キミの事しか考えられない
最後の一編みを終え、ふう、と、一息吐き、顔を上げた。
自分で始めた事とは云え、終えてみれば大変な作業だった。
青江が手伝ってくれなければ、お昼はおろか、夕方になっても終える事は出来なかっただろう。
そんな青江は、一足先に終わり、編み終わった紐を組んで、網棚を作っていた。
作り方は教えていないのに、何となくの勘でやってるその姿を見て、鈴は感心するばかりだった。
「おや、もう終わったのかい?」
「何とかお昼までには間に合いました…」
「これで心置きなく昼食を食べられるね。それ…、もらっても良いかい?」
「あ、はい。お願いします」
作業を終えた鈴に気付いた青江が、笑みを浮かべながらそう言い、鈴が手に持っていた紐を受け取るとテキパキと組み、軒先と花壇を繋ぎ、予定していた網棚作りは、これにてやっと完成した。
「完成、だね」
「ええ、完成です!後は、この花壇に種を植えたら終わりです」
「その種は、どこにあるんだい?」
「確か…、乱様がお持ちになっていたかと思います」
「なら、貰ってくるよ」
「お願いします」
そう言って青江は畑の方へ行ってしまった。
鈴はその後ろ姿を見送り、畑の方へと視線を向けた。
畑の方も全て植え終えたのか、水をやったり、後片付けをしており、当初の予定通り、昼までに全ての作業を終える事が出来たようだ。
青江は乱の側へ行き、何やら話すと、乱から袋を何個か受け取っていた。
正直、畑を再度作るのも時間がかかると思っていた。
土が死んでいたら、一から畑に相応しい土を作らなければならなかったし、それを作るのも、それなりに時間がかかってしまう。
だが、幸いにも土は十分生きていて、整えさえすれば、直ぐにでも植える事が出来た。
自分が来るまで、この本丸には、前任の霊力等、殆ど無く、てっきり土は死んでいるものとばかり思っていたが、本当に運が良かった。
一応、念の為にと思い、畝を作る時に、この土に肥料を混ぜてはみたが、多分、必要はなかっただろう。
ふと、畝の先頭に立てられたプラカードの文字を見て、鈴は、つい小さく笑ってしまった。
あんな達筆な“じゃがいも”の文字は見た事がなかった。
じゃがいもだけでなく、白菜、人参、南瓜と、どれもが達筆だった。
一体、誰が書いたのだろうか、と、苗を植える前の様子を思い出した。
プラカードを持っていたのは、身体の大きな刀達だった。
太郎太刀や蜻蛉切、燭台切や三日月と云った、刀達。
誰もが達筆な文字を書きそうな面子なだけに、誰が書いたのか、鈴には分かりそうにない事だった。
「お待たせ、持って来たよ」
「っ、あ、ありがとうございます」
「何を見てたんだい?」
「……、あのプラカードの文字です。誰が書いたのかな、って。凄く達筆ですから」
「ああ、あれか…、あの白菜とじゃがいもの文字は鶴丸さんだね。それとレタスとキャベツ、玉ねぎは江雪さん。南瓜とピーマン、ニラと人参は一期さん。この三人は、本丸内でも達筆で有名なんだ」
例の達筆で書かれたプラカードの文字を青江は誰が書いたのかをスラスラと口にし、それを聞いた鈴は、目が点になった。
江雪と一期は何となく分かるが、鶴丸があんな文字を書くなんて、想像もしなかった。
何と言うか、もっと豪快な字を書くものだと思っていた。
「鶴丸さんが打たれたのは、とある刀風に云うと雅な時代だったからね。そのせいか、雅な事をやらせたら凄く様になるんだよね、所作も一つ一つが綺麗で」
青江が口にした刀は、多分、歌仙兼定の事だろう。
雅に五月蠅いと云われる歌仙は、最も雅だったと云われている、平安時代をとても気に入っており、三日月や小狐丸、鶴丸には憧れに近い感情を持っているような印象が、鈴にはあった。
