08
十二月に入ると、クリスマス休暇に向けて寮に残る生徒のリストが談話室の掲示板に貼られた。残る生徒は自身で記入しておくように、とのことだ。
スリザリンの寮生は魔法界の貴族が多い。貴族と言うか、純血と言うか。まぁいいところのお坊ちゃんお嬢ちゃんが過半数以上を占める。クリスマス休暇中には家の付き合いの絡んだパーティーも多いようで、ほとんどの生徒が残らないみたいだった。もちろんマルフォイ家のドラコも家に帰る組だ。
羨ましいことで。
「かわいそうに」
十二月も半ばの、寒い寒い地下牢での薬学の授業中。みんなが少しでも寒さから逃れようと熱い釜で暖をとりつつ授業を受ける中で、ドラコがグリフィンドールの方に視線を遣りながら言う。
「家に帰ってくるなと言われて、クリスマスにホグワーツに居残る子がいるんだね」
視線はハリー・ポッターへ向いている。
しかし、隣で授業を受けている私にも言えることだと分かっているんだろうか、この坊ちゃんは。
今月初めにミネルが「クリスマス休暇はホグワーツで過ごすように」と書かれた大伯父からの手紙を持ってきたのだ。理由も何もなく、本当にその一文だけ。なので私は帰ってくるなと言われた側なのだが、けれどハリー・ポッターは自主的に帰らない側じゃなかったか。つまり。
「それって私のこと言ってる……?」
「何を……、あ」
「今さら気付いたのかい?かわいそうにヤスハ、ドラコなんて放っておいてオレと組んで授業を受けよう!」
「マーティン!」
しくしくと嘘泣きしつつミアに近寄れば、ノリのいい彼女は私を片手で抱き締めた。空いた片手はドラコへ追い払う仕草をする。
怒鳴りつけるのはミアだけなんだぁ、私に対して申し訳ないと思っているからかなぁ?まぁ許しませんけど。
魔法薬の授業を終えて、ミアに手を引かれるままに教室を後にした。後ろからドラコに名前を呼ばれたけれど、今の私はミアに引っ張られているので立ち止まれない。わざとじゃないわざとじゃない。
「オレも残ろうかな」
廊下を進みながら、ミアが口を開く。
「ミアは家族が待ってるんでしょ?帰れる時には帰って、一緒に過ごした方がいいと思うよ」
「でもヤスハがひとりじゃないか。ルプの二人も帰るって言ってたよ」
「少ないけどスリザリンにだって残る生徒はいるし、他の寮だって何人か残るでしょ」
「その中にヤスハが話せる生徒はいないだろ?」
「…………」
痛いところを突かれたもので、口を閉ざして目を逸らす。足だけはちゃんと動かしているので、私もミアもつんのめることなく歩みは進む。
まぁ、確かに。入学してからおおよそ三ヶ月経ったものの、私の交友関係はさして最初と変わらない。スリザリン寮ではドラコとクラッブとゴイルが一緒にいるし、部屋に戻ればミアとイリナとイオンが一緒にいる。あとはたまにセドリック・ディゴリーと挨拶を交わす程度。他のスリザリン生はドラコが対応するからろくに会話をしたことがない。
……私の交友関係狭すぎ……???
