未来へ向かっての第一歩を踏み出して
鈴が二振りと共に広間へ戻ると、そこには短刀達に囲まれ、大きな体を小さくしている三日月の姿があった。
兄弟刀である小狐丸も縁のある鶴丸もそれを助ける事はせず、呆れたようにそれを見ていた。
三日月には、これが一番堪える罰であった。
普段から短刀達を可愛がっている三日月には、これが一番堪えるもので、小狐丸と鶴丸は短刀達の好きなようにさせていたのだ。
広間に戻ってきた途端、こんな状況が目に飛び込んできたものだから、鈴は勿論、宗三も江雪も口をぽかんと大きく開け、この状況に驚いた。
自分達がこの場から離れて、今の間に一体何が起こったのだろうか。
短刀達は笑っているようで笑っていないし、粟田口の短刀の兄である一期一振ですら、止める事をせず、三日月に縁のある小狐丸と鶴丸ですら呆れたように見ているだけだった。
流石に状況整理が出来ず、入口でただ呆然と見ていたのだが、小夜が鈴たちに気付き、その小夜に気付いた他の短刀達も小夜の視線の先にある鈴達に気付いた。
「もう、大丈夫ですか?」
その小夜の言葉に鈴は出来るだけ安心させる笑みを浮かべた。
「ええ、もう大丈夫です。宗三様や江雪様にお話しを聞いて頂いて、随分すっきりしました」
自分の元に心配そうな表情で訊ねた小夜に目線を合わせるように屈んでそう言うと、小夜は、ほっと息を吐き、安堵した。
その姿に随分と心配させてしまったようで、心が痛んだ鈴は、申し訳なさから小夜の頭を数回優しく撫でると、小夜は照れたように鈴から視線を外した。
そんな小夜と鈴を見ていた粟田口の短刀達は、はあ、と溜め息を吐き、バラバラと三日月から離れていった。
だが、乱はその場に残り、ぐっと三日月との距離を縮め、鼻と鼻がくっつきそうな距離でぼそり、と三日月に口を開いた。
「次はこんなんじゃ済まないんだからねっ!」
頬を膨らませながらそう言った乱に三日月は助かった、と言わんばかりに必死に頷き、心なしかその表情は泣いているかのように見えた。
見た目の幼い短刀に押されている三日月を見て、鈴は、この三日月が本当に昨夜自分の目の前に現れた三日月と同一刃物なのか疑ってしまったのは仕方がない事だろう。
少し無理矢理な気もするが、この場はこれで解決と云った空気になり、皆が一斉に鈴の方へ視線を移すと、鈴は緊張のあまり、手汗が凄い事になってしまったが、必死に頭を働かせ、どう采配を振ろうか考えた。
「粟田口の皆様にお聞きしたのですが、畑の方はどこまで進みましたか?」
「最初に比べたら随分と進みました!」
「雑草は殆ど抜き終わったな」
「あとはそうですね…、土を掘り返して、雑草の根を取り除いたら終わり、ですかな」
「そうですか……、」
それを聞いた鈴は、口を閉ざし考えた。
ここまで進んだのなら、後はもう一息な筈だ。
「それなら、今日は皆で畑の方へ行きましょう」
「俺達も、か…?」
「ええ、そうです。ここまで進んだなら、あと一息の筈です。粟田口の皆様が雑草の根を取り除き、他の皆様で土を耕し畝を作って下さい。それが出来たら、野菜の種や苗を植えましょう」
今日は皆で畑へ。
その言葉に鶴丸が表情を歪め、信じられないとばかりに口を開いたが、鈴はそれを軽く流し、言葉を続けた。
鈴が話し終るとその場は、しん、と静まり返ったが、次の瞬間には短刀達を主に歓喜の声が響いた。
畑でまた野菜が作れる。
その作った野菜をまた食べる事が出来る。
これでもう食べられない事で苦しむ事はなくなる。
鈴の言葉に不満そうにしていた鶴丸ですら反対の意見を言う事はなかった。
「それでは、植えたい野菜を決めて、それの種や苗を買いましょう」
その言葉を切っ掛けに皆が一つの机に集まり、頭を突き合わせて相談が始まった。
それを見た鈴は、皆から離れた場所に腰を下ろそうとしたが、それに気付いた江雪がす、と自分の隣を指差した。
それに対し、鈴は首を傾げたが、先程の江雪の言葉を思い出し、江雪の隣に座ると、皆が楽しそうに話している様子を見て、自然と笑みが浮かんだ。
あれを植えたい、これを植えたい、と話しは盛り上がり、大方決まった所で作業のしやすい服に着替える為にそれぞれが部屋に戻り始めた。
ぞろぞろと広間から出て行くと、鈴は、はた、と動きが止まった。
自分は一体そうしたらいいのだろうか。
だが、それは心配する必要はなく、小夜が鈴の手を引っ張り行き先を誘導した。
着いた場所は、鈴の自室の二つ前の部屋。
そこは左文字の部屋で、鈴の手を引っ張り自室へと引き入れると、静かに障子戸を閉めた。
この状況にデジャブを感じたのは仕方がない。
この状況は昨日、自分に起こった時と同じ状況だからだ。
すると左文字の三振りは、その着ていた着物を気にせず脱ぎだした。
自然に脱ぎだしたものだから、鈴は反応出来ずにいたが、宗三の左胸にある第六天魔王の刻印を目にし、ぎょっと目を見開くと、くるり、と体を反転させ、彼らに背を向け座り直した。
そんな鈴を気にする様子もなく、着替えを続ける彼らに、鈴の心臓はバクバクと五月蠅い程に動き、その鼓動の音が耳の奥で響いて、助かった事に衣擦れの音はしなくなり、ほっと息を吐いた。
心を無にし、音も立てずに座っていると、とんとん、と、肩を叩かれ首を動かし振り向くと、宗三が屈みながら髪を掻き上げ、不思議そうな顔で鈴を覗き込んでいた。
