02
……という夢を見たんだ。
浮上する意識と一緒に、夢だったのかと自覚する。
それはそう。いやだってまさか、親族喧嘩の末に海に捨てられてワンピな世界にトリした上に海王類に襲われて主人公の船にお邪魔するなんてそんな、ね?漫画なんて頂上決戦読んだあたりから記憶が薄い。だって推しの死を受け入れられなかったんだもの。なぜ死んだ白ひげ。そもそも自分は元々転生トリの身の上であり……、まぁそれは今は横に投げ捨てておこう。
何はともあれ、下半身が水に浸って寒いとか、素肌部分に貼り付く砂粒が痛いとか、潮騒の音と潮の匂いがするとか、きっとそれらも全部夢に違いない。せめて海に捨てられた段階までが現実であれ。さすがの大伯父も、転覆や漂流する前には引き上げてくれる程度には優しいはずなので。
もう一度、今度はちゃんと目を覚ますために意識を落とす。
覚めろ覚めろと考える度、逆に段々とはっきりしていく意識と感覚に嫌な汗しか流れない。もう嫌マジで勘弁して。
それでも粘り強く足掻いてみれば、瞼越しの向こう側に影が差した。誰か、もしくは何かがこちらの顔を覗き込んでいるらしい。ちらりと薄眼で確認すれば、そこにあったのは私の頭部程の大きさの、石。
「あぶ……っ!?」
横に転がりどうにか避ける。予想した通り、大きな石は私が寝そべっていた頭部部分に容赦なく落下し砂地を凹ませていた。
「避けるんじゃないえ!」
そうして凹んだ砂地のすぐそばで、ガラの悪いサングラスをした金髪の薄汚れた子どもが喚いていた。独特なしゃべり方だが、とりあえず私の頭をスイカのように潰そうとした犯人はこいつらしい。
「うわぁぁぁ……──ッ!!?」
ちょっと力加減を間違えて、豆粒ほどの大きさになるまで空高く浮かせてしまったのは仕方のないことだと思う。
殺されかけたのに殺しかけないだけ優しい、可愛いくらいの報復だというのに、地面に戻ってきた頃には気絶していた。生意気な口調と態度のくせに肝が小さいんだな、と呆れて溜め息も出ない。
倒れたのをそのままにするのも可哀想なので、今度はちゃんと加減をして子どもを浮かす。私の腰のあたりでふわふわ浮いている子どもをさてどうしようかと思案していれば、近くの草陰に隠れていたお仲間が「兄上を放せ!」と涙声で叫びながらようやく姿を現した。いつまでもうじうじしていると思ったら、こっちも子どもか……。
とりあえず失神させて同じように浮かせた。
杖は手元にあったので良しとし、しかし愛用のトランクが見当たらず、本気で失くしていたらどうしようと半泣きで浜辺を半周する羽目になった。同じ島に流されていただけ運がいい。ちょっと心に余裕が出来た。
余裕が出来たついでに今後の方針を決めねばと、この辺のことが分かればいいな、とちょっと期待してサングラスの方に開心術を掛けてみた。緊急事態だから仕方がないね。
位置とか分かれば御の字、程度の気持ちで出た行動だが、この生意気な子どもがマジでクソガキと分かってげんなりした。はぁ成程ね、天竜人ね。どっかで聞いたことあるなと記憶を掘れば、シャボン玉の島で主人公君にぶん殴られたあの世界の嫌われ者だと思い出した。あと、主人公の幼少期に兄弟分の船を沈めたのもそいつら。せめて逮捕で良かったじゃん。そしてやっぱりワンピ世界じゃん。夢だけど夢じゃなかった。まさかあれは予知夢……?いやいやそんな馬鹿な。私は静かに暮らしたい……。
悲嘆に暮れる暇も無く、とにかく役立つ情報はないかと魔法をかけ続ける。殺しにきた相手に容赦などない。
