監察してみて分かった事は何か



「お姉さんは、さっき何してたの?」

「縁側で…、ですか?」

「ああ、何か編んでなかったか?」

「あれは、へちまとゴーヤに使う網棚の紐を太くする為に編んでたんです」

「太くて立派なものにしてるんだよね」

「でた、青江の言葉遊び」

「安定の青江」

「何か安心した」

「つれないねぇ…」

「あ、はは…」


青江と握手し、その手を離した時、乱が小首を傾げて鈴にそう訊ねた。
それに対し鈴は、していた事を簡単に話すと、さらり、と鈴と乱の間に青江が入って来た。

そして、青江の代名詞とも云える、意味深な発言にうげ、と、加州と安定が表情を歪めた。
だが、鶴丸だけは真顔で、どこか安心しているかのように見えたのは、鶴丸の隣に居た長曽根だけが知っていた。

三者三様の反応に鈴は、つい乾いた笑みが零れた。

表情を歪めた加州と安定だが、どちらにもやはり安心の感情が現れていた、こうして青江が部屋から出てきた事に嬉しさがひょこり、と顔を出していた。


「さて、作業の続きをしましょうか。皆様は、決めた場所に苗や種を植えて下さい。私は縁側で先程の続きをしていますので」

「僕も一緒にしても構わないかな」

「ええ、勿論。青江様は手先が器用みたいですので、早く終える事が出来そうです」

「…、それなら期待に応えないといけないね…、ところでキミ」

「はい?」


場も収まりつつあり、鈴は作業の続きを促した。

当初の考えはそのままに、彼らには畑の方を。
自分は先程の続きを。

すると青江が鈴の腕をツンツンと突き、自分もしていた鈴の作業を手伝いたいと申し出た。
その言葉に鈴は先程の青江を思い出し、快く青江の言葉を受け入れたのだ。

すると青江が何かに気付いたようで、鈴をじぃ、と見つめ、口を開いた。
はて?と、鈴は首を傾げ、青江と同じように彼の顔をじぃ、と見返した。

面白い娘だ。
青江は、そう思った。

つい、さっき。
大倶利伽羅が自分達の間に入るまで、自分がどんな者か分からなかった。

本丸に来る前に多少は自分達の事を学んだ事だろう。
だが、この本丸の者達がその通りとは限らない。

身体にも心にも深い傷を負っている。
人の子に対して、不快感を抱いている。

自分を傷付ける者かもしれなかったのに、鈴は、じぃ、と自分の目を見ている。
疑いもせず、恐怖も抱かず、ただ、純粋に何を聞きたいのだろうか、と、自分の目を見ている。

たった数分で、自分は鈴の中で安心出来る者だと認識し、自分を信用している。

なんて純粋な人の子なのだろうか。
こうも簡単に自分を、付喪神を信じる事の出来る、純粋な人の子。

これなら彼ら…、竜王と呼ぶに相応しい彼が、あんなにも気に入るのも納得出来る。

第一、 自分達は、元より人の子が好きなのだ。
元主も人の子で“刀剣”だった頃は、人の子に囲まれて過ごしていた。

奥方から、みどり子が生まれ、日に日に大きくなっていく姿。
そのみどり子も大人になると奥方を迎え入れ、その奥方から、またみどり子が生まれ。

人の子の一生はとてつもなく短い。

だからだろうか。
その短い一生を命をかけて終えるその姿は、目を見張るものかあった。

病にかかれば、呆気なく死んでしまう弱い人の子だが、そんな人の子が自分達は好きだった。

鈴はまさに、自分達が好きな人の子だった。

人は損得で生きている。
だが、鈴は、その損得を全く考えずに、自分達の事を何よりも考えて行動している。

鈴と初めて対面したのは、つい先程の事。
それなのにどうしてここまで鈴の事が分かるのか、と、そう訊かれれば、その理由は至極簡単な事だった。

まず一つは、あの三条の者達が鈴を受け入れている事。
前任の事で人の子に対し、色々と敏感になっている彼らが、あんな穏やかな表情をして、この空の下にいる。

もう一つ、粟田口の鈴を見る目。
前任には決して見せなかった全幅の信頼を置いてる、あの目。
縁側で作業している鈴に近付いた時、彼ら…、特に粟田口の彼らは、どの刀剣男士よりも自分の事を警戒していた。

