03




「鵲会長、おはようございまーす」
「おはようございます」
「会長!オハヨッ!」
「おはよう」
「ご愁傷様です鵲会長!!」
「うるさいよ」

 生徒への顔見せがどうのと教師に言われて、朝の挨拶運動がてら校門前に立たされ始めておおよそ一週間が経つ。
 客寄せパンダか何かと勘違いしているんじゃあないか?
 そう思えるくらい、最初の頃の生徒たちは遠巻きにジロジロと見ては遠慮がちに挨拶していた。まぁ今では。元気に挨拶どころか揶揄いすらしてくる距離感である。それだけ向こうもわたしに慣れたし、じぶんも現状に慣れてしまった。
 不本意である。
 それもこれも全ては、横暴な風紀委員長様と他力本願な並盛中学校生徒一同、そして学歴詐称個人情報漏洩教師の所為だ。断じてじぶんに非などない。そもそも自身の身体能力の向上も、成績が上位であることも、普通であれば不利益になるはずが無いのだから。

「いやぁ〜、一年の鵲が生徒会長になってくれたおかげで、二年と三年の一般生徒は勉強に集中できて助かりますねぇ。下手に二・三年の中から選ぶと全体的に意欲が削がれますからなぁ」
「一年生なら受験はまだ先。転校して来たばかりで部活も入部前。あの様子であれば精神的負荷により不登校、なんてこともないようで安心ですね」
「それに成績も悪くないどころか高校生レベル。申し分ありません」
「心置きなく生徒会長を任せておけますなぁ!」

 あっはっはっはっはっ。

 そんな会話が隣に立つ教師陣から聞こえてくる。隠す気も無い人身御供。並中の教師はクソかな?
 いっそ一暴れしてやろうかという考えも浮かんだが、面倒くさいのでやめた。わざわざ自分の経歴に傷をつける必要もなく、本気で嫌になったら転校でもして静かに消えよう。次は緑中がいいな。学校が別になっても、多少の関わりを持てるチャンスはありそう。

 登校時間もそろそろ終わり、校庭の生徒もまばらになった。
 門を閉めて校舎に戻ろうかと考えたところで、門の前に現れたのは金髪茶髪赤髪とカラフルな頭髪の他校生たち。とてもガラの悪い不良の登場に、わたしはまたかと溜め息を吐いた。

「さ、さて。そろそろ朝の職員会議の時間ですかな?」
「そそそそうですね!早く戻りましょう!」
「いやぁ、この年になると長時間立っているだけでも一苦労ですなぁ」

 何も見ていないことにして、そそくさと校舎へ戻る教師たちにも溜め息が出る。まあ、これからすることを考えれば見なかった振りも、いなくなってくれることもとても助かるのだけど。
 遅刻者点検のために持っていた右手のクリップボードで、トンと右肩を叩いて気持ちを入れ替える。
 向き直った先の不良たちが、待ってましたと言わんばかりに口を開いた。……大人しく待ってるとか行儀がいいな。

「おい、鵲スイ。あのヒバリに勝ったとか噂になってるアンタに用があんだけどよ」
「ビビッて逃げんじゃねーぞ。オレたちがテメェに勝って、あのヒバリより強ェって証明してやんだから、よ!?」
「関係者以外の立ち入りは禁止されています」

 残念ながらわたしは行儀が悪いので。わざわざ口上だとか売り文句などを一から十まで聞いてやる筋合いもないだろう。喋り途中の不良の横っ面に遠慮容赦なくクリップボードの裏側を叩きつけると、その勢いのまま、不良は一回転して地面に倒れた。
 ……まだ力加減が難しいな。

「ひ、ひでェ!まだタカやんがしゃべってる途中だったじゃねーか!!」
「駄弁りたいなら休み時間にどうぞ。こちらはHRには間に合わなくても、一時限目には間に合いたいので急いでいます」
「くそッ!このまま帰れっかよ!!」

