03
空が深い紫色になった頃、汽車が徐々に速度を落とし始めた。ようやくホグワーツに到着したらしい。腕時計を見ればそろそろ二十時になる。……長い。
「あと五分でホグワーツに到着します。荷物は別に学校に届けますので、車内に置いていってください」
「マーティンの荷物は駅に置いていかれたけどな」
「しつこいぞマルフォイ!」
仲が良いようで結構である。
コンパートメントの戸の向こう、汽車の通路内は段々と人が増えてきた。こんな人数の中を押され潰されながら進むなんて私もドラコも冗談ではなかったので、急かすミアを宥めながら人が減るのを待った。
数分経って、そろそろ良いかと腰を上げてコンパートメントの戸の向こうを覗き込む。ぎゅうぎゅうだった人数がぽつぽつと減っていた。
「そろそろ行く?」
「ああ、いいんじゃないか?」
「早く早く!」
飛び出すような勢いでミアが出ていく。私達四人はそんな彼女にやれやれと思いつつ、後に続いて暗いプラットホームに降り立った。
肌寒さに身を震わせると、隣に立っていたドラコが「大丈夫か?」と気遣わし気に声を掛けてくる。さすが英国紳士。それを見ていたミアが「くっ付いてれば寒くないぞ!」と腕に抱き付いてくる。さすが小型犬系女子。睨み合うな睨み合うな。そんなやり取りを見ていたクラップとゴイルからは生暖かい視線が贈られる。他人事だと思って……。
「イッチ年生!イッチ年生はこっちだ!」
気付けばプラットホームには小さな背丈の一年生ばかりが残っていた。ゆらゆら揺れるランプと一緒に大きくて毛むくじゃらな男が現れて、私たち一年生を呼び寄せる。ドラコはちょっと嫌そうに顔を顰めたけれど、大人しく誘導に従って動いた。
彼のことは覚えている。ルビウス・ハグリット、半巨人でホグワーツの森の番人だ。
大きな背中と遠くのランプを頼りに悪路を進む。滑ったり、躓いたり、を率先してミアがしてくれるので、それを見て私たちは足元に気を付けた。ミアは不服そうだったけれど、都度助けてあげてるんだからいいじゃない。
「オレこの道嫌い……」
「私も今のところ好きじゃないかな。新入生がピカピカの制服を着て歩くには不似合いが過ぎるよね」
「年に一回、しかも行きの一度しか通らないから整備もろくにしていないんだろう。靴が汚れたじゃないか、まったく……」
気落ちする二人に挟まれながら先へと進む。あとでスコージファイしてあげるから観念して歩きましょうね!
湖のほとりに差し掛かり、今度はボートに乗るようにと指示が飛んだ。四人ずつ乗るということなので、一緒に歩いていた四人と顔を見合わせる。……一人多いな。
「……私が別のボートに乗ろうか?」
「「どうしてマルフォイ/マーティンじゃなくて君なんだ!?」」
「ほら、仲良いじゃない」
「「仲良くなんてない!!」」
いや仲良いじゃん。
じゃあどうするのかと訊ねるも中々案が出てこなかったので、手の裏か表で分けることにした。うらおもて、てってのて、てのてのて。仲良いな私たち。
四度目の正直で二人と三人に分かれた。私とミア。ドラコとクラップとゴイル。ドラコはとても悔しそうな顔をしていたが、決まったことなので大人しく別のボートへ乗り込んだ。
「さぁ、乗ろうよヤスハ!」
軽い足取りでボートに飛び乗ったミアが、私に向けて手を差し伸べる。ぐらぐらと揺れる小舟に尻込みしていたので、躊躇なくその手を取ってボートに乗った。
あと二人は乗るはずと座って待っていれば、「乗っても良いかな?」と声を掛けられた。男の子の声だ。
ミアと二人でそちらに顔を向ける。そこにいたのは似た顔立ちの男女だった。揃いの銀髪のような薄い色の頭髪が、いつの間にか昇っていた月の光を反射してキラキラ光る。女の子は背の中程まで髪を伸ばし、男の子は肩に付かない程度の長さ。双子だろうか?