と、云っても、まだこの本丸の歌仙には出逢っておらず、政府内に居る歌仙を見て、そう感じただけなのだが。
だから、必ずしも、この本丸の歌仙がそうとは限らない。
この本丸に来て、身に染みて感じた、固体差と云うものがあるのだから。
「そういえば、燭台切が呼んでいたよ。昼食の事の相談をしたいって」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、言い忘れてたよ。あ、ついでに短刀の子達を何人かこっちに呼んで来てくれないかい?」
「分かりました。それじゃあ、行ってきますね」
ふと、思い出した青江の言葉に、鈴は目が飛び出るかと思った。
青江が言われたのは、こっちに戻って来る時に言われたのだろう。
だが、青江が戻って来てから、それなりに時間が経っている。
青江が忘れていたからと言って、もしかすると燭台切を随分と待たせてしまったのではないだろうか。
鈴は内心、焦りつつも、青江に言われた事と頼まれ事を伝える為に畑の方へと小走りで向かった。
鈴が居なくなった縁側で、青江は鈴の小さな背中を見ていた。
鈴が数時間前に言った言葉。
“午後からの半休は無茶をしない程度に好きな事をしても良い”
果たしてこれは、鈴にも適用されるのだろうか。
ここ数日、働き詰めの自分達を休ませる為の半休らしいが、働き詰めなのは、寧ろ鈴の方だ。
この本丸に来てから、ずっと右往左往しながら、働いている。
色々な刀剣男士に時間を置かず対面し、気を休める事無く奔走しているではないか。
こちらとしては、鈴の方こそ、ゆっくり休んでもらいたいのだが、鈴の事だから、休んではくれないのだろう。
「キミ達も、彼女の事をそんなに心配しているのなら、前に出て来たら良いのに…、恥ずかしがらずにさ」
「別に恥ずかしがってる訳じゃない」
「そうかい?…、キミはどうなんだい?」
「青江は、彼女と言葉を交わして、どう思ったんだい?」
「そうだねぇ…、キミ達が思ってるような娘じゃないよ。良い娘過ぎて面を食らったぐらいさ」
「まぁ、あおの様子じゃ、それは本当だろうね」
「だからキミ達も早く出てきなよ。彼女はちゃんと手入れしてくれるし、僕達の事を何より一番に考えてくれる娘だよ。僕達の好きな“人の子”さ」
畑からは見えない死角。
そこに向かって青江は口を開いた。
実のところ、この彼らの視線には、随分前から気付いていた。
脇差の自分が気付いたぐらいだ。
短刀の子達は、とっくに気付いていただろう。
鈴も気付きそうなものだが、気付く事はなかった。
その死角に居た者達とは、山姥切に歌仙、蜂須賀の三人。
こっちの様子が気になって仕方ないのに、何を抵抗して出て来ないのか。
そう思うと、じれったくて少しイラッとしてしまったが、前任からの仕打ちを考えれば、仕方のない事なのかもしれない。
見極めるのは、確かに時間もかかるし難しい。
だが、鈴の霊力を見れば簡単に分かるだろうに。
前任とは違う、あの暖かな、澄んだ霊力。
前任は、当初から、霊力が濁っていた。
最初は現世に居たから、そうなのだろうと思っていたが、実はその通りで、汚れた人間だった。
縦しんば、霊力が高いが故に審神者に選ばれてしまったから、仕方なく審神者になった。
だが、この現世とは隔離された本丸での生活に耐える事が出来なく、猫を被っていた面の皮が剥がれて、本性を現したのだろう。
霊力で人の子の本質が分かるのは、前任で、目出度く証明された訳だ。
前任以前の審神者と鈴は、とても心地良い、暖かく澄んだ霊力だったのに、前任だけ唯一、濁って汚らしい霊力だった。
だから、霊力を見れば、鈴も知らない、鈴の本質が分かると云うのに。
本当、じれったくて仕方ない。
