アフィニティにライラックを添えて


最近、自分の恋人、広光が機嫌の良い日が多い事に不思議に思っていた。
だからと言って、普段が不機嫌である事は無いのだが、それを差し引いても機嫌が良いのだ。

少し前から、良く携帯を触ってるな、とは、思っていた。
携帯なんて、持ってるだけであまり使っている時が少なかったのに、自分が気になる程には、使う様になっていた。

しかも、たまに口元に笑みを浮かべていて、それに驚いたのは記憶に新しい。

自分の恋人である広光は基本的に他人と関わらない。
自分と同じ会社に勤めているが、事務的な会話が殆どで、自分とですら、一言二言話すだけで、自分とも関わらず、私生活を見せない事で社内でも謎な人物として有名だった。

そんな謎な部分が女性社員から密かな人気がある事を他人に興味がない広光は知らない事なのだが。

そんな男が、あんな表情して携帯を見ている。
自分の知らないうちに広光が、自分の知らない人間になってしまったような気がして恐怖を感じ、嫉妬のどす黒い感情が胸の奥底に渦巻くのを感じた。


「光忠、風呂空いた」

「え…、あ、あぁ、もうそんな時間?」


自分の耳に突如聞こえた広光の声に、心臓が飛び出したのではないか、と、思ってしまう程に驚いてしまい、声のした方を向くと広光が濡れた髪をタオルで拭きながら不思議そうな顔で自分を見ていた。
広光の頬は、湯上りのせいで赤く染まり、余程暑いのか首元の汗を拭っていた。