宗三の肌蹴た内番服から覗く、第六天魔王の刻印げ目に入り、ひ、と、喉の奥が引き攣ったが、それを顔に出す訳にはいかず、寸での所で堪えた。
一瞬、様子の変だった鈴に気付いた宗三だが、対して気にも留めず、鈴に手を差し出すと、行きますよ、と、声を掛けた。
手を緩く持ち上げた鈴の手を掴むと、鈴を立ち上がらせ、エスコートするかのように障子戸を開け、鈴の自室へと向かった。
鈴の部屋に数歩で着くと、鈴は部屋に入り、着替えの入った鞄の方へ向かうと、宗三や江雪、小夜は部屋の前で立ち止まり、障子戸に手を掛けた。
「部屋の外に居ますので」
「は、はい、ありがとうございます」
すぅ、と障子戸が閉められ、障子戸には左文字の三振りの影が映った。
バックから動きやすい服を取り出すと、ごそごそと着替え、最後に髪ゴムで髪を纏めると、数個の髪ゴムを手首に嵌め障子戸を開いた。
「お待たせしました!」
「いえ、それ程待っていませんよ…」
「その服…、動き易そうですね」
「ジャージですか?ええ、動く時はこれが一番です」
だぼっとした半袖のTシャツにゆったりとしたハーフ丈のズボンを見て、宗三が羨ましそうに口を開いた。
意外にも宗三はジャージに興味があるようで、そんな宗三に気付いた鈴は、あ、と声を漏らした。
「宗三様、興味があるのでしたら、お夕飯前に一緒に選びますか?」
「いい、のですか…?」
「ええ、勿論。昨夜は私が勝手に選びましたので…、他の皆様の意見を訊いてもう一着購入しようと思ってましたし」
鈴のその言葉に宗三の表情は花が咲いたようにぱあ、と明るくなり、嬉しそうにふにゃりと笑みを浮かべた。
「そう言えば、江雪様」
「……、はい、なんでしょう」
「今から畑仕事をしますが、その髪、邪魔ではありませんか?」
「髪、ですか……、ええ、まあ、邪魔…、ですね」
「もし宜しければ、髪を纏めても…?」
「貴女が構わないのでしたら、」
先程から気になっていた、江雪の髪。
今から畑仕事をするのに、そのままでは邪魔ではないのだろうか。
そんな些細な疑問から、鈴が江雪にそう訊ねると、江雪はきっぱりと邪魔だと言った。
だが、どうにかするつもりもないらしく、何もしない江雪に鈴がそう提案すると、江雪は拒否する事もなく頷いたのを見て、鈴は江雪の後ろに回って、その月白色の髪に指を通した。
さらさらと、指通りの良い髪に鈴は思わず溜め息を漏らした。
こんなに長い髪なのに絡む事無く通る髪に心の底から羨ましい気持ちになった。
こんな指通りの良い長い髪では、上に纏め上げ、ポニーテールにするにも時間がかかってしまう。
それなら、簡単に纏められるのは、一つしかなかった。
鈴は手早くその髪を編み込むともほんの数分で、江雪の髪は綺麗に纏められた。
「できました…、どうですか?痛くはないですか?」
「ええ、大丈夫です…、随分と上手く纏められたのですね」
「こんなに長い髪は初めてでしたけど、友人の髪を纏めたりしていたので…、お役に立てたようで良かったです」
綺麗に三つ編みにされた髪に江雪は感心したかのようにそう言った。
普段から髪を纏める事をしない江雪は、すっきり纏められた三つ編みが気に入ったようで、珍しく笑みを浮かべ、その表情を見た宗三と小夜は少し驚いたように目を丸くしたが、そんな兄を嬉しそうに見ていた。
「それでは、一度台所に向かって皆様の水分補給用の飲み物を用意したら、畑に向かいましょう」
鈴のその言葉に頷いた左文字の三振りは、鈴と共に台所に向かい、大きな給水タンクを何とか見つけ出し、そこに水出しのお茶を用意すると、力のある江雪がそのタンクを持ち、畑へと向かった。
畑には既に皆が集まっており、鍬や熊手を用意して、待機していた。
「あれ、江雪さん…、その髪どうしたの?」
「彼女に結ってもらいました…、そのままだと邪魔だろうから、と」
「えーーーー!ずるい!!ボクも!!!!」
いいでしょ?!と、鈴に詰め寄った乱に鈴は、目をパチパチさせたが、乱の可愛らしいお願いに頬の筋肉が緩み、今すぐにでも乱を抱き締めたい衝動に駆られた。
「ええ、構いませんよ。江雪様と同じ三つ編みで良いですか?」
「うーん、お団子がいい!!」
「お団子ですか…、ええ、構いませんよ」
髪型をリクエストする乱に鈴は、笑みを浮かべそれを受けると、皆に少し待ってもらうよう言い、乱の髪を手早く纏め、可愛いお団子が出来上がった。
このままじゃ少し寂しく感じた鈴は、自分の髪を纏めていたピンクの水玉のシュシュを最後に二巻きすると、完成したお団子ヘアーに乱は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「お待たせして申し訳ありません!それでは始めましょう!!」
鈴のその言葉に気合を入れた皆は、それぞれ位置に着き、作業を始めた。
作業を始めて数分後。
江雪に並ぶ長髪の小狐丸が静かに鈴の側に寄って来て、鈴に髪を纏めるのをお願いした姿を見て、三日月が面白くなさそうに見ていたのは、三日月の側で作業をしていた鶴丸だけが知っていた。
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