「ド、ドラコが過保護すぎるからですし……?」
「談話室で一人きりにしても、誰とも目を合わせない、会話もしない、近寄るなって雰囲気を醸し出して読書を始めるって聞いたぞ」
「ドラコめ」
「残念、クラッブさ」
クラッブめ。
いや、だって。私に話し掛けてくる人の大半の目的がマルフォイ家との繋がり欲しさなのだもの。そりゃあ最初の内は何人か対応したけれど、それが続いたら嫌気も差すというものだろう。
なんと言い返そうか考えていると、前を行くミアの足が止まった。よそへ向けていた視線を彼女へ向ければ、思ったよりも本気で心配しているらしい表情にまた視線を逸らす。居た堪れない。逃げてしまいたいが、私の片手はミアに掴まれているので不可能だ。
何か気を逸らすものは、と視線を巡らせて、すぐ先に大広間の扉が見えた。
「お、大広間ってクリスマスの飾りつけをしてるんじゃなかったっけ!」
わざとらしく声を上げて、今度は私がミアの手を引いて大広間に入る。マグゴナガル教授とフリットウィック教授が杖を振り、忙しそうにクリスマスの飾りつけをしているところだった。
「わぁ、すごいな!」
計画通り、ミアの気は大広間内の飾りつけへと逸れてくれた。その様子に胸を撫で下ろし、私も大広間内を眺める。
壁には柊や宿木が綱のように編まれて飾られ、クリスマスツリーは十一本もそびえ立っていた。ツリーの飾りつけは様々で、小さな氷柱できらきら光るツリーもあれば、何百という蝋燭で輝いているツリーもある。見慣れた普通のクリスマスツリーはないようだ。
小さな動物のぬいぐるみたちがくるくるとワルツを踊るツリーを見上げていると、新しい樅の木が到着した。持ってきたのはルビウス・ハグリットで、お供にハリー・ポッターたち三人も一緒だ。
「あぁ、ハグリット、最後の樅の木ね。──あそこの角に置いてちょうだい」
クリスマスツリーが十二本になった。多いな。
十二本を順々に見て、最後にさっき来たばかりの樅の木がフリットウィック教授によって金色の泡で飾り付けられるのを眺める。同じようにロン・ウィーズリーも飾り付けに見とれていたようだけど、私を見た途端に眉間に皺を寄せてハリー・ポッターたちの会話へと戻っていった。
……うーん、ドラコが何かしたんだろうな。
図書館で調べもの、だとか、ニコラス・フラメルは誰か、だとか、犬が守っている、だとか。心当たりのある彼らの会話が終わり、ハリー・ポッターたち三人が大広間を出て行った。ルビウス・ハグリットの小さくない溜め息に、自身で洩らしてしまった話とはいえ苦労する。
「なぁ、『ニコラス・フラメル』って誰だい?」
「錬金術師だよ。とても偉大な」
「ふーん」
ミアも彼らの会話は聞こえていたようで、知っていたので教えてあげた。訊いておいてからに、興味は薄いらしい。
「これ、お前たち!」
怒鳴り声に顔を向けると、ルビウス・ハグリットが大きな体を揺らして近付いてきている。怒られる心当たりが一つもなくミアと顔を見合わせた。彼女も心当たりはないようで、首を振りながら肩をすくめる。
「ニコラス・フラメルについてハリーたちに聞かれても、絶対に教えちゃいかん!分かったな?」
「……分かった」
腰を屈めて顔を近付け、言い聞かせるようなルビウス・ハグリットに、ミアは困惑した様子で首を縦に振った。それに対して彼はよしよしと何度か頷いて、マクゴナガル教授のいる方へと歩いていく。
……私のお返事はいらないのかな?
個人的にスリザリンが嫌いだからの無視なのか、どうせハリー・ポッターたちと関わらないだろうと思っての無視なのか。どっちかな。どちらにしても無視はいけないと思うけど。
「……ニコラス・フラメルって、『名前を呼んではいけないあの人』みたいな人だったりする?」
「いいや、善良な人だと思うよ。多分ね」
クリスマス休暇になった。
家に帰る彼ら彼女らを見送れば、イリナとイオンからは「部屋にこもらず外に出るのよ」「たまには陽の光を浴びてね」とまるで引きこもりの子どもに対する言葉をかけられ、ミアからは「一番最初に帰ってくるぞ!」とすでに帰りのことを気にするので存分に休暇を楽しむように言い含め、クラッブとゴイルからは「迷子になったらミセス・ノリスを呼ぶんだよ」「行けると思って進む前にね」と不名誉なことを言われ、ドラコからは「やっぱりヤスハも僕と一緒に帰ろう。父も母も歓迎してくれるさ」とあの魔法薬の授業以来何度もされるお誘いを受けたが丁重にお断りした。
人の減ったホグワーツは静かだ。雪がしんしんと降っているのもあるかもしれない。
呼ぶ前から私の足元で待機してくれていたミセス・ノリスに促され、スリザリン寮へと戻る。談話室には誰もおらず、私一人だった。リストには他にも記入していた生徒がいたはずだから、きっと自室で過ごしているのだろう。
子どもが減ったことで業務も減ったのか、ミセス・ノリスはフィルチ先生の元に戻ることなく暖炉の前のソファに飛び乗りくつろぎ始めた。何か所か毛並みを整えた後、のんびりと寝転がる。
「ノリス、フィルチ先生のところに帰らなくていいの?」
話し掛けても、尻尾をぱたりと振るだけで鳴いてもくれない。つれない猫である。
「お隣座ってもよろしいでしょうか?」
またぱたりと尻尾を振られた。無言は了承ということだよね?