そして、もう一つ。
一匹狼で竜王と呼ぶに相応しい彼が見せた、あの一面。
穏やかな表情に安心しきった、あの声音、あの言葉。

“時期に青江もそうなる”

あの言葉は、鈴の事を良く知り、鈴の事を信頼、信用していなければ、出ない言葉だ。
あの彼がそれ程までになる彼女だ。

自分達、付喪神である“刀剣男士”が好む人の子である事は、深く考えずとも、簡単に知り得る事が出来た。


「青江様…?どうかされましたか?」

「っ、あぁ…、いや、なんでもないよ」


鈴の事、そして、彼らの事をつい考え込んでしまっていたからか、鈴が不安そうな表情を浮かべ、声をかけた。
その声にハッとし、何度かパチパチと瞬きを繰り返し、鈴の頭を数回撫で、出来るだけ柔らかな笑みを浮かべた。

皆に何度も指摘された、意味深だったり、いやらしい笑みにならないよう気を付けて。
鈴の不安そうな表情は完全には消えなかったが、どこかホッとした様子に見えた。

そんな事に安心しつつも、別の事に頭を使っていた。
鈴が心配するまで、無言で鈴をじぃ、と、見詰めてた理由を誤魔化せなければならなかった。

正直に話すには、流石に勇気がいる。
鈴はどうやら、少々鈍感なところがあるらしい。
そんな鈴に三条の者達、粟田口の想い、大倶利伽羅の深層的な想いを自分の口から言う訳にはいかなかった。

もし、うっかり口にしてしまったら、陽の目を見れなくなってしまう。


「…、…その髪、良いよね」

「髪、ですか?」

「うん、凄く楽そうだ。俯いても髪が垂れてこないし」

「え、ええ…、俯く作業の時は凄く楽ですが…、…青江様も同じにしますか?」

「おや、いいのかい?」

「青江様さえよければ」

「…ふふっ、じゃあ、お願いするよ」


咄嗟にその言葉が出た。
初めて鈴を見た時、楽そうな髪型だな、とは、確かに思った。
それが今更になって、つい口から出るとは思わず、言った張本人ですら、ビックリしたぐらいだ。
こんな事、言うつもりは全くなく、それだけに一気に羞恥心に襲われ、必死に表情を作ったが、鈴はそれに気付く事はなかった。

寧ろ、それを信じ、にこりと笑みを浮かべ、そんな提案をしてきた。
それに更にビックリしてしまったのは、言うまでもなく、にっかり青江改め、ビックリ青江に改名しようか、と、一瞬考えてしまったぐらいだ。

こんな、あからさまな、取っ手付けたような言葉を信じるなんて、鈴はどれだけ純粋なのだろうか、と。
疑う事を知らないようなそれに思わず彼らを見たが、彼らはどこか諦めたように首を横に振るだけだった。

あの三日月や小狐丸までもそうしたから、心底驚いた。

だが、自分の言葉を本気にしてる鈴に今更、嘘だとは言えず、休憩用に置かれていた丸太の上に腰を下ろした。
すると鈴は背後に回り、ボサボサの髪を解すように何度も優しく梳いた。


「痛くありませんか?」

「大丈夫だよ、痛くない…、寧ろ、気持ちが良いねぇ、」

「それなら良かったです…、痛かったら言って下さいね」

「ああ、そうするよ」


ボサボサの髪を纏めるように梳くその指が、とても気持ち良かった。
慈しむようなその優しさに、胸の奥底に溜まっていた、どろり、としたナニカが溶けていくようだった。

もしや、と、思い、顔を真上に向けると鈴とパチリと目が合った。
すると鈴は困ったように眉を下げ、口を小さく動かし、その口の動きを読んで、自分も思わず眉を下げた。


「キミって子は…、イケナイ子だねぇ…」

「内緒、ですよ?」

「内緒、ね…、直ぐにバレると思うけれど…、まぁ、それまでは、僕とキミとの秘密にしておくよ」

「ありがとうございます」


はぁ、と、わざとらしく溜め息を吐き、顔を正面に向けると、ギロリ、と、射殺さんばかりの視線を送る、複数の目にわざとらしく肩を竦めた。
そんな目を自分に向けても意味はないだろうに、一体何を警戒しているのやら。