 そう言って大きく振りかぶった拳が降ろされる前に、その側頭部に蹴りを入れる。上手く加減が出来たようで、地面に沈むも呻き声を出しているから意識はあるようだ。
 残った一人はどうしようかと悩みながら視線を向ければ、小さく悲鳴を上げて尻餅をつく。情けないことにもう戦意は残っていないらしい。軽めに意識を飛ばしてもらおうと一歩近付き、

「寄んなバケモノ!!」
「は?」

 率直な悪口に思わず足が出た。脳天に落とした踵は、辛うじて加減できたらしく相手方の息はある。頭割れなくて良かった。
 後始末は風紀委員の下の人達がするだろうと、不良三人を放って校門を閉め、校舎に向かう。鳴り響いたチャイムに、予想通りHRには間に合いそうにないと諦めた。
 急ぐ必要もなくなり、のろのろと生徒用玄関で靴を履き替える。靴箱にローファーを仕舞いながら、前のように安全靴を履いたら死人を出しそうだし手加減が上手くなるまでは履かない方がいいかな、と家の靴箱に置いてきた今や凶器となってしまった愛靴に思いをはせた。

_ _ _
 日常が殺伐としているとふと思う。
 いや、本当は以前から常々そう感じてはいたのだ。認めたくなくて知らない振りをしていたけれど。
 出歩けば名を上げんと強くもない木っ端な不良に絡まれ、校内を歩けばすれ違う風紀委員から理由も分からず睨まれる。わたしが何かしただろうか?ちょっと雲雀恭弥と蹴ったり殴られたりしただけで、それ以降は特に関わり合いもないのに。
 癒しが足りない。心に潤いが欲しい。自室のぬいぐるみだけではこのストレスに抗いきれない。

「はぁ……」

 一人しかいない放課後の生徒会室で溜め息を吐く。
 生徒会役員が生徒会長一人とか、絶対におかしいだろうこの学校。
 開け放った窓から聞こえてくる部活動中の生徒の声に、もう一度溜め息を吐いた。じぶん一人しかいないこの空間では、気に掛けてくれる誰かもいない。
 初顔合わせ以降ほぼ顔を見せない顧問からは、放課後は極力生徒会室にいてほしいと頼まれている。出張中の両親に代わり家ことをこなさなければいけないので無理ですと断ったが、「お前がいないと風紀委員がオレの所に書類持ってくるんだよぉッ!」と泣きつかれたので三十分間だけ居残ることを妥協した。

「暇だな……。はぁ、早く本物のツナが見たい」

 広めの長机の上座に座り、意味もなくゲンドウポーズを取りながらこの世の主人公様を思い浮かべる。今描けるのは紙面上の彼だが、この世界には実際に生身の彼がいるのだ。そう考えると嬉しさのあまり心臓が痛む。
 どうしてじぶんは先輩なのだろう。笹川了平がいるので待つのは1年だけと分かってはいるが、その1年がとてももどかしい。彼がこの学校に所属してくれていれば、それだけで癒されただろうし、学校環境をより良くしようと生徒会活動に対する意欲も沸いただろうに。
 かわいいツナはいないのに、極限の笹川了平と何を考えているのかわからなくて怖い雲雀恭弥はいるんだよな。
 いや、まぁ、あの二人が悪いというわけではなく。そもそもじぶんは全ての登場人物が好きだった。敵味方関係なく、みんな違ってみんな良い。ただツナが特別枠なだけで。

「一年は長いな……」

 何して過ごそう。考えたところで、普通に中学生するしかない。

「失礼しますッ!」
「はい、どうぞ」

 開け放ったままのドアがノックされ、廊下に立っていた学ランリーゼントが大きく声を張る。促せば入室し、手に持っていた分厚い紙の束を一つ長机の入り口に近い所に置いた。学ランリーゼント、改め風紀委員でも下っ端だろう彼は退室せず、その場に休めの姿勢で留まる。