談話室の本棚から適当な本を選んで、ミセス・ノリスの隣に腰を下ろす。ちらりと目を開け、膝の上に尻尾だけ乗ってきた。これはどういう意思表示だろう……。猫の気持ちがわかる本でもあれば良かったのに。
クリスマス・イブは、ぱちぱちと暖炉の木が爆ぜる音を聞きながら読書に勤しむことになった。
奥の窓に大きな影が掛かったので顔を上げれば、何か触手のようなものが過っていくのが見えた。あれが湖に住むという噂の大イカなのだろう。湖の表面に厚い氷が張っていて顔を見せないが、中では元気に泳ぎ回っているらしい。
ぶにぃー。
「あ。ごめんね動いて」
身動ぎした振動が不快だったらしく、一切返事をしてくれなかったミセス・ノリスから抗議の声が上がる。ちょっと顔を上げただけなんですけどね……。
二度寝をする気分ではないのか、ミセス・ノリスは体を伸ばすとそのままソファを飛び降りスリザリン寮から出て行ってしまった。後ろ姿が不機嫌そうだったので、帰ったらフィルチ先生に告げ口されてしまうかもしれない。彼に猫語が通じるかは別として。
私も両腕を上げて背筋を伸ばす。いつの間にか夜も更けてしまった。今日はもう寝てしまおう。
クリスマスの朝。ベッドから下りようとして、真っ先に目に入ってきたのは机の上の二つのプレゼントだった。それにクリスマスカードが何枚か。
それよりまずはドレッシングルームだ。
朝の準備を終えて、プレゼントたちの前に座った。どちらにしようかなと迷って、最初に手に取ったのは片手でつかめるサイズの直方体の物だ。白色の花柄の包装紙で綺麗に梱包されたそれを丁寧に開ける。中に入っていたのは灰色のアクセサリーケースだった。
「──お母さんだ」
添えられたカードに『ヤスハへ、お母さんより』と綺麗な字で書いてある。それだけだ。それだけだけれど、このカードは大事にしなければいけない。
ケースを開けると黒地に植物を描いたバレッタが入っていた。葉の部分のエメラルドグリーンが目立つが、花は部屋の光をたたえて虹色にも見える。螺鈿細工のようだ。なんの植物だろう。後で大伯父に訊けば分かるだろうか。
鏡を見ながら手早く髪をハーフアップにして、結ったところに母からのバレッタを付ける。うんうん、まぁ似合っているんじゃないかな。ちょっと大人っぽいかもだけれど。
気分が上がって鼻歌まで歌っちゃうね。
ふんふん適当な音程の鼻歌を歌いながら、次のプレゼントに手を伸ばす。
「伯父さんか」
蝶々結びされた緑色のリボンの端に大伯父の名前を見つけた。両手の平より大きな細長い箱は、明るい黄色の包装紙に包まれている。
「羽根ペン?」
薄い灰色で横縞が入った白い羽根に、金属のペン軸には蛇の意匠がこらされている。白い羽根はおそらくミネルのもので、蛇は『彼女』がモデルかな。
持ち心地を確かめようと、空中に書くふりをしてペンを走らせる。……インクを付けていないのに空中に線が書けた。深い緑色の線だ。ふぁ、ファンタジー……!魔法じゃん、魔法アイテムじゃんッ。
誰も見ていないことをいいことに、はしゃいで部屋中に緑色の線を書きまくる。ただの線だったり、丸だったり、花だったり、猫だったり、蛇だったり。書いて描いて画いて、気が付けば周り中が緑色になっていた。うーん、はしゃぎ過ぎたな。
これはどうすれば消えるんだろうと首を傾げ、開けられたプレゼントのケースの中に紙が一枚入っているのを見付けた。
──消し方:蝋燭の炎を吹き消すように。
息を吹きかければいいってこと?
半信半疑で、ふぅ、と息を吹きかける。吹きかけた近いところから、順々に書いたものがはらはらと砂のように散って消えた。
ふぁ、ファンタジー……!