だが、広光の片手には自分のこうなった原因の携帯があった。

それを見た瞬間だった。
自分でも分かるぐらい頭に血が上るのを感じた。

叫びたいのを、怒鳴りたいのを歯をぐっと噛み締める事で何とか耐える事が出来た。

こんな恰好悪い、情けない姿は広光には見せたくなかった。


「それじゃあ、ちょっと入ってくるね」


今の笑みは不自然ではなかっただろうか。
声に不自然さは出ていなかっただろうか。
怒りや不安、そんな感情が出ていなかっただろうか。

そんな事を考えながら、恋人から逃げるように風呂場へと向かった。


**************


風呂場へと消えた恋人、光忠の後ろ姿を見送り、溜め息を吐いた。

光忠の様子がおかしかったのは、勿論気付いていたし、それも少し前から気付いていた。

決定的になったのは、あの取り繕った不自然な笑みだ。

気付かないとでも思ったのだろうか。
自分と何年付き合って、何年一緒に居ると思っているんだ。

光忠が自分の些細な変化に気付くように、自分だって光忠の変化には敏感だ。

自分が風呂から上がって来た時、何かを考えていた様子だった。
眉間に深い皺を刻んで、随分と難しくて、怖い表情をしていた。

自分が風呂から上がった事に気付くと、それは直ぐに消え去り”いつもの恋人”に戻っていたが、自分は気付いた。

そんな顔をして光忠の考えていた事は、何となくの察しが付いていた。

ここ最近の自分の変化に何か思う事があったのだろう。

自分でも変だと、おかしいと思ってるぐらいだ。
こんな自分は自分でも信じられないし、自分じゃない。

自分の事にすら無頓着な自分でも気づいた。
他人…、特に自分に関しては敏感な光忠が気付かない訳がない。

だが、それでも。
それでも、百合との遣り取りが楽しくて、愛おしくて。
思わず携帯を触ってしまい、百合が送ってくるメールの内容に思わず口元が緩んでしまうのだ。


こんな満ち足りた気持ちは、随分と久し振りだった。

だからと言って、光忠に不満を感じてる訳でも、物足りなさを感じてる訳ではない。

自分を全身全霊かけて愛してくれるし、自分の欲しいモノを与えてくれる。
自分も不器用ながらにも光忠を愛し、彼に飽きられないように努力をしている。

それに一番感じているのは、多分、これから先、この光忠以上に愛せる男は現れる事はないと心の底から、そう思っている。

……………そう、男に限って。

自分は女嫌いだし、女と関わる事は自分の人生の中で1%もあり得なかった。

だが、百合と出逢ってしまった。

初めて逢った時は、奇妙な出逢いで忘れる事は出来ないだろう。
次に逢った時も初めての時と引けを取らないぐらい奇妙だった。

放っておけない、と。
何故か、そう漠然と思ってしまって、自分の連絡先を渡した。

連絡してくるか分からなかった。
だが、百合はメールの文面からも分かるぐらい緊張しながら自分にメールを送ってきた。

それからメールでの遣り取りが始まって、奇妙なメール友達になって。
知らない内に百合に惹かれて、久し振りに会った時に百合が覚えていた”牛丼”の言葉に体中に電流が走ったような感覚になり、百合に堕ちた事を悟った。

だから、あんな酒を百合にメッセージ付きで贈った。

生憎、その時の返事はまだ貰えてはいない。

それがどうしてなのか……、それは分かっているから別に焦ってはいなかった。

百合とのメールでの遣り取りで、百合に告げていたから。

自分がゲイで、男の恋人がいて、付き合い始めて長い事を。

だが、好いている相手とこんな遣り取りを数か月続けているだけで、こんな満ち足りた気持ちになるのだから、恋愛と云うものは恐ろしい。

百合には自分が男なのだと、思い知らされた。

百合の唇を奪い、その柔らかな髪に指を通し、百合のナカを暴いて突き上げて。
百合の甘い嬌声を聞きながら果てるのは、どんな気持ちいいモノなのだろうか。

百合が自分の奥底に眠っていた男の自分を引き上げ、男としての悦びを与えてくれるような、そんな気がした。

だが、それよりも自分にはやらなければならない事があった。

あの機嫌の悪い光忠をどうやって元の伊達男に戻せるのか。
骨が折れそうだ、と、少し頭が痛くなり、百合に手早く返事を送ると携帯の電源を落とした。


***********


男…、広光から“暫く返事ができなくなる”と、その一言のメールが送られてきた。

その内容を暫く考えた百合は、何か合点がいったのか、申し訳ない気持ちになり、きっと電源を切ったであろう事は分かっていたが、手短に返事を送った。

“おやすみなさい。また、お時間のある時に”

そう慣れた手付きで返信すると百合は、携帯を枕元に放り投げた。

メールの内容は相変わらず些細なモノだった。

あの時、唇を奪われ、意味ありげな酒とメッセージを貰ったが、百合は何の返事もしておらず、百合の中では以前の関係のままだからだ。

第一、 広光には列記とした恋人がいる。
その相手は、百合も一度見た事があり、初めて逢った時にはっきりとした口調で自分を叱咤してくれた眼帯の男だ。

メールの遣り取りをしている広光からは、早い段階でゲイである事をカミングアウトされていて、その相手が眼帯の男だと同時に言われていた。
だから恋人持ち相手に告白されても、返事なんて出来る訳がなかった。

それに今の関係が心地よく、その関係を崩したくないのもある。

広光は多分、恋人に自分の事を話してはいないだろう。
気を許した相手にも、あまり自分の事は話さないと言っていたから。

それを前提に置いて考えると、さっきのメールは恋人のナニカに触れてしまって、恋人との時間を過ごす為だろう。

広光とのメールは楽しい。
こんな気楽に言いたい事を言えて、気が楽な相手は今までにいなかった。

メールは楽しいが、遣り取りを控えなければ、と、強く想い、手早くメイクを落とすと着替えを片手に浴室へと向かった。


************


数日後、百合の元に広光から一通のメールが届いた。
そのメールを会社の昼休みに見た百合は、その意図が分からず、何故なのかを訊ねたが、それに対しての返事は結局終業時間になっても返ってくる事はなかった。

ただ、広光にしてみれば、あまりにも念を押してくるものだから、押しに弱い百合は折れてしまい、分かった、と、返事をしてしまった。

終業時間になり、携帯を見ると、広光からメールが届いていた。

それをいつものように開くと何処かの住所と添付してあった画像には地図のスクリーンショットがあり、メールの最後に一言だけメッセージがあった。

“此処に来い”