「キミ達だろう?今日作業しやすいように、昨日そのままにしてあった苗を保管したのって」
「あれじゃ、苗が萎れるだろう」
「折角買ったのに無駄にするなんて雅じゃないからね」
「でも、まさか保管したぐらいで、あんなに感謝されるなんて思ってもみなかったけれどね」
「なら、昼食から出て来たらどうだい?それ以上感謝されるよ、彼女に」
「偽物に感謝はしないだろう…」
「感謝されるのは悪くないけどね」
「……もう少し、考えてみるよ」
「ああ、是非そうして欲しいな」
その言葉を最後に彼らは、其処から離れて行ってしまった。
その彼らを入れ替わりで、青江の所へ来たのは、青江が鈴に呼んでもらうように頼んだ短刀の子達だった。
「さっきの、山姥切か?」
「うん、そうだよ。気になってたみたいだね」
「それならこちらがわにきたらいいのに」
「歌仙さんも蜂須賀さんも、少し神経質なところがありますからね」
「でも、お姉さんに関しては、不要なものなのですが…」
「初期刀はやっぱ違うのかなー」
「でも、加州さんは、凄くデレッとしてるよな」
「ふふ…、まあ、彼らがこちら側に来るのも時間の問題だろうし、もう少しだけ様子を見る事にしようか」
「それしか方法はないですよね…」
「そうゆう事さ。さて、へちまとゴーヤの種を植えて、早くお昼にしよう、彼女、ちゃんと食材を買っていたみたいだしね」
青江のその言葉に短刀達の目がキラリと輝いた。
ずっと鈴の隣に居た青江の証言だから、間違いはないだろう。
それに鈴は今、燭台切と話しをしている。
何の話しをしているかなんて、一つしかない。
昼食を何にするのか、その相談をしている事は、簡単に分かった。
そうなれば、俄然やる気が出ると云うものだ。
あと一息、この二種類の種を植えれば、昼食の時間だ。
よし、と気合を入れると、分担して種を植え始めた。
短刀達に青江が呼んでいると伝え、短刀達が青江の所へ行く姿を見送り、鈴は燭台切に声をかけた。
「すみません、お待たせしました」
「ああ、待ってたよ。キミも薄々察していると思うけど、昼食を何にしようかと思って」
「お昼ご飯、ですか…、そうですね…、食材の方は、あれから直ぐに購入したので、もう届いてると思いますが…」
食材は、縁側に戻って直ぐに購入した。
肉料理も作れるように結構な量を買ったし、野菜も十分過ぎる程に買い、米も乾麺も十分に揃えた。
だから、何でも遠慮なく作れると思うが、何が良いだろうか。
…、そういえば、何か食べ忘れているような気がする。
一体、なんだっただろうか。
うーん、と、考え込んだ鈴に、燭台切は、困ったように苦笑を零した。
自分は何となく聞いただけなのに、鈴は真剣に考え込んでしまった。
ただ簡単に、あっさりしたものが良いとか、そんなざっくりとした事で良かったのに。
全力投球過ぎる鈴に心配してしまうのも、仕方ないだろう。
「……あっ、オムライス…!!」
「オムライス…?オムライスが食べたいの?」
「い、いいえ、私が食べたいのではなく、二日前の夜、豚の生姜焼きの代わりに次の日の昼食をオムライスにすると約束していたのを思い出しました」
「そう言えば、そんな約束してたね…、すっかり忘れてたよ」
「貴女、良く思い出せましたね」
「何を考え込んでると思ったら、それを思い出してたのか」
「本当は、昨日のお昼の筈でしたが、加州様達がおにぎりを作って下さいましたし、夜は疲れた体でも食べやすいようにざるうどんでしたし…」
何か考え込んでいたかと思えば、二日前に短刀達と約束したオムライスを思い出そうとしていたらしい。
オムライス。
確かに話しの流れで、短刀達とそんな約束をしたが、昨日のバタバタで頭からすっかり抜けており、鈴以外、あの場に居た者皆が忘れていたと云うのに鈴だけ覚えていた。
