05
ついにノリアキ君が小学生になった。ピカピカのランドセルを背負って、毎朝うちの庭の前を通って、窓越しの私に手を振ってから登校していく。
新しい習慣ができたのはとても嬉しい。嬉しいが、しかし代わりにそれ以外で構ってもらえる頻度が減ってしまったのが寂しい。精神年齢も体に引きずられているので。
今どきの平日・土曜日の小学生には、宿題という必ず倒さねばならない敵がいるのだ。完全週五日制っていつからでしたっけ?2000年とかだっけ?うーん、遠い……。
だからと言って、休日は休日で同級生に誘われて遊びに行ってしまうし。ノリアキ君、人見知りじゃあなかったんです……??
まぁ友達ができることはいいことなので文句は言わない。友達は大事なのでね。それにノリアキ君のお母さんも嬉しそうである。でも寂しいものは寂しい。口に出して言いはしないので、心の中で愚痴を吐くくらいは別物ということで許してほしい。寂しい!!!
ヒヨコの、クイーンのことは小学校入学前に紹介済ではある。触れたもの同士を交換できることを実演混じりに伝えると「スゴイ!」とそれはもう褒めに褒めまくってくれた。クイーンを。それはそう。褒められるクイーンは満足そうに目を細めていました。
日中をダラダラと自堕落に過ごしていると、お母さんが「まぁちゃんも学校に通ってみましょうか!」と笑顔で手を打ち提案してきた。お母さま、私まだ小学校に通える年齢じゃあないんですよ。
飛び級が許されない限り無理な話だよなぁ、とどこかへ嬉々として電話を掛けるお母さんの後ろ姿を、ソファに寝転びながらのんびり眺める。
……無理な話ではあったのだ。
「まぁちゃん、かわいいわぁ〜」
「よかったねまぁちゃん。誰でもかわいく見られるようにデザインされていて」
「お父さんは黙って」
あの電話からおおよそ一週間後。用意されたのは紺色の幼稚園の制服と、同色の帽子と斜め掛けのバックだった。鞄には私の名前とこの家の住所が書かれた星形のキーホルダーがついている。この家の住所は初めて知ったので覚えておこうと思った。
学校じゃないじゃん。幼稚園じゃん。
そのツッコミは、笑顔でカメラを構えるお母さんにはできなかったのでお口をミッフィーにして黙ることにした。楽しそうで何よりです。
それにしても、こんな中途半端な時期によく入園できたな。コネかな?どんなコネかは知らないけれど。
カメラはいつの間にかビデオカメラに変わり、要求が「こっち見て!笑顔頂戴!」から、「ターンして!踊って!歌って!」に変化した。アドリブに弱いので急にお願いされても踊りも歌もできないのだけど。
両親は高いテンションのまま、私を抱えると隣のお家に突撃した。
「あら、かわいいじゃない〜」
「でしょ〜」
「ありがとうございます……」
突然の訪問にも関わらず、温かく迎えてくれる花京院家プライスレス。本当に貴重なので一生大事にしようね。
花京院家のリビングに通されて、私と両親、ノリアキ君とその両親の計六人でテーブルを囲う。ちなみに私を挟むように母親たちが座り、向かいのソファにはノリアキ君を挟んで父親たちが座っている状態だ。左右からかわいいかわいいと帽子越しに頭を撫でられているのも状況説明に付け加えたい。ランドセルを見せに来た時のノリアキ君の気持ちがちょっと分かった。
助けを求めるべく向かいを見れば、ノリアキ君のお父さんと目が合った。柔らかな目元を細めて笑いかけてくれるというファンサに心臓が爆死した。ノリアキ君って顔はお母さん似だけど、雰囲気はお父さん似だよね。素晴らしいと思う。
でも笑いかけてくれるだけで助けてはくれないんだよな……。うちの父親の相手でそれどころじゃあないと言えばそうだけど。
そろそろ首がもげそう。
そんな私を助けてくれたのはノリアキ君だった。
「お母さん、まぁちゃんと部屋で遊んできてもいい?」
「いいわよ、仲良くね」
「じゃあオジサンも一緒に、」
「あなたは大人しく座っていましょうねぇ」
ソファから立ち上がる私とノリアキ君に続き、なぜか腰を上げたお父さんはお母さんに笑顔で威圧されてしょんぼり顔でソファに戻った。意外なことに尻に敷かれるタイプなんだよなぁ。
差し出されたノリアキ君の手を握り、二人並んでノリアキ君の部屋に向かう。今まで親がいたので出てこられなかったハイエロファントとクイーンも、ここでようやく挨拶ができた。
ノリアキ君の部屋に入り、四人でトランプをして遊ぶ。カードを持って遊ぶことはクイーンができないので、持たずにできるのは神経衰弱くらいかな。