たったその一言の内容に百合は、目をぱちくりさせ、首を傾げた。
だが、考えたところで何も分からず、気が重くなりながらも、会社を後にし、目的地へと向かった。

着いた先は、見上げても天辺が見えない程高い、高層マンションだった。
これは所謂、タワーマンション、と、呼ばれるモ建物ではないだろうか。
自分とは無縁の建物で、本当に此処なのか、場所は間違っていないのか、数回確認したが、やはり指定された場所は此処で、間違ってはいなかった。

メールで送られて来た住所の末尾に1211、と四ケタの番号があったから、多分、此処の部屋が最終目的地の筈だ。

当然、オートロックのエントランスに百合は、一度深呼吸し、1211、と押し、少し震えた手で呼び出しボタンを押した。

部屋と繋がるコール音がして、直ぐに誰かが出た。
それは聞き覚えのある声で、広光の声だった。


「今開ける」

「へ……、えっ、?」


動揺する百合の事は気にもせず、目の前の扉が左右に開き、オートロックが解除した広光は、部屋に来るように言うと、インターホンの通話は切れてしまった。

此処まで来て、流石に帰る訳にはいかず、頭の中はぐちゃぐちゃで何も考えられず、気付けばエレベーターに乗っていて、気付けば部屋の前まで来ていた。

もう、何がなんだか、分からなかった。
何で呼ばれたのか、広光は何で自分を呼んだのか。

自分の家なんて、広光のテリトリーではないか。
広光は自分のテリトリーに他人が入り込むのを良くは思わない筈だ。
それなのに、どうして自分を呼んだのだ。

それに恋人の件もある。
此処まで来てしまって言うのも変だが、本当は来るべきではなかった。

帰ろう。

色々考えて出した答えが、これだった。

片足を一歩後ろに引き、体を反転させようとした時だった。

ふいに目の前の扉が開き、扉の向こうから眼帯の男が顔を出した。
最悪の結果を想像した百合だが、そんな百合とは裏腹に眼帯の男、光忠はにこやかに笑みを浮かべていた。


「いらっしゃい、迷わなかった?」

「え、あ、は…、ぃ」

「疲れたでしょう、ほら、入って」


混乱する百合をよそに、光忠は百合の手首を掴むと勢いよく家の中へと引き込んだ。

突然の事でバランスを崩した百合だが、さり気無く光忠が百合の腰に手を回し支えた事で百合が転倒する事はなかった。

早く、と、百合を急かす光忠に百合は混乱したまま靴を脱ぐとすぐさま揃え、光忠に引っ張られるまま、部屋の中へと足を進めた。


「伽羅ちゃん、今洗濯物取り込んでるから代わりに僕が出迎えたんだ」


ビックリした?と悪戯っ子のような笑みを浮かべそう言った光忠に、百合は渇いた笑みしか浮かべる事が出来なかった。


百合をリビングに通すと光忠はキッチンへと消えた。
初めて来る男の部屋に一人残された百合は、当然落ち着かなく、やたら大きい黒い革張りのソファの端に腰を下ろすと、きょろきょろと部屋の中を見渡した。

全体的に黒い部屋で、大人の男を感じる部屋だった。
テレビもやたら大きいし、自然に置いてある間接照明もオシャレ過ぎて、自分には到底真似の出来ないセンスだった。

自分とは正反対の部屋に、自分の知らない世界に来た感覚になり、先程より落ち着かなくなったところに光忠がコーヒーを持って来て、百合の体は大きく跳ねた。


「そんなに珍しい部屋?」

「ぇ、あ、はい……、物が少なくて…」

「ああ、確かに。伽羅ちゃんあまりごちゃごちゃ置くの好きじゃないから」


そんな百合に光忠は笑みを浮かべ、百合の隣に腰を下ろすと百合との距離を一気に縮めた。


「そう言えば、まだ名前言って無かったね。僕の名前は長船光忠、好きに呼んでくれてかまわないよ」

「は、い……、で、は…、長船さ、ん…」

「ん?なあに??」


恐る恐ると云った感じに百合が光忠の名前を口にすると、光忠はふにゃり、と表情を崩し、百合の顔を覗き込んだ。
至近距離で光忠の顔を見てしまった百合は、咄嗟に体が引き、ソファの背もたれに背がくっつきそうになったが、その前に光忠は百合の背に手を回し、好機、と言わんばかりに百合の体を自分の方へと引き寄せた。


