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──飛行訓練は木曜日から始まります。グリフィンドールとスリザリンとの合同授業です──

 スリザリンの談話室に貼り出された一年生へのお知らせを見て、寮生たちは様々な反応を見せた。ようやく始まる飛行訓練への期待であったり、グリフィンドールとの合同授業出ることに対する不満であったり、そもそも箒による飛行が苦手な者からの苦虫を潰したような表情であったり。
 ドラコは前々からクィディッチや、いかに箒による飛行が上手いかを話していたので、そのお知らせを見た時のテンションの上がり様と言ったらなかった。
 反対に、私のテンションの下がり様と言ったらない。そもそも箒で空を飛ぶ意義とは……??もっと安定感のある物で飛んだ方がいいと思う。昔々の魔法使いは、せめてもっと座り心地のいいものを選んで欲しかった。
 声高に己の飛行技術の高さを誇るドラコの隣で、私は唸るように魔法使いの飛行方法を批判する。そんな私の言動はスリザリン寮内どころかホグワーツ内でも極めて稀な反応だったようで、ドラコどころかミアやルプたちからすら、軽く注意を受けてしまった。

「ヤスハ。いくら飛行訓練が嫌だからって、そこまで悪し様に言っちゃあダメよ」
「……だって危うくぶつかりそうになったヘリコプターを避けただとか自慢気に話されても、ぶつかったら魔法使い側がスライスハムだが??としか思えないよね???」
「でもクィディッチで競技場を飛び回る選手は格好いいよ」
「ブラッジャーをゴムまりに代えて安全性を上げてから出直してきてほしい」

 自室のベッドに腰掛けて、梃子でも首を縦に振らない私に、イリナもイオンも肩を竦めて顔を見合わせる。表情が「ダメだこれは」と言っていた。

「箒での飛行の何がそんなに嫌なんだい?ビュンって早く飛んだ時なんてすごい爽快感なのに!」
「爽快感より先に不安感に苛まれる所かな……」

 勝手に人のベッドに寝転がるミアが心底不思議そうに問うのに対し、私は至極真面目な顔で答える。ミアの顔は「何言ってるのか分からない」と言っていた。飛べるのが楽しい人間に飛びたくない人間の気持ちは理解できないのだ。

 うだうだ言ったところで授業には参加しなければいけない。
 来ないで欲しかった木曜日の午後三時半より少し前。散歩を嫌がる犬の如く、クラップとゴイルに引き摺られながら校庭へと辿り着いた。平坦な芝生の上には、向き合うようにそれぞれの寮生分の箒が整然と並べられている。
 一足早く着いたスリザリン生が箒の横に立って並び、待っていると、数分遅れてグリフィンドール生が駆けて来た。急いで来るくらいなら時間に余裕をもって移動すればいいのに。その中にはミアもいて、目が合った瞬間に元気よく手を振ってきた。残念ながら振り返す元気はない……。
 並み立つスリザリン生に比べて、グリフィンドール生はばらばらと辿り着いてはあちらこちらにばらけて立っている。まとまりがないな、となんとはなしに思う。
 それから数分も経たず、マダム・ロランダ・フーチ教授が来た。短く切られた白髪に、鷹のような黄色い目をした女性だった。

「何をぼやぼやしているんですか!みんな箒のそばに立って。さあ、早く!」

 開口一番怒鳴るように話す彼女を、即座に苦手の部類の人間だと判断した。これは合わない。授業内容どころか担当教授も合わないとか、飛行訓練は私にとって地獄のような時間になると決定された。

「右手を箒の上に突き出して。そして『上がれ!』と言う!」

 指示に従って、みんなが「上がれ!」と叫ぶ。
 命令通りに浮き上がる箒は、思ったよりも多くなかった。ドラコの箒はすぐさま飛び上がって彼の手に収まったが、クラッブとゴイルの箒はちょっと浮いたかと思えばまた地面に戻ってころりと転がる。ミアを見れば満足げに箒を握っていたので、ちゃんと浮き上がったらしい。