「いいぞ!」
「どうぞ」
「「ありがとう」」
少し前に詰めて場所を開ければ、男の子が女の子の手を引きつつボートに乗ってきた。
二人が乗って落ち着くと、先頭にいたルビウス・ハグリットがボートに対して号令をかける。それに合わせてボートがほとんど揺れもなく進み始める様は、鏡のような湖面を滑っているかのようだった。
「私、イリナ・ルプ。よろしくねぇ」
「僕はイオン・ルプ。よろしく」
「オレはミア・マーティン!よろしく!」
「私はヤスハ・クロダテ。どうぞよろしく」
進み始めてすぐに始まった自己紹介は、特に奇抜さもなく終わり雑談が始まった。コミュ力の強い子供たちばかりのようだ。私はあまり会話にはまらず相槌ばかりしていた。
空を遮る枝葉が少なくなった頃、先頭を進んでいたボートから順に感嘆の声が上がる。それにつられて彼ら彼女らが見つめる方へ視線を向ければ、ホグワーツが見えた。向こう岸にそびえる高い山と、その天辺に建つ壮大な城。大小さまざまな塔が立ち並び、灯りで輝く窓が月夜の風景に一際映えていた。
「すごい!!!」
「……これを見せたいが為のあの悪路か。まぁ、プラスかな」
_ _ _
城に入ると、引率がルビウス・ハグリットからミネルバ・マクゴナガル教授へと引き継がれた。
連れて行かれた玄関ホールは家一軒入りそうなくらい広くて、石壁では松明に炎が灯っている。見上げれば天井が随分と高くて、私の視力ではどこまで続いているのかはっきり分からなかった。
ほど近い木製の観音扉の向こうから大勢のざわめきが聞こえてきたが、マクゴナガル教授はその場を通り過ぎホールの脇にある小部屋に一年生を案内した。少し窮屈で、隣の人間との距離が近いのは少々不快だ。パーソナルスペースは保ちたい。片側がミアなのが唯一マシな点だろうか。
集団の奥の方でマクゴナガル教授が歓迎会のことと、そこで行われる四つの寮の組分けに関して簡単に説明する。身なりを整えて静かに待つように、と最後に言って出て行った。
「組分けかぁ。どうやるんだろうな?」
「親とか他の家族から教えられてないの?私は教えられなかったけど」
「楽しみにしてなさいって、教えてくれなかった。楽しいのかな?いす取りゲームとか?」
「旧家の子女は嫌がりそうだな」
勝手なイメージだけれど、淑やかさを大切にしていそうだし。
「ヤスハ!見つけた!」
目の前の人が横に追いやられたかと思えば、間からドラコが生えてきた。ちょっと髪が乱れていたので整えてあげれば、恥ずかしそうにしながらも「ありがとう」とお礼を言ってくれる。
彼の後ろにはやっぱりクラップとゴイルが付いて来ていて、体格もあってか周りの子どもたちが僅かながらに距離をあけた。広くなった空間に不快さが減って良いことだ。
「なぁ、マルフォイは組分けの仕方知ってる?オレもヤスハも知らなくて」
「ああ、それなら──」
質問に答えようとしたドラコの言葉を、数人の悲鳴が遮る。なんだなんだとそちらを見れば、全体的に白く、少し透き通ったゴーストが二十人ほど、部屋の後ろの壁からすり抜けて入ってきているところだった。
初めて見るゴーストは、一昔前の貴族のような恰好をしていた。男の人は襞襟に白タイツ、女の人はバロック・スタイルというものだろうか。中には修道服姿のゴーストもいるようだ。
「うわー、ゴーストって初めて見た!あんまりオレたちと変わらないんだな」
「ゴーストによるんじゃない?血塗れとか首のないのもいるかもよ」
「ああ、確かいたはずだ」
「……それはあんまり会いたくない……」
珍しくしょげるミアを慰めていればマクゴナガル教授が戻ってきて、代わりにゴーストが一人ずつ壁を抜けて出て行った。入ってくる時は一緒だったくせに。
マクゴナガル教授の先導でまた玄関ホールに戻り、そこから二重扉を通って大広間に入った。
中には四つの長テーブルが置かれ、空中には何千という蝋燭が浮かんでいる。寮で分けられているらしいテーブルには六学年分の子どもたちが座り、入ってきた新入生の私たちを見つめていた。広間の上座には教員用のテーブルが置かれ、その前まで引率されて並ばされる。隣にいたミアが落ち着かない様子で周りを見回し、上を見上げて小さく歓声を上げた。
「天井が空だ!」
その声に、近くにいた知らない女の子が「本当の空に見えるように魔法がかけられているのよ。『ホグワーツの歴史』に書いてあったわ」と答えてくれる。……うーん、ハーマイオニー・グレンジャーだなぁ。
前方の一段高くなった場所に四つ足のスツールと、その座面にとんがり帽子が置かれた。ぼろぼろのつぎはぎの、失礼ながら古くてばっちぃ帽子だ。
帽子はぴくぴく動くと、つばの縁の破れ目を口のように開いて歌い出した。勇猛果敢な騎士道のグリフィンドール、公明正大なハッフルパフ、賢明なレイブンクロー、そして狡猾なスリザリン。スリザリンにだけ辛辣が過ぎない??