得られた情報は、この子どもの生育環境の倫理の最低さ加減と、天竜人の最低さ加減と、子どもの親の脳内お花畑さ加減と、この島の治安世紀末さ加減などなどだった。私の頭に石を落としたのは、殺される前に殺してやるという判断だったらしい。記憶の中の追い立てられ方を見る限り、然もありなん。だからって許しはしないが。
なけなしの仏の心で親元には返してあげよう。
_ _
「いいですか、私が開けるまでトランクから出ようとしないでくださいね」
「わかりました」
「指図するんじゃないえ」
聞き分けのいい父親と違い、相変わらず小生意気なクソガキは小生意気な口を利く。苛ついたので空中シェイクの刑に処した。吐く前に止めるのがコツ。
他に文句は無いですねと見回せば、なかなか学ばない兄の姿を見て学んだ弟は、母親に縋りながらガタガタ震えつつ必死に首を縦に振っていた。小さい声で「あにうえぇ……」と鳴くので、ちょっとだけ悪いことをしたかなと反省する。ちょっとだけ、ほんのちょっと。似たことがあれば似た方法で躾はする。
時を少し遡り。子ども二人を送り届けた先、粗末な小屋には子どもの記憶通り見窄らしい姿の父親と、粗末な布団で寝込む母親がいた。
知っていたとはいえ、実際に見るとちょっとでなく同情心が湧く。特に母親の方。自分も体調が悪く辛いだろうに、私が差し出した気絶している子どもたちを目に入れた途端、脇目もふらずよろめきながらも駆け寄り抱き締めた。その姿に自分の母親の顔を思い出す。彼女であるなら、きっと大伯父の暴挙に心を痛めてくれるに違いない。
のちに思い返せば、気の迷いだったんだ、と頭を抱えるだろうと予想がついた。どうして自分から進んで平穏から遠ざかろうとするのかと。そう予想がついたが、それでも私はある一つの提案をしてしまった。
「皆さんでこの島を出て、新生活のリベンジをしませんか?」と。
う、うるせぇ〰〰〰っ、私は子どもにやさしくて気性もやさしい母親の味方なんだよォ〰〰〰〰っ。
そんなこんな、検知不可能拡大呪文の掛けられたトランクを不思議トランクとして雑な説明をした。
トランクを開けて中を見せ、四人を伴い梯子を下りた先は大きな本棚と小さな作業机がある程度の簡素な部屋。その部屋のドアの向こうには鳥かごのようなラウンド型のガラスハウスで、体育館ほどの広さに薬草や気に入った草花が所狭しと生えている。見る人が見れば、季節も何も関係なく入り混じっていて目を回すようなありさまだ。原因は作成協力者の大伯父なので私は知らん。
さらにその先、ガラスのドアを開けばおおよそ二階建てのログホームが待っている。ちょうど掃除時間だったようで、モップやハタキなどの掃除道具が忙しなく働いていた。うん、ででにーで見た。
「道具が勝手に動いてるえ!変だえ!」
「というわけで、これがトランクの中身です」
「こんなトランクあるはずないえ!嘘だえ!騙してるえ!」
「一応この家の外に出ることも可能です。そこまで広くないですけど庭と畑もありますし、裏には山羊数匹などがいます。空があるように見えますけど、あれはトランクの内側に外の天気を投影しているだけなので、太陽光浴びたい場合はガラスハウスに行ってもらえれば疑似太陽があります」
「無視するなんて生意気だえ!!」
「……だえだえうるさいのでお口にチャックしましょうねぇ〜」
「〰〰〰っっ!??」
いちいち突っ掛かってきてうるさい子どもは、口をくっつけて黙らせるに限る。急に開かなくなった口に驚いているさまはとても愉快だった。んふふふふ。
抗議を拳にして訴えられるが、防護魔法大好きな私は一切痛くない。ぬいぐるみのクマちゃんにポスポス叩かれている程度の衝撃だ。サングラステディベアちゃん可愛いね!でもちょっと邪魔だから浮いていてもらおうね!