「人のことばかり見ていないで、ヤスハも早く呼び掛けたらどうだい。まだ一度も『上がれ』と言っていないだろう?」
「あが……って欲しくないのに上がられた……」
「箒との相性はいいみたいだな」

 隣のドラコに言われて仕方なく口を開けば、言い切る前に箒が手の中に納まった。全く嬉しくない。
 何度唱えても浮き上がらなかった生徒は自身で箒を持ち上げて、全員の手に箒が握られた。それを確認すると、次に箒の端から滑り落ちないように箒に跨る方法や箒の握り方を教えられる。
 何も知らないのでドラコのやり方を盗み見て跨っていると、回ってきたマダム・フーチ教授に箒の握り方を直された。いやでもドラコが、と思って顔を横に向けるも、ドラコはしれっと握り方を修正していた。要領いいなぁッ。

「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください。箒はぐらつかないように押さえ、二メートルぐらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りてきてください。笛を吹いたらですよ。
 ──一、二の、」

 飛びたくない一心で足に力も込めず空を眺める。
 すると、フライングして視界を上へ上へと昇っていく生徒が一人。グリフィンドールの男子生徒だ。見たことがある気がする。……誰だっけ?
 マダム・フーチ教授の「こら、戻ってきなさい!」という怒鳴り声を他所に、彼は速度を上げて空へ空へと飛んでいく。四メートル、五メートル、六メートル。高くなるにつれて、彼の顔色は真っ青になっているのが見えた。ああ、したくてしているわけではないんだな。
 そして、彼は箒から真っ逆さまに落ちた。悲鳴が上がる。マダム・フーチは「ネビル・ロングボトム!」と生徒の名前を叫ぶが、それだけだ。
 男子生徒は勢いよく草の上に墜落し、その際にポキッといやな音を立てた。折れたな。

「箒の回収って誰がするんだろう?」
「……勝手に戻ってくるんじゃないか?」

 草地のこぶのように突っ伏す男子生徒から視線を上げて空を見遣れば、乗り手を失った箒はそれでも空へと昇っていく。高度を上げて、段々とどこかへと移動していく箒は、やがて『禁じられた森』へと向かって見えなくなった。戻ってこないじゃん。
 慌てて駆け寄ったマダム・フーチが男子生徒を診た結果、手首が折れてしまっているらしい。それだけで済んで良かったと言うべきか、それでも気絶しないのだからすごいと褒めるべきか。
 涙やら鼻水やらで顔面をぐちゃぐちゃにした男子生徒に付き添って、マダム・フーチは医務室へと向かった。「勝手に動くな」と厳命して。
 二人の姿が見えなくなった途端、声を上げたのはドラコだった。

「あいつの顔を見たか?あの大まぬけの!」

 グリフィンドールを貶せるとなった途端、たいへん生き生きし始めたドラコを他のスリザリン生たちも囃し立てる。居心地はよろしくない。

「やめなよ、ドラコ」
「なんだ、ヤスハはロングボトムの肩を持つのかい?」
「クロダテったら、まさかあなたが、チビでデブの泣き虫小僧に気があるなんて知らなかったわ」

 人道的に止めに入っただけなのに、ドラコからはひどく渋い顔を向けられたし、ろくに関わりもないスリザリンの女子生徒からは冷やかしを受けた。いや、誰。

「誰?」
「ネビル・ロングボトム。さっき無様に落ちて医務室送りになったやつさ」

 答えてくれたのは変わらず不満気な顔のドラコだった。聞きたかったのはそっちの固有名詞ではないのだけど。……まあいいか。

「そのロングボトムは怪我して可哀想だな、とは思うけど、私が嫌なのはドラコの言動自体だよ」
「僕の言動だって?」
「聞いてて気分が良くないっていうか、不快?」
「不快!?」
「紳士的じゃなくて格好悪い」
「僕が紳士的じゃない!?……格好悪い!?」