「委員長から、明日の朝までにすべてに目を通しておくように、とのことです!」
「それはまた、猶予があるんだか無いんだか……」
「よ、よろしくお願いします!失礼しました!!」

 置かれた書類を受け取るために立ち上がった途端、風紀委員は青い顔になり、足早に生徒会室から出て行った。そのあまりにもあからさまな様子に思わず呆けてしまい、気付けば廊下を走り去る足音も随分遠い。
 なんなんだ、失礼だな。

 気分を低下させながらも、生徒会長としての仕事を遂行すべく書類を手に持ち席へと戻る。

「『来年度生徒会活動予算案』、『来年度部活動予算案』、『来年度委員会活動予算案』……」

 ペラペラと紙を捲り軽く目を通していくが、見事に金銭関係ばかり。
 生徒会長に初めて就任したものだから他との比較をしようがないが、生徒会長とはどこもこんな仕事内容なのだろうか?昨日までの任された書類内容を思い返してみても、やはり金銭に関係していたし。
 それとも季節が悪いのだろうか。運動会も文化祭も終わった後で、生徒会が関わりそうな学校行事が無いだけかもしれない。
 ……学校行事、行事ねぇ。
 現状たった一人の生徒会で、果たして無事に行事を執り行うことが出来るだろうか?無理だろうなぁ。可能ならば早めに構成員を揃えたいところだが、好んで入る生徒がこの学校にいるだろうか?最終手段は職権乱用で強制指名かな。
 流し読みを終えた後、改めて最初から読み直す。生徒会の印が必要であるなら押印し、修正が必要そうな箇所には付箋を貼っていく。

「……?、ゼロの数が多いな?」

 思わず一、十、百、千、万、と数えてしまう桁数。何かの間違いじゃないのか。
 なんだこれはと眉根を寄せつつ書類の上部へ視線を遣れば、『風紀委員会特別活動資金』の文字があって納得してしまった。それにこれだけは案と表記されていないため、確定されたものらしい。
 一瞬受け入れてしまったものの、だとすればこれだけの大金が一体どこから出てきたのかが気になる。並盛中学校にそこまでの資金は無いだろう。
 首を傾げて考え、ああそうかと思い至ったのは原作知識。そういえば漫画のどこかで、夏祭りの際に出店から場所代として五万ほど徴収していたんじゃなかったか。十店舗から集めるだけでも五十万になる。ずいぶんな稼ぎだ、羨ましい。

「だめだ、このままだと金銭感覚が狂う……」

 どうせ決定事項なのだからと詳しく読まず、採決の判だけ押して次に進む。次は各部活からの備品購入の申請書だった。割り当てられた部費内で賄えば本来不要な書類である。揃いも揃って遣り繰り出来なかったのか。
 一応目は通すが、どれもこれも無ければ活動に支障が出るようなものではないようだ。どうしても必要なのであれば何度でも申し出るだろうし、今回は却下にさせてもらおう。赤ペンで不受理と書き記し横に置いた。

──コンコンコン

 さて次は、と紙を捲ったところでドアのノック音に顔を上げる。開け放ったままのそこにいたのは珍しいお客様、眼鏡におさげの一年A組学級委員長である彼女だった。

「はい、どうぞ。何かあったかな?」
「し、失礼します。あの、鵲さんに用があって来たの……」

 消え入りそうな、とはこういう声を言うんだろう。外活動中の声に消されそうな声だ。
 とりあえず室内へ入るよう促して、座るよう勧めればおずおずとしながらも出入り口に比較的近い席に座った。
 そして訪れる沈黙……。なぜ……??
 疑問符を浮かべ悩んだところで、わたしに用があると来たはずの学級委員長は俯いたままだんまりだ。視線を向けたところで合いもしない。

