姉ちゃんと時駆け不良たち……!
ハッと気が付いたのは、見覚えのあるどこか懐かしさを感じる道場で。姉ちゃん似の子供が、小さい頃から世話になっていた故人である爺ちゃん先生に似た誰かに蹴り飛ばされている場面だった。
は?????
ちょっと展開についていけない。混乱していたせいで、姉ちゃんに似た子供が凄い勢いで壁にぶつかるのをぼんやり眺めてしまった。勢いに見合ったデカい音が道場に響いて、爺ちゃん先生に似た誰かが慌てて駆け寄っていく。
「すまん、スイ!」
……は?????
姉ちゃんに似ている子供は、なんと名前も一緒だった。ほんと、は?なんだけど。
どういうこっちゃと状況を整理できないながらも、俺も慌てて駆け寄ろうとした。けど、なんか全体的に動きづらい。体調不良とかそういうんじゃなくて、手足の長さとか筋肉量に違和感がある感じ。
ますます頭にはてなマークを大量に浮かべながらも姉に似た子供の側に向かっている最中、道場の壁に嵌め込まれたデカい鏡に目が行った。思わず足を止めて鏡の目の前で棒立ちになる。そこに映っている黒髪黒目の、小学校低学年くらいの年で道着姿の男。俺が右手を上げればそいつは左手を上げて、左手を上げれば右手を上げる。
「は?俺じゃん??」
鏡に映っているのが自分自身で、何故だか小学生くらいに縮んでいることを理解した俺は両手を上げた体勢でぶっ倒れた。後頭部からバッタンと。タンコブ出来たなこれ。向こうで爺ちゃん先生が「総志まで!!?」と悲鳴のように叫んでいるけど、ごめんな先生、今は返事してる余裕ない。
はぁ〜〜??タイムリープとかファンタジーじゃなかったん???
現実逃避がてら、寝た。
_ _ _
実は夢落ちとかないかなぁ〜と願ったけれど、一向に目は覚めなくて元気に小学生をしている現状。小学生楽しいぃ〜〜。
国語算数理科社会なんて中身高校生からしたら超余裕。体の動かし方に最初こそ戸惑ったけど、遊んだり何だかんだしてたら大分慣れた。そして頭良くて運動神経のいい万能少年を気取ってる。でも勉強なんかより、まだ五・六年しか経ってないのに友達の顔と名前があやふやな記憶力の方が問題だ。こんな奴いたっけ状態。名札ついてたからどうにかなったけど。楽しく遊べりゃ友達だよなぁ〜〜。
今日の給食なにかなぁ、と鼻歌歌いながら登校する。ぐるぐる振り回す体操着袋を「危ない」と一緒に登校している姉ちゃんに注意されて止めた。
しばらく大人しく歩いて、隣に並ぶ姉ちゃんを盗み見る。中学校に上がったあたりからようやく抜いた身長が元に戻ってしまったから、どちらかというと平均以下な俺は平均以上な姉ちゃんをだいぶ見上げなきゃ顔も見られない。今の俺は小学三年生で、姉ちゃんは小学五年生だ。
実は俺と一緒で精神がタイムリープしてたりしないかなぁ〜、と期待したけど、
「姉ちゃん実は高校生だったりしない?」
「……は?」
「あっ、なんでもないです」
あんまりにも冷たい反応に俺の心は即折れた。
たった一音にありったけの呆れが詰め込めるとか姉ちゃん器用。
「そういえば先生が、今週末は他の道場を見学するから付いて来いって言ってた」
「げぇ。俺の都合とか考えてくれないわけ?子供にも予定はあるんだよ?」
「来なければ自分と先生だけで行くから別にいい」
「行くけどぉ!」
もっと引き留めてくれてもいいじゃあん。
スタスタ歩調を速めた姉ちゃんの後を急いで追いかけた。いや、ちょ、待って?はやいはやい!フィジカルの差ぁ!!
爺ちゃん先生は、あらゆる格闘技のプロらしい。俺がうんと小さい頃に亡くなってしまった祖父ちゃん祖母ちゃんの友達で、基本両親が家を留守にしている俺たち姉弟を気遣って世話を焼いてくれる。
最初はご飯くれたりするだけだったけど、気付けば姉ちゃんは爺ちゃん先生の格闘技に興味を示して稽古をつけてもらっていた。
俺もそんな姉ちゃんに感化されて始めたけど、徒手格闘のセンスはあんまりなかったらしく、やってたのはもっぱら剣道や弓道。それに比べて姉ちゃんはセンスあり過ぎた上に爺ちゃん先生も熱が入り過ぎて、気付けばありとあらゆる格闘技に手を出しては身に着けていた。何目指してたんだろう。たしか、打倒無敵超人!とか言ってたなぁ。無敵超人is誰?