 意見を述べる度にオウム返しし、終いには衝撃を受けた顔で固まるドラコ。逆に、格好いい行動だと思ってやってたんです……??
 これが大伯父なら、怪我した生徒を心配している風を装いつつ、僕は彼とは格が違うということを言葉巧みに匂わせつつ反感は抱かせず己の株を爆上げさせていることだろう。想像だけで具体例もないけど、狡猾が似合うな大伯父。
 いまだにショックから抜け出せないドラコから視線を外すと、向こうの草むらに赤い物が転がっているのが見えた。気になって近寄り、持ち上げてみるも特に知った何かではない。大きめのビー玉くらいで、赤くて、丸い。なんだっけ。

「返せよ!ネビルの思い出し玉だ!」

 首を傾げる私に声を掛けてきたのは、ロン・ウィーズリーだった。髪色に負けないくらいに顔を真っ赤にして、怒った様子でこちらに手の平を差し出してくる。
 別に欲しくて拾ったわけでもないので、その手のひらの上にガラス玉を乗せてさっさとスリザリン生の集まる場所へ戻った。またスリザリン生から何か言われるかと身構えてみたものの、敵意は私ではなく、まさかのロン・ウィーズリーに向けられた。

「クロダテはロングボトムが落とした物を拾ってあげただけじゃない。親切に対してそんな言い方はないんじゃない?」
「グリフィンドールの男子って、これだから野蛮で嫌なのよね」
「おともだちの落とし物を拾ってもらって、お礼の一つも言えないのかしら。ウィーズリー家の教育ってどうなってるの?」

 怖い怖い怖い。女子って怖い。
 特に交流もなかったスリザリンの女子生徒たちが私を囲い、内の一人は私の肩にやさしく手を添えながら、たった一人の男子生徒を糾弾している。確かにロン・ウィーズリーの態度はよろしくなかったけれど、これは過剰攻撃じゃないかなぁ……。
 責められている彼は彼で何も言い返せないようで、歯を食いしばり耐えている。周りのグリフィンドール生も擁護できないらしく、視線を泳がし巻き添えを喰わないように必死な様子だ。
 徒党を組んで正論を付きつけてくる女子って怖いよね。分かるよ。
 そんな空気の中、言葉を発する生徒が一人だけいた。ハリー・ポッターだ。

「でも、ロンはそのまま盗られちゃうかもしれないと思って……」
「ポッター!あなた、クロダテが他人の物を盗むような人だって言いたいの!?」
「そ、そうじゃなくて!」

 あー!!だめな援護射撃しちゃった!!糾弾される相手が二人に増えただけ!一瞬、助かったかも、と安心した表情をしたロン・ウィーズリーの絶望顔ったら可哀想で仕方がない。
 この場をおさめられる人物はいないだろうか、と助けを求めて周囲を見るも、グリフィンドール生は軒並み明後日の方向を見ているし、その中で唯一目の合ったミアはスリザリンの女子生徒側らしく大きく頷くだけだし、スリザリンで権力があるだろうドラコはいまだに固まったままだ。まだ復活してないの??さすがに回復遅くない???

 気まずい状態が続く中、医務室からマダム・フーチが戻って来たことでどうにか授業が再開した。女子たちは不服そうだったが、ロン・ウィーズリーとハリー・ポッターは勿論のこと、私も助かったので胸を撫で下ろす。想定以上の糾弾の元になるのってとても心臓に悪い。
 各々箒を持ち直し、当初の訓練内容通りばらばらと二メートルほど浮き上がる。そのまま浮いたままの生徒もいれば、すぐさま地面に戻る生徒もいた。不真面目ちゃんか真面目ちゃんか、はたまた飛行訓練大好きちゃんか大嫌いちゃんか。私は真面目な飛行訓練大嫌いちゃんなので工程を済ませたら即刻地面に戻った。地面最高。
 しかし不真面目ちゃんで飛行訓練大好きちゃんなドラコとハリー・ポッターは、いつの間にか規定の高さを越えて競争を始めていた。絶対ドラコからちょっかい出したでしょ。「戻りなさい!」とマダム・フーチが怒鳴っても、周囲の生徒の歓声にかき消されて二人に届きやしない。
 結果はほぼ同着。ながらも、経験の差かドラコの方がわずかに早かった。グリフィンドールからのブーイングと、スリザリンの喝采で校庭が騒がしい。
 そんな沸き立つ校庭も、強張った表情のマクゴナガル教授の登場で水を打ったように静かになった。マダム・フーチの怒鳴り声は無視するくせに、マクゴナガル教授はただ登場するだけで生徒は大人しくなるらしい。
 彼らから大分距離を置いていたため詳細は分からないが、最終的にハリー・ポッターだけがマクゴナガル教授に引きずられるように連れて行かれてしまった。彼女が寮監を務めるグリフィンドールの寮生だからだろうか。まぁ、本来なら叱るのは教科の担任だろうし。
 けれどドラコが叱られることはなく、飛行訓練の時間は終わった。本当にダメだなあの教授。