「本当に女の子…、なんだね」

「は、はい」

「ニューハーフ、じゃなくて?生まれてからずっと女の子?」

「そ、そうです…」

「へぇ…、」


百合の体を抱き込むようにすると百合の耳元で囁くように言葉を紡いだ。
無意識なのか、意図的なのかは分からないが、光忠は百合の耳に息を吹きかけるように話すものだから、体がぞわぞわして変な声が出そうだった。


「ふふっ、伽羅ちゃん、そんな睨まなくても食べたりしないよ」

「ひ、広光さんっ!!」

「光忠…、そいつから離れろ」

「そんな怖い顔しないでよ…、ただ話してただけじゃない、ね?」

「や、あの、……、は、ぃ」


くすくすと笑いを零しながら百合から離れると、百合に同意を求めるようにそう言った為、百合は咄嗟に頷いてしまい、それを見た広光の表情は一段と険しくなった。

不機嫌を露わに光忠の前に立つ広光に、光忠は不思議そうに見上げ、横目でちらり、と百合を見ると、何を思ったのか素早く広光の手を引っ張ると、バランスを崩した広光は光忠の胸へと飛び込んだ。

一瞬の事で広光も百合も何が起こったのか分からなかったが、更に分からない出来事が起こってしまった。


「んンぅっ?!」

「ふぅ、ん…、っ、はぁ、んッ」


自分の胸に飛び込んで来た広光の顎を掬うと上を向かせ、その唇を自分の唇で塞いだのだ。

突然、キスをされた広光。
しかも、唇を合わす子供のようなキスじゃなくて、いきなり舌を突っ込んできた。
変な体勢だからか、全く逃げれそうにもなかった。

もう一方、百合は、突然目の前で繰り広げられる男同士のキスに一瞬、頭が真っ白になったが、逆に冷静になって、キスシーンを見ていた。
本当にゲイだったんだな、やら、本当に付き合っていたんだな、やら、良く人前で出来るな、やら、冷静にそんな事を考えていた。

くちゅ、ぴちゃ、と唾液の交わる音が暫く響き、呼吸の苦しくなった広光が力の限り光忠の肩を殴り、それに表情を歪めた光忠が、名残惜しそうに唇を離した。

広光は慌てたように、光忠は何かを探るような。
そんな様子で同時に百合の方へ顔を向けると、百合は赤面するでもなく、嫌悪感を見せる訳でもなく、きょとん、とした表情で二人を見ていた。

そんな百合の表情を見た広光は、訳が分からないと言わんばかりの表情を浮かべ、頭の上に疑問符を浮かべていた。
それに対し、光忠は目を丸くしたものの、何かを考え込み、百合と目線を合わすと困ったような、それでいて、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「きみ、伽羅ちゃんに告白されたんでしょう?」