歌が終われば拍手喝采が送られ、帽子はそれぞれのテーブルにお辞儀をして元の位置に戻る。ミアは「なんだ、帽子かぶるだけか」と残念そうだった。
組分けはABC順で呼ばれるようだ。最初はAbbot、次にBones、Boot。ハッフルパフ、ハッフルパフ、レイブンクローと選ばれて、順調に寮が決まっていくのを見守りつつ自分が呼ばれるのを待つ。
しかし、マクゴナガル教授の言葉が急に止まった。
「──……ブラック?」
呟くような声に、俄かに広間が騒がしくなる。それに生徒だけでなく教員もざわつき、白いひげを生やした老人、ダンブルドア校長がマクゴナガル教授へと駆け寄っていった。
耳をすませば周囲の子どもたちも口々に「ブラックって言った?」「でも今年入学できるような人はいないはずでしょう?」「あの家以外にぶらっくなんていないよね?」と不安げに言葉を吐いているようだ。
ブラックってなんだっけ?原作に出てたっけ?
思い出そうにも、前世の記憶は思い出してから六年経つ間にすっかり薄くなってしまった。大伯父との勉強の際に出てきたかな……。出てきたかもしれない。ああ、魔法界の王様、みたいなものだったような??
確認しようと隣にいるドラコへ顔を向け、何故だか緊張した面持ちでマクゴナガル教授たちを見ていた。
これは声を掛けてはいけないやつ……。
大人しく視線を前に戻せば、ダンブルドア校長が「マグゴナガル先生の見間違いのようじゃ」と言って席に戻って行った。
それからはまた、順調に寮が決められていった。ハッフルパフ、レイブンクロー、ハッフルパフ、グリフィンドール、レイブンクロー、スリザリン、グリフィンドール。
Lの順番でボートで一緒だった男の子と女の子が呼ばれた。二人ともレイブンクローだった。
Mの順番がきてドラコが呼ばれてスリザリンに、ミアが呼ばれてグリフィンドールに組分けされた。スリザリンに選ばれなくてもレイブンクロー、は難しいだろうからハッフルパフであればドラコと交流を続けられただろうに……。グリフィンドールじゃあ交友はこれで終わりかもしれない。
Pの順番で、ハリー・ポッターが呼ばれた。広間は水を打ったような静けさになり、次には囁き声でいっぱいになった。さすがは彼のポッター、有名人だ。結果は知っての通りグリフィンドールだった。
組分けが進んで、進んで、Zまで終わって。
けれど私は、変わらずその場に突っ立っていた。……どうして、どうして……。
「少々待つように!」
慌てた様子のマクゴナガル教授が、新入生の名前が書かれた長い羊皮紙の巻紙を最初から検め始める。
言われたとおりに大人しく待ち、全校生徒からの針の筵のような視線に耐えた。グリフィンドールの方からは小さな笑い声すら聞こえてくる。後で覚えてろよ、そこに振り分けられたら必ず何かしらの報復をしてやるからな。
「失礼。クロダテ、ヤスハ!」
ようやく呼ばれた名前に、ドッと疲れを感じながら椅子に向かう。座る時にマクゴナガル教授から小さな声で謝罪されながら帽子をかぶらされた。まぁ、文字がいっぱい過ぎると見逃すこともあるよね。
「久し振りのクロダテ家の子だね」
低い声が頭の中で聞こえた。
「君の家は難しい。ここだと思って入れたところで、どうにもその性質の裏をいく。しかし……、君ならどこででもうまく溶け込めるだろう。ならば選ぶのは、スリザリン!!」
いっさい私の希望きいてくれないじゃん???