次はシステマやりたいのう、なんて俺が高校に上がる頃に爺ちゃんがぼんやり言ってたけど、でも習う前に亡くなってしまったのでシステマが何なのか分からないし習えず仕舞いだった。
小学生のこの時期は、爺ちゃん先生が姉ちゃんのセンスに気付いて叩き込んで昇華してる最中だった筈。だからこの前、夢中になり過ぎて姉ちゃん蹴り飛ばしたんだもんな。姉ちゃんもあれで肋骨にヒビ入ったのに平気そうな顔してるし、とても人外じみてるじゃん……。
せっかく人生やり直しだし、姉ちゃんにはもうちょっと普通に学生してほしい。間違っても中学生時代みたいに毎日毎日喧嘩売られたり、よく分からない武力集団に勧誘されたりなんてことはしてほしくない。格闘技習うのは自衛としてまぁいいけど、ほどほどにね。ほどほどに。
だから、出来れば休日にわざわざ他の道場に赴いてまで鍛えないでほしいんだよなぁ。切実に。
「なんじゃ、総志も行くのか?予定があるとか言っとったようだし、遊びに行ってもいいんじゃぞ?」
「行くよ!仲間外れ良くない!!」
「機嫌悪いのう……」
しょんぼりする爺ちゃん先生の前に立って、姉ちゃんとの壁になる。身長的に壁になり切れてないけど。
現在時刻午前10時。今日は爺ちゃん先生の友達がやっている空手道場に、三人とも道着姿で向かっている。爺ちゃん先生は色んな格闘技に手を出してるから、たまにはその道一本の技を見るのも良いじゃろとか言ってた。勝手に行ってどうぞ。
「姉ちゃんもさ、たまには友達と遊び行った方がいいよ?爺ちゃん先生と体鍛えてばっかいるとさ、絶対友達出来ないでしょ?」
「…………できるし」
「その間がダメなんだよなぁ〜〜」
姉ちゃんと繋いだ手を振りながら、懇々と友達の必要性を説く。そんなもん要らねぇっていう人が世の中にいるのは別にいいけど、姉ちゃんにとっては必要なことだから。このままだと将来人里離れて山に住んでそう。シロガネ山にこもってる初代赤様にだって友達の緑君がいるんだぞ!
あんまりにもシツコく言い過ぎたようで、最初はまぁまぁ聞いてくれてた姉ちゃんも面倒臭そうにそっぽを向いてしまった。これは今日はもう駄目だな。
仕方ないので話題を変え、話相手を爺ちゃん先生に変えた。
「ねぇ、先生の友達ってどんな人?」
「うん?あぁ、まぁ真面目な奴じゃないか?情にも篤い。この前久し振りに連絡を取ったら、一緒に住んどる孫の自慢ばっかしとった。ジジ馬鹿じゃな、あれは」
「ふーん」
「だからワシも弟子自慢するんじゃ!」
「個人的感情に巻き込まないでほしいなぁ」
「……総志は難しい言葉を知っとるなぁ」
しょぼしょぼしながらも俺の頭を撫でて褒めてくれる爺ちゃん先生。この人も十分師匠馬鹿だよな……。
目の前の“佐野道場”と掲げられた看板を見上げる。道場がある方向からは、今まさに空手を学んでいる子ども達の声が聞こえてきて、ちょっと、いや大分、期待している俺がいた。
分かってるよ?佐野さん、なんて日本中探せば何人もいるだろうし。その中の何人かは空手道場開いてる事もあるかもしれない。
でも、タイムリープなんてファンタジーなこと経験しちゃってる真っただ中だと、もしかしたらただのタイムリープじゃなかったんじゃないかって期待するのも仕方がなくない??
いや!でもでも、期待し過ぎも良くないっていうか!!
これで全く知らない人たちがゾロゾロ出てきたら、期待した分だけ気分落ちそう。初対面で期待外れですって面晒すのもどうかと思うし。
「何してるの、行くよ」
「ま、待って姉ちゃん。俺まだ心の準備できてないから!あと一時か、じゅ、せめて、五分……」
「…………」
「あっ、ひどい!置いてかないで!!」
門もくぐらずモダモダする俺を置いて、姉ちゃんも爺ちゃん先生もスタスタ先に行ってしまう。姉ちゃんと違って繊細な俺が可哀想。
その場に残されても困るから、姉ちゃんのすぐ後ろにくっつきながら道場に続いているらしい庭を歩く。ついキョロキョロ見回しちゃうけど、ファンとしては仕方がない行動っていうか……。ひぇ、あっちの母屋で佐野一家暮らしとるん?尊い。拝んどこ。マジで手を合わせてたら奇行が過ぎたらしく、姉ちゃんに頭ド突かれた。
「来たぞぉ!万作ぅ!!」
道場の入り口に着くやいなや、爺ちゃん先生がでかい声を出して誰かを呼ぶ。
待って待って。誰かって、今万作って言った?言ったね?ハッキリそう言ったよね?佐野万作?リーチじゃん??は?役満じゃん???
もう心臓がツライ。思わず胸を抑える俺を、姉ちゃんがちょっと心配そうに見てた。大丈夫です。
「おお!よく来たな、待っとったぞ!」
「よく言うわ、出迎えもなかったようじゃが?」
「お前なら勝手に入ってくると思っとった!」
ま、ま、万作だぁ〜〜〜ッ!!
見るからに佐野万作。なる程この人が佐野万作!
爺ちゃん先生と硬く握手して、気安い言葉の応酬をする白髪角刈りのお爺さん。口元のヒゲがしゃべる度にわさわさ動く。リアル万作。ヤバい心臓飛び出そう。
家族でコレとか、総長様見たら俺どうなるんだろう。心臓吐いて死ぬかも知んない。
え、待って、マジで東リベじゃん?漫画最後まで読めてないんですけど?は?マジで異世界って言うか漫画の世界にきてるなんて分かるわけないから来る前に西暦なんて確認してないし、何歳の状態が見られるのかさっぱり分からん。小2の俺って西暦何年を生きてたっけ?ヤバイヤバイ、なんもかんもが俺の心臓に負担をかけてくる。スマホがないから現代ではないのは分かるけど、とりあえず闇落ちは嫌だ闇落ちは嫌だ闇落ちは嫌だ。二次元なら全然良かったけど、いや良くなかったけど。三次元になった今は闇落ちは絶対嫌だ悲し過ぎる。
あ、でももしかしたらハッピーエンド迎えてる最終話の後って言う可能性もあるじゃん?え?最終話見てないのにハッピーエンドだってなんで分かるんだって?……それ以外を俺が認められないからだよ。
未だに旧交を温める二人を横目に、姉ちゃんの影からコッソリ道場の中を見る。子供がいっぱいいた。先生役らしい大学生くらいの男の人もいる。でも目的のピンクブロンドは見当たらない。
うーん、さすがにいないか。そもそも、何歳くらいまでこの道場使ってたんだろう。空手の練習してる描写ほぼ無かったよな。小さい時は凄さ見せつける為だけにちょっと顔出してた程度だっけ?