 夕食の時間。「あのポッターもついに退学かもな」と嬉々として語るドラコたちと大広間に入ると、グリフィンドールの席に件のハリー・ポッターとロン・ウィーズリーがいた。顔を突き合わせて小声で何か話しているようだ。退学する前の最後の別れを惜しんで、という雰囲気ではない。
 そこに同じような顔をした赤毛の上級生の双子が加わり、二言三言話してその場を離れて行った。流れている雰囲気はやはり明るい。
 これは退学なんて話出てないんじゃないかな……。メタ発言になるけれど、そもそも主人公が退学になったら物語が成り立たないし。

「ポッター、最後の食事かい?マグルのところに帰る汽車はいつ乗るんだい?」
「地上ではやけに元気だね、マルフォイ。小さなお友達もいるしね」

 ちょっと目を離した隙に、またちょっかい掛けに行っているし……。ある意味称賛に値するドラコに頭を抱えたくなった。
 そのまま放っておくわけにもいかず近付くと、ハリー・ポッターと目が合った。そのまま逸らすのも感じが悪いかと思って軽く口角を上げて会釈する。まぁ返してもらえずに慌てた様子で視線を逸らされたが。無視じゃない無視じゃない、文化の違い文化の違い。

「こっちの介添人はヤスハだ。真夜中でいいね?トロフィー室にしよう。いつも鍵が開いてるんでね」

 なんのことか分からず首を傾げるも、特に説明はなくドラコはグリフィンドールの席を離れてスリザリンの席へと向かう。席に落ち着いてから改めて聞けばいいかと後に続こうとしたら、「あの、クロダテ!」とハリー・ポッターに呼び止められて足を止めて顔を向けた。

「どうかした?」
「その、飛行訓練の時のことなんだけど……」

 何かあっただろうか。続く言葉を待ち彼を見るも、あちらの視線は左下の辺りをうろついていて目が合わない。彼の隣に座るロン・ウィーズリーに視線を遣っても、すぐに逸らされてこちらも目が合わなかった。なんなんだ。

「ネビルの、思い出し玉のこと。拾ってくれたのにお礼も言わなくてごめん。ありがとう」
「僕も、ごめん。拾ってくれてありがとう」

 下げた視線につられるように顔を俯けたまま、二人はそう言って口を閉じた。数時間も前のことなんて、そのまま流してしまえば簡単だったろうに。
 顔だけ向けていた状態から、きっちり体も二人に向け直す。一応、誠意には誠意を返したいので。

「普段のスリザリンとのやり取りがあったら、ああなったのも仕方がないと思う。こちらこそ、女子たちが強く言い過ぎてごめんね」
「い、いいよ!クロダテはどちらかと言うと、いつもスリザリンの人たちを諫めてくれる人だし」
「こちらに非があればね。そちらに非があれば負けないよ」
「ははは。うん、そんな感じがする」

 ニヤリとわざと悪どく笑えば、ハリー・ポッターは顔を上げて楽しそうに笑った。ちょっと待って、そんな感じってどんな感じ。
 更にハリー・ポッターが何か言おうとしたタイミングで、先に行っていたドラコに「ヤスハ!」と大きな声で名前を呼ばれてしまった。ロン・ウィーズリーが肩をすくめて「お呼びみたいだよ」と言うので、「そのようで」とこちらも肩をすくめて答える。特に険悪な雰囲気は流れない。