本当、何と言うか、自分達の事ばかり考えていないだろうか。
確かに鈴は、自分達を手入れする為に此処に来た。
だが、それにしても、自分達の事を第一に考え過ぎている。
鈴にとって、この本丸が鈴にとっての今の仕事場だが、少し休息するべきではないだろうか。
このままでは、鈴が壊れてしまいそうだった。
燭台切は勿論、この場に居る者全てが、一瞬にして、そう感じてしまった。
「ねぇ、訊きたい事があるんだけど…、良い?」
「なんでしょう?」
「僕からの質問ね。昨日は良く眠れたみたいだけど、正直、寝足りないって事はない?」
「…、正直言うと、もう少し寝たいとは思いました、起きた瞬間は」
真剣な表情で、心なしか、前のめりで鈴にそう訊ねた燭台切に鈴は目を丸くしたが、素直にそれに答えた。
その鈴の返答に燭台切はおろか、他の者までもが、罰の悪そうに表情を暗くした。
燭台切が鈴にそう訊ねたのは、歴代の審神者を思い出したからだ。
やる事が山ほどある審神者は、結構な頻度で疲れれた顔をしていて、頻りに“眠たい”“寝たい”と口にしていた。
その言葉に疑問を感じ、審神者に訊ねると“寝たらマシになる”と言って、その言葉で彼らの中で“人の子は、ちゃんと眠らなければならない”と、そう認識した。
それなのにどうして三日月は、人の子に大切な睡眠を奪うような事をしたのか。
恨めしそうに向けられる視線に三日月が可哀想な程縮こまっていたが、自業自得だ。
言葉で凶弾されなかっただけ良かったと思って欲しい。
「それでは、次は僕からです。今、何をしたいですか?」
「今…、ですか?今…、…そうですね、ゆっくりお茶を飲みながらぼー、っとしたいですね」
鈴のその言葉を聞いた瞬間、思った事は皆同じだった。
これは、もしや、現実逃避と云うやつではないのだろうか。
やはり、此処での生活が辛くて何も考えたくないのではないだろうか。
自分達は鈴に期待を寄せ過ぎて、鈴は限界を感じているのではないだろうか。
たらり、と、冷や汗が背中を伝い、とてつもない罪悪感に襲われたのも当然だった。
「俺からも質問、良いですか?」
「はい、何でしょうか?」
「お姉さんの好きな事って、何ですか?」
「私の好きな事…、ですか?…うーん、お昼寝、ですかね。凄く贅沢な気分になるので、好きな事…、に、なると思います」
「他にないのか?」
「他、ですか…、そうですね、こうして皆さんと一緒にお喋りしたり、何かしたりする事、ですね」
ふにゃ、と、幸せそうに顔を緩ませ、そう言った鈴に泣きたくなった。
どこまで優しい人の子なんだ。
鯰尾と骨喰なんて、今まで見た事のない表情をしているし、加州なんか目が若干、潤んでいる。
それよりも、骨喰のその表情は、本当に何なんだ。
弟の初めて見る表情に兄である一期は、普段のあの爽やかな顔が崩壊している程だ。
鈴は手入れ師。
あと数日もすれば、この本丸から居なくなってしまう人の子だ。
正直、何処にも行って欲しくない。
この本丸にずっと居て欲しい。
でも、それは叶わない事など、手に取るように分かっていた。
それなら、鈴が居なくなるまでの数日、鈴を第一に考え、大切にするしかない。
審神者にしていたように、唯一の存在であるかのように、大切に。
鈴が去ったあと、後悔しないように。
「おい」
「っ、は、はい」
「午後から休み、だったな」
「え、ええ、午後からはお休みですが…」
「午後から、あんたは寝てくれ」
「え、どうして…、でしょうか?」
「昼寝が好きなんだろう?午後から休みなら心置きなくできる」
「確かに、そうですが…」
「何を渋っている。はっきり言わないと分からないのか?」
