03





 この世界は悪い海賊が多すぎる。
 基本的には商船や客船に乗り、たまに箒に乗ったり姿現しをしたりとひょんひょん四つの海域を移動してきた。海にいても陸にいても、何か騒がしいなと思えば原因の七割は海賊だった。その他は山賊だったりどっちでもないチンピラだったり、悪辣な軍人であったり天竜人であったりえとせとら。
 そんな中の海賊が騒ぎを起こし、宝をよこせ食料をよこせ命をよこせとうるさいのなんの。それがワンピ世界なんですと言われても、遭遇していい気分になれるわけがない。
 中には己を捕まえた海軍の家族を逆恨みして襲っている輩もいて、イラつき過ぎて先生直伝(自称)のセクタムセンプラを見舞ってしまった。調理や調合の際にセクセンする私を見て何とも言えない苦い顔をしていた先生いかがお過ごしでしょうか、私はすこぶる元気です。

「たすけてくれてありがと、おねーちゃん」
「どういたしまして。怪我はない?」
「うん!」
「それは良かった」

 海賊をふん縛る私に笑顔でお礼を言ってくれる三歳児は、とてもとても可愛らしかった。
 子どもと言えば、で連想されたドフィ君とロシィ君をぽやぽや思い出して、ちょっとホームに戻ってみようかなぁなんて考えも過る。いやでも今の状況、何の成果もあげられませんでした状態だからな……。そもそも足掛かりすらないって言う、ね。

_ _
「……戻って来てしまった」

 見上げた先にはちょっと懐かしいログホーム。
 折れかけた心を立て直すには、慣れ親しんだ場所で心を落ち着けた方がいいかなと思いまして。トランクの中も落ち着くは落ち着くけれども、それをするには人避け動物避けを十分に施した場所をまず用意する必要がある。そうしないとトランクがどうなるか分かったものじゃない。
 時刻は昼時。どうやらみんな出かけているようで、玄関には鍵がかっていた。まぁ魔法使いには関係ない代物ですねぇ。
 部屋に戻る道すがら、家の中を眺める。ちょっとの間いなかっただけなのに、なんだか年季が入ったように見えて不思議な気分だ。そういえば外の薬草畑はどうなっただろう。家に入る前に見てくればよかった。
 階段を上った先にある自分の部屋は、なにも変わっていなかった。ベッドと、簡素な作業机と椅子と、小さな棚があるだけの記憶と変わりない部屋。それはそう。掃除は元々魔法がかかった掃除道具で定期的になされるので、部屋の主がいないくらいで埃が積もることもない。最後に置いた書置きが無くなっている以外は、本当にまるまる出た時のままだった。
 ぼすんと勢いよくベッドに飛び込む。スプリングがギシギシ鳴るが問題はない。壊れたところでレパればいいのだ。
 今は取り敢えず、旅の疲れを癒すためにもこの眠気に身を任せようじゃないか……。

 ──……意識が浮上する。上半身を起こして窓の外を見れば、とっぷりと陽が沈んでいた。寝過ぎでは?
 腕を伸ばし背筋を伸ばし、ストレッチする度に関節からポキポキ音がする。別に運動不足と言うわけでもないのにどういうことか。年か?まだ十八歳なんですが?今でこれとなると将来はどうなってしまうの。
 杖を振って水差しとコップを出してのどを潤す。
 なんとなく耳を澄ましてみたが、家の中から物音はしてこなかった。改めて窓の外を見れば星も瞬き始めている。……一家はどこに行ったのだろう。前は隣の島に行っても日帰りばかりだったけど、私が旅に出た以降は泊まっていたりするんだろうか。もしかしたら、彼らもどこか知らない島へ旅行に行っているのかもしれない。成長したなぁ。
 入れ違いかぁ。タイミングが悪かったな。
 久し振りに顔を見たかったけれど、いないのならば仕方がない。まぁ同じ家を使っているのだから、タイミングさえ合えばその内会えはするだろう。
 次は西に行こうか南に行こうか。ぼんやり考えながらまた杖を振った。