「じゃあ、また真夜中に」

 そう挨拶する二人にひらりと手を振り別れて、早足でドラコの元に戻る。いささか不機嫌そうなのは、あのハリー・ポッターと談笑していたからだろう。心の狭いお坊ちゃんだ。

「それよりさっきの介添人ってどういうこと?」
「なんでもないさ。君は気にしなくていい」
「そう言われて、じゃあ気にしませんってなる人がいると思う?あの二人に『また真夜中に』って挨拶されたんですけど??」
「クラップとゴイルやマーティンなら気にしない」
「……確かに」

 名前が出たクラップとゴイルを見れば、机の上の食事を吸い込むように食べる二人がいた。気にするなと言いながら食べ物を渡せば更に完璧だろう。
 それからグリフィンドールの席に視線を向ければ、視線に気が付いたミアが尻尾を振る犬のように嬉しそうに手を振ってきた。気が付くまでのタイムラグがほぼゼロなのシンプルに恐いんだよな……。
 とりあえず今は誤魔化されてあげよう。今はね。

 夜の挨拶を交わして、ベッドのカーテンを各々引いてからの数時間を読書で潰した。枕元の時計を確認すれば、時刻は二十四時の少し前。真夜中と言っていい時間だろう。
 真夜中。トロフィー室。
 ドラコとハリー・ポッターたちの会話を思い出す。流れはよく分からないので『何が』あるかは知らないが、単語だけでも『いつ』『どこで』は分かる。自身の名前が出たのだし、関わっておいた方がいいんじゃないかな、と判断した。
 あのドラコの様子では、行ったところで彼はいないような気もするが。
 他の三人を起こしてしまわないよう、ゆっくりと音を立てないようにベッドのカーテンを開ける。さすがにもう寝ているだろうけれど、念の為だ。

「どこに行くんだい?」

 そんな気遣いも、隣のベッドに腰掛けて起きていたミアには意味がなかったが。してやったり顔なミアに、はぁ、とついつい溜め息が漏れる。

「どうしてまだ起きてるの」
「夕食の時に、マルフォイがポッターに決闘を申し込んだの聞いていたからね!ヤスハについて行って冷やかしてやろうと、寝ずに待ってたのさ!」
「胸張って言うようなことじゃないんだよな……」

 うーん、頭が痛い。
 しかし私の頭痛の種はそれだけでは終わらないらしかった。

「話は聞かせてもらったわぁ」
「僕らも仲間に加えてもらおうかな」
「……どうしてみんな起きてるの……」
「「マルフォイの声が大きい のよぉ/からかな」」

 向かいのベッド二つ分のカーテンが勢いよく開けられれば、上着も羽織って準備万端な二人がそこにいた。付いて来る気満々じゃないですかやだー。
 同室では撒くこともできず、仕方がないので連れて行くことにした。深夜徘徊なんてバレたら寮の点数が大分減るよ、とも脅したけれど「「「バレなきゃいい のさ!/のよぉ/んじゃない?」」」らしいのでもう何も言わない。いっそバレればいいくらいの気持ちだ。
 四人で行くとなると、問題はどの寮から出て行くか、だが。

「オレの所は、ポッターとウィーズリーとばったり会うかもしれないからやめた方がいいと思う」
「スリザリンもダメかも。たまに上級生が遅くまで談話室にいるらしい」
「それならレイブンクローからでいいんじゃないかな。談話室に誰かいたとしても、勉強か読書に集中してこっちを見もしないと思うから」
「……自己研鑽に余念がないね」
「他人に興味がないのよぉ」

 折角いい風に言ったのに台無しだよ。
 反対意見も出なかったので、イオンの後に続いて四人で部屋のドアを潜る。最後に出たのは私だったが、問題なく前を行く三つの頭があって安堵した。よかった、弾かれたりしなくて。
 談話室にはニ、三人ほど寮生がいたが、イオンの言う通り誰一人として顔を上げやしなかった。特に足音を潜めるわけでもなく、普通に歩いて、普通に寮の出入り口を出て、普通に深夜の校内に辿り着いてしまった。

