04




 ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ。

 うるさいなぁ。
 元気が良過ぎる今朝の鳥の鳴き声に、眠い目をこすりながら目を開ける。かすむ視界にいっぱいに映ったのは灰色の小鳥、いやヒヨコだ。見知らぬ灰色のヒヨコが私の額の上に立ち、こちらを覗き込んで視界を遮っている。

「……どこからきたの」

 ペイッと額から払い落とし、難なく枕の上に飛び降りたヒヨコ。起きたばかりのかすれた声で訊ねるも、もちろんピヨピヨピヨとしか返ってこない。うわ、うるさい。
 家中の戸締りはお母さんが毎日寝る前に確認しているらしいので、夜中に野生のヒヨコが我が家に侵入することは叶わない。そもそも野生のヒヨコってなんだ、野生にヒヨコっているのか。
 お父さんからの嫌がらせだろうか。うーん、やりそう。
 もしくは、夢かもしれない。今もなお、私の瞼が落ちそうになる度にピヨピヨ大声で鳴いて邪魔をしてくるけれど。まだ寝かせて……。

 ピヨッ!
「いたッ」

 鳴いたところで起きないと判断されたのか、短い嘴で額を突っつかれた。え、や、痛いじゃん。これ夢じゃないじゃん。
 覚醒した勢いでベッドの上に起き上がり、枕の真ん中に移動したヒヨコを見下ろす。右から見、左からも見。どこからどう見てもヒヨコです。でも体色は灰色というね。あと目にもなんだか縦線が数本入っているような。
 ヒヨコらしき何かから目を離さないようにベッドから降り、着替えを済ます。ヒヨコもヒヨコで私から目線を逸らすことなく、ジッとこちらを見ていた。

「どこからきたの?」
 ピヨピヨッ!

 まともな返答は返ってこなかった。それはそう。
 両親に聞けば分かるだろうか?ヒヨコを両手でそっとすくい上げ、両親がいるだろうリビングに向かう。
 リビングの入り口から中を覗き込む。ダイニングキッチンではお母さんが朝食を作っている最中で、ダイニングテーブルに着席しているお父さんはうつらうつらと舟を漕いでいるようだ。また夜遅くまで作業部屋に籠っていたんだろうか。
 そそっとお父さんの近くに寄り、下から顔を覗き込む。うっすらクマができているのを確認していると、目が合った。どんより。ちょっと恨めし気だ。

「……まぁちゃん、きみのひよこがうるさい……」

 そんな台詞に疑問を呈したのは調理の手を止めないお母さんだった。

「あら?まぁちゃん、ヒヨコなんて飼っていたかしら?それにうるさいだなんて、いつも通り静かな朝だったと思うけれど」
「何を言っているんだい?ピヨピヨピヨピヨと、鶏冠に来るほどうるさかったじゃあないか」
「そう?」
「そうさ」

 二人の会話から察するに、どうやら父か母がこのヒヨコを私の部屋に放り込んだわけではないようだ。ついでに、認識できる人とできない人もいるらしい。
 なるほど、この子はノリアキ君のハイエロファントグリーンと同類の子か。そしておそらく、あの卵から孵化した子なのだ。

 朝食を食べ、着替えも終えてから家の庭に出る。向かう先はノリアキ君家の庭に面した生垣。

「ノーリアーキ君」

 生垣の向こうへ声を掛ける。普通なら聞こえないがハイエロファントがいるノリアキ君なら話は別だ。まぁ理由は教えてもらえていないが「僕のハイエロファントグリーンなら可能なのさ」とドヤ顔をいただいたので。信用度か……、信用度が足りないのか……。
 しかし名前を呼んで数秒待つ、を二度ほど繰り返したがノリアキ君が現れる様子はない。何かあったかな?
 生垣の隙間に顔を突っ込み様子をうかがっていると、外出のために出てきたノリアキ君のお母さんと目が合った。たいへん肩が跳ねていた。驚かせてしまい申し訳ない。
 ノリアキ君のお母さんはこちらに近寄り、私を生垣の間から拾い上げて抱きかかえる。

「おはよう、まひわちゃん」
「おはようございます!」
「元気ねぇ。もしかしてノリアキに用だった?」
「はい!ノリアキ君いますか?」
「こめんね、ノリアキ今日は学校なのよ。帰ってくるのは三時のおやつより後かな」

 そういえば世の中、子どもは平日学校に通うものなのであった、まる。ノリアキ君はまだ幼稚園だが。
 そんな常識を忘れてしまったことに対する衝撃と、ノリアキ君がいなかったことに対する衝撃で数秒固まる。固まっている内に、いつの間にかいたお母さんに手渡され家に連れ戻された。
 お母さんに「今日は大人しくお家の中で遊びましょうね」と言われたので、大人しく自室にこもる。
 部屋に置かれた幼児用のミニデスクに座り、机の上にはヒヨコを乗せて見つめ合った。ヒヨコだ。黄色ではなく灰色だけれど、真っ黒い目にはうっすらと縦の筋が見えるけれど、まぁ、ヒヨコだ。

 ピヨ!
「鳴き声もヒヨコだ……」

 例の卵は見える人見えない人が区別された。ノリアキ君のハイエロファントグリーンもそうだ。だからてっきり、ハイエロファントも最初は卵型で、つまり私の卵からもハイエロファントに似たものが生まれてくると思っていたのだけれど。
 これ本当にハイエロファントと同類かな……。見た目も全然違うし。
 疑問に首を傾げると、ヒヨコも同じようにこてりと頭を傾げた。うーん、可愛いことしか分からん。
 色々パターンがあるのかもしれない。お父さんのように見えるけどいないパターンもあることだし。
 だとすれば、できることも別なのだろうか。