 心機一転。
 どこかの文献に似た現象に関して書いていないかな、と辿り着ける限りの大きな図書館を見て回った。お城みたいな建物だったり、地下に隠された部屋だったり、大きな木のような建物だったり、巨大な岩にしか見えない建物だったり様々だ。場所によっては相応の身分や許可証なんかが必要な場所もあったけれど、侵入するにせよ偽造するにせよ魔法さえあれば問題ない。でもめぼしい物は見当たらなかった。
 肩を落としてホームに帰る。またタイミングが悪かったらしくて誰もいない。不貞寝した。
 文書として残らないような、口伝で残されるような物語や風習に取っ掛かりがないかとひたすら島から島を飛び回った。たまに捕まるし、縛られるし、閉じ込められるけど、杖さえあればどうとでもなる。一回だけ火にくべられそうになった時は心臓が止まるかと思ったけど。ようやっとの思いで聞けた話の締めは、決まってその島の長の息子や娘と結ばれるものばかりだった。そういう終わりにご用はない。
 歩くのすら億劫で、姿現しでホームに戻る。目に入ってくるのは動き回る掃除道具のみ。ちょうど清掃の時間だったようだ。毎日毎日決まった時間に、埃一つ、髪の毛一本残さずきれいに掃除してくれる。重箱の隅をつつかれても問題がない念の入れようだ。
 きびきび働く掃除用具を横目に、リビングのソファにぼすりと倒れ込む。「んー…………」と無意味な声をあげて、のっそりと首を動かし視線を庭に向けた。以前はドンキホーテ父が薬草を栽培していた場所だったが、今は何もなく、まっさらだ。
 ……これはタイミング悪いどころの話じゃなく、ドンキホーテ一家はこの家を出て行ったのではないだろうか。

「……まじか……」

 まぁ別に永住しろと言うつもりは一切なかったけれど。
 せめて戻ってくるまで待ってて欲しかったな、って思ったけどいつ戻るか書置きしてなかったなそういえば。ドジった……!ロシィ君のドジがうつってこんな場面で発揮されるとは!
 うぅん、まぁ、いいさ。海は広いが繋がっているのだから、運が良ければまたいつか会えるでしょう。

 と思っていたら、隣の島でドンキホーテ夫妻が小さな薬屋を営み住んでいた。顔見た瞬間に号泣されて引いたのは仕方がない反応である。話を聞いたところ、私が出て行き、しばらくして子ども二人も家を出て行き、夫婦二人では広過ぎるからと今の丁度いい家に移り住んだらしい。
 子どもが独立するにしても早過ぎるのでは……?
 しかもドフィ君もロシィ君も海賊になるそうだ。どうしてわざわざそんな危険な職業を選ぶのか。

「いやいや、魔女さんを探すには海を自由に行き来できた方がいいからと。商船なども、決められた航路以外を走れば海賊船扱いですからね」
「え。独り立ち、まぁ二人ですけど。家を出た理由私なんですか?そんなので海賊目指していいんですか?」
「ははは。魔女さんが旅に出て行ってしまった当初は、捨てられたのだと一家揃って泣いて暮らす毎日でした……。そんな日々の中で、必ず見つけ出して捕まえると強く決意した息子たちの背中を、私には止められませんよ」
「んははは、捨てられたとか外聞が悪い」

 出された紅茶片手に談笑している現状だが、気のせいでなければ話の内容が仄暗い。捨てられたとか、泣いて暮らしたとか、私がいなくなっただけで情緒崩れ過ぎでは?必ず見つけて捕まえるとか、そこはかとない執着と言うか、最悪恨まれてそうでなんか嫌だわ意地でも絶対捕まらねぇわ。

「そういえば奥さんが見当たりませんが……」
「ああ!ロシーにあなたが見つかったことを電伝虫で連絡してるところですよ!」
「お邪魔しました!」

 茶ぁしばいてる場合じゃねぇ。
 笑顔でとんでもねぇことしてくれるじゃんドンキホーテ父。家を出てすぐ箒を呼び寄せ空を飛び、ホームに戻る。飛び立った際に島の人たちが「魔女様だー!」と歓声に似た声をあげていたのが少しばかり気にかかるが、今は後回しだ。
 旅支度をしてまた家を出るか、それともマグル避けを島全体に施して島ごと雲隠れするか。どちらを選んでも杖を一振りすれば完結するな、と考えつつ、窓から自室へと滑り込む。