「レイブンクローの防犯意識死んでない……?」
「ホグワーツに犯罪者なんて来ないものぉ」

 残念ながら、そんなホグワーツも二年後辺りには侵入者が出たと大騒ぎになるんだよな。正しくはすでにヤバい人たちが侵入済のはずだけれど。詳しくは忘れてしまったので、実は私自身も危険を回避できない可能性があったりする。
 ……深夜徘徊見つかって退学にでもなろうかな。
 トロフィー室は四階にある。廊下を進み、階段を上がり、たまに壁に掛かった絵画に話し掛けられては小声で返事を返す。ミアが「マルフォイか、ポッターたちを見なかった?」と訊ねたけれど、「見たような見てないような。行けばわかるさ」とのらりくらりとかわされた。それはそうかもしれないけれど。
 もう少しでトロフィー室に着く、という所で、大きな悲鳴と金属音が響いた。ガラガラガッシャン。寝る子を起こすには十分な騒音だ。

「シッ。陰に隠れて」

 イオンが口元に指を当て、音がした方から見えないように廊下の角に隠れた。それに倣って私たち三人も隠れる。
 バタバタバタッ、と複数人分の足音が聞こえて、それはすぐに遠くなり聞こえなくなった。角から顔を出し様子を見ていたミアが「ポッターとウィーズリー。それにグレンジャーとロングボトムもいた」と教えてくれる。聞いたことがある名前ばかりだ。

「ドラコは?」
「マルフォイはいなかった。……あ、フィルチとミセス・ノリスが追い駆けて行った」
「マルフォイが告げ口したんだろうね。夜中の決闘は罠かな」

 あり得そうで反論できない。
 決闘を名目に真夜中のトロフィー室に呼び出したけれど、実際は初めから来る気なんかなくて、叱られるか減点されるか退学を確実なものにしたくてフィルチ先生に告げ口した、で間違いないんだろうなぁ。わぁ、小狡いぞドラコ。
 しかし、これで深夜に出歩いた用件は果たせないことになった。今更トロフィー室に行ったところでハリー・ポッターたちはフィルチ先生から逃げるのに一生懸命で戻ってくることはないだろうし、ドラコはそもそも来る予定はないので。

「どうする?戻る?」
「まぁ、僕は決闘が見てみたかっただけだから、用事はなくなっちゃったかな」
「私も。変に騒ぎになる前に帰った方がいいんじゃない?」

 私が意見を聞けば、イオンとイリナはそう答えた。最後の一人であるミアに、三人分の視線が集まる。

「……実は部屋に戻る前に行ってみたい所があるんだけど……」

 両手の人差し指をちょんちょんと突き合わせて、こちらの出方を窺うようにごにょごにょと小さな声で言う割に、その視線は期待に満ち溢れていた。四人の中で一番背が低いのもミアなので、自然と上目遣いにもなる。
 ルプの二人と視線を合わせて、まぁいいんじゃないの、と声に出さず同意を示した。

「いいよ。それで、どこに行きたいの?」
「四階の右側の廊下の奥の部屋!」
「四階の右側の廊下……?」

 間髪入れずの提案に、断られると一切思ってなかったなと察する。いい性格してるよ。どこかで聞いたかも、と考えていると、先に思い出したらしいイオンが口を開いた。

「入学式の時に、とても痛い死に方をしたくなければ近付くな、って言われた場所じゃない?」
「まじかよ。ミア頭おかしくなった?」
「さすがに失礼だぞ!みんなだって興味がひかれるだろう!?理由だって教えてもらえてないし」

 まぁ、興味がないと言えば嘘にはなるが。だからと言って自分の命を懸けてまで知りたいかと言えば、別にそこまでではない。
 渋る私たちに、ミアは両手の平を合わせて頭を軽く下げて拝む。「オレが先頭でいいから!」とまで言われれば、ちょっと見るくらいならいいか、という雰囲気も流れてしまうものだ。