「青江様、どの辺りにしましょうか」

「うーん、そうだねぇ…、キミと同じ辺りでお願いするよ」

「分かりました。髪をちょっと引っ張るので、少し痛いかもしれませんが、少しの間、我慢して下さいね」

「ああ、了解」


一言、そう声を掛けると髪をグッと引っ張り、つい頭が後ろにいきそうになり、腹に力を込め、耐えた。
そして鈴は、グルグルと髪を巻き、頭の上の方で一つにまとめると、きつく髪を縛り、自分の肩に両手を置いた。

一つにまとめられた髪を乱さないよう、軽くポンポンと叩くように確認すると、自分の長い髪は見事なまでに綺麗にまとめられていた。
こんな長い髪、やりづらかっただろうに、これ程までに綺麗にまとめるとは、鈴は相当、器用な娘らしい。


「上手だねぇ、」

「でも流石に青江様程の長い髪は初めてでしたので不安でしたけど…、上手く出来て良かったです」


青江は満足そうに笑みを浮かべると、鈴はその表情を見て、安心したかのようにホッと肩を撫で下ろした。

そんな二人を見て、三日月は不機嫌そうに片眉を吊り上げた。
そんな三日月を見た小狐丸は、途端に落ち着きを無くした。

そんな反する二人を見た、石切丸、今剣、岩融は、信じられないとばかりに目を見開いた。

小狐丸に泣き付かれた時は、正直、半信半疑だった。
だが、あの小狐丸が、あんなにも必死になって、自分達を頼ったのだから、何かはあるのだろうと思ってはいた。
だが、まさか、これ程までだったとは、思いもしなかった。

ここまでになってしまったら、確かに小狐丸一人では、制御するのは難しいだろう。

自分達は、鈴の事を良く知らない。
石切丸は、本丸をここまで正常に戻した鈴の手伝いになればと思い、今剣と岩融は小狐丸の泣き付かれて部屋から出て来た。

鈴の言葉一つで、部屋から出て来た訳ではない。
だが、この三日月を見れば、鈴が無意識にしろ、三日月をここまで変える“ナニカ”をした人の子で、それ故に、三日月が鈴に執着している。

それに三日月だけではない。
あの、伊達の刀達もだった。

自分達を縁の深い鶴丸も、久方振りにあんな人間臭い表情を見た。
ビックリじじい等と世間で言われ、殆ど読めない表情をしていると云うのに今はどうだ。
思っている事が、あんなにも顔に出ているではないか。

その鶴丸と同じぐらい顔に出ているのが、伊達男を地でいく燭台切。

笑ってはいる。
だが、目が笑っていなかった。
笑っているように見えてはいるが、目がどこか冷えているのだ。
その表情は、どこか苦しそうに見え、自分でもどうして良いのか分からない…、そう見えた。

あと、もう一人。
腕に龍を飼っている伊達男。
先程は、青江とあんなに穏やかに言葉を交わしていたと云うのに今は、三日月と同じぐらい、不機嫌さが前面に出ている。

酷い言い方かもしれないが、この本丸内でも、初代審神者以降、扱いが難しいと言われ続けたこの二人をこんなにも人間臭くさせる鈴に一気に興味が湧いた。


「だめですよ、いしきりまる、いわとおし」

「何が、かな?」

「これいじょう、めんどうはみきれません」

「相変わらず手厳しいな、今剣よ」

「とうぜんです。それにこれいじょう、やっかいなものをおねえさんにちかづけては、さすがにかわいそうです」

「随分と彼女を気に掛けるんだね」

「…あのひとは、さよたちをすくってくれたひとですから」

「…それもそうだな」


そう言った今剣の視線の先には、切り傷一つない姿の小夜たちがいた。

今剣と小夜達、短刀は一際仲が良かった。
京都への出陣をする為に必死になって練度を上げ、幾度となく出陣を繰り返し、他の刀達とは違う結束が出来ていた。

小夜が押入れに閉じこもってしまった時、秋田達の怪我を治してくれなかった時。
誰よりも今剣の前任への怒りは大きく、あろうことか前任に刃を向けたものだから、前任に言霊で縛られ、喋る事も動く事も出来なくなり、岩融と共に部屋に篭っていた。