私の『新生活リベンジ計画』の内容なんて、計画と言うのも烏滸がましいくらいに簡単なものだ。めっちゃ広いトランクの中に一家を詰めて新天地に向けてとんずらする!以上!大伯父がこの場にいたら鼻で笑う程度のお粗末さである。
ここまでの経緯を考える限り多方面から命を狙われていそうなので、適当に死亡をでっち上げた方が良いかもしれない。現状思いつくのは近くの人間の記憶をコチョコチョするのと、偽物や幻でもって島民に海に落ちて死んだ様子を見せるのの二択。どっちがいいか、というかどっちが楽かで言えば後者かな。
と言うわけで
「いいですか、私が開けるまでトランクから出ようとしないでくださいね」
「わかりました」
「指図するんじゃないえ」
こうしてサングラスのガキは空中シェイクの刑に処されたのである。
_ _
私は飛行術が嫌いだが、それは安定感のない箒に跨らなければいけないからであって、別に空を飛ぶことに技術面で劣っているわけでも忌避感があるわけでもない。要は安定感さえあればいいのだ。
「わぁ〜、お鍋が飛んでるよ兄上ぇ〜〜」
「こんなボロボロの鍋なんかすぐに落っこちるえ!」
「じゃあ落っことしてやろうか」
「「やめるえ!/やめてぇ!」」
現在、雲より少し低いくらいの高さを飛んでいる。
乗っているのはボロ小屋にあったボロい両手鍋、に修復の呪文を重ねがけした上で、大きさを軽自動車ぐらいまで変化する魔法陣と軽量や風除けや温度調整や浮遊や飛び出し防止などなどの魔法陣をガリガリと削って描き込んだものだ。呪文による効果だけだと持続性に不安が残るが、魔方陣なら勝手に周囲から魔力を取り込んで効果を発揮してくれる。方向とか速度は杖でヒョイヒョイする必要はあるが。
これは大伯父が、箒による飛行術が嫌すぎる私のために過去の文献を引っ張り出し研究し試行し教え叩きこんでくれたものだ。あの人、研究と誰かに物を教えることが大好きだったので。昔の夢は教師だったらしい。
そんな両手鍋にログホームから運んできた余りの毛布を敷き物代わりに敷き詰め、ふわふわのクッションと念のため用意したブランケットを置き、なかなかに快適な空の旅だと思う。
その証拠に、泣き虫ロシィ君は前髪に隠れた瞳を輝かせて景色を熱心に眺めているし、グチグチ文句を言うクソガキドフィ君もなんやかんやワクワクしているのを隠しきれていない。性格のせいなのか兄としてのプライドか。どちらにしても素直に喜べばいいのになぁと思う。
ちなみにご両親はトランクの中だ。さすがに五人は人数が多いし、お母さんは病人である。トランク内に常備していた魔法薬は飲ませたので、その内元気にはなるだろう。今は安静ということで穏やかにロッキングチェアを揺らしている。お父さんもそれに付き合っているはずだ。仲のいい夫婦で素晴らしい。
スイスイ空飛ぶUFO、ではなく両手鍋。新生活リベンジと銘打ってはみたものの、この旅に行く当てはない。
だって私はこの世界の世情を知らないのだ。当然、ここの国なら住みやすいだろう、なんて情報を持っているわけがないのに行き先を決められるわけがない。勘で降りてよく調べもせず「ここを永住の地とする」と決めてしまった先が、出てきた島より悲惨だったら目も当てられない。
これはもう長期戦だと腹を括り、まずは元天竜人一家の意識改善から取り組むこととする。お父さんは脳みそお花畑に除草剤をまく必要があるし、お母さんは体調の回復からの体力づくり、ドフィ君は喋り方と傲慢な態度の矯正、ロシィ君は……なんだ、今にも鍋から落ちそうなドジを治せばいいのか?ドジって治るの?直すの?
