星と雛




【If:ご近所さんが承太郎。】
_ _ _ _
 ご近所さんに天使がいた。

「空条、承太郎です。はじめまして」
「は、はじめまして、鳥澤まひわです」

 と言うか、天使と見紛う程に可愛いらしい男の子が住んでいた。自己紹介時のはにかみ笑顔が即座に私の心臓を鷲掴む。
 あまりの可愛らしさに硬直して、初対面でのやり取りをそれくらいしか覚えていないのは今では笑い話である。大人たちにとっては。
 私にとっては恥でしかない。鼻血が出ていなかったことぐらいが救いだろうか。

 私より3つ年上の彼は、私と同じ黒髪に碧眼。よくよく見れば瞳の色の深さは彼の方が段違いに綺麗なのだけど、おおよそのカラーリングは似通っていたためにご近所さんから兄妹に間違われることがしばしばあった。が、恐れ多いことこの上ない。
 こんなに可愛い彼が私の兄なわけがないじゃあないかッ!別にイヤというわけではないけれど、誤解は解かねばならない。主に彼の名誉のために。
 しかし私が兄妹説を否定する度、彼はなんとも言えない不機嫌な顔で私を見つめてきた。天使さんのご立腹である。まぁそんな顔したって可愛いだけ。どう反応したものか、迷った末に曖昧に笑うとデコピンされてしまった。全く痛くないし可愛いだけですね!

 彼はいい子だ。まさしく天使だ。中身も外見も完璧ペルフェット
 お母さんにもお父さんにも優しいよい子で、たまに遊びに来るらしい海外のお祖父ちゃんお祖母ちゃんにも可愛いよい子な孫らしい。好きな食べ物は?と訊いたら「お母さんが作ってくれたご飯」なんてかわちい笑顔で答える天使っぷりである。
 もう、一刻も早くここに神殿を建てよう。私が第一信者でお願いします。

 そんな天使が、どうして私に不機嫌な顔をしてデコピンをくらわせるのか。
 どうやら、兄という立場を思った以上に気に入っているらしい。ご近所さんから尋ねられる「お兄さんかしら?」は彼にとって誉め言葉に分類されるようである。言われた瞬間の、得意気で嬉しそうな顔は破壊級の可愛さでした。うーん、どや顔すら天使。
 そんな彼の心情を分かった上で、私は敢えてそれを訂正する。我ながらいい根性していたなと思う。だって天使のご立腹顔がレア中のレアだったんだもん。だもんだもん。

□□□
 私は中学生になり、彼は高校生になった。
 天使は謎の肉体改造を施されたかの如く成長し、今では190cm超えの超高身長に。それにプラスして、日本人らしからぬ見事な筋肉質の身体もでき上がった。ハーフだからと言って、それでも限度があるんじゃあないだろうか?確かに、遠目に見た彼のお祖父ちゃんも年齢に似合わずガッシリとしていたけれども。お祖父ちゃんのお祖父ちゃんもガッシリシッカリ体系だったそう。一世代ごとに現れる恵まれた体躯。嫌いじゃないけど筋肉。でも怖いじゃん筋肉……。

「おい」
「……はい」

 学校からの帰り道。空条家と鳥澤家の中間あたりに位置する神社の境内で、私を待っていたらしい長ランに学帽の承太郎くんが声を掛けてきた。待ってくれていると分かっていてもついついその場を通り過ぎようとしてしまい、声を掛けられて思わず視線を泳がせた私はきっと悪くない。だってこの威圧感!いかがなものかとッ!
 身長・体型・顔付き・佇まい。全てを総合して彼の威圧感は半端ない。総合しなくても各分野ごとで威圧感バリバリある。特に顔面が強い。
 中学校に入った頃までは、まだそこまで平均からずれていなかったはずなのに。第二次性徴で、一気に母方の血が濃く出てしまったようだった。特に母方のお祖父ちゃんの血が。ジョースターの血統恐るべし。天使の見た目は儚く終わりを告げた……。うぇん。