「(じぶんから促すべき……?)」

 でもそれは、急かしているようであまりよろしくない。ただでさえ體を縮込めて、まるで怯えているようなのにそんなこと。
 ……え、怯えられてるのか……?
 まさかの考えに、自分で至っておきながらびっくりする。だって怯えられる原因なんて、ひとつも、……あるな。一つどころかいくつも。喧嘩とか暴力とか雲雀恭弥とか。でもだがしかし、基本わたしは正当防衛だ。正当防衛の相手は不良たちであり、真逆の存在と言える学級委員長には何かした覚えはない。
 どころか、ろくに会話もした覚えがない。
 最後にした会話らしい会話は、生徒会長に推薦されてしまったあの日だろう。まぁ同じ学級でも会話しない人なんていっぱいいるしな……。
 ならばなぜ?と考えたところでじぶんではよく分からない。もう本人に訊くのが一番いいのでは?

「委員長?」
「は、はい!」

 呼ばれて勢いよく上げた彼女の顔は、真っ赤だった。赤??
 慌てて椅子から立ち上がり、早足で委員長へと駆け寄る。近くから再度よく見れば、首から上が大変血色のいい状態になっていた。熱でもあるのかと額に手を当て確認するが、判断がつかない。熱い、のか?いや平熱なのかもしれない。そもそも今まで他人の体温を確認したことが無かった。私も弟も基本健康優良児なので。
 近くに寄ったところで何も出来ず、狼狽えるわたしを彼女はぽかんと見上げていた。熱のせいで朦朧としているのだろうか?保健室に連れて行くべきか??それとも一刻も早く帰宅させるべき??

「ふ、ふふふ」
「……委員長……?」

 彼女の体が小刻みに揺れている。熱を出すと悪寒を感じるというし、寒さで震えているのかもしれない。やはりここは一度保健室に……、

「大丈夫だよ、鵲さん」
「でも、そんなに真っ赤になって……」
「あー……、これは、その、ね」

 額に当てていたわたしの手を取り、彼女は笑ってわたしを見る。しかし大丈夫と言われても安心できず訊ねれば、彼女は言い淀み視線を泳がせた。何か言いづらいことを訊いただろうか。
 首を傾げて待つこと数秒。決心した赤ら顔で彼女は口を開いた。

「わ、私あがり症でッ。緊張したりあがっちゃうと、すぐ顔が真っ赤になっちゃうの!
 これも、今から言いたいことを考えたら、今更だけど、き、緊張しちゃって……」
「そう、なんだ」

 恥ずかし気にはにかむ委員長。きっと勇気を出しての申告に、しかしわたしは気の利いた言葉の一つも出ない。そうなんだってなんだ。もっと何かあるだろう。何も思い浮かばないけれど。
 己の不甲斐なさにしょげていると、わたしの手を取っていた彼女の手の力が少し強まる。どうしたのだろうか。無自覚に下げていた視線を彼女に合わせれば、少し赤らんだ顔のまま、わたしの顔をジッと見ていた。

「あのね、私、鵲さんのお手伝いがしたいの」
「わたしの手伝い……?」

 鸚鵡返しに問い掛ければ、「うん!」と力強い肯定が返ってくる。

「鵲さん一人で生徒会活動なんて大変でしょう?それに、お家のこともしないといけないって話も聞いたの。ごめんね、勝手に立ち聞きしちゃって」
「大丈夫。でも、委員長だし、部活動もあるだろう?」
「学級委員長なんてそんなにやることないし!他の学校では、生徒会も部活も兼任するのが普通なんだって!」
「……風紀委員が頻繁に訪ねて来るけど?」

 他の学校とは違う、並盛中学校の問題点といえば風紀委員への畏怖だろうと言ってみたが、渋い顔をするかと思えば少々得意げな顔で委員長は笑みを浮かべた。

「私、風紀委員に幼なじみがいるの。他の人と同じように髪型はリーゼントで、長い学ラン着て、ちょっと怖い顔してるけど、でも優しい幼なじみ。だから大丈夫!」

 両手で拳を作り自信ありげに言う。まぁ、それなら、いい、のかな……?