あとは全員揃って一般常識身に付けようね。もちろん私も一緒です。
_ _
「まはり〜くまは〜りたやんばるやんやんやん」
「その歌なんだ?」
「最古の魔法少女の歌」
「つ、強そう……」
「間抜けな歌だえ、……あ」
「はい、だえって言ったので教育の時間です」
ビブラートの付いた叫び声をBGMに、どんぶらこっこと海の旅を楽しむ。空を飛ぶのもいいけど、海を漂うのも良いものである。転覆防止の魔法をかけないと、秒で鍋が海の藻屑になるのが難だ。
島を出てから二週間経った。
お父さんにはそれなりの現実を教えられたと思うし、お母さんはログホームの庭で家庭菜園を始めるくらいには元気になった。しかし残念なことにロシィ君のドジは相変わらずだし、ドフィ君はたまにだえだえ鳴いてしまう。性格もお察し。
あまりにも直らないので教育的指導でぐるぐる飛ばして遊んでいたら「島に帰るえ!」と泣かれた。あの島の方がマシと思われるとはまことに遺憾。
私の方がマシだと教えるために、あの島の住民が幻に対してどんな仕打ちをしたか追体験式上映会をしてあげた。私も初めて見たけど、まさかの火あぶりだった。やめろ魔女の私に刺さる。家族の皆さんもあまりの仕打ちに無言で涙を流し絶句していた。
「だったら天竜人に戻りたい」と蚊の鳴くような声で言うので、試しにドフィ君の幻を帰してみた。蜂の巣だった。……これはひどい。
両親と弟がショックで打ちひしがれる中、ドフィ君は「天竜人も下々民も全員殺す」と物騒なことを言い出した。初見で私のことを殺そうとしたクソガキなので着地点としてありえなくはない思考だと思う。
あんまりにもしょげるので、悲しいときは美味しいものを一杯食べよう、いっぱい眠ろう、よしよし、とついつい甲斐甲斐しく世話を焼いてしまった。だってあまりにもな状態だったので……。
特に兄弟は夢で魘されるほどトラウマになってしまったようで、うんうん唸って冷や汗流しながら飛び起きる様子には申し訳なさしかない。深く考えず上映会なんてして本当にすまなかったと思っている。
せめて飛び起きる前に、出来たら魘され始めた時点で起こしてあげられるように三人川の字で寝るようになった。私の左右を陣取った兄弟が、それぞれ手を握ってきて眠りにつく。
あの小生意気なドフィ君です、私なんかの手に縋るくらい辛いのかと思うと、グサグサと刺してくる罪悪感で死にそうだ。最悪の場合、元のクソ生意気状態に戻ったとしても記憶を抜いてしまった方がいいかもしれない。まぁ最終手段として頭に入れておこう。
これはもう矯正どころではないかな、と今後の予定を改めていた五日後、どうにか諸々と折り合いをつけたらしいドンキホーテ一家は本格的に心機一転してくれたようだった。四人ともにこにこ笑顔で安心した。
……安心、したのだが。その後に発されたセリフは「私たちはあなただけについていきます!」という宣言だった。
そんなピクミンはお呼びではない。
_ _
急募、人間不信を治す方法。
検索するためにもスマホが欲しい。エアスマホをスッススッスとフリックしたところで、ドフィ君にサングラス越しの冷たい視線を送られるだけだった。両目から海水がこぼれるのでやめてほしい。
これは至急、心優しい人間たちとの交流が必要だと思う。個人的にはフーシャ村に行きたい。でもあそこはあそこで闇がありそうで実はあんまりお勧めできない。どちらとも言えず葛藤するも、そもそも行き方を知らないという話。詰んだ。
どこの島にも辿り着けず、空を飛び海を漂い三週間。
海上なら他の船に会えるだろうと最近はもっぱら航海しているのだけど、出くわすのはガラの悪い海賊ばかりである。
こんな鍋を襲って意味があるのかと思うが、表にいるのは私だけもしくはプラス子どもが二人。捕まえて売り払えばそれなりの金になるぜゲヘヘという腹積もりだった。開心術は便利です。
そんな下卑た奴らを繊細な子どもたちに見せるわけにもいかず、初回以降は船が見えた瞬間にブランケットで子どもを隠し、見敵開心術でマジの敵なら即沈んでいただいている。船の残骸と悪い海賊たちが沈む中、一緒に海中へ落ちていく宝箱が見えたらもれなく回収。アクシオアクシオ。財産は大事。