うんうん悩んでると、背後から砂利を踏む音がした。
「あれ?じいちゃん、新しい門下生?」
……大丈夫?俺の心臓ある?あるね、良かったぁ。
ああ、そうか。マジか。振り返って確認したいのに、金縛りにあってるみたいに体が全く動かない。その間にも、後ろから砂利を踏む音が続いてる。
「いいや、ワシの友人の弟子じゃ。コイツの所は総合格闘技をやっててな、空手一本のうちを見学に来たんじゃ」
「へー」
一歩一歩近付いてくる足音に、俺の心臓もドクドクやばい音がする。ギュッと姉ちゃんの上着の裾を握るけど、手汗がヤヴァい。
どどどどうすれば?!?!と内心慌てふためく俺に気付くこともなく、後ろから近付いて来ていたその人は俺の目線に合わせるように隣で屈んでくれた。これで無視なんかできるわけがない。俺はゆっくりとした動作でそちらに顔を向けるが、目線は上げきれなくて喉のあたりで止まった。
「よ。オマエ名前は?」
「あわ、はわわわ。鵲総志でしゅ」
「ソーシか、いい名前だな!そっちは?」
「鵲スイです」
「そっかそっか。ちゃんと名前言えてエラいじゃん」
そう言って姉ちゃんと俺は頭を撫でられる。
ちょっ、供給過多ぁ〜〜〜〜っっっ。あんまりにも強く握りしめちゃった姉ちゃんの上着はしわっしわだ。後で絶対溜め息吐かれる。
これはもう覚悟決めるしかなくない?ドクドクうるさい心臓にさらに鞭打って、一回強く目を瞑った後、視線を上げてその人の顔を見た。
「まったく。そういうお前も名乗らんか」
「あ、ヤベッ。
オレは真一郎。佐野真一郎だ、よろしくな」
あんまりにも笑顔が眩しくて涙腺決壊した。
いや無理でしょ。ただでさえ佐野家訪問に心の準備出来てなかったのに、そこにまさかのラフなシンイチロー投入とか、もう、おまえ、マジ、泣くしかないじゃん……。
急に泣かれたシンイチローは慌ててるし、爺ちゃん先生も万作先生も慌ててる。お前何やった!?て責められて、なんもしてねーよ!?不良か?不良が怖いのか!!?と叫んでる。そうだね、なんもしてなくても存在してるだけで尊くて涙出ちゃってるだけだもんね。ぶぇ。
「は?……は?」
そんな中でも慌てふためかないのが俺の姉ちゃんである。一舜呆けたけど、即行でシンイチローを敵認定してた。
いや、怖っ。怖いよ姉ちゃん。
最初の“は?”は急に泣き出した俺に驚いた困惑の“は?”で、次の“は?”は俺が泣いた原因だと断定したシンイチローに向けた威嚇の“は?”だ。そういえばこの頃の姉ちゃん、触れるものみな傷つけるナイフみたいに尖ってたわ……。
判断の早い姉ちゃんは行動も早い。俺や爺ちゃん先生が止めるより早く、体勢を正して上段の蹴りを放つ。あぁ、アレ凄く痛いヤツ……。
間違いなくシンイチローの側頭部を狙っていた姉ちゃんの足は、しかしいつの間にか現れた金髪の男子が受け止めていた。
「なにやってんの」
「ま、マンジロー……」
「なあ、何やってんのって聞いてんだよ」
動けなかったシンイチローが絞り出すように金髪君の名前を呼ぶ。それに応えない金髪君は、瞳孔かっ開いて姉ちゃんを睨んでいた。
って、ま、万次郎ぉ〜〜っっ!生の少年マンジローが目の前に!!……って言ってる場合じゃないんだよなぁ!
姉ちゃんは掴まれていた脚を強引に引いて離させ、マンジローと差し向かう。姉ちゃんにとっての敵がマンジローに移ったのを察した俺は、そろそろとシンイチローの前に移動して彼を隠した。視界に入ったらまた蹴りつけそうで怖いので。
「…………」
「…………」
「ま、むごぉっ」
無言の中もう一度マンジローの名前を呼ぼうとしたシンイチローを、下手に口を開くんじゃねえと顔面に両手を押し当て黙らせる。尚ももごもご言ってるけど構ってあげられる暇はない。
先生達が止める間もなくマンジローが跳ねるように右足を上げ、姉ちゃんに上段蹴りを放つ。姉ちゃんはそれを左手で防いで弾き、中段突きを放ちながら後ろに下がって道場の中へと入っていった。道場の出入り口じゃ狭いからかな。もちろんマンジローは姉ちゃんを逃がさず追って走り、跳び蹴りをかまし、それも逸らされて、更に互いに殴打と蹴撃を繰り返す。お互い有効打はないようだ。
「……あのマンジローと互角とか、スゲー……」
「姉ちゃん互角にやり合えんのかぁ」
感心すべきはマンジローか姉ちゃんか。
しばらくボケッと眺めていれば、道場内の上座に移動していた爺ちゃん先生に手招きされた。一緒に呆けていたシンイチローも万作先生に呼ばれていて、同時にこそこそと同じ方向へ向かう。いつの間にか門下生の子供たちも道場内の端に移動して見学態勢だ。
俺も正座で見学しながら、先生二人が「反応が鈍い」とか「角度が甘い」とか酷評しつつも所々で「流石はワシの弟子/孫!」とべた褒めするのを右から左に流し聞いた。
「いや俺からしたらどっちも化け物じゃん……」
「はは、マンジロー楽しそうだな」
「それ言ったら姉ちゃんもメッチャ楽しそうです」
「え、あの無表情で?」
「マンジローの無表情も大概ですけど?」
聞いて。今俺、胡坐をかいて笑うシンイチローと談笑してる。油断するとまた泣きそうだけど頑張って耐えてる俺を誰か褒めろ。
マンジローVS姉ちゃんを横目に眺めながら、シンイチローと雑談に花を咲かせる。シンイチローは十八歳で社会人一年生らしい。おおよそ二回りも上を呼び捨てはさすがに駄目だと思うので、シンイチロー君と呼ぶことにした。マンジローは小四で一個上、この場にいない妹は俺と同い年の小三らしい。エマちゃん会いてぇ〜〜〜。興奮すると変態臭いので心中で耐えた。
シンイチロー君から格闘漫画みたいな攻防戦に視線を戻して、ふと考える。俺は救済を目指しても良いんだろうか?