散々魔法に触れてきたつもりだが、『らしい』ものに触れるといまだに心が躍る。その点、大伯父は『らしい』ことやものが上手なんだよなぁ……。
羽根ペンを丁寧にケースにしまってから、クリスマスカードを手に取る。
緑地に、クリスマスツリーと白い犬の入ったスノードームの絵柄。魔法がかかっているのか、スノードームの中で雪がちらちらと舞い、クリスマスツリーの下を犬が走り回っている。たまにこちらを向いて吠える。かわいい。これはドラコから。
ルプの二人は二枚で一つになるらしい。真ん中に大きな三段重ねの雪だるまがおり、それを挟むように二頭のトナカイが座っている。これは動かないのかな、と待てば、雪だるまの左右からサンタが顔を出して「Merry Christmas!」とクラッカーを鳴らした。ちょっとびっくりした。
クリスマスツリーが一本描かれ、電飾がきらきらと輝くカードはクラッブ。クリスマスリースの電飾がきらきら輝き、リスが二匹戯れるカードはゴイルだ。見た目が似るとセンスも似るのかな。
ミアは手描きだった。トナカイ二頭に引かれたソリにサンタ服姿のミアが乗っている。そのソリからはいくつものプレゼントが飛び出し、家々の煙突へと吸い込まれるように入っていく。最後に大音量で「HAPPY CHRISTMAS!!」と叫ばれた時には投げ捨てそうになった。ルプたちもミアも、驚かせるって打合せでもしたのかな??
次に手に取ったのは、落ち着いた暖色系の地に、ぱちぱち燃える暖炉とクリスマスツリー。それからそれらの前で寛ぐ犬と猫。たぶん犬はゴールデンレトリバーで、猫はラグドールかな。これはなんとセドリック・ディゴリーからだ。
それから、ミセス・ノリスがサンタ帽子をかぶったこれはフィルチ先生から。まさかもらえるとは思わなかったが、実は私からもミセス・ノリス宛に猫おやつをクリスマスプレゼントとして送っている。人間宛ではないけれど許してくれるだろう。
彼ら彼女らにはクリスマスカードを送った。動いたりしない、マグル製の物である。クリスマスツリーの形に日本の色々なものが描かれているやつなんだけど、……普通過ぎたかな……。まぁ今更考えたところで別の物と交換はできないし。
あとは知らない人からのが何枚か。いや、本当に知らない名前だな。スリザリン寮でもなかったりするかも。どうして私に送った……???
差出人のよく分からないものは横に避け、他の物はしっかりと机の中に保管する。中々にいいクリスマスの始まりだ。
多少迷いつつ食事をとりに大広間に行けば、テーブルが円状に組まれ、クリスマスのごちそうが並んでいた。丸々太った七面鳥のローストが百羽、山盛りにされたローストポテトに茹でポテト、大皿に盛られた太いチポラータ・ソーセージ、深皿いっぱいのバター煮の豆、銀の皿には真っ赤なクランベリーソースが入っている。ホグワーツに残った生徒や教師の人数に比べて多過ぎる量だ。
他の寮生が座っていない辺りの席に着く。テーブルのあちらこちらにクラッカーが置いてあり何かと思えば、グリフィンドール側でハリー・ポッターと赤毛の上級生、おそらくウィーズリー家の双子のどちらかがクラッカーの紐を引っ張った。
パーンッどころか、ドンッ!!と大砲が爆発したかのような音が大広間に鳴り響く。青い煙がもくもくと立ち込め、軍隊の帽子や生きた二十日ねずみが数匹飛び出した。
うーん、無理。
これが海外のノリなのか、魔法界のノリなのか、ホグワーツのノリなのか分からないけれど。無理です、ついていけない。
サッと食べて、サッと帰ろう。黙々と食事にとりかかろうとした時、ハリー・ポッターが駆け寄ってきた。
「クロダテ、メリークリスマス!」
「おはよう、ポッター。メリークリスマス」
「おはよう!」
にこにこにこにこ。たいへん上機嫌である。そんなに嬉しいのかな、クリスマス。私も嬉しい。母と大叔父からのプレゼントとか、面白いクリスマスカードとか。なのでちょっと表情が緩い自覚はある。
挨拶が終わっても側に立っているので、何かあるのかな、とハリー・ポッターの様子をうかがう。いつもと違うところと言えば私服なことくらい……、ああ。
「そのセーター素敵だね」
「クロダテもそう思う?僕も気に入ってるんだ」
どうやら当たりだったらしい。尚のこと頬を綻ばせて、照れたような自慢するような、そんな笑顔で着ているセーターをこちらに見せてくる。
「クリスマスプレゼント?」
「うん!ロンのお母さんからの贈り物さ。手作りなんだって」
