしまい、パニックになると自分達にも刃を向けた末の弟を押入れから出してくれ、久し振りに顔を見れた。
それだけで、自分達が鈴の為に何かしたいと思うのは必然でもあり、当然の事でもあった。
きっと鈴は悪くはない。
そして、三日月も悪くはないのだ。
こればかりは、時間が解決するものであって、自分達が何か言ったところで、解決する訳ではないのだ。
「今はどうしていいか分からないでしょう」
必死に涙を堪えている鈴に宗三が静かに口を開いた。
「でも、こればかりは、時間が解決するものなんですよ、焦った所で解決なんてしません」
じっ、と、鈴を見つめ、そう言った宗三に鈴はゆっくりと目を瞬かせ、暫く間を置いた後、こくん、と深く頷いた。
「それで良いんですよ…、第一、あの場に居た者や、ぼく達も貴女が三日月殿を誘惑したなんて、これっぽっちも思っていません」
「……、そ、うですか」
「ええ……、あれは明らかに三日月殿から貴女に接触したのは明らかでしょう…、ですから、貴女がそこまで塞ぐ必要はないんですから、今はいつものように振る舞っていなさい」
ゆっくりと立ち上がり、鈴の眼の前に屈むと、その普段は刀を握っている手の平で鈴の頭を優しく数回撫で、その突然の事に鈴は目を丸くし、宗三を見上げたが、宗三は一瞬だけ柔らかい笑みを浮かべ、だが、直ぐに表情を元に戻した。
「宗三…、今日は彼女は私達と共に居てもらいましょう……、」
江雪のその言葉に宗三は一度鈴の顔を見ると、くるり、と江雪を振り返ってた。
「そうですね……、さっきああ言いましたけど、直ぐに切り替えるのは難しいでしょうし…、皆から少し離してみるのも良いかもしれませんね」
江雪の提案に宗三は納得したようで、今日の鈴の事を考え、そう言うと、鈴は、え?と少し慌てた。
だが、文句あるのか、と言わんばかりに鈴を一睨みすると、あまり気の強くない鈴は直ぐ様、宗三から視線を外した。
「今日は皆に指示を出したら、後は我々と共に行動しましょう…、それなら多少は気が休まるでしょう」
「……、これでかまいませんね?」
「…は、はい」
宗三の一言が効いたのか、江雪の言葉に鈴は、大人しく頷き返事をし、二振りはやっと安堵の息を吐いた。
「それでは、戻りましょうか」
「お小夜も心配してますしね」
そっと鈴の眼の前に差し出された宗三の手。
それに鈴は目をぱちくりとさせたが、宗三は更に鈴の前に手を差し出すと、鈴は宗三の意図する事が分かり、自分の手をゆっくり宗三の手に載せた。
そして、宗三がその手を引っ張り立ち上がらせると、手を繋ぎ、鈴の反対の手も江雪が包み込むように握ると、鈴と共に皆が待っている広間へと向かった。
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