誰に許可を取ればいいか分からない質問だけど、姉ちゃんなら「勝手にすれば」と答えると思う。やりたいと思って、それを出来そうな力や手段があって、それが悪い事でないなら、姉ちゃんは大体認めてくれる。救済って悪い事かな?原作改変は悪、ってたまに言う人いるけど、この場に俺達がいる時点ですでに何かしら変わってるだろ。姉ちゃん見てよ、あのマンジローと互角に殴り合い蹴り合い出来る人がこの世に存在してる時点で、絶対何かしら変わるからね?もしもの時の黒い衝動の収拾は姉ちゃんに任せれば力づくでどうにかなる可能性すらあるよね?
うん。できる範囲、わかる範囲だけでも頑張って良いんじゃないかな。良いよね?いいよ!
自問自答で答えが出たから、自分の両頬を叩いて気合を入れた。思ったより力が入り過ぎて、痛くて涙が出た。
くえすちょん。この戦いはいつまで続くんですか?
時間は11時半を過ぎた。門下生は全員帰されて、残ったのは俺とシンイチロー君と先生二人、そして飽きずにずっと殴って蹴ってを続けているマンジローと姉ちゃんの計六人だ。あれ空手じゃなくてただのケンカじゃない?使う技術は空手縛りみたいだけど。そんで体力オバケだなぁ。先生二人は知らない間に茶ぁしばいてるし。
おなか減ったなぁと俺の腹がせつなく鳴った時、ちょうど良く姉ちゃんとマンジローが同時に動きを止めた。
やめてぇ?まるで俺の腹の音が原因でやめたみたいじゃん!?
「なんじゃ、もういいのか?」
「疲れたからもういい」
「お腹空いた……」
「総志も腹を空かしとったしな!」
「俺先生嫌いだなぁ」
痛む箇所を擦りながら近付いてくる二人に、先生たちが声を掛ける。要らん事言う爺ちゃん先生は嫌いだ。
シンイチロー君は備えてあった救急箱を開きながら、特にひどい打ち身に貼るための湿布を用意していた。姉ちゃんは真っ直ぐ爺ちゃん先生の所に向かっていったからか、先に近くにいたマンジローの腕やら足やら腹やらを診る。防ぐのが上手いらしく、そんなに目立った痣もなさそうだ。
「スイも診るからこっち来いよ」
シンイチロー君が笑顔で姉ちゃんを手招く。嫌な予感がしたから俺も一緒についてったけど、何もわかってないシンイチロー君は「心配性だな」と笑っていた。
道着の袖を捲って腕を確認し、裾を捲って脚も確認する。こっちもこっちで、そんなにひどい痣は無かった。
「じゃあ次は胴た、」
「やっぱりな!セクハラ駄目ゼッタイ!!」
「せ、せく……?」
「セ ク シュ ア ル ハ ラ ス メ ン ト !」
マンジローと同じ調子で上衣の裾まで捲ろうとしたシンイチロー君の手を叩き落とし、吠える。この時代はあんまり聞き慣れてないのか、はてなマークでわけ分からん顔をされたからスタッカートをつけてもう一回言ってあげた。それでもシンイチロー君は理解不能な顔をするし、マンジローは第二戦始めそうな顔付きをするから、俺は姉ちゃんに縋り付きながらもう一回吠える。姉ちゃんに煩わしそうな顔されたけど俺はめげない。
「姉ちゃんはこれでも女の子なんで!治療でもシンイチロー君がお腹見るとか許しません!!」
爺ちゃん先生は笑いを堪えて、万作先生は呆れた顔を孫二人に向けていた。そんな孫二人は、ちょっと目を見開いて固まっている。姉ちゃんは面倒臭……と溜め息を吐いた。
「スイ……、女?」
「俺、何回も姉ちゃんって言ってましたけど?」
「……言ってたか?」
「言ってましたけど??」
マンジローと互角で女……。シンイチロー君は信じられないものを見るかのように姉ちゃんを見る。まぁ小学生の二次性徴来てない男女なんて同じようなもんだけど。その中でも姉ちゃんは高校入っても小綺麗な男子みたいな扱いされてたくらいだし。
「別にどうでもいいのに」
「良くない!俺が診るから痛いとこあるなら言って」
「手足で受けたから体には当てられてないし、とくにどこも……、あ」
あって何、と俺が聞くより先に、何かに気付いたらしい爺ちゃん先生が同じように「あ」と短音を発してそっぽを向いて吹けてもいない口笛を吹く。怪しいのでジッと姉ちゃんを見ていれば、服の隙から胴に巻かれたテーピングが見えた。……テーピング?