「へぇー、編み目も揃ってるしきれいだね。色も瞳の色とおそろいで似合ってる」
「あ、ありがとう」
ちょっと恥ずかし気にはにかまれた。だって似合ってるもの。
「クロダテはどんなプレゼントをもらったの?」
「私?私はお母さんからバレッタで、伯父さんからは羽根ペンをもらったよ」
「僕もおじさんからもらったよ、五十ペンス硬貨」
「ユニークなおじさんだね」
「まあね」
肩をすくめるハリー・ポッターは、そんな扱いをさして気にしていないように見える。強がりか、本心か。他にもいろんな人から素敵なプレゼントをもらえたから、どうでもいいのかもしれない。
グリフィンドールの席から「ハリー!」と怒り気味に名前を呼ばれ、二人でそちらを見た。ハリー・ポッターと揃いのセーターを着た不機嫌そうなロン・ウィーズリーが、こちらもお揃いのセーターを着た兄である双子に挟まれながらハリー・ポッターを呼んだようだ。
「お呼びだよ」
「そうみたい」
お互いに「バイバイ」と手を振って別れる。背を向けたハリー・ポッターを見送っていると必然的にロン・ウィーズリーと目が合って、すぐさま顔ごと逸らされた。そんなにスリザリンが嫌いなのか。一時期マシになったと思ったんだけどなぁ。
代わりに双子のお兄さんから陽気に手を振られたので、そこまで親しくないしと思い会釈だけ返した。ら、爆笑された。なんで???
寮に戻るために廊下を歩く。たぶんここで左に曲がるのだった気がする。
「クロダテ!」
「?、ポッター」
名前を呼ばれてそちらを見れば、頭から雪だらけのハリー・ポッターが笑顔で大きく手を振って駆けて来た。犬は喜び庭駆け回る歌詞が頭に浮かぶ。
どうやらウィーズリー家の四兄弟と雪合戦をしていたらしい。
「雪合戦?」
「うん!すごく楽しいよ!!」
「そうみたいだね」
汗か雪か、くしゃくしゃの前髪が濡れて額にはり付いている。目に入ったら邪魔そうだな、と前髪を軽く払ってあげれば、少し驚いた様子を見せて、それから頬を赤らめて「あ、ありがとう」と一歩下がった。おせっかいが過ぎたらしい。
「体が冷え切る前に中に入るんだよ」
「うん、ありがとう」
それでもまたおせっかいを言うが、ハリー・ポッターは素直に頷いてくれた。うんうん、よいこだ。
去り際に「「クロダテ!!」」と大声で双子に呼ばれてそちらを見た。これまた大きく手を振られたので、無視するわけにもいかず会釈をする。……とても楽しそうに笑われた。だから、なんで???
夕食もクリスマス色の濃いものだった。七面鳥のサンドイッチ、マフィン、トライフル、それから大きなクリスマスケーキ。甘味が多い。
あとは寝るだけだし、サンドイッチだけを皿に取って黙々と食べ、〆に切り分けられたクリスマスケーキを食べる。うーん、一人分が大きい。かと言って全部を配り終えたわけではなく、おかわり用としてまだまだ中央に置かれている。ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーが喜んで二切れ目を皿にもらっていた。いっぱい食べるなぁ。感心する。
見ていたからか、ハリー・ポッターと視線が合った。ポンッと音がしそうな具合に顔を赤らめて、慌てた様子で俯き視線を外された。いっぱい食べるところを見られたのが恥ずかしかったんだろうか。
ついでに、ロン・ウィーズリーからはたいへん不快そうな顔を向けられた。足して二で割ってほしい。
クリスマスから三日目の夜だった。
他の誰かに見つかったら減点ものだが、見つからない限りは楽しい夜の散歩をミセス・ノリスとしていると、彼女が何かに反応した。ふんふんと鼻を鳴らし、三角の耳をぴくぴくと動かして、どこかへ向かい始める。置いていかれては迷子が確定してしまうので、そうならないように私もついて行く。
真っ暗な廊下を足音を立てず軽やかに進む彼女を見習い、私もできるだけ静かに歩く。
ミセス・ノリスは廊下の隅を見て止まった。何もない、ただの壁を見て廊下にお座りをする。
「何かいる?」
にゃあーん。
「鳴き声かわいい」
じゃない。
思わず猫の可愛さに逸れてしまった意識を、壁へと戻す。絵画が飾られてもおらず、ゴーストがいる様子もなく、虫がいるわけでもない。ミセス・ノリスにしか感じられない存在でもいるのか。
そっと手を伸ばす。──何かが揺れた気がした。
「ポッター?」
「……やあ、クロダテ。こんな夜遅くに、奇遇だね」