「おふくろが待ってる。行くぜ」
「ああ、はい。ごめんね待たせて」
「そう思うなら、無視して通り過ぎようとするんじゃあないぜ」
「……うす」

 故意に無視したのバレてらァ。
 学帽のつばを引き下げて言われたので、どんな顔をしているのか分からない。怒ってないといいなァ。
 とりあえず、ハハハ、と乾いた笑いで流してみた。溜め息を吐かれたけどそれ以上は何も言わず歩き出したので、そんなに怒ってはいないらしい。よかったよかった。
 喜びつつも慌てて後をついて行く。遅れると彼の背中が豆粒くらい遠くなってしまうのだ。主にコンパスの差で。身長も高ければその分脚も長い。ずるい。

 私の両親は自由人である。父親は変人芸術家の自由人で、母親はおっとり天然系の自由人。私が中学に上がってからはさらに自由度が上がり、自由気ままに世界中を回っている。家に縛られる、なんてことはこの二人には一切ない。今の二人が世界のどの辺りにいるのかすら、娘の私にも分からないくらいだ。
 そういえば数年前に弟が生まれたらしいけれど、私は一度として会ったことがない。大丈夫かなこの家庭環境。
 おかげさまで私はほとんど毎日家に一人きり。
 それを見かねた心優しい聖子さん、本名ホリィさんがよくお夕飯に誘ってくれる。天使の母親は女神でした。やはりあの家には神殿を建てるべきだったか。第一信者はもちろん私で。
 数日振りの本日も、そんな聖子さんの優しさでお夕飯にお呼ばれされていた。承太郎くんはそのお迎えなわけだけれど、正直な所、別に一人でも空条家まで行けるので迎えは不要なのになァ、という気持ち。
 時間だってそこまで遅くない、下校してそのまま直行している。
 なぜかなァ?……きっと聖子さんの過保護が発動しているのだろう。「まぁちゃんはうちの子も同然よ!」と本当に可愛がってくれるので。尊い。
 しかし、それに巻き込まれて迎えに来させられている承太郎くんにはいい迷惑であるに違いない。心の中で「ガキじゃねえんだからいい加減一人で来いよな」と思っていることだろう。私もそう思う。
 そう考えると、今日の承太郎くんは心なしか不機嫌に見えてきた。眉間の皺が三本くらい多かったかも知れない。

「あら、JOJOだわ!」

 小走りで承太郎クンの後をついていると、更に前方から明るい女の子の声が聞こえてきた。途端に歩みを止める承太郎くん。女の子は一人ではなかったようで、わらわらと彼の周りに女の子が複数人群がった。わぁい、高校生活モテモテだね承太郎クン。
 思わず一歩二歩とその場を離れ、被害を受けない程度の距離をあけて立つ。承太郎くんは群れの真ん中でたいそう不機嫌そうに困っていた。女の子たちは気にせずきゃらきゃらと楽しげに話し掛けている。女の子って強い。

「やかましいッ、うっとおしいぞッ!」
「きゃあッ!今の、私に言ったのよね!!」
「違うわ、私よ!」
「私に決まってるじゃない。ねぇ、そうよねJOJO!」

 ついに切れた承太郎くんが大声を上げるも、それですら女の子たちは嬉しそうだ。距離を置いた私ですらビックリしたと言うのに。まさかとは思うけれどお姉さんたちってば、マゾじゃあないですよね……?
 驚いて固まる私と、不機嫌さでマックスな承太郎くんの視線がかち合う。ついつい半笑いの愛想笑いを浮かべてしまったら、承太郎くんは小さく舌打ちをして顔を逸らした。聞こえたよ承太郎くん!舌打ちは流石に傷付くよ承太郎くん!!あぁ、天使な承太郎くんは一体どこに行ってしまったのか!?聖子さんに対しては未だに天使なよい子なのに。表現の仕方がツンデレちっくになったけれど。
 ガラスのハートにヒビが入った衝撃で、ぼんやりとしていたのが悪かったのか。気が付けば、群れから押し出されたらしい女の子の背中が、素晴らしい勢いで目の前に迫ってきていた。