「きみは何ができるんだい?」

 つんつん、小さなヒヨコをつつく。
 ハイエロファントは細い蔓状になったり、緑色のキラキラとした結晶を出したりできる。この子は何ができるのだろうか。同じように蔓状になったり、キラキラした結晶を出せたりするのだろうか。
 試しに羽根の部分を引っ張ってみたが、そこからスルスルほどけて蔓状に、なんてことはなく。みよんみよんと小さな羽根が広がるだけだ。痛かったのか抗議として摘まんでいた指をつつかれた。痛い。
 お返し、とその額を軽く押すと、こてんと後ろに転がった。その際に後頭部をぶつけたらしく、ピッ!と短く鳴く。それと同時に、私の後頭部にも何かぶつかったような痛みが走る。

「……痛覚の共有……?」

 そんな能力はいらんのだが。
 そういえば、私がハイエロファントに抱き着こうとするとノリアキ君から待ったがかかるな……。痛覚どころか感覚の共有が標準装備だったりするんだろうか。いいんだか、悪いんだか。……あれ?もしかしてノリアキ君、私に抱き着かれるのが嫌ってこと……?いやいやいや、この悲しい事実は1…2の…ポカン!で忘れようね。
 空笑いで現実から逃げていると、机の上のヒヨコが隅に置いていたクレヨンを二本ほど机の中央へ運んできた。長いままの白と、短くなった緑色だ。
 ヒヨコは見ててねと言わんばかりに小さな片羽根を広げ、羽根の先で白色のクレヨンに触れた。続けて緑色のクレヨンにも触れて、ピヨ!と一声鳴く。

「…………お?」

 すると、一瞬で白と緑のクレヨンの位置が変わった。本当に瞬きの間にというやつだ。

「……え。お、おー???あれ、位置が変わった?え、『交換』したってこと?えーッ、すごい!!」
 ピヨッッ!!

 段々と上がるテンションですごいすごいと囃し立てれば、満更でもなく胸を張るヒヨコ。このヒヨコ、チョロいぞ!!
 それからマッキー、積み木、絵本、ミニデスクと椅子、と交換する対象を変えていく。次はベッドとクローゼットを、とヒヨコにお願いしたところで羽根を前に突き出されストップをかけられた。あまり大き過ぎるものは交換の対象にできないらしい。でも今後頑張ればできるようになる可能性はありそうだ。

「うーん。でもすごいよ、ヒヨコすごい!」

 両手を拳にし、ぶんぶん振ってこの興奮を伝える。
 ヒヨコも一緒に喜んでくれるだろう、という予想は外れ、帰ってきたのは悩まし気な鳴き声だった。ビヨォ……みたいななんとも言い難い鳴き声だ。
 どうしたのだろう。なんとなく、何かが不満だというのは伝わってくるのだけど。
 悩むヒヨコから何かしらアクションが返ってくるのを大人しく待っていれば、ヒヨコは机の上の絵本に触れてから本棚へ走った。小さい体が一生懸命走っている姿はかわいい。小さい命、かわいい。
 和む私とは反対に、ヒヨコは必死な様子で本棚を上った。小さな羽根を頑張ってバタつかせて一段昇り、跳ねあがったかと思えばまた羽根をバタつかせて一段昇り。
 五段の本棚の一番上の段に辿り着く頃には、肩で息をしていた。
 荒い息のまま、本棚の中の一冊に触れる。掠れた声で一声鳴けば、机の上の絵本が別の本に変わった。

「『タロットカード完全解説』?」

 ああ、たしかお父さんが「タロットカード描き終わったからまぁちゃんにあげよう」と置いていった本だ。内容はとても幼児が読むようなものではなく、それが分かっているからこそ本棚の手が届かない五段目に置かれたのだが。
 本棚から滑空してきたヒヨコが机の上に降り立ち、本を開くよう催促してくる。指示に従いページを開き、それぞれのカードの意味や種類に目を滑らせる。このページじゃないのか、ヒヨコに手をつつかれ次のページを開く。またつつかれて次のページ。再三つつかれ次のページ。つつかれそうになったのでまたページをめくり、めくり、めくり、……手をつつかれてページをめくるのをやめた。

「『ソードの女王クイーン オブ ソード』」

 ノリアキ君のハイエロファントは大アルカナで、これは小アルカナ。へぇ、そんなのもあるんだ。こっちはトランプカードみたい。
 ヒヨコの小さな羽根が、ぺしんぺしんとページを叩く。なんだなんだ、読めと言い意味じゃあないのか。

「……あ!もしかしてこれが名前ってこと??」

 問い掛ければ、ヒヨコは揚々と頷いた。
 えー、でもなぁ。名前負けしてないかなぁ。
 その気持ちが伝わったのか、今までで一番の鋭い突きが手の甲に刺さった。ものすっごい痛いのですけど????

「分かった分かった、きみの名前は『クイーン オブ ソード』。長いからクイーンかな?」
 ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ!!
「嬉しいが溢れてるな……」

 体を震わせ元気に鳴くヒヨコ、改めクイーン。鳴きながら机を走り回り、しまいには本の自身のページに頬ずりまでする。そんなに嬉しいものかな。
 しばらくその様子を眺めて、机に頭をもたれかける。距離が近くなったと知った途端、クイーンが私の頭を上り始めたのは誤算だ。困ったな、下手に動くことができない。
 動けないとなると眠くなるもので、気がつけば外は陽が沈み夕飯の時間になっていた。お昼ご飯も三時のおやつも食べてない!
 じゃあなくて、ノリアキ君にクイーンの紹介ができていない!!
 今からノリアキ君を呼ぶのは迷惑に違いないので、大人しく日を改めることとする。平日は幼稚園があるから、週末に呼び掛けるのが間違いないだろう。週末まであと一、二、三……、長い……。


***
20250728



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