思わず掴んで引っ張ると、それは布だった。その布の向こうにはハリー・ポッターが隠れており、気まずげに片手を上げて挨拶をする。
「いや、奇遇って……。夜出歩いてるのを誰かに見つかったら減点されるよ?」
「それはクロダテだってそうじゃないか」
「私には心強い味方がいるからね」
「不正だ!」
足元のミセス・ノリスを指し示せば、彼女は胸を張ってハリー・ポッターを見上げた。彼は不満そうに声を上げたけれど、すぐさま自身の口を両手で塞ぐ。そうだね、声を聞いて先生の誰かに見つかったらまずいよね。
廊下の左右を確認して、誰も来ないことが分かるとハリー・ポッターは肩の力を抜き息を吐いた。そして私を見、「頼むよ」と言ってくる。
「僕はどうしてもあの部屋に行きたいんだ。頼むからミセス・ノリスも見逃してよ」
「あの部屋って?」
「……家族に会える鏡がある部屋」
「家族に会える?でも、ポッターの家族は……」
「分かってるよ。分かってるけど、でも、会えるんだよ」
苦しそうな表情で俯くハリー・ポッターに、それ以上は何も言えずミセス・ノリスを見下ろす。顔を逸らされ毛繕いを始めてしまった。私は関係ありませんと言いたいらしい。見逃してあげるという意味でもある。
見回りでもある彼女がそうするのなら、わざわざ私が誰かに言いつける必要もないだろう。
「気を付けてね」
はぎ取った布を返しつつ言う。
今気が付いたけど、この布『透明マント』じゃない?映画で見たのはもちろんだけど、大伯父からの勉強会でも聞かされたことがある。『死の秘宝』の内の一つだ。うわー、本物か。
ハリー・ポッターはマントを受け取って、少し悩んだ後に私の袖の端を掴んだ。
「クロダテも一緒に行かない?」
突然の申し出に一瞬動きが止まる。
「昨日はロンと一緒に行ったんだけど、ロンは僕の家族が見えなかったんだ。でもクロダテなら同じものが見えるかもしれない」
「いや、それは、どうかな……」
「鏡のある部屋はすぐそこなんだ。ねぇ、ミセス・ノリスも一緒に行こうよ」
私が色いい返事をしないものだから、ミセス・ノリスに飛び火した。まぁそっぽ向かれて振られてたけど。でも、そうだな。油断していたミセス・ノリスを抱き上げて、ハリー・ポッターを見る。
「いいよ、行ってみよう」
「ありがとう!」
に゛ぃ〜あ。
不満げな鳴き声は聞こえなかったフリをして、ハリー・ポッターに案内されながら件の部屋へと向かった。気が急くのか歩調が速い。
「ママ!パパ!」
部屋に辿り着いた途端、ハリー・ポッターは手に持っていたマントを放り出して鏡へと駆け寄っていった。私も部屋の入り口に置いてけぼりだ。
大きな鏡に向かい合うハリー・ポッターをよそに、部屋を見回す。部屋は古い教室のようだった。壁際に机と椅子が積み上げられ、使われないようにかゴミ箱は逆さに置かれている。
積まれた椅子を一つ床に降ろして、きれいにしてからそこに座った。放り出されたマントも拾って、畳んでから近くの机の上に置く。その間ハリー・ポッターは床に座り込み、鏡に縋りつくように向き合ったままだ。
鏡は、天井まで届くような背の高い見事なものだった。金の装飾豊かな枠に、二本の鈎爪上の足がついている。ここからでは暗いし遠いから読めないけれど、その枠の上部には文字が彫られているはずだ。『Erised stra ehru oyt ube cafru oyt on wohsi』。日本語では『すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ』だったか。
『みぞの鏡』。心の一番奥底にある一番強いのぞみを見せてくれる鏡。
両親が見えると言うハリー・ポッターは、一番強く望むのは『家族』なのだろう。記憶にも残せない赤ん坊の頃に亡くし、冷たい伯母夫婦とは違う温かい家族。
私の位置からだと、鏡はハリー・ポッターと真っ暗な部屋をうつすばかりで他には何も見えない。私なら見えるかも、と連れて来た彼の望みには沿えないようだ。私の存在を忘れてしまっているようだけど。
膝の上にミセス・ノリスを撫でながら、ハリー・ポッターが鏡から離れるのを待つ。
「ハリー、また来たのかい」
第三者の声に、ハリー・ポッターは勢いよく振り返った。私もそちらに顔を向ける。
私が座る椅子から机ひとつ挟んで、アルバス・ダンブルドアが壁際の机に腰掛けていた。ハリー・ポッターが鏡に夢中になるばかりに気が付かないのは分かるが、部屋を見回し確認した私が気が付かないとかある??