「ど、どうして……、」

「伽羅ちゃんに訊いたからね。どうして返事をしなかったの?」

「どうして、って……、広光さんには、長船さんが居ますから…、」

「だから返事をしなかったの?きみも伽羅ちゃんの事好きなのに」

「………、それでも、です。好きな人の幸せを壊したくなかったから」

「でも、伽羅ちゃんも僕もゲイだよ?さっきの見たでしょう?」

「……、恋愛に男だとか、女だとか関係ありますか?たまたま好きになったのが、同性だっただけ、恋愛対象が同性だっただけです」


きっぱりと、迷う事なくそう言った百合の言葉に嘘も偽りも感じなかった。
本当に本心からそう思って、そう思った事を口にしている。

自分達が同性愛者だからか。
他人の言動や視線には敏感だった故に分かった事だった。


「きみになら……、」

「……、ぇ、」

「きみになら、伽羅ちゃんを任せられる」


嬉しそうに。
心の底からの笑みを浮かべた光忠に、広光と百合はただ、驚くばかりだった。


「伽羅ちゃんのそんな顔、久し振りに見たなぁ…、初めてセックスする時にキミがネコだから、って言った時と同じ顔」

「光忠っ、!!」

「長船、さん……、広光さんと別れるんです、か…?」


のほほん、と昔を思い出したようで、そう言った光忠に対し、バラされたくなかった事をさらり、と言われてしまった広光は顔を真っ赤に染め、光忠の胸倉を掴んだ。

だが、百合は今にも泣き出しそうな顔で二人を見ており、そう漏らすと、二人の動きはぴたり、と止まり、百合を見た。

またしても、光忠は悪い表情を浮かべた。

再び、広光の体を引き寄せると広光と百合を向い合せるように抱き込み、百合に見せつけるかのようにイヤらしく、広光の体を弄った。

シャツの裾から手を忍び込ませ、綺麗に割れた腹筋をちらり、と百合に見せると、その腹筋をなぞり、手は上へと延び、乳首を指の腹で捏ね、それを百合へと見せつけた。


「まさか…、別れる訳ないでしょう?」

「え…、」

「こんなイヤらしい体にしたのは僕。ここまで開発したのに手放す訳ないよね」

「ぁ、っ、んァッ、あぁ、っ、は、ンっ、」

「勿論、伽羅ちゃんの事は愛してるよ。でもね、そんな伽羅ちゃんは男としてキミを愛してる。最初はね、嫉妬でどうにかなりそうだった。愛してる伽羅ちゃんの願いは叶えてあげたい。でも、別れるなんて考えられなかった。………、それでね、思い付いたんだ」

「な、にを……、ですか」

「キミも伽羅ちゃんを愛してる、僕も愛してる。伽羅ちゃんも僕を愛してるし、キミも愛してる。それならね、三人同時に愛し合えばいいんじゃないか、って」

「三人同時、に…?」

「そう。三人で愛し合うんだ。これって凄くイヤらしい、よね…、ねぇ、伽羅ちゃん」

「ひっ、ぅあぁっ、アァっ!!」


光忠の言葉に理解出来なかった。
何を言っているんだ、と。

恋人を独占したいのは当然なのに、愛してるから願いを叶えてやりたいから、三人で愛し合う?

でも、何故か。
その光忠の言葉に頭の中が蕩けそうだった。
体の真ん中を電流が走ったような感じがした。
広光を中心に三人で愛し合ってる姿を想像して、秘部がズクン、と疼いて、じわ、と熱が広がったのを感じた。

目の前の光忠は、イヤらしく唇を舐めて、自分の言葉を待っている。
広光も与えられる快感に表情を染めながら、自分の言葉を待っているようだった。

広光の耳を舌で這わせ舐める光忠の目を見て。
口を半開きにして喘いでる広光を見て。

百合は堕ちたのを感じた。

そんな百合の様子に光忠と広光は気付いた。

さっきまでの百合の目じゃない。

あれは誘惑に負けた女の目だった。

広光の手に自分の手を添えた光忠は、ゆっくりとその手を持ち上げ、百合の前へと差し出した。

さあ、この手を取れ。

百合の耳にはそんな声が聞こえた気がした。

ごくり、と唾を飲み込んだ百合は熱に犯された顔で息を乱れさせ、震える手を持ち上げると、そっと、広光と光忠の手を取った。

その百合の手を掴むと引っ張り、広光の胸へと引き込んだ。


「もう、逃がさない」

「んんっ、んぅ、は、ぁン、んぅ、」


百合の頬に手を添えると、その小さな唇を塞ぎ、百合の咥内を犯した。
舌を絡め、この時を待ってたかのように貪る広光に百合は精一杯付いて行こうとした。
だが経験の差のせいか、百合は直ぐにバテてしまい、名残惜しそうに広光が唇を離すと、二人の間につぅ、と唾液が垂れた。

呼吸が荒い百合を今度は光忠が襲った。
百合の顔を強引に上げさせると先程、広光にしたように唇を奪い、貪った。
縋るように広光の肩に置いた手に力を込めると、広光は愛おしそうに百合の手を取ると指を咥え一本一本、丁寧に愛撫した。


「沢山、愛してあげる…、」


甘く囁いた光忠の言葉に百合はとろん、とした表情で頷き、その場にぺたり、と座り込み、百合の視線の先には、獣のようにギラついた目で、百合を見ている二人の姿があった。