「あっ!姉ちゃん肋骨にヒビ入ってたじゃん!なのにあんだけ動いて何やってんの馬鹿なの!?」
「ヒビぃっ!?」
大声を上げる俺に負けず劣らず、シンイチロー君も素頓狂な声を上げる。マンジローは声を出さないけど、でっかい目をさらにデカくして驚いていた。ビックリしてる猫みたい、って和んでる場合じゃない。
俺達がこんなに慌ててるのに、当の姉ちゃんは不貞腐れた顔で「鎮痛剤効いてるから痛くも無いし、固定してるから問題ない」とかぽそぽそ言っちゃってる。普通は固定した上で安静にするものなんだよなぁ〜〜〜。もう頼むから大人しくしててぇ?と半泣きで訴えれば、その場にいる全員がアタフタしながら俺を慰めてきて笑った。みんな必死じゃんウケル。
空気を変える為か、爺ちゃん先生が昼飯にしようと元気よく提案した。そうね、俺の腹も切なく鳴いてるしね。それに乗った万作先生が腰を浮かせ、店屋物でいいかと俺達に訊いてきた。
「ああ、大丈夫じゃ。実はスイが弁当を作ってくれとってな」
「だがら姉ちゃんヒビぃっ!!」
「すまんかった……」
「まぁまぁ、落ち着けよソーシ」
「ムリぃ……」
いくらシンイチロー君に背中ポンポンされても無理なものは無理だからぁ……。三分クッキングみたいに、こちらが出来上がった物になります、みたいに風呂敷に包まれた重箱を取り出した爺ちゃん先生を俺は許さない絶対にだ。
今日から家事の手伝い真面目にしよう。
とりあえず一応の落ち着きを取り戻し、食事を取るために母屋に向かおうと全員が立ち上がったところで、道場の外からトテトテと軽い足音が聞こえてきた。道場の入り口からひょっこりと顔を覗かせてきたのは、色素の薄い髪の可愛い女の子だった。
「おじーちゃん、今日のお昼ごはんどうするの?」
「おお、エマ。ちょうど良かった。今日はワシの友人の弟子の子が用意してくれたそうじゃから、今からみんなで戻るところじゃ」
エマぢゃん゛ンンンッ!は?「可愛い」以外の言葉が一斉に家出したんだが??みんな俺のこと見てないでエマちゃん見よう?天使と見紛う可愛さだからね。これはドラケンだって惚れる。ドラケンじゃなくても惚れる。俺は中身高校生だから辛うじて踏みとどまるけど。
「あの、佐野エマです。初めまして」
「鵲スイです」
「鵲総志です……」
前々から思ってたけど「名前も可愛い」とか最高じゃん……。やべぇ感激のあまり泣けてきた。嘘です泣かないです。だからみんな俺見てなくていいんだって。
よくわからないが不思議な空気が漂う中、万作先生が先導して母屋に向かい、居間の広い机の上に重箱が広げられた。唐揚げ卵焼き煮物その他色々いつも通り美味しそうだけど、段数多いし種類多いしで結構気合入れて作ったね?おにぎりは中身色んな三角と、オムライスボールまである!俺はオムライスボール好きです!!
内心テンション上げながら、佐野家はどうかと様子を窺えば中々いい反応なんじゃないかな?小さく歓声上げてるし、心なしか皆さんの目が輝いている気がする。そうでしょ、俺の姉ちゃんすごいでしょ?両親とも家にほとんどいないから姉ちゃんが昔から家事してんの。ほんと小さい時から、気が付けば姉ちゃんが家事の一切合切やってくれてた。だからなおのこと頭上がらないんだよね。
男どもが昼ごはんに釘付けになっている間に、姉ちゃんとエマちゃんは台所から皿とお茶の注がれたコップを持ってくれたみたいだ。「良妻じゃん」マジで推せる。
「あのな、ソーシ」
「なに、シンイチロー君」
「……色々と口に出てんだワ」
真面目な顔したシンイチロー君が、俺と膝をつき合わせながら口を開く。何を言っているのかわからなくて首を傾げていると、何て言えばいいのかなと頭を悩ませ始めるものだから、ますます分からなくてオレは体ごと傾げるしかない。
「カワイイとか、嫁にしてーとか、口に出てんだよ」
「コラ、マンジロー!せっかくオレがやんわり伝えようとしてんだから、気遣いをムダにすんじゃねえ!」
「だってシンイチローに任せたら腹減り過ぎて死にそー」
可愛い?嫁?
はて何のことだと悩む俺を見て、全員がマジかよという顔をする。嫌いだなぁ、その表情。
「オマエ、エマを最初に見た時にカワイイって言って、名前聞いたら名前も可愛いっつって、今さっきは良妻って言ったんだよ。……気付いてねーの?」
「……気付いてない。頭の中駄々漏れじゃんヤバァ……」
恥ずかしい!人生で一位二位を争う恥ずかしさ!!
ごめん寝状態で羞恥に耐える俺の頭上から、マンジローの「エマに惚れてんの?」という追い打ちがかかる。違うんだこれは惚れた腫れたではなく、テレビの向こうのアイドルに対する可愛いと同じ部類。そもそもエマちゃんには将来的に高身長でイケメンの男気に溢れた、自由奔放な人間の世話をする懐のでかさがある上に百人相手の喧嘩でも勝てるような男が現れるからね。
ということを伝えたはずなのに、何故か今度は生暖かい目を向けられ始めた。違うからね照れ隠しとかではなく事実なんだよ??
「そーいえば、なんでスイはシンイチロー蹴ろうとしてたんだよ」
重箱の中身も減ってみんなの腹も膨れた頃に、俺のオムライスボールを横から掻っ攫っていきながらマンジローが話題を投げた。別にもう気にしてはいないんだろうが、っていうかガッツリ胃袋掴まれたから懐いてすらいるんだが、一応知っておきたいんだろう。
「……弟泣かしたから」
「え。シンイチロー、ソーシ泣かしたの?なんで?えー、おとなげねー」
「急にオレを悪者にすんのやめろよ!挨拶しただけだって、な?それにこんな仲良いだろ!?な!」
な!って言いながら肩を組んできたシンイチロー君に、畏れ多くて泣いた。シンイチロー君は慌てて俺から体を離して両手を上げる。オレは無罪ですスタイル。その場にいる全員がギョッとした顔をするけど、待ってね、これ感涙なんでね。
まぁホントに待ってもらってしまうと、シンイチロー君に向かう姉ちゃんからのヘイトが大変なことになってしまうので、ベソベソ泣きながらどうにか口を開く。
「おれ、しんいちろうくんのふぁんだから……」
「ファン?」
「ぶらっくどらごんンン……」
「オマエ、シンイチローが黒龍の初代総長だって知ってたのかよ!」
マンジローのテンションが上がり、机を叩いて中腰になる。お茶がこぼれるでしょ!と怒るエマちゃんの声を聞きながら、俺はとにかく首を縦に振って肯定した。知ってる知ってる、実際に見聞きしたわけじゃなくて紙面だけど。この世が東リベだって知ってたらもっとちゃんと事前に聖地巡礼しといたのに……!