「よぉ、ひさしぶりだなぁ魔女殿。……ん?」
「え、うわ、こわ、誰?」

 ベッドに知らない同じ年くらいの男が座っていたために、急ブレーキをかける破目になった。出来たならそのまま急カーブでUターンしておきたかったが、何故か身体が動かずその場にとどまることしかできない。感覚的に、おそらく身体のいたる所に糸状のものが纏わりついているせいだろう。
 進むも退くも出来ず、箒に乗って宙吊りにされている状態だ。どの呪文を使えば自由になれるだろうか。脳みそが過去に読んだ呪文集を片っ端からめくる中、視線は目の前の男に向ける。
 縦に長い男だった。だからと言ってヒョロイわけじゃなく、よくよく鍛えられている魔法界にはいないタイプの人間。髪は金髪、ツリ目型のサングラスをしていて、暗い緑色のワイシャツに白いパンツ、おまけにピンクのふわふわな毛皮?羽毛?のコートと奇抜が過ぎるファッションだ。魔法界のセンスは数世紀遅れだったが、目の前の男のセンスは数年どころでなく早くない??
 ジロジロと不躾に眺めている自覚はあるけれど、それは向こうも同様だ。最初はニンマリとしていたくせに、はっきりと私を視認した途端に首を傾げて訝しげに見てくる。いや怪しいのは全力でお前の方ですが。
 一度瞬きしただけなのに、不法侵入者が距離を詰めていた。長い脚を如何なく発揮している。驚いて引いた顎を急に掴んできて、無理やりに視線を合わせられた。力加減を学べ!私の友人の英国紳士フォイくんを見習え!

「どういうことだ……?」
「はぁ?どうもこうもなんでも良いんで離していただけます?痛いんですけど」
「おい、五年経っても見た目が変わらねぇのはどういうことだ?」
「いだッ!痛いって言ってるのに更に力込めるなバカ!!」
「……化粧で誤魔化してやがんのか……?」
「いででででで!!!」

 なんか聞き逃しちゃいけない発言もあった気もするけれど、それよりも遠慮容赦なく動かされる頸部が限界である。ご存知ないようだが人間の首には稼働限界域があってなぁ!?
 このままだと冗談でなくもげる!と正直血の気を引かせていると、背後から手が伸びてきて目の前の不法侵入者の顔をギュウッと押し返した。それはもう、掛けているサングラスもセットしたであろう髪型も関係なくギュギュっと。ざまぁ。
 それと一緒に掴まれていた顎も糸に絡まれていた身体も自由になり、ホッとしたのも束の間、今度は背後の誰かを考えて即座に臨戦態勢をとる。ローブの中の杖を持ち、振り向きざまにその切っ先を背後の誰かに向けた。

「ステュぴぇ……???」

 失神呪文を仕掛けるつもりだった。殺傷性が低いのは、不法侵入者への恩情ではなく私の部屋が血で汚れるのが嫌だからだ。
 何にせよ、呪文は正しく唱えられずに霧散する。仕方がない。仕方ないじゃん!急に抱き着かれたら誰だって驚いて呪文の一つや二つ失敗する!!英国紳士くんだって私に急にハグされたら驚いて真っ赤になって面白いくらいに狼狽えていつものツンを放り出したもん!!!
 でも不審者にいつまでも呆けているわけにもいかず、かぶりを振って持ち直し、思い切り膝を振り上げた。結果、悲鳴も上げず飛び上がった不審者は数回跳ねて部屋の隅に移動し蹲る。やっぱり股間蹴りは最強なんだわ。

「曲者!不審者!痴漢は死ねッッッ!!」
「……ひどい言われようだな……」

 いっそ一思いにアバタってやろうかという勢いで叫んだが、押し返されたピンクの方はまるで「疲れた」と言わんばかりにベッドに横たわる。そこは私の寝床だ寛ごうとするな!
 反対に部屋の隅に行った、こちらは薄い緑色のワイシャツと黒いパンツ、黒い毛皮か羽毛のコートを着た金髪の男は、勢いよく立ち上がったかと思えばパクパクと口を開閉させて何か訴えようとしている。何言ってるのかさっぱり分からない。あいにくと読唇術は習得していないのだ。

「あ、レジリメンス」
「……!?」
「ロシー!」
「うわ、君たちかよ……」

 不法侵入の目的確認のためにも手っ取り早く開心術を使ったら、なんとドンキホーテ兄弟だった。ちょっと会わない間に変わり過ぎじゃない?
 何かされたけど何をされたのか分からないロシィ君は目をぱちぱちさせながら私を凝視したかと思えば、ぎゅっと眉間に力を籠める。同じく何かされたのは分かるけど駆け寄って調べたところで外傷の確認が出来ないドフィ君も、私とロシィ君を交互に見て不安そうに眉間に皺を寄せた。二人とも人相悪いねぇ。
 不審者が知り合いに変わったことで、どっと気が抜けてベッドの縁に倒れ込むように座る。長い溜息が出たが仕方がない。