言うだけ言って叫ばれて、向かって一番右側の席から送られる拍手に従ってそちらに向かう。
ドラコが笑顔で手招きしていたので、その通りに隣に座った。いやだって珍しく子どもらしい笑顔だったんだもの……、その笑顔にはダイソン並みの吸引力あるからね?
目の前の席にはお決まりなのか、クラップとゴイルが座っていた。
マルフォイ家と懇意だと思われたようで、近くに座っていた上級生からも歓迎の意味を込めて握手を求められる。特に断る理由もないかと応えたが、後々特にうま味がない人間だとバレた時にどうなるだろう。まぁその時はその時、ドラコの後ろにでも隠れさせてもらえばいいか。
ふと視線を感じて前を向けば、一番離れた場所にあるグリフィンドールの席でミアが涙を滂沱していた。そうだね、犬猿の寮だから今後はそうそう話も出来ないかもしれないからね。
ちょっと可哀想になって小さく手を振れば、ミアは馬鹿みたいに大きく手を振り返してきて周囲から奇異の視線を集めていたし、隣のドラコからは叩きつける勢いで振っていた手を抑えられた。私の手はぺちゃんこになった。泣いた。
新入生の組み分けが終わって、ダンブルドア校長から祝辞らしからぬ祝いの言葉をもらって、ようやく晩餐となる。テーブルに置かれていた空っぽだった金の皿たちにはそれぞれ料理が置かれ、子どもたちが思い思いに料理を取り皿に取って食べていく。
並べられた皿を眺めると、どうにも肉類が多いような気がした。好きだけども。でも限度があるっていうか……。
最初は喜んで食べていたが、今は無性に塩おむすびが食べたい。
溜め息を我慢しながら過ごしていると、隣に座っているドラコがこちらへとジリジリ寄ってきていた。何かあるのかとそちらを見ればゴーストが座っていた。虚ろな目に、げっそりとした顔、銀色の衣服は血でべっとりと汚れている。どうやらドラコは彼がお気に召さないらしい。それはスリザリン全体的にそのようだった。血みどろ男爵、bloody baron、なんて名前は格好いいのに。
目の前の料理に手を伸ばす子どもがいなくなった頃、食べ物が消え、間もなくしてデザートが代わりに現れた。あ、アイスが食べたい。でもアップルパイも食べたい。うーん、……添えればいいか。
胃に限界がある私とは違い、クラップとゴイルは掃除機のごとく次々とデザートたちを食べていく。メインもしっかり食べたくせによく入るな、と感心してしまうほどだ。
とうとうデザートも消えて歓迎会も終わりかと様子を伺っていれば、ダンブルドア校長が立ち上がった。広間中がシンと静まり、彼の言葉を待つ。
「エヘン。……全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言、三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある」
ひとつ、構内にある森に入ってはいけません。
ひとつ、廊下で魔法を使ってはいけません。
ひとつ、今年いっぱい四階の右側廊下に入ってはいけません。
森に入ってはいけないなら周囲をフェンスで囲えばいいと思うし、廊下には魔法不可の効果を付けるとか、出来ないなら反した生徒に重い罰則を与えればいいと思う。廊下には立ち入り禁止の立て札でもテープでも貼っておけばいい。出来そうなのにしないんだから、不思議だな。
〆は校歌だったが、私が知っている校歌ではなかった。歌詞が知らないものだったとかではなく、校歌とはこんなものではないだろう、という意味で。
「歌詞もひどいし旋律はバラバラ。好きじゃないな」
「……僕は何も聞いていないし何も言わないぞ」
「大丈夫、独り言だから」
やけに遅れた二人分の歌声が終わると、ダンブルドア校長は大きな拍手をして感激の涙を浮かべた。私とは感性が違うらしい。
ようやっと解散となり、それぞれの寮生が監督生に先導されて広間を出ていく。
スリザリン寮の場所は地下牢だったと原作を思い出しながらそれに従い、玄関ホールから石段を下りた。そうして今度は迷路のような廊下を進む。右に左に、奥へ、奥へ。
「覚えられそうか?」
「……余裕ですけど??」
「覚えるまでは僕か、クラップかゴイルと一緒に行動するといい。女子の方にも何人か声を掛けておく」