泣き過ぎて視界が悪くて良く見えないが、万作先生が喜ぶんじゃないとシンイチロー君を小突いてるのが分かった。マンジローはちょっと俺に興味を持ってくれたようで、ジロジロと視線を向けてくる。エマちゃんは変わらず食後のお茶を飲んでいた可愛いね。
オレが泣いた理由を知って一番困ったのは姉ちゃんで、理解し切るまで身動き一つせず、理解してからは即行シンイチロー君とマンジローに土下座の勢いで頭を下げていた。シンイチロー君はすぐに気にすんなと許してくれたのに、マンジローはどーしよーかなーとニヨニヨしてる。許してくれよっ、姉ちゃんが頭下げるとか貴重なんだぞ!
「またうちの道場来てくれたら考える。あ、弁当付きな!」
「……まぁ、そのくらいなら、別に。来れても次の土曜か日曜だけど」
「じゃあ一週間後だな!必ず来いよ!」
約束な!と詰め寄るマンジローに、姉ちゃんは平素と変わらず頷いている。これは……、確定で懐かれてるな?姉ちゃんもちょっと気を許してるな?ちょっとソワッとする。いやまぁ友愛なんだろうけど。
「お、俺も来週来る!」
「えー。ソーシ弱っちそうだし別にいらね」
「はあ?シンイチロー君よりは俺の方が強い自信ありますけど??」
「シンイチローより強くても弱いことに変わりねーじゃん」
「なんでそこでオレが引き合いに出されんだ?」
虚仮にしてくるマンジローと睨み合いながら、だったら実力見せてやんよと競い合うように道場に舞い戻る。後ろで「男子ってすぐケンカするね、なんでかな。ねぇスイさん」とエマちゃんが姉ちゃんに同意を求める言葉が聞こえた。でもね、その人が今日イチでシンイチロー君に喧嘩売ったんだよ。まぁ俺のせいなんだけどね!
マンジローとの試合は当然ながら負けた。端から見るより蹴りが早いんだもんしょうがねえだろ!
□□□
家庭科の時間、がちょがちょがちょがちょメレンゲを泡立てながら俺は悩んでいた。
このままでは姉ちゃんが佐野家の子になってしまう……っ。
マンジローの「またうちの道場来いよ!」は初回一回きりでなく、その次もまたその次の週もと繰り返され、気が付けば半年が過ぎ一年が過ぎ、学年が上がっても続いていた。気が付けば毎週土曜か日曜は弁当持って佐野家訪問がお決まりになっている。まぁ俺もそれに毎度くっ付いて行ってるんですけどね。だってあのマンジロー、気に入った奴すぐ懐に入れようとするじゃん。いや別に取られそうとか思ってるわけじゃないですけど、でもホラ、姉ちゃんはうちの姉ちゃんじゃん???
「断じてシスコンではないッッッ!!!」
「うるせー」
「ゴメンねっ!」
俺の魂の叫びに反応を返してくれたのは、最近友達になったカズトラ君である。
そうです、あの羽宮一虎君です。しかも外見がまだお坊っちゃんの一虎くんです。そして将来色々やらかしてしまうカズトラ君です……。考えると涙出そうになるけど、でも尊いんで一旦拝んだ。心の中で。実際にやると叩かれるって学んだからね俺は。
いつも通り姉ちゃんにくっついて佐野家に向かっていたはずなのに、いつの間にかはぐれて辿り着いた公園で、一人寂しくブランコを揺らす子どもを放っておけなかったお節介焼きの結果がコレです。なんか知らんけど懐かれた。普通に声かけて普通に遊んだだけなんだけど。
そしてどんな運命の悪戯なのか、同じ小学校の先輩後輩だったっていうね。ついでに今は二学年合同二人一組のペアになっての家庭科交流会中である。メニューはみんな大好きホットケーキ。
「なぁ、それいつまで泡立ててるつもりだよ」
「ちょっと待ってね、あと少しで角が立つからね」
「粉もスゲー余ってんだけど」
「これはそんなに粉入れないタイプだから」
「えー……」
「信じていただけていない!いや大丈夫、最先端だから!なんなら時代の先取りするから!!」
尚も猜疑的な目を向けるカズトラ君に、これは実物を見せるしかねぇなと泡立て器を動かす手を早める。こちらにそれ以外の材料を混ぜたものをサクッと混ぜまして、熱したフライパンにこんもりと乗せまして、焼くこと数分。ひっくり返してまた数分。
「上手に焼けました!」
「?」
「このネタも先取りかぁ」
きょとんとした顔に俺の肩が下がる。ネタが通じないって寂しい。
皿の上には厚さ5cm超えのスフレパンケーキ。それだけじゃ映えが足りなかろうと、トッピング用に用意されていた生クリームと果物とでキレイに飾り上げた。カズトラ君からは「うまそう」とだけ言われたけど、別の班の女の子達からは可愛いやらキレイやらとざわつきを頂いている。男子達は厚みが気になっているようだが、散れ散れ、これは俺とカズトラ君の分だぞ!