すぅ、と、鈴の頬を撫で、大倶利伽羅がそう言った。
いつになく真剣なその声音に鈴の心臓は、ドクン、と大きく騒いだ。
何で、どうして…、どうしてまた、そんな声で自分に話しかけるのだ。
此処に来て、何度目か分からないこの大倶利伽羅に鈴は困惑を隠せなかった。
鈴だけじゃなかった。
大倶利伽羅と付き合いの長い、燭台切も鶴丸も、困惑を隠せなかった。
やはり、鈴の事になると、彼は彼ではなくなる。
もう、鈴の事しか頭にないような、鈴の事以外、考える事を辞めたような上手く言葉に出来ないが、そう見える程だった。
「あんたの事が心配だから、昼寝でもして、体を休めてくれと言ってるんだ」
「っ、そ、う…、ですか…」
ぶっきらぼうに言った彼の言葉だったが、言った言葉は、彼からは想像出来ない程、ストレートだった。
そんなストレートな言葉だったからだろうか。
言葉の裏を考えずとも伝わったそれに、鈴の顔は一気に赤く染まり、所在なさげに視線を彷徨わせていた。
鈴は余裕がなく、気付かなかったかもしれない。
そんな鈴を見て、大倶利伽羅が穏やかに、優しく微笑みを浮かべる、その姿を。
最初は、見間違いかと思った。
大倶利伽羅が、そんな表情をするなんて、一生、見る事がないと思っていたから。
だが、彼が今、優しい微笑みを浮かべているのは確かで、決して見間違いなんかではなかった。
チクリ、と、胸が痛んだ。
一体、どちらに対して、胸が痛んだのか、分からなかったが、胸が痛んで締め付けられた。
この感情は、一体何なのだろうか。
鈴に出逢い、人間らしい一面を取り戻しつつある大倶利伽羅に自分達は喜ぶべきだ。
あの塞ぎ込み、近付く者を、まるで刃を突き立てるように拒絶していたあの頃を思えば、今のこの彼は、喜ぶべき変化なのに、何故、素直に喜ぶ事が出来ないのだ。
「昼からは大人しく寝ていろ。…、だが…、あんたは素直に訊く人間じゃないのは知ってる」
「そ、そんな事…!!」
「あの話しを訊く限り、そうとは思えない」
「昔の話しです…!」
「人はそう簡単に変わるもんじゃない」
「そうは良く言いますが…」
あの話し。
大倶利伽羅と鈴は、一体なんの事を言ってるのだ。
自分達は何の事を言ってるのか全く見当はつかないが、二人の中では知っている話題らしい。
また、胸がチクリと痛んだ。
大倶利伽羅と鈴の間には、自分達が入り込めない“ナニカ”がある。
いつの間に、どうして、どうやって。
鈴と出逢ったのは、ほぼ同時な筈なのに、二人はそこまで知り得る関係を築いたのだ。
「俺が見張るからな」
「…え?」
「あんたが昼寝するように見張る。あんたの事だ、自分は休まず、この本丸の為に何かする気だったんだろう?」
「そ、れは…、その…、」
「あんたに倒れられたら困る」
「………へ?」
大倶利伽羅が言ったその一言に、自分達は勿論だが、鈴が誰より一番、驚いていた。
今日の大倶利伽羅は良く喋る。
ここ数日間でのトータルの口数を合わせても、今日には及ばない。
それに何より、こんなにストレートに物事を口にする彼を見た事があっただろうか。
鈴の前では雄弁になる。
大倶利伽羅のその一言以降、しん、と、静まり返ったその場には、何とも言えない空気が漂っていた。
「大倶利伽羅、ちょっとストレートに言い過ぎじゃない?」
「加州は困らないのか?こいつが倒れたら」
「確かに困る…、けどさあ…、」
「そうゆう事だ。これで分かっただろう?」
「………ぅ、はい」
この空気に耐え切れなくなった加州が、二人の間に入ると大倶利伽羅が突然、丁度良いばかりに加州にそう訊ねた。
加州は突然の事で、驚いたように目を見開き、数回瞬きをすると、少し言葉を濁しながら、そう答えた。