「いいかい?パッと行って、パッと見て、パッと帰るんだ。イリナは僕の後ろにいてね」
「わかった!」
「はぁい」
「はいはい」

 最終的には先頭をイオンとミアが歩き、後ろにイリナと私が付いて廊下を進んだ。小さな女の子一人を犠牲にするのは、イオンとしてはなしだったらしい。ミアならなんとかなりそうな気もするけれど。
 音を立てないように進んだ先に、扉が一つあった。ドアノブに手を掛けると、想像していたよりも簡単に扉は開いた。
 途端、漂ってきた獣臭に思わず鼻をつまむ。

「犬だ!」

 喜び駆け出したミアは、その『犬』に抱き着いた。
あまりの大きさの違いに、顔にへばり付いているように見える。

「犬。まぁ、犬?」
「頭が三つあるけど、確かに犬、かしらぁ?」
「頭の数もだけど、サイズもおかしいよね。子どもの象くらいはあるんじゃないかな?」

 一人ふれあい動物園をしているミアのおかげか、普通であれば怪獣扱いで大騒ぎしそうなものだけれど、それぞれの反応は落ち着いたものである。ミアに構われている三つ頭の犬の反応も、人懐こい犬のように尻尾を振って喜んでいるのでなおさら。
 ……三つ頭の犬?ああ、三頭犬。確かに原作でも見たな。こんなに懐っこいイメージではなかったが。

「そうか、君はフラッフィーって言うんだな!かわいい名前だね!」

 わしゃわしゃと三つの頭を代わりばんこに撫でるミア。突然犬の名前を当てるものだから不思議そうに見ていれば、「うちの家系って、たまに動物の言語が分かる魔法使いが生まれるんだ!」となんでもないことのように教えてくれた。へぇ、ききみみ頭巾要らずじゃん。

「爬虫類とか昆虫もなの?」
「ううん、哺乳類だけ。家の近くで試しただけだけど」
「ふぅん、ちょっと面白そうかも」

 わいわいガヤガヤと楽しそうな三人から一歩下がった位置で、その様子を眺める。
 というのも、フラッフィーの三つある内の一つが、さっきから私をジッと見てきて視線を外してくれないからだ。ソッとイオンの陰に隠れても、イリナの陰に隠れても、ずっと付いてくる視線は怖い以外の何ものでもない。
 ……まさか、狙われている……???
 他の三人にはそんな様子を見せないくせに、どうして私だけそんな風に睨みつけてくるのか。警戒される何かが私にあるとでも??ちら、とフラッフィーの足元を見る。床に扉があるのを確認、した途端に唸られた。この知識が原因なの???たぶん近付いたら食べられるので、一定距離をあけて愛でさせてもらおう。二度と会うこともないだろうし。
 だから、わざわざ定期的に様子を見るのに連れて来なくてもいいんだよミアさん。

 連日連夜連れ回されて、お陰様で寝不足だ。しかし日中に居眠りするわけにもいかず、下りたがる瞼と格闘している。
 それに比べてミアの元気なことと言ったらない。私と変わらない短時間睡眠のはずなのにどうして。若さかな。肉体年齢はほぼ一緒のはずなので、精神年齢の。
 目の下にクマを飼い始めた私をドラコが心配してくれるが事情を説明するわけにもいかず、「最近寝つきが悪くて」と適当な言い訳をしてしまった。それから渡されるようになった安眠効果のあるお香を使ってみると、確かによく効いておやすみ三秒。なのだけど、その数秒後にはミアに「フラッフィーに会いに行こう!」と起こされるので意味がない。寝た子を起こすな……。
 迷子癖の他に不眠症まで疑われて、ドラコによる私に対する過保護が加速している。寮の談話室あたりからずっと一緒で、毎分のように様子を見られるのは過保護だろう。そこまで様子を見てなくたって、そうそう何かあったりしないのに。

「……これがフラグかぁ」

 気が付いたら一人で図書室にいた。
 図書室って何階のどこにあったっけ……。スリザリン寮までどう戻ればいいんでしたっけ……。
 どう来たかすら分からないのに、帰り道が分かるはずもなく。開き直って読書をすることにした。その内一人くらい同僚生が現れてくれるだろう。
 適当な本を手に持って席に着く。どうやら薬学の本だったらしい。薬草の絵と、名称と、どのような効能を持つかの説明が書かれている。時たま、動く絵で混ぜる方向や回数なんかも教えてくれる魔法界仕様だ。
 飛び出す絵本も好きだから、こういう動く本も好きかもしれない。
 ふーん、なるほどね、と声に出さず感心していると横合いから声が掛けられた。男の人だ。