群がる子ども達が先生から注意を受けて自分の席に戻ったところで、手を合わせ挨拶し、実食タイムだ。
「どーよ、カズトラ君!」
「……うまっ」
「だろ!」
「ホットケーキなのに、ふわっとして、しゅわっとして、口の中で消える」
「俺が頑張って泡立てたメレンゲ様の力だよ」
「いくらでも食える気がする」
「しかしおかわりは無い」
「…………」
「これは俺のだからね!?」
俺の皿の上に向けられるカズトラ君の物欲しげな視線から体を張って遮るが、代わりに俺自身がもろに視線を受け止める羽目になった。そんなデカイ目で見詰められたって!男の上目遣いなんか全然効かなっ、きかっ、ぐぅう……供給過多ぁっ!!おらぁっ、食えばいいだろぉ!
……良いんだ、作る気になればいつでも作れるし……。
図らずともカズトラ君の胃を掴んだらしい。
佐野家に行く姉ちゃんの同行を三度に一度の割合で蹴ってカズトラ君と遊んでいたある土曜日、そろそろお昼の時間だしと解散を申し出たら「オマエん家で一緒に食べる」と手を掴まれた。寝耳に水なんだが?
家でお母さんが作って待ってるんじゃないかと訊けば、事前に伝えているらしく家に帰っても昼食は用意されていないらしい。俺にも事前に言っておいてほしかったなぁ!
まぁどうせ、俺も家に帰ったところで家族の誰かがいるわけでもなく、姉ちゃんが作ったお弁当をテレビ見ながら一人で食べる予定だったし別にいいけど。
「カズトラ君と分けたら量足んなくなるから、途中のコンビニでなんか買ってくかなぁ」
「総志が作るんじゃないのか?」
「俺お菓子は作れるけど料理はあんまり好きじゃないんだよねー」
「ふーん?」
「カップ麺買って分けて食おーね」
一虎と言ったら場地。場地と言ったらカップ焼きそば。カズトラ君の初カップ焼きそば半分こはいつか出会うだろう場地に取っておくとして、初カップ麺半分こは俺がいただく!
カズトラ君もなんか嬉しそうだし、いいね!
カップ麺一つしか入っていないコンビニ袋をぐるぐる回すカズトラ君と家に帰れば、玄関に見慣れた姉ちゃんの靴があった。珍しい。いつもなら三時過ぎくらいに帰って来るのにな、っていう珍しさもだけど、揃えられず乱雑に脱ぎ捨てられた靴も珍しい。
ちょっと恐る恐る玄関をくぐる俺を不思議そうに見ながら、カズトラ君もお邪魔しますと小さく挨拶して家の中に入る。育ちがいいなぁカズトラ君!
「姉ちゃん?帰ってんの?」
念の為に声をかけてみれば、リビングの方からガタンッと大きめの物音が聞こえてきた。カズトラ君と揃って肩を跳ねさせて、一度顔を見合わせて覚悟を決める。
ソロソロと足音を殺して玄関から廊下を進み、こっそりとリビングに顔を覗かせればいつも通りの室内だった。呼んでも返事をしなかった姉ちゃんはソファに座っていて、俺達がいることに気が付いているだろうにこちらを見ずにジッと向こうを向いている。真昼間っからの、まるでホラー映画のような現状に知らず唾を飲み込んだ。
「姉ちゃん?」
ピクリと姉ちゃんの肩が動くけど、返事はない。やっぱりおかしいと疑問を抱きながらリビングに入れば、姉ちゃんは少しだけ身動いだ。それでもこっちに振り返る様子もないことにますます怪しくなる。はぁ?どういうこと?とちょっと機嫌を下げていると、横にいたカズトラ君が困った様子で俺の肩をつついてきた。不機嫌さを隠さず何かと訊けば、視線を指さす方向へと誘導される。向けられたのはリビングのテーブルの上で、そこにあったのは救急箱と血の付いた大量のガーゼだった。
「はぁ゛?姉ちゃんまた怪我したの!?」
怒鳴り声にも近い声が出た。当人である姉ちゃんは勿論のこと、関係のないカズトラ君まで驚いて硬直してる。カズトラ君にはごめんだけど姉ちゃんは許さんぞ。
わざとドスドスと足音立てて近付けば、それでも頑なに顔だけは俺から逸らそうとする姉ちゃんに苛ついて青筋が立つのが分かる。その行動で怪我してるのは顔面だって察したし、机の上のガーゼの量でその怪我の程度がそれなりに酷いんだって見て取れるのに、それでも隠そうとする姉ちゃんはヒジョーに往生際が悪い。
どうしてやろうかなと考えていると、ソロっと近付いていたカズトラ君が姉ちゃんの正面に回り込んだ。からの、めっちゃ衝撃を受けました!という表情で固まったのを見た瞬間、俺もカズトラ君に並んだ。
「え、うわっ、え、なん、ひど……、え……?」
「……そんなに?」
「オマエの姉ちゃん痛覚死んでんの?」
「死んでるかもしれない……」
あまりにも語彙が死んだ俺の反応に、いつもスンとした顔の姉ちゃんが困ったように眉尻を下げる。顔の上半分は何ともないのに、下半分、顎の右側にくっ付いたガーゼが真っ赤だ。
いや、てっきり打撲とか鼻血かと思ってたのに、場所と出血量的に切り傷じゃん……。
その怪我どうしたの?って訊いても、転んだとしか言ってくれない。それ誤魔化す時によく聞くやつじゃん。病院行く?って訊いたけど、テープで押さえればどうにかなるって言い切るから俺は処置の手伝いをするしかない。これ傷跡残るんじゃない?病院行ってちゃんと治療してもらった方が良いんじゃん?嫌なの?そっかぁ。
真っ赤なガーゼを取り換える為に外したら、なんか切り傷だけじゃなくて火傷もだった。ヒンッ。泣きそう。カズトラ君も半泣きだ。とりあえず火傷の薬も塗った後にガーゼを被せて、上から防水フィル貼っ付けて終わった。姉ちゃんが言うとおりにやったけど、これで本当にいいのかよ。ダメだろ絶対、治るの……?治っても傷跡残るでしょ……。病院行こう?嫌なの?そっかぁ……。
テンションだだ下がりになりつつ、真っ赤なガーゼはゴミ箱に捨てた。
テンションが下がっても腹は空くので、キッチンに置いてあるはずのお弁当を取りに向かう。ついでにカップ麺のお湯も沸かそう、と順序立てていると、風呂敷に包まれたままの重箱が目に入った。……姉ちゃんが佐野家の為に作って持って行った重箱である。
玄関の靴のことといい、洗いに入れてないの珍しいなと思いつつ重箱を持てば、ずっしりとした重みがあった。え、中身入ってんじゃん?風呂敷をほどいて蓋を開ければ、朝のまんまの中身だった。
「姉ちゃん、佐野さん家でお昼食べてきてないの?」
「……知らない」
知らないって何!?