「ぼ、僕、気がつきませんでした」
「透明になると、不思議にずいぶん近眼になるんじゃのう」
冗談めかした返しに、ハリー・ポッターはあからさまにほっとしていた。アルバス・ダンブルドアは机から降りて、ハリー・ポッターの隣に座った。
二人並んで座る後ろ姿から目を伏せて、できる限り会話を聞かないように努める。それでも静かな教室内では聞こえてしまうがしかたがない。簡単にまとめてしまうと、あなたの精神によろしくないので見ない方がいいですよ、と言ったところだろう。確かに、取り憑かれたように鏡に向かうハリー・ポッターは正気ではなかった。
「先生ならこの鏡で何が見えるんですか」
ハリー・ポッターの質問に興味が引かれて、顔を上げる。彼はなんと答えたっけ。
「わしかね?厚手のウールの靴下を一足、手に持っておるのが見える」
真面目に答えるわけがなかったか。
興味が失せてまた膝上の彼女に視線を落とす前、鏡越しにアルバス・ダンブルドアと目が合った気がした。きっと気のせいだ。
ハリー・ポッターは会話を終えると、部屋を出て行ってしまった。……私を置いて。
「ハリーは忘れ物が多いのう。そう思わんかね、ミス・クロダテ」
「……その通りですね」
そのまま知らん顔でいなくなって欲しかったな。
声を掛けられたからにはそうもいかず、ミセス・ノリスを床へとおろし、傍らのマントを持ってアルバス・ダンブルドアと近くへと歩み寄った。
「クロダテは鏡を覗きはしないのかね?きみは近寄ろうとしなかったようじゃが」
ハリー・ポッターには見るなと言っておいて、私には見ろと言ってるのかな??あまりにもおかしな言い分に首をひねる。そっと元の位置に戻された。
「彼には見るなと言ったじゃないですか」
「じゃが、興味はあるじゃろ?」
「ないとは言いませんが……」
いたずらっ子のように笑われても、なんと答えるべきかたいへん迷う。言われたとおりに見ればいいのか?誘惑に負けず見ないことが正しいのか?あれ、もしかして試されてる……?
今の位置は、鏡と私の間にアルバス・ダンブルドアが立っている。彼が一歩横に移動すれば、私は鏡と真正面から向き合うことになるだろう。
アルバス・ダンブルドアを見上げる。ビー玉みたいな水色の目が、暗がりでもきらりと見えた。あ、
「それでも見ません。さっきの会話を聞く限り、自分にないものを見てしまうようですから」
これは開心術使われてそうな気配。
適当なことを言いつつ、大伯父から習った閉心術を心掛ける。頭の中を覗かれると色々と困ることばかりなのだ。原作知識という未来を知っていることだとか。本来いない私がいることで、多少の変化はあるだろうけど。
あのアルバス・ダンブルドアにどの程度効果があるものか。
しばらく目を合わせ、先に動いたのは彼の方だった。にっこりと笑って「そうかね」と頷いた。このまま別れるタイミングかと思いマントを差し出したが、「それはきみからハリーへ返しておいておくれ」と受け取ってもらえず、そのまま部屋を出て行くアルバス・ダンブルドアを見送った。
視界の端に鏡面が見える。
このまま正面を向けば、私はみぞの鏡を覗くことになるだろう。
「……一番強い望み……」
知りたいような、知りたくないような。でも見たら負けなような。
顔を鏡へ向けようとして、それより先にミセス・ノリスがするりと部屋のドアを通ってしまったものだから、慌てて後ろに続いて部屋を出た。
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