「会う人全員ろくでもないってどういうこと???」
「元気出して!」
「無理に他の誰かと関わろうとするからさ。諦めるんだな」
「んンンン、諦めきれない……ッ」
「大丈夫だよ、優しい人もきっといるよ!」
「ロシィ君が一番優しい、優勝」
六歳に慰められながら八歳に呆れられる十八歳ですこんにちは。
あんな凄惨な映像を見せられたのに、こんなにも優しいままでいられるロシィ君は本当にすごい。あのお父さんですら『まずは疑うこと』を学んだのだから、優勝としたい気持ちも分かってもらえるに違いない。まぁ、ドフィ君には「ロシーは甘すぎる」と言われてしまうけど。
よいこよいことロシィ君の頭を撫でる。えへへと照れる姿は本当に可愛い。可愛い部門でも優勝、二冠獲得おめでとうございます。ちなみにドフィ君は撫でるとすぐに手を払うので、寝ている時くらいしか撫でさせてもらえない。ツン部門優勝。次回はツンデレ部門優勝を狙ってほしい。
陽が沈めば兄弟二人をトランク内に戻す。見上げた先の、自分が身につけている天文学がまったく意味をなさない夜空を眺めながら、ぼんやり考える。
そもそも、この海域が悪いのかもしれない。
確かこの世界には東西南北に分かれた海域があったはずで、主人公は東の海から出発したはずで、東の海が四つの海域の中で一番やさしかったはず。すべてが『はず』だけど、間違ってはいない『はず』……。曖昧だなぁ。
ドフィ君にここがどの海かと確認すれば、彼と会った島は北の海の果てだったとの返答をもらう。北の果てとか、語感がなんか、やだ。
とりあえず暖かい場所に行きたい。たぶん寒いよりは過ごしやすいはず。
そうと決まればポイント・ミー。ここから行けて、比較的暖かく、暮らしやすい島。ふんわりとした目的地を思い浮かべながら杖を振れば、杖先から光の粒子が流れていく。真っ暗な海の上を、星の欠片が走っていくかのようだ。
ふと思いついて、試しに実家を示すように呪文を唱えたが、瞬く間に星が消えた。真っ暗に戻った海に、期待してなかったとは言え肩が落ちる。やっぱり魔法も万能じゃないな。
「……家に帰りたいなぁ」
思えば、この世界に来て初めての弱音を吐いたかも知れない。いや、二回目かな?でもあれは夢だったからノーカンで。
「帰りたい。家族に会いたい。お母さんに会いたい、……会えたらいいのになぁ」
口に出したら止まらなくて、ぽろぽろ零れるみたいに言葉が落ちる。帰りたい、会いたい、たった一人の家族に会いたかった。
大伯父?現状の元凶に会いたいと思うとでも??
願ったところで都合よく元の世界に帰れるわけもなく、最後に「帰りたーい!!」と夜の海に叫んで溜め息を一つ吐き、気持ちを入れ替える。改めて新天地への道標を瞬かせて、それに従って動くように魔法をかけてから瞼を閉じた。ひと先ずはこの一家のことが先決だ。
目が覚めると、両脇を毛布に包まったドンキホーテ兄弟に固められていて、勘のいい私は昨日の夜の独り言を聞かれたなと察した。だからと何か言われるでも、何か言うでもない。
まぁ、ギュウギュウにくっ付いてくるのはちょっと動き辛かったけど、温かかったかな。
日が真上に昇った頃、到着したのは無人島だった。もちろん住居は無いし、自然が豊か過ぎて森の奥からは何やら動物の唸り声が聞こえる始末。ドンキホーテ一家は全員、瞬時に私の背後に隠れた。いや仕方が無いのは分かるから良いんですけど。
これが暮らしやすい島とか本当かなぁ。
怪しみながらも、別の島を探すのは億劫だったので杖を振って、邪魔な枝や草をいくらか伐採し開けた場所を作る。トランクに入れていた縮小したログホームその2を設置し、元のサイズに戻す。大伯父が、作ったけど使いどころがない、という理由で数年前にくれた物だ。
……何度見ても母校に似ているんだよなぁ。ミニマム簡略母校。そこはかとない執着を感じる。
森の中を探索したところ、唸り声の正体は二足歩行で3mほどのクマだった。背中にはヤマアラシのような針毛を持っているが、全体的な特徴はクマ。そしてその手に持つのは大きな花束だ。どうやら島の主としてお引っ越し祝いに来てくれたらしい。……クマが?私とドフィ君は放心したし、ロシィ君とご両親は気絶した。