「佐野さん家でなんかあった?」
「知らない」
だから、知らないって何!?
「……シンイチロー君となんかあった?」
「知らない」
「マンジローとなんかあった?」
「あんな奴知らない」
スンとしていた姉ちゃんの眉間がわずかにキュッとする。
もぉ〜〜〜!マンジローお前が原因かよぉ〜〜〜!!
どうせその怪我もマンジローとなんかあったんでしょ?転んだとかやっぱ嘘じゃん。そもそも転んでも火傷しねぇから!
そう聞いたけど、返ってきたので「これとそれとは関係ない」とキッパリとした言葉だったので違うらしい。疑ってごめんなマンジロー!でもだとすると何が原因でそんな怪我負うはめになるんだろうか。チラッと姉ちゃんを窺ったけど、あの顔は何も喋る気はありませんよの顔だった。こンの秘密主義〜〜〜っ。
……重箱の中身は勿体ないから俺らで食べようね。
姉ちゃんの怪我を目の当たりにしたあたりからずっとキョドキョドしっぱなしだったカズトラ君の前に重箱を広げたら、元々デカイ目をさらに大きく見開いて、キラキラ輝かせた。何かお祝でもすんの?ってソワソワするから、カズトラ君が初めて家に遊びに来てくれた記念って答えてみる。どんな反応するのかなとなんでもない顔で様子を見ていたら。
……無言で驚いた後に、はにかみながらハチャメチャに照れた。
はぁ〜〜〜??こんなんハチャメチャに大事にする以外ある???ねぇよなぁ???守りてぇこの笑顔……。このピュア虎君をヤンキーにしたくねぇよぉ。でも場地との友情を邪魔したくもねぇんだよぉ。
心の中でぺそぺそ泣きながら己の矛盾と葛藤するけど、結論は出そうにない。そもそもカズトラ君と場地の出会いっていつなんだ?今のカズトラ君は小学五年生。ついでに俺は小四で姉ちゃんが小六。トーマン創設はカズトラ君が中一の六月だから、それまでのどこかなのは分かる。分かったところで、だからどうするって話なんだけど。うん、どうしようもないです。
とりあえず、カズトラ君の胃は無事に我が家に掴まれた。
やっぱり素人治療では不安しかないので、こっそり爺ちゃん先生にチクって病院に連れて行かせた。黙っておこうとしたことを怒られる姉ちゃんからの、チクんじゃねーよの無言の圧力に俺は泣きそうだ。
だってだって!顔に傷跡残るとか嫌じゃん!?
案の定、処置が良くなかったようで医者にも怒られた。顔の右下、顎のあたりにある拳大の火傷跡も残るらしい。子どもの拳大だし、数年単位でみればいつか気にしないくらい薄くはなるそうだけど。
当の姉ちゃんは傷跡に関しては特に思うこともないらしい。でも佐野家に行くのは止めたようで、前のように爺ちゃん先生の所に通うようになった。俺もそれにくっ付いて行けば、事情を知っている爺ちゃん先生は何度見ても慣れないようで姉ちゃんに対してちょっとぎくしゃくした対応をとる。女の子に顔に傷が……、って女の肋折った人のセリフかな。
そのうち仲直りでもするのかなー、と様子を見ていたが何も無いまま年も明けて進学・進級した。姉ちゃんは中学生になったし俺は五年生だ。
カズトラ君も六年生になったけど、何やらちょっとガラの悪い奴と親睦を深めていると風の噂で聞いた。もしかして場地かな?俺が関わっても知り合っちゃうんじゃあ、もう運命だよね。どうしようもない。でもそれを俺に隠すのはいただけない。確かに遊ぶ回数減ったけど、別に俺と疎遠になったわけでもないのにさぁ〜〜。なんなら昨日も遊んだじゃん?なんで隠すの?浮気だからか??おん???
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■弟
原作は二十六巻の途中までしか読めてない奴。
改変頑張るぞい☆する。
考えて行動に起こすのが弟なら、何も知らず巻き込まれてかけ離れさせるのが姉。そしてその行いを弟は知らない。
たぶん弟が動かなくても姉ちゃんに任せていれば良くも悪くもどうにかなる。よくもわるくも。
中学校上がったあたりでカズトラ君に東卍に誘われて入隊する。
「場地が千冬誘うならオレだって総志誘うし!」
■姉
珍しく巻き込まれている側の姉。
人知れず無自覚にいたる所で救済してる。タイミングと腕力と運動神経でどうにかなる系のものなら大方どうにか出来ている。
火傷は乾家火事騒動が原因。マイキーとは普通に喧嘩した。
中学上がると知らない内にチームの影のボス()にされている。暴走族というより並盛式風紀委員会。悪いゾッキーをないないするお仕事をするよ。救済が捗るね。
年齢:イヌピ&ココ=姉>マイキ>弟=タケミチ
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