「……わぁお」

 口に出しておいてなんだけど、凄く間抜けな声が出た。

_ _ _
「あら、目が覚めたのね」

 目が覚めると女神がいた。違った、聖子さんがいた。エプロン姿が今日も素敵です。

「……転んで気絶するとは思いませんでした……」
「うふふ。後頭部に小さなたんこぶができているから、あんまり動かない方がいいわよ」
「りょうかいです」

 「大怪我にならなくてよかったわ〜」と部屋を出て行く聖子さんの後ろ姿を障子戸が閉められるまで見送って、ジンジンと痛む後頭部と鼻に、現状を改めて把握する。
 あのまま女の子がぶつかってきて顔面強打のち、転倒して気絶、からの承太郎くんに担がれて空条家に搬送、で大まかに合っているんじゃあないかな。……また承太郎くんに迷惑かけたの?やめてくださいそろそろ申し訳なさで死んでしまいます。
 女の子とぶつかった所らしい、痛む鼻を撫でる。後頭部はそんなに痛くないけど鼻が痛い。
 寝ころんだまま周りを見回す。簡素な和室も、寝かされている布団も、見上げた天井の木目も、見慣れたものだ。小さい頃は、よく承太郎くんと並んでここで寝泊りさせてもらったなァ。
 しみじみと昔を思い出していると、障子に人影ができる。ああ、なんて分かり易いシルエット。

「入るぜ」
「うん」

 了承を待ってから入って来たのは、やはり承太郎くんだった。学生帽はない。私を見下ろしつつ、ドカリと布団の隣に胡坐をかいて座る。長い制服の裾が畳の上に広がった。

「……痛くねーか」
「うーん。たんこぶができたらしい頭より、鼻の方がジンジンする」
「鼻血も出ていたからな」
「はなぢ……」

 乙女の身で鼻血とはなんたること……。いや、自分で言っておいてアレだけど、乙女ってなんだ。中身はいいオバサンだぞ。
 まさかまだ出ていたりしないだろうな、と鼻の下辺りを擦る。血の跡もなければ、鼻栓をされているわけでもない。うん、聖子さんがさっきまで近くにいたのだから、そんな酷い状態で部屋を出て行くはずがなかった。だって聖子さんだもの。
 鼻が曲がっていないか確かめていると、視線を感じた。誰の?承太郎くんの。
 私とはまた違う明るく綺麗な緑色の目が、ジッと私を見下ろしていた。見詰め返しても逸らされない視線に、あぁ、小さい頃にもよくこんな風に見られていたなと思い出す。あの頃は今ほど迫力もなく、ただただキラキラしていて綺麗だなと思って見続けていたけれど。しかし今は穴が開きそうで、つい私の方から視線を逸らしてしまった。

「あの……、運んでくれてありがとう承太郎くん」
「別に」

 それきり、シンと辺りに沈黙が落ちる。おかしいなァ、会話が続かないぞッ!昔ほど饒舌じゃあなくなったにしても、ここまで承太郎くんと会話ができない状態なんてなかったのに。
 何を話したものだろう。天気か、趣味か、学校生活や成績についてか。いやいやどこの見合いや面談だよ。そもそも外は快晴だとお互い知っているし、彼の趣味は相撲観戦。学校の生活や成績に関しては聖子さんからこと細かにお伺いしているので今更だ。