「いや、ていうか伸びすぎじゃない?タケノコなの?」
「タケノコが何か知らねぇが、五年も経てば背も伸びるさ」
「…………五年?」
「ああ。あんたが旅に出てから五年経ってる」
「……ッ、……ッ」
「うーん、いろいろ追い付かないんだけど、それよりロシィ君はどうしたの?無口キャラに転身した?動きがコミカル過ぎて向いてないが」
「……ロシー、能力を切り忘れてるぞ」
「ハッ!ドジった!」
「ドジったのかぁ……」

 照れるロシィ君が可愛い。そっかぁ、そんな所は変わらんのなぁ。撫でてあげるからこっちこい。
 手招きすれば思ったよりも素直に近付いてきて、手のひらを向ければズイッと頭を差し出した。わしわしと撫でるごとに段々と相好が崩れていく様に、私も大変満足です。よーしよしよし。そのまま床に座って私の膝の上に頭を預けてきたんだが、ロシィ君はいつの間に大型犬にジョブチェンジしたのかな……?はぁ??可愛いが過ぎるが????
 撫で方をわしわしから髪をすくようなよしよしに変えた頃、隣にドフィ君がどっかりと座ってきた。かと思えばそのまま上体をこちら側に倒してきて、ロシィ君の頭の上に自分の頭をゴチッと痛そうな音を立てさせながら乗せる。案の定「いてェっ!」とロシィ君が騒ぐも、ドフィ君は素知らぬ顔で「フッフッフ」と笑うだけだ。この兄弟相変わらず仲いいな……。
 両手でそれぞれの頭を撫でる。ドフィ君は意外とサラサラとした手触りだし、ロシィ君はまんまフワフワだ。そうそう、二人はこんな手触りだった。

「はー……、なんだかすごく久し振りの触り心地な気がする……」
「五年振りだからな」
「うぅん、ネタじゃなく?」
「フフフフ。こっちからすれば、あんたの変わらなさの方がなんの冗談かと言いてぇなぁ?」

 それは私も言いたい。
 二人が言うことが本当なら、というか開心術した時点で嘘じゃないと分かってはいるんだけれど、それでも認めたくないと言うかなんと言うか。……つまり私は不老のようだ。もしくはとてつもなくゆっくりと老化しているか。思えばここ最近の月日の流れが曖昧な気もする。体感、数ヶ月が五年か。五年かぁ……。長いな。
 そんな長い時間かけても、帰宅までの足掛かりすら分かってないっていうね。どれだけ時間をかけても変わらない姿で家に帰れると思えば、精神的に多少はマシかなぁ。
 思わず遠い目をしながら溜め息を吐けば、ロシィ君が勢いよく頭を上げようとする。しかし彼の頭の上にはドフィ君の頭があったので、当然ガチッと痛そうな音を立ててぶつかった。兄弟揃って頭部を抱えて蹲る姿は、申し訳ないが大爆笑ものである。
 ロシィ君のドジは相変わらずだし、ドフィ君も相変わらず巻き込まれるねぇ。
 回復するまで待っていれば、先に顔を上げたのはロシィ君だった。昔からドジでダメージを受け慣れていた分、回復が早いんだろう。いやな経験値だ。

「お互い変わってても、変わってなくても、おれは会えて嬉しいぜ!……あー、……魔女さん?」

 にっかり笑顔での言葉の後、何か言い淀んだかと思えば私の呼び方だった。名前、教えてなかったかな?教えてないかもしれない。私も、ドンキホーテ一家の名前は兄弟の愛称しか知らないしなぁ。

「いいやもう、ここまで来たならそのまま通そう。私のことは魔女と呼べ」
「名前は教えてもらえねぇのか?」
「私の名前はマジョ・マジョです」
「フフフ、偽名ですらねぇじゃねぇか」
「んふふふ。まぁ私以外に魔女がいたら、その時は考えるよ」
「『考える』だけで『教える』とは言わないんだな」

 言葉を逃さないクソガキ様である。
 ……ん?あれから五年ということは、目の前の二人は十三歳と十一歳。だと言うのに、この部屋に入った時の目算の身長は軽く私を超えていた。同年代と誤解したほどだ。なのに、小五と中一に追い抜かれる十八歳とか、え……悲しい……。それにまだまだ成長期は終わらないだろう。何メートルまで伸びる気だ……?二人は巨人族だった……??