ハイエロファントたちと一緒に遊べると、ノリアキ君の機嫌が四割ほど増すことを私は知っている。そしてそんな彼を見て私の機嫌も増すばかりだ。よいサイクルである。
こらクイーン、カードの置き場所を交換するようなイカサマはだめだよ。
しばらく遊んで、ノリアキ君のお母さんが飲み物とお菓子を持ってきてくれたタイミングで休憩を挟む。クッキーが美味しいのでクイーンにも分けてあげれば、味覚が同じなようでたいへん喜んで食べてくれた。愛い愛い。
クイーンと戯れていると、迷った様子のノリアキ君が口を開いた。
「ねぇ、まぁちゃん」
「なぁに、ノリアキ君」
「まぁちゃんは、幼稚園に行きたくないのかい?」
「…………そんなことないよ?」
思いもよらない質問にびっくりして、答えるまでに間が空いてしまった。答えている私の顔も、きっと全力で驚いていますと言っているだろう。
幼稚園に行きたくない、なんてことはない。その幼稚園がノリアキ君も通っていた場所だということを知っているし、しかもノリアキ君が通っている小学校のすぐ近くにある。もしかしたら学校行事で一緒に何かする機会があるかもしれない。
それにこのままいくと、小学校も同じところに通うだろう。そう考えると、中学校も同じところだ。その頃になれば、上の学年の子を先輩と呼ぶようになるだろう。え、ノリアキ君を花京院先輩って呼ぶってこと??もしくはノリアキ先輩??……エモいという言葉が心で理解できてしまったな。
でもやっぱりノリアキ君呼びが一番しっくりくるので、できることならこのままがいい。
……うん、改めて考えても後ろ向きなものはない。考えが落ち着いたのでノリアキ君を見れば、難しい顔でクイーンを見ていた。
「クイーンがどうかした?」
「きみの鞄が嫌いみたいだ。制服も、帽子も」
「えー……??」
クイーンを見る。いつもより少し大きいなと思ったら、猫のように羽毛が逆立っているらしい。それから、横に置いていた鞄や帽子に、私に見えない位置で蹴りや突いたりをしている。何をしているんだいヒヨコちゃん。
「僕は、ハイエロファントとすごく心が通じていると感じてる。いつもと言ってもいい。僕が嬉しいと思えばハイエロファントも嬉しそうにするし、僕が嫌だと思えばハイエロファントも嫌そうにする。僕よりも攻撃的に」
「へぇ。感覚の共有は知っているけれど、感情の共有もするんだね」
「そうだね。『もう一人の僕』と言ってもいい」
うーん、遊○王。
でもそうか。たしかに、クイーンはもう一人の私と考えてもあまり違和感はない。
だがしかし、私は幼稚園に対しても制服に対しても鞄に対しても帽子に対しても、とくに嫌悪感を抱いているわけではないのだけどな。
「うん。でもやっぱり幼稚園に行きたくないわけではないし、見慣れないものに驚いているだけじゃあないかな」
「そうかな?」
「そうだよ」
「そうかな……??」
このまま押せば納得してくれそう。もう一度「そうだよ」と言って、トランプカードを手に持ち混ぜる。まだ納得しきれていないようだけど、なぁなぁで流されてくれる可能性が高い。
「ちゃんと楽しみにしているよ?お弁当とか、行事とか」
「僕と一緒に登校とか?」
「え、いいの!?」
突然の申し出に、手に持っていたカードを床にばらまいてしまったが知ったことじゃあない。慌てて拾ってくれようとするノリアキ君の顔を覗き込み、嬉々として再確認する。
「本当に一緒に行ってくれるんだよね?」
「うん。幼稚園も小学校も、登校時間が同じみたいなんだ。まぁちゃんが幼稚園のバスじゃなく、歩いて行くならって話だけれど」
「歩くよ!」
歩くよ、歩きますとも!
幼稚園に通い始めたら自由時間減るなぁ、とか考えていたけどそんなことはどうでもよくなった。まさかこんなところに登園・登校で一緒ルートが隠されていたとは……ッ。しかもノリアキ君の方から言い出してくれるなんて!
夢かな、と怪しんで自分の頬を抓ればしっかり痛かった。夢じゃない!
我ながらだらしない笑顔で「よろしくねノリアキ君!」とお願いすれば、ノリアキ君も「よろしくねまぁちゃん」と笑ってくれた。お父さんにそっくりの笑い方だ。
ノリアキ君の突然のファンサに、私の心臓は無事爆死した。
***
20250801
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