「おい、飯は食えるか」
「え?は、あ、うん。食べられる食べられる」

 一瞬言葉の意味を理解できなかったが、数回頭の中で反復して飲み込めた。そうだ、私はお夕飯にお呼ばれしていたのだ。
 「じゃあさっさと来い」と立ち上がる承太郎クンに倣って、布団から起きて後を追おうとする。その前に寝ていた布団は畳むべきか。戸の手前でUターンして戻り、お世話になった布団を片す。背後で承太郎くんの溜め息が聞こえた。早くしろよってことですねごめんなさい。
 急いで片付けようと動きを速めて、いざ押し入れに布団を片付けようとしたところで背後から影が差す。伸びてきた腕が私から布団を奪って、そのまま押し入れに片付けてしまった。誰かなんて考えるまでもなく、承太郎くんである。

「早く行くぞ」
「……うん!」

 顔がよい上に性格もいい。相変わらずの完璧ペルフェットだ。

 食卓にはすでに夕食が用意されていた。聖子さんと承太郎くんと私の三人分。承太郎くんのお父さん、貞夫さんは今日はいないらしい。いや、今日もと言った方が正しいか。思えばあんまり顔を合わせたことがない。
 聖子さんの目の前に承太郎くんが座り、承太郎くんの隣に私が座る。置かれている茶碗や箸はなんと私専用だ。申し訳ないけれどちょっと嬉しい。
 いただきますと手を合わせて、三人で夕食を頂く。承太郎くんも小さな声だけれどしっかり言っていた。ここで反応すると睨まれるから、頑張って表情筋に力を入れて耐える。不良になってもとってもよい子!
 相変わらず聖子さんの料理は美味しい。三ツ星レストランも顔負けだと思う。行ったことはないけれど。

 一口一口に舌鼓を打ちつつ、夕飯を堪能する。
 しかし不思議なことに、食べても食べても皿の上が減ってくれない。恐いなァ〜恐いなァ〜怪奇現象かなァ〜、……なんてわけがなく。お隣に座る承太郎くんが、なぜか減る端から私の皿におかずを足しているからである。新手のイジメか??確かに今日は散々迷惑掛けましたけど。ありがとうは言ったけどごめんねは言ってなかったね!ごめんね!!??
 そんな困惑する私の耳に、小さな笑い声が届いた。見れば、聖子さんが楽し気にクスクスと笑っている

「承太郎ったら、まぁちゃんを構いたくって仕方ないのね」
「そう、なんですか?」

 チラリと承太郎くんを見上げる。スイッと視線が逸らされた。おい。

「だってまぁちゃん、この頃承太郎のこと避けてるでしょ?」
「えー……??避けてるなんてそんなこと、あるわけ、ない、のになァ〜。……ごめんなさい承太郎くん目が怖い」

 まるで射殺さんばかりに見下ろしてくる承太郎くんは、現実を捏造することを許してくれないようだ。嘘ついてんじゃねぇぞコノヤローと視線が言っている。嘘じゃないよ、真実を少し湾曲してぼやかしつつ分厚いオブラートで幾重にも包んでお話ししているだけだよ承太郎くん。

「ふふふ。そうしていると昔と同じね」

 嬉しそうに笑う聖子さんはたいへん可愛らしくお綺麗だが、ちょっと待ってと言いたい。
 どこをどうしたら同じに見えるのか。あの天使で可愛らしかった承太郎くん、今は鬼のような迫力でもって私と聖子さんを威嚇している。無言の圧力だ。とても怖い。聖子さんは「はいはい」なんて軽く笑って流しているが私には無理な所業だ。難易度が高すぎる。

「いいから黙って食え」
「……はい」

 そろそろ胃が破裂しそうです承太郎くん。
 だからと言ってそれを訴えられるわけもなく、渋々と頷いて箸を進めた。
 聖子さん、笑ってないで止めてください。私の胃はブラックホールではないのです。承太郎くんみたいな、育ち盛りの高校生男子でもないのです。……これ以上育たなくてもいいのだけど。

 家に帰ったら、アルバムを見て癒されようと思う。
 愛らしい天使だった承太郎くんの、それはもう愛に溢れる分厚いアルバムを。


***
20260111(140109)



9/10
- / / -
- Main / Top -
ALICE+