「まあまあまあまあ。そんなことより、二人とも私の部屋にいてどうかしたのかな?」
「雑な話題転換だが……、まぁ乗ってやるさ。そっちが本題だしな」

 お優しい心配りである。上から目線のにやけ面でなければもっと良かったな!

「おれたちは迎えに来たんだ。兄上とちゃんと場所を準備していたんだぜ」
「……迎え?」
「ああ。想定よりも早く見付かったもんだからまだ小規模だが、おれとロシー、それに『家族』たちと築いた海賊団だ。もちろんお前の席も用意してある」
「ああ、そういえば二人が海賊になったって聞いたような……」

 ──必ず見つけ出して捕まえると強く決意した息子たちの背中を、──
 思い出した瞬間、立ち上がって杖を構えた。それを振るより先に、全身がまた糸に絡まれるし音もなく寄ってきたロシィ君には杖腕を掴まれる。こういう時に発揮される兄弟の連携の良さほど要らないものはねぇよなぁ〰〰〰ッ!!

「……糸と無音は、あれかな?悪魔の実の能力かな?」
「ご明察。おれはイトイトの実、ロシーはナギナギの実の能力だ」
「それはまた、汎用性の高そうな実を食べたねぇ」

 生い立ちもキャラも見た目も濃い上に、なかなか良い能力を身に付けてしまって、まぁ。いつか主人公の前に立ちはだかりそう。結果的にはやられるんですけど。二人の性格的に仲間にはなれなさそうだから敵側確定で考えてしまうね。

「さぁ、おれたちが築いた『家』に帰ろうぜ、おやさしい魔女殿」
「わぁ心当たりのない形容詞ぃ〜」
「おれたちを家族ごとあの地獄から拾ってくれた、あんたはやさしい魔女さんだろ?」
「ひろ、拾ったのかな……?……やめなさい淡々と運ぼうとするんじゃない!」

 ちょっと意味の分からない発言に気が逸れた隙に、ひょいと軽い調子で抱え上げられた。背中とひざ裏に腕を回され、ロシィ君側に引き寄せられながら。つまりはお姫様抱っこである。良く持ち上げられたなぁ。
 家を出る手前でトランク忘れたと思い出せば、後ろから付いて来るドフィ君がちゃんと持ってくれていた。気が利くんだがそれはこんなところで発揮しなくてもいいやつ。
 ホームが遠くなるのを何とも言えない気持ちで眺める。視線を横にずらせば、木々の隙間からこの島の主さんがハンカチを振っていた。見送るな見送るな。
 抵抗したい気持ちはやまやまなのだけど、残念なことに全身糸でぐるぐる巻きなので動きようがない。アクロマンチュラに捕獲されたらこんな状態になるんだろうか。一生知りたくなかったやつ。
 とりあえず、人攫いも脱帽の手際の良さだったとだけ言っておく。

 どんぶらこっことドフィ君いわく『家』であるアジトに向かう間、気が付くと船の上だろうが上陸した島内だろうがドフィ君かロシィ君に抱えられる毎日です。小脇に抱えたり肩に担いだりと結構雑な扱い。そんな軽く持ち歩くようなサイズ感でも重量感でもないはずなんだけどな……。
 船の中には『家族』とは別の下っ端船員が数人同乗していたが、これといった紹介も何もなく過ごしている。彼らから見た私たちの関係性はどうなんだろう。拉致の加害者と被害者以外のなにものでもないけれど、向けられる視線が恐いもの見たさっていうか、うわすげぇっていうか、関わらんとこっていうか。まぁ確かに十代前半に抱え上げられる十代後半に関わろうとは思えないわな。……いやあれから五年経っているらしいので今の私は二十三歳か?……やめよう見た目年齢で十八歳で押し通しておこう。