「…………お世話になります」
篤い信頼過ぎて嫌になるね!ドラコが嬉しそうに「任せておけ」と言うので任せておこうと思う。
辿り着いた場所には石壁しかなかった。そこで先頭の監督生が合言葉を言うと扉が現れ、スリザリンの談話室への道が出来る。合言葉は二週間に一度変わるらしい。スリザリンって血統的にも用心深さが他の寮より強い気がする。
談話室は緑と銀を基調としており、全体的に厳かだった。大きな暖炉が一つ。そしてテーブルと色々な種類のソファがいくつか。
奥の方には大きな窓があり、湖の水中に面しているようだ。月の光が水中で屈折して、やわらかく談話室内を照らしている。そのおかげで、地下牢のわりに陰鬱さは少なく感じる。
監督生の指示で、男女それぞれの寮に分かれて進んだ。もちろんドラコともここで別れるので、就寝の挨拶をして別れた。
ぞろぞろと連れ立って歩いていけば、部屋が見つかった人間から順に減っていく。基本四人部屋なので四人ずつ。四人減り、八人減り、……私だけになった。いつかも見たなこの状態。
最後の最後、なんとなく他の部屋とは雰囲気の異なるドアが私の部屋のものだった。
一人残ったということは一人部屋?嬉しいけれど、なんとなく疎外感を感じる。これはもしかしてハブられているのでは?いじめはよくない。ほんとうに良くない。
一人っきりだが気合を入れて、ドアノブを捻る。そこにあったのは、想像と違う、スリザリンらしくないカントリーな部屋だった。白い壁に木製の家具、四本柱の天蓋付きのベッドのカーテンの色は生成り色で、側には落ち着いた色合いをした木製の机とクローゼット。それが四つずつ、部屋の四隅に置いてある。
……スリザリンの緑は家出したの……??
奥のベッド脇に自分のトランクが置かれていたので、部屋を間違っているわけではなさそうだ。
疑問は尽きないものの、それよりも長い移動と慣れない大人数に対する疲れが強い。さっさとパジャマに着替えて眠ってしまおう、とローブを脱いでブラウスのボタンを外していく。
──ガチャリ。ドアノブが回った。
「やった!一人部屋だ!!」
大声を上げながら入って来たのは、組分け振りのミア・マーティン。大口開けたまま着替え中の私と目が合い、段々と目が見開いていく。
叫ばれるなぁ、と考えるが早いか、着替える手を止めてドアの前から動かないミアへと走りその口を手のひらで覆った。
「むごもがもごぉ!!?」
「分かった分かった、まずは部屋に入って扉を閉めようね」
言われたことはちゃんと出来るミアなので、お口にチャックした状態で扉をしっかり閉めた。
「なんでグリフィンドールにヤスハがいるんだい!?」
「私からすると、スリザリンの寮にミアがいることになるんだけど??」
二人で首を傾げるも答えは出ない。
すると、またドアノブが回った。上方から小さくカタリと音がしたのでそちらを見上げれば、半円状の何かがあった。色は青だ。
「……あら?ここってレイブンクローよねぇ?」
「いいや、グリフィンドールさ!」
「ところがスリザリンでもあるんだよねぇ」
入って来たのはボートで一緒だった女の子、イリナ・ルプだった。頬に片手を当て疑問に首を傾げるが、残念ながら私たちもその疑問に対する答えを持っていない。
まぁ入って入ってと中に促す。さっきまでは目に入っていなかったが、彼女たちの荷物もちゃんとベッド脇に置かれていた。つまり彼女たちも部屋を間違えているわけではないようだ。
向かって奥の右側が私、左側がイリナ、手前の右側がミア。あとは手前の左側が空いていて、荷物もちゃんと置かれている。もう一人増えるのか。あといないのはハッフルパフかな。
ハッフルパフには知り合いがいないなと考える私の横で、イリナが「これって、」と小さく漏らす。知り合いだろうか。全員の見知らぬ誰かより、誰かの見知った人物の方がいくらか気持ちが楽だ。
──ガチャリ。ドアノブが回った。頭上の色は青色のままだ。
「…………、ごめん間違えたみたい」
早口で謝罪し、ドアを閉めて出ていく。
その姿が見間違いでなければ、彼はボートで一緒だったイオン・ルプだった。寮だけじゃなく性別まで気にしないのか??