彼の気性は優しく知能も高いようで、こちらに敵意が無いと分かれば良き隣人としてお付き合いいただけるそうだ。しかし何かやらかしたら容赦はしないと爪と牙をむき出しにして、背面の針毛を逆立てた状態で威嚇された。こわぁ……。
それからかれこれ数ヵ月。
あれだけボロボロだったドンキホーテ家は肌もツヤツヤの健康となり、畑を耕し果物をとり魚を釣って元気ハツラツに生活している。劇的ビフォーアフターだなこれは。
「見ろ!おれが釣った魚が一番デカイ!」
「ぼくのは兄上のより小さいけど、いっぱい釣れた!」
「おー、すごいすごい。いやもうすっかりたくましい野生児になったねぇ」
駆けてくる二つの足音にそちらを見れば、身長の倍くらいの大きさの魚を掲げたドフィ君と魚の入っているらしいバケツを両手で抱えたロシィ君が帰宅したようだ。そしてロシィ君がこけてバケツの中身が宙を舞うところまでが予定調和なので、先んじて杖を構えて二人と魚たちを宙に浮かせる。
これをするとドフィ君はすっかり大人しくなってしまうんだけど、猫の首掴むのと同じと考えていいかな?サングラス越しでも分かるほどにスンッとされるんだけど、まさか浮かされることがトラウマとかそんなわけないよね?ね?嘘だと言ってよ、バーニィ!
反対に、遊びかドジからの回避のためにしか浮かせていなかったロシィ君は、キャッキャキャッキャと喜んでくれる。なるほどこれが古典的条件付けか……。
「今日はエビグラタンも作るね」
「……ロブスターが食いたい」
「いくらでも茹でてやるよ……!」
「!、本当か!?」
ここぞとばかりにワガママを言いよる。了承した途端に表情が明るくなるから止めはしないが。こういうデレを望んだわけじゃないんだけどなぁ。いやいいよ、子どものこの程度のワガママなんて可愛いだけだし。魔法使えばすぐ捕まえられるし。
心配だった人間不信も、順調に回復中だ。後々見つけた隣の島へ、必要なものを買い出しに行った際に家族全員運んでは徐々に慣らし、今では母親同士で世間話をしたり子ども同士で気楽に遊ぶこともできている。特にドンキホーテ父は、航海中に私から習った薬草学や自力で身につけた知識で薬屋を営み始め、紆余曲折あったものの『となり島の薬屋さん』とまんまな名前をいただいて親しまれているようだ。
そんな彼らを屋根の上から眺めて、思う。
──これはもう、新生活リベンジ達成では?──
つまり私の役目もおしまいでは?
見守りがてら、片手間にあげていたパンくずには色とりどりの鳥たちが集まっていた。押し合いへし合いギュウギュウで、ドンキホーテ母が作ったパンは鳥にも大人気なようだ。
乗り掛かった舟、と思ってここまで付き合ってはみたけれど、問題大ありの島からはずいぶんと距離を取ったし、死の偽造をしたから今後命を狙われることも無いと思うし、ここでの生活の基盤もしっかり出来たし、精神面も落ち着いているようだし、あのドフィ君ですら子どもらしく駆け回っているし。
うん、うん。空を見上げながら指折り数えて考えたが、私がここを離れても問題なさそうである。
「そろそろ家に帰る手段を探そうかなぁ」
私はこの世界に骨を埋めるつもりはないので。
そうと決まれば早速と、杖を振って旅支度をするために自室に戻る。準備と言っても私物のほとんどはトランクの中で、部屋に置いているのは置いて行っても別に構わない物ばかりだ。そもそもの話、何がなくともトランクと杖さえあれば後はどうとでもなる。
ぐるりと部屋を見回した後、念のために書置きを残すことにした。言伝を残せる相手がいないのだから仕方がない。
『旅に出ます。気にせず一家で健やかに暮らしてください』
シンプルになったが、語尾ににっこりマークでも付けておけば可愛かろう。はい、にっこり。
帰宅したドンキホーテ一家が「捨てられた!」と嘆いていたことなんて私は知らない。
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