「じゃあ委員長が副会長?」
「ううん、書記くらいが分相応だと思う!」
「そう?じゃあ、あとで顧問の先生に伝えとく」
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 お互いに軽く頭を下げて、上げた後ににっこりと満面の笑みで笑い掛けられた。思わずつられてこちらの口角も上がる。
 しばらくお互いに笑い合って、ふと、何かに思い至った彼女が視線を外し顔を俯かせた。その顔色はとてもいい。何か緊張するようなことがあっただろうか?

「委員長?」
「あの……、あのね」
「ん?」

 彼女の視線が右に左に動き、膝の上の手も握ったり開いたりと忙しない。どうしたのだろう。首を傾げて気長に待てば、ちらりと向けられた目と視線が合った。

「鵲さんのこと名前で呼んでも良いかな……?出来たら、その、お友達にもなりたいなって……」

 思ってて。最後の言葉は随分と小さかった。
 名前呼びくらい全く構わない。お友達になるのも嬉しいと思う。しかし、この流れだとわたしにとって心底困ったことになるのは明白だった。

「鵲さん?」
「……い、いよ。じぶんも委員長と仲良くありたい。お友達になれるのはすごく嬉しい」
「本当!?」
「うん」
「じゃあスイちゃんって呼ぶね!」
「……うん」

 ちゃん、か。何年振りだろう。中学生の頃には苗字にさん付けだったから、小学生振り?しかも低学年の頃振りじゃあないか?ちょっと慣れなくて鳥肌が立ちそう。まぁ慣れれば大丈夫だろう。多分。
 物思いに耽るわたしに、びしびしと視線が刺さる。視線の主はもちろん委員長だ。何やら期待をふんだんに込められた目を向けられているようだが、見返してはいけない。見返した途端に何を言われるかなんて分かっているのだ。きっと、おそらく、

「私もスイちゃんから名前で呼ばれたいな……」

 ……だと思いました。
 ぐぅ、と小さく小さく喉の奥で唸る。彼女に聞こえないように。
 お互いの名前を呼び合うのは一向に構わない。構わないのだけど、そもそもわたしは、……申し訳ないことに彼女の名前を知らなかったりする。
 確かに転校してそれなりに経った。人間関係だっていくらか出来ている。しかし、残念ながらわたしは同級生の名前を九割九分覚えられていない。一分は笹川了平だ。たった一人しかおぼえていない。はは、唯一覚えられている人間として誇っていいよ笹川了平。まぁ、ここに来る以前から知っているだけだけれど。

「スイちゃん?」

 眼鏡越しの大きな目が、わたしに対して期待に満ちた視線を送ってくる。
 これはもう腹を括って訊ねるしかないのだろうか。名前知らないから教えて、なんて一気に相手の機嫌を損ねるようなことを言わなければいけないのか?……嫌だな。どうにか回避できないだろうか……。

「鵲――ッ!!!入部できなくとも、オレと自主練を行えばいいと気付いたぞ!!!!」

 荒々しい足音の後、開け放ったままのドアの向こうに駆け込んできたのは笹川了平だった。ザザザザッ、と結構な距離の廊下を滑っていた音も聞こえたので、随分な速度を出して走って来たらしい。よく教師にも風紀委員にも咎められなかったな。

「笹川君、まだいたのか」
「まだまだこれからだ!!」

 壁に掛けられた時計を見れば、部活の終了時間を少し過ぎた頃だった。委員長との会話でそれなりに時間が経っていたらしい。
 部活終了後は真っ直ぐ帰ればいいものを、「次はロードワークの時間だ!!」と元気に叫ぶ笹川了平。中学生男子だからこそここまで元気が有り余っているのか。それとも笹川了平だからこそ元気が有り余り過ぎているのか。きっと後者なんだろうなぁ。
 じぶんたちもぼちぼち帰らないとな、とどうにか笹川了平乱入前のことを棚に上げておこうと解散を促すべく口を開こうとした。