それだけ今剣は小夜達の事を大事に、まるで弟のように大切にしていた。
それだけに今の彼らの姿は嬉しいものであり、彼らをあそこまで戻してくれた鈴には感謝するしかなかった。

だが、問題は、今の段階では、鈴がどんな人の子なのか分からないと云う事だった。

鈴がこの本丸に滞在している間に鈴の全てを知る事は無理だろう。
だが、鈴にある程度、任せても良いと思えるまで鈴の事を少し離れた所で様子を見て、遠くから鈴を助ける方法しかなかった。

例としては、先程、鈴にちょっかいを出そうとしていた、石切丸や岩融と止める事のような。

それだけでも、今剣が鈴の事を想っているのかが分かる。
前任が切っ掛けで、あれだけ人の子を憎んでいたのに、鈴にはそれを見せないのは、そうゆう事なのだ。


「それでは、青江様。私の作業のお手伝いをお願いしても宜しいですか?」

「ああ、勿論」

「皆様も畑の方、お願いします。お昼までに全て植えてしまって、お昼ご飯にしましょう。お昼ご飯が終われば午後からはゆっくりして下さい」

「それは所謂、半休…、と云うやつですか?」

「ええ、そうです。ここ数日、皆様は働き詰めですし、ここら辺で体を休めて下さい」

「その半休は何をしても良いのですか?」

「勿論構いません。でも、無茶な事はしないで下さいね」


鈴の口から出た午後からの休み、所謂、半休に宗三が確認を取ると、鈴は頷き肯定した。
それに対し、江雪が問いかけると、鈴は困ったように眉を下げると、無茶をしない事を条件に許可を出すと一部の刀剣男士の目がキラリと光り、その表情は途端に輝いた。

午後からの半休は“無茶”をしなければ何をしても良い、鈴はそう言ったのだ。

すると鈴は、あ、と、何か思い出したようで燭台切を見た。
パチリ、と鈴と目が合った燭台切は、はて?と、首を傾げた。


「食材についてなのですが、初日に纏めて買ったものがそろそろ無くなる頃だと思うのですが、どうでしょうか?」

「あ…、そう言えば、そろそろ作るのが辛いから頼もうと思ってたんだ」

「そうでしたか…、初日に買った物以外で、何か足りない物とかありましたか?」

「調味料とか、かな?」

「ええ、何か買い忘れてたり、これがあったら作れる物が増える、とか、そう言った物はないですか?」


うーん、と、頭の中で厨の中を思い出し、今、そこに立っているつもりで周りを見渡してみた。

醤油も濃口、うすくち両方ある。
出汁を取る為の昆布、にぼし、鰹節もあるし、味噌も赤味噌、白味噌に加え、一般的な味噌もある。
砂糖も当然あるし、特に調味料で足りない物があると感じた事はなかった。


「特に足りない物はない、かな。キミ、ちゃんと必要な物買ってくれたから」

「そうですか…、それなら食材だけ買い足せば大丈夫ですね」

「うん、そうだね、お願いするよ」


ふにゃり、と、表情を緩め、そう言った燭台切に鈴もつられるように笑みを零した。


「それでは、あと少し、頑張りましょう」


先程の燭台切と鈴の会話を訊いていた皆の目は輝き、食いしん坊組の気迫たるや凄いものだった。

多分、鈴は縁側に戻り、作業を再開させる前に端末を使い、例の通販サイトで食材を買うのだろう。
すると、その食材を使い、燭台切や堀川が調理し、それを自分達が食べる。

なんと幸せな事なのだろうか。
体を曲げての辛い肉体労働である畑仕事ですら、頑張れる。

鈴の言葉を合図にそれぞれが持ち場へ着き、苗を手に取るとそれを畝に植えていった。
鈴と青江はその姿を見て、縁側へ行き、先程の作業の続きを再開した。
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