かの加州の返答に大倶利伽羅は満足そうに、ニヤリ、と口元に笑みを浮かべると鈴にそう言い、鈴はその言葉に押されるように頷いた。
随分と鈴の扱いが上手くなった大倶利伽羅に久方振りに脇差兄弟が眉を寄せた。
暫くの間、鈴とまともに会話をしていなかった。
思い出す限り、最後に鈴と密着していた時は、自分達が一番、鈴の事を知っている筈だった。
それなのに、気付けば大倶利伽羅が常に鈴の隣に居て、今や、鈴の事をこの中で一番知っている者となっていた。
一気に引き離された気がした。
実際、大倶利伽羅とは、随分、差が開いている。
だが、その現実を認めたくないのも事実だった。
一方、へちまとゴーヤの種を植えていた短刀達と青江は、既に種を植え終えており、まだ作業をしているフリをして、畑の様子を窺っていた。
しゅん、としている鈴と、眉を寄せている脇差の兄弟、苦虫を潰したような表情を浮かべている一部の刀達に、満足そうな表情を浮かべている竜王。
なんと言うか、少しよそ見していた間に随分と地獄絵図になったものだ。
これは、ここら辺りで彼らの所へ行き、あの地獄絵図を崩壊させ、鈴を助けてあげるべきなのか、少々悩むところだった。
だが、こちらの作業は終わっているし、そろそろ昼時だ。
太陽が真上近くまで登っているし、正直、空腹も限界で、早く燭台切の作った食事が食べたい。
「まったく…、おさなごみたいですね」
「まだ子供の方が可愛い気がしますが…」
「ばみ兄のあんな顔、滅多に見られないよな」
「鯰尾兄さん、馬糞投げる前の顔してませんか?」
「…、まあ、何にせよ、早くあの地獄絵図ぶっ壊して、飯にしようや」
第三の視点から見ると、幼子の喧嘩に見えるらしく、呆れてしまうのもある意味仕方なく、はあ、と、溜め息一つ零すと、地獄絵図を壊しに畑の方へと向かった。
「燭台切の旦那。あっちは終わったから、そろそろ飯にしてくれないか」
「ああ、薬研くん…、そうだね。もう太陽が真上近いし…、昼食の時間だ」
「そうゆうこった。さっさと片付けて飯にしようや」
鶴の一声。
薬研のその言葉に罰が悪そうな表情を浮かべ、ぞろぞろと使った農具や他の道具を元の位置に片付け、それが終わった者から建屋の中へと戻って行った。
燭台切と堀川は、そのまま厨へ行き、昼食の支度へと取り掛かった。
今日の昼食は、短刀達と約束した、念願のオムライス。
畑仕事をする前に米は炊いていたが、オムライスにするには、少し量が足りなかった。
「これでは少し足りませんね…」
「うーん…、あ、そう言えば、小さい炊飯器がもう一つなかったっけ?」
「そう言えばありましたね!どこにあるんだろう…」
「休憩室に移動させなかったっけ?」
「ああ、そうだ…、使わなくなったから、移動させましたね。僕、探して来ます」
「ごめんね、お願いするよ」
記憶を手繰り寄せ、目当ての炊飯器の場所の見当がつき、堀川が厨から離れると、燭台切は、厨の一角へと目を向けた。
山となっているのは、鈴が購入した食材だった。
大きなダンボールが幾つもあり、その横には一つ30kgの米が入った袋が三つ。
卵もダンボールにぎっしり入っているものが二つと、料理には当分困る事がないよう、十分に揃えられていた。
自分達の事を考え、鈴が買った食材。
これは無駄には出来ない。
一つ一つ、大事に扱い、頬が落ちるような料理を作らなければ。
そう考えると、何故か。
どうしてか分からないが、胸の真ん中辺りがポカポカと温かくなって、幸福感に包まれた。
そして同時に、無性に泣きたくなり、誤魔化すように食材を冷蔵庫の中へ仕舞っていった。
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