「む!伊野もいるではないか!!」
「う、うん。スイちゃんに用があって会いに来てたから」

 伊野。
 笹川了平が発した人名に委員長が反応したことから、これが彼女の苗字で間違いない。思いがけないところから正解が出てきた。その調子で下の名前も出てこないかなと笹川了平を盗み見る。笹川了平と目が合った。

「どうした鵲!オレたちのクラスの学級委員長、伊野瑞月だろう!!さすがのオレでも名前くらい覚えているぞ!!」
「……別に何も言っていないのだけど?」

 すみませんね覚えていなくて。
 本人にそのつもりはないようだが、わたしの精神に致命的な一撃を与えてくる。つい恨みがましい視線を向けてしまうのは不当だろうか。
 まぁそれでも、今は助かったので何も言うまい。
 入口にいる笹川了平から、隣で座る低い位置にある委員長へと視線を移す。目が合ったことにきょとりとする彼女の名前を呼んだ。

「瑞月」
「……え。あ、はい!」
「今日はもう遅いからそろそろ帰ろう。途中まで送るよ」
「あ、ありがとう、スイちゃん」

 手を差し出せば、その手を掴み瑞月が椅子から立ち上がる。少し近くなった瞳が、嬉しそうに目尻を下げた。名前ひとつでここまで喜んでもらえるとは。あぁ良かった、知らない、なんて言う羽目にならなくて。

「待たんか鵲!オレとの自主練はどうするのだ!」
「約束した覚えはないのだけれど。……でも、そうだな……」

 瑞月を悲しませずに済んだのは笹川了平のおかげでもあるわけで。そんな彼を無碍にするのは、あまりにも恩知らずな行いなのではないだろうか。
 少し考えて、案を出す。

「今日は瑞月を送りたいから、明日なら付き合おう。それ以降は約束出来かねるけど」
「明日だな!男と男の約束だ!!さらばだ!」
「……女なんだよなぁ」

 わたしの訂正を聞くことなく、笹川了平は来た時同様全速力で去って行った。残されたわたしは僅かに肩を落とし、隣に立つ瑞月は慰めるように背を撫でてくれる。優しさが心に沁みる……。

「ん。じゃあ帰ろうか。ちょっと荷物を取ってくるから待って欲しい」
「うん!」

 瑞月に声を掛けてから、生徒会長の席へと荷物を取りに向かう。その時目に入った机の上の書類の束に、一瞬動きが固まった。……すっかり忘れていたな。まぁ、持ち帰って家で目を通せばいいだろう。持ち出し不可の記載もないことだし。
 「どうかした?」と訊ねてくる瑞月に「なんでもない」と答えつつ、書類をファイルに挟んでから鞄にしまう。皺にしたら雲雀恭弥に怒られそうだ。
 鞄を持って駆け足で瑞月の隣に戻り、二人並んで教室を出る。施錠もしてから、生徒用玄関へと歩みを進めた。

「あ、朝の挨拶運動?って私も参加した方が良いよね?何時に来たらいいかな?」
「……瑞月は良いんじゃないかな……。危ないし」

 思い出すのは連日のように現れる他行の不良たち。
 ただの女子生徒があんな連中と相対するのは、極力しない方が良いんじゃないだろうか。例え瑞月が出くわしたとしても、怪我ひとつ、指一本たりとも触れさせるつもりはないが。

「危ないって……、いつもスイちゃんが追い返してる他校の不良の人たちだよね?クラスの男子がたまに話してる」
「話って?」
「スイちゃんが何連勝できるかとか」
「ふぅん?」
「相手が諦めるまで何日かかるかとか」
「へぇ?」

 下手したら賭けの対象にされていそうだな?
 取り締まるべきかしないで放っておくか。特に害があるわけでも邪魔をされているわけでもないし、面倒だから放っておこう。

「私、ケンカは出来ないけど、スイちゃんの助けにはなりたいから!だからいつでも頼ってね、スイちゃん!」
「うん。ありがとう、瑞月」

 何より今日は気分が良いからね。


***
20241203



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