満開の桜が咲き誇る
加州達の持って来た握り飯は、いびつな形の物もあったが、あっという間に皆の腹の中へと消えた。
食後で満腹な事もあり、食後のお茶がこれまでに無い程、美味しく感じた。
ふわふわと心地良い空気の中、鈴は、ぼぅ、と、空を見上げた。
曇り空の合間からは、晴れ間が覗き、そよぐ風は頬を優しく撫でた。
目の前に広がる畑は、雑草で荒れ放題だったとは思えない程、綺麗に整地され、土肌が見えるようになり、太刀の皆が整えた畝は見事なものだった。
「お茶のおかわり、いる?」
「あ、はい…、いただきます」
一人そうやって畑を眺めていた鈴の隣に小さめの魔法瓶を片手に持ち、加州がそう声を掛け座った。
空の湯呑みにとぷとぷと音を立て注がれたお茶に、鈴は礼を言い、それを一口飲むと、ちらり、と、加州の手元に目をやった。
その目線の先には、ボロボロになった、真っ赤な爪紅があった。
それを見た鈴は、思わず眉を寄せた。
どちらも口を開かず。
だが、加州は鈴の視線の先に気付き、目の前の畑に視線をやったまま、その重い口を開いた。
「酷い格好でしょ。服もボロボロだし、体中も傷だらけ。髪もギシギシだし、爪紅もこんなになっちゃって」
ね、酷い爪でしょ?
そう言って鈴に爪を見せる加州の表情は、言葉では表現出来ない、複雑なモノで。
その表情に鈴の胸は、ぎゅう、と、きつく締め付けられた。
加州の前の主、沖田総司があの池田屋へ出陣した時に持って行ったのが加州だった。
その池田屋での激戦で加州は、折れた。
その事が原因なのかは分からないが、加州は可愛く、そして、綺麗でいる事を望み、そうでいようと常に心掛けていた。
そんな加州が、今は体中が傷だらけで、言い方は酷いかもしれないが、汚れている。
こんな姿で居たくない筈だ。
だが、手入れしてくれる者がおらず、ずっとこの状態で生きてきた。
耐えてきた。
耐える事を止めたかった筈なのに必死になって耐えた。
きっと辛かっただろう。
逃げ出したかった事だろう。
だが、自分の中の刀としてのプライドが、こんな所で、こんな理由で折れる訳にはいかない、と、加州自身を奮い立たせていた。
それ以外にも理由はきっとあった。
同じ主で"刀"の時に共にあった大和守安定の存在。
同じ志を共にし、幕末の世を共に戦った、和泉守、堀川、長曽祢の存在。
この本丸で刀剣男士として存在し、生活を共にしてきた仲間達の存在。
このかけがえのない存在が、加州をこの世に繋ぎ止めていた。
「ま、こんなボロボロなのは、俺だけじゃないけどね。和泉守だって、最後に出陣した時に敵の不意打ち喰らって髪切られて長さバラバラだし」
加州のその言葉に鈴は、和泉守へと視線を向けると長くて綺麗な筈の髪は、ざんばら状態。
それを無造作に一つに結んでいるその姿に鈴は眉を下げた。
「切り傷は皆、体中に大小様々。俺達新撰組の刀だけじゃない。大太刀の太郎太刀や蛍丸も重傷、にっかりも物吉も…、山姥切もだし…、この本丸は皆、ボロボロなんだよ」
「加州様……、」
気付けば辺りは静かになっていて、皆、加州の言葉に耳を傾けていた。
「ねえ、」
「はい、」
「お姉さんの事、信じても良いんだよね…、俺達」
真っ直ぐで。
でも、どこか縋るような加州の眼差しに鈴は言葉に詰まった。
そう言ってくれて…、そう思ってくれているのは、正直嬉しい。
その期待に応えたいと本気で思う。
だが、自分は彼らを背負えるのだろうか。
彼らの想いを背負えるのだろうか。
考えるべき事では、なかったのかもしれない。
これは考えても、どれだけ考えても答えが出ない問題だから。
間違いも、正解も、やってみなければ、分からない事だから。
でも、それならば…、と、鈴は口を開いた。
「私にどこまで出来るのかは分かりません。途中で立ち止まってしまうかもしれません。ですが、これだけは、はっきりと言えます。……、私はこの本丸の"皆様"を手入れする為に此処に来ました。それだけは…、これだけは信じて下さい」
はっきりと。
迷いのない言葉でそう言った鈴に、加州は目を瞬かせた。
パチパチと瞬きを繰り返したと思えば、次から次に、その赤い瞳から涙を零した。
ポタポタと服や地面に染みを作るそれに、皆口を開け、目を丸くして驚いた。
加州は滅多に泣かない刀だった。
嬉しさのあまりに一人こっそり泣く事はあったが、前任に暴力を振るわれても泣く事は一切なかった。
そんな強い心を持っている加州が、こんな大勢の前で涙を流した。
それに対して、皆が驚いた。
特に新撰組の刀達は、信じられないと言わんばかりに加州から目を離す事が出来なかった。
当然、鈴も驚いた。
まさか泣かれるなんて思ってもみなかったから。
だから、どうしたら泣き止んでくれるのか、の、方へ思考が行き、周りの様子が一切目に入らなかった。
寧ろ、泣き止むどころか、段々と激しくなっていくそれに鈴の頭の中はパンク寸前だった。
その結果、鈴は強引とも云える手段を取る事となってしまった。
「てっ、手入れをしませんか?!」
鈴の言葉に辺りは、しーん、と、静まり返り、加州は驚いたのか、涙はピタリと止み、どうしたら良いのか分からない表情で、ぎこちなく頷いた。
鈴に、と、渡された手拭きタオルで、涙で濡れた加州の顔を優しく拭くと、加州の手を優しく包み込んだ。
そして、自分の霊力をゆっくりと加州へと流し込むように注ぎ始めると、次第に傷は消え服も元通りになり、手入れが終わる頃には、加州の姿は元の姿へと戻っていた。
「ど、どうですか?体に違和感などは、ありませんか?」
自信のなさそうに加州にそう尋ねたが、加州はキョトンとした表情で腕をグルグルと回したり、掌を閉じたり開いたり。
そして最後に自分の爪先を見ると、そこには綺麗に…、そして艶やかに紅く存在している加州の一部である爪紅が塗られていた。
「っ、違和感はないよ…、寧ろ絶好調!!」
満開の桜のような、輝いた笑顔でそう言った加州に、鈴も安堵から、やっとその顔に笑顔が戻った。
「ねぇ、まだ霊力に余裕はある?!」
ぐい、と、その身を乗り出し、鈴にそう尋ねた加州に鈴は、一瞬驚いた表情を浮かべ、だが次には笑みを浮かべ深く頷いた。
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