またドアが開いて、隙間から恐る恐る顔をのぞかせるイオン。
「……ここってレイブンクローの男子寮だよね?」
「女子寮でもあるわぁ」
「グリフィンドールの女子寮でもある!」
「スリザリンの女子寮でもあるよ」
「??????」
そうだね、私もハテナマークいっぱい飛ばしたい。
とりあえず処理落ちしたイオンはイリナが引っ張り込んで、ドアを閉める。試しに私が改めてドアを開ければ向こうはスリザリン寮で、閉めてからミアが開ければグリフィンドール寮に繋がった。上部の表示は私の時は緑色に、ミアの時は赤色に変わった。
「一つのドアでそれぞれの寮に繋がってるのか……。どんな魔法が使われているんだろう」
「ヤスハが開けたまま通れば、オレもスリザリン寮に行けるってことかい?楽しいじゃないか!」
「楽しいけど問題が起きそうだから絶対ダメ」
「なんで!?」
ダメなものはダメ。
部屋の中には他に二か所ドアがあった。私とミアのベッドの間と、イリナとイオンのベッドの間だ。入り口のような上部に何らかの表示はない。
警戒しながら私とミアの間のドアを開けてみれば、ドレッシングルームだった。ちょっと違うけど簡単に言えば洗面所。ここにもドアが一つあり、開ければトイレと猫足のバスタブがあった。猫足はちょっとテンション上がるな……。わがままを言っていいならバストイレ別だったら尚良かった。
イリナとイオンの間のドアの先も同じ造りだ。
他の部屋もそうなのか確認したいような気持ちはあるが、寮も男女も関係なく放り込まれる部屋が他にもあるとは思えないし、ならば同じ造りの部屋もないんじゃないかなとも思う。下手に聞いて回って、問題にされても疲れるだけだ。
私とミアの探索が終わり部屋に戻ると、イオンはイリナに説明と言うか説得と言うか丸め込みをされて落ち着いていた。それぞれのベッドに腰掛け、顔を見合わせる。ミアは楽しそうに目を輝かせているし、イリナも嬉しそうに笑っている。イオンは諦めたのか、困ったように眉尻を下げて苦笑を浮かべていた。
「ヤスハと一緒の部屋なんて最高だよ!他の寮の子とも一緒なのも面白い!オレは気に入った!!」
「そうねぇ、私も面白いと思う。どんな魔法が使われているのか、いつか調べてみたいわぁ」
「僕は……、バレた時に他の男子から呪われそうで怖いよ……」
「役得ってやつだよね!!」
「前向きだなぁ……」
どうやらみんな受け入れる方向でいくらしい。
かくいう私もそのつもりなので、なんの問題もない。
「じゃあ、これは四人の秘密ということで」
「「「異議なし」」!!」
にっこり。四人で満足げな笑顔を向けあった。楽しい寮生活になりそうだ。
_ _ _
──夢を見た。毛むくじゃらのテリア犬が紫色の大きな蛇と戯れている夢だ。
キャンキャンキャンキャン必死に鳴かれるので、どうやら遊んでいるわけではないらしいと思い直して助けに入る。咬まれないよう蛇の頭を思いっきり掴んで、これ以上締め付けられる前に引きはがそうと力を込めた。
「邪魔をするな」
掴んでいて開かないはずの口から、しゃがれた男の声がする。
思わず手を離すと、犬はいつの間にかおらず、私だけが蛇と対峙していた。実家にいる彼女よりも大きな蛇。それは徐々に大きくなり、ついにはとぐろを巻いた状態で私の身長の倍以上となった。
「お前たちさえいなければ」
シャーシャー話し掛けられるも、何の心当たりもない言葉だ。邪魔をするな。お前たちさえいなければ。邪魔をするな。邪魔をするな。邪魔をするな。お前たちなんか。邪魔だ。邪魔をするな。邪魔だ。邪魔をするな。邪魔者どもが──……。
_ _ _
「…………うるせー……」
入学初日。最悪の目覚めだった。
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20241013
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