「隣、座ってもいいかな?」
「どうぞ」

 本から顔を上げずに答える。
 さっきまで図書室内はガラガラだったけれど、急に混み始めでもしたんだろうか。別に、隣に誰かいたら集中できない、なんて性格でもないので特段気にもしないが。
 ぱらぱら本を読み続け、奥付まで目を通し終えてから本を閉じる。なんとなく手に取ってみたものの、動く絵も多くて面白い当たりの本だった。満足である。

「面白かったかい?」
「え」
「ああ。ごめんね、急に声を掛けて」

 突然話し掛けられて、驚きのままに左隣を見る。黒髪に灰色の目をした美青年がそこにいた。顔が良い。……おや、既視感。

「久し振りだね。駅以来、かな。偶然見掛けて声を掛けようと思ったんだけど、本に集中しているみたいだったから」
「あ、セドリック・ディゴリーさん」
「僕の名前、知っていたんだ」
「マルフォイ氏から伺いました」
「……そう?」

 あー、そうそう。駅で九と四分の三番線が見つけられなかった時に、わざわざ声を掛けてくれた好青年だ。マルフォイ氏の名前を出した途端にちょっと困り顔になったけれど、マルフォイ氏も嫌そうな顔をしていたのでお互い様だな。

「その節はお世話になりました」

 体もきっちり彼の方へ向けて、深々と頭を下げて礼を言う。当時にお礼が言えなかった分も含めて感謝を伝えたい。
 あまりに仰々しかったのか、慌てた様子で「頭を上げてくれ!」と肩を叩かれた。

「あれくらい当然のことだよ。
 何人かだけど、毎年あの駅で迷う新入生は必ずいるからね。助けてあげるのは上級生として当たり前のことさ」
「……まぶし……」

 人助けが当たり前と言える善性が眩しい。
 しょぼしょぼする目は眩しさからか寝不足からか。力任せにごしごしと目元をこすっていると、セドリック・ディゴリーに手を掴まれ止められる。「赤くなるよ」と心配そうに告げられ、これは女の子たちから好かれそうだなと直感した。

「みんな夕食に行っているけど、君は行かなくていいの?」
「…………?あ、そういえばドラコたちと大広間に向かっている最中にはぐれたんでした」

 言われて思い出した。

「迷子になって、図書室に?」
「はい。寝不足もあって、正直ここが何階のどこにあるのかも分からないです……。スリザリン生がいたらついて行こうと思っていたんですけど……」
「読んでいる本が面白くて、そっちに集中しちゃったんだね?」
「……はい」

 やらかしのオンパレードに恥ずかしくなる。初対面から迷子、次に会ったのも迷子、しかもうっかり別のことに集中して当初の予定すら忘れるという。
 恥ずかしくて顔向けできないでいると、目の前の彼は堪えきれなかったのか小さく笑いをこぼす。いっそ笑ってもらった方が楽かもしれない。おら、笑えよ。

「ふふ。ご、ごめんね。お詫びに、大広間まで案内させてよ」
「……よろしくおねがいします……」

 これ以上私が恥をかかないためのスマートな気遣い。見たまえドラコ、これが紳士だ。これこそ英国紳士。たぶん。
 大広間まで行く間、教授の話や授業の話、ハッフルパフの話なんかを教えてもらった。ハッフルパフの授業をする時のスネイプ教授ってそんな感じなんだなぁ……。調理場が近くにあるらしいハッフルパフはちょっと羨ましいかもしれない。

「じゃあ、次は君の名前も教えてね」

 朗らかに笑いながら自寮の席に向かう彼を見送って、ハッと気が付く。そう言えば名乗ってない。
 失態ポイント重ね過ぎでは……???


***
20250116



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