 今日はドフィ君に肩で担がれている。
 その状態でノッシノッシと船内を歩くので、本日も衆目の中『船長に担がれる知らねー女』の出来上がりだ。それが数日続いたので私は慣れるか悟りを開くしか道はない。……わけではない。
 さっさと姿くらましでもして逃げてしまえばそれで終いなのだ。糸で巻かれていようが腕を掴まれていようが、今のように担がれていようが、魔法一つでこの状態からはおさらばできる。出来るけれど、しないのは、久しぶりに会ったドンキホーテ兄弟の精神状態がヤバヤバのヤバであるからに他ならない。ヤバヤバのヤバは死語かな?
 なんでこんなに執着?依存?されているのか。ちょっとでも離れようとすると「どこに行く?」「一緒に行く」「そばにいろ」と。束縛彼氏でもまだマシな行動制限するぞ???
 これで私が姿くらまししてみろ。……どうなるんだろう?私に人情とか血とか涙が無ければ一度試して遠くから観察したかった。
 でも喜ばしいことに私には一応人情も血も涙もあるので、大人しくドフィ君に担がれている。この位置だと頭を撫でやすいことが利点かなぁ。よしよし。機嫌良さそうに「フッフッフ」と笑うドフィ君は可愛い。
 船首近くまで移動して、船縁前に立ったところで下ろされる。だからと言ってそばから離れられるわけではなく、ドフィ君同伴時限定の日光浴タイムだ。ちなみにロシィ君に担がれている時は移動場所が船内に限られる。ドジって海に落とされても困るので。
 特に今日みたいに波が高い日は、落ちたら最期、拾ってもらえずに死ぬ破目になりそう。

「……さむぅ……」
「貸してやろうか?」
「いや、絶対引きずるからいらない」

 息が白くなるほどではないが、吹いた風の冷たさについ声が漏れる。ドフィ君がピンクのモフモフをひらめかせるが、どう見たってサイズが合わない。ほんとによく伸びたなこの兄弟。
 手すりに摑まりつつ遠くへと視線を向ける。補給のために立ち寄ると説明された次の島の影はまだ見えないようだ。
 代わりと言っては何だが、あそこに見える小さな小さな影は帆船ではなかろうか。隣で部下の船員と話しているドフィ君のピンクのふわふわの裾をついと引けば、そちらとの会話を切り上げて私の方を向いてくれる。ごめんねお話の邪魔をして。

「ドフィ君、こっちに向かってくる船がいる」
「…………よく見えたな」

 念のために警戒しておけ、と部下に指示を出すドフィ君を見て、視線を船に戻す。距離は遠く、仮に砲弾を撃たれたとしても届きようがない距離だ。……そのはずだった。

「!?、ドフィ君!!」

 いきなり目前に現れた鉄の塊に、どうにかドフィ君を突き飛ばして自身に防衛呪文を唱えられた反射神経の良さは誇っていいと思う。学び舎が戦地になって生き残った猛者を舐めないでいただきたい。
 それでも勢いは殺しきれず、砲弾に押されるがまま後方へ吹き飛び甲板から叩き出された。手を伸ばしても船には届かず舌を打つ。荒れた海に落ちたくはない。諦めきれず手を伸ばし続ける私に、ドフィ君がひどく焦った顔で走ってくる。
 差し出してくれた手を、掴みたかった。

「――エクスペリアームズ!!」

 私に気を取られているドフィ君の背後にカットラスを構える影が見えた。そのまま私を助けていたら、その間にドフィ君は背後からバッサリ斬られていただろう。そんなこと、許すわけがない。
 身を捩って伸ばしていた左手を引っ込め、右手に持っていた杖をドフィ君の背後の影に向けて武装解除呪文を力を込めて唱えた。杖先から勢いよく放たれた赤い閃光が相手にぶつかり、そのままそいつを遠くへ吹き飛ばす。あんまりにもきれいに吹っ飛んだものだから、ついガッツポーズしてしまった。

「そんなことしてる場合か!?」
「あ……」
「…………おわッ!!?」

 切羽詰まったドフィ君の叫びと、間の抜けた私の声。ついでにちょうど船室から出てきたロシィ君の驚いたような声も聞こえたような。
 それから、ボチャンッと海に落ちた。

──
────ッ、
──────死ぬッ!!どこでもいいから、空気のある場所!!

 上下左右も分からず荒れた波にもまれて、ギュウギュウとゴム製の管を無理矢理に通されているような感覚の後、どこかの砂地にうつぶせに放り出された。安心する間もなく、左脚に激痛が走る。

「(ば ら け た ぁ ッ!!)」

 あの状況で姿くらましをすれば、当然と言えば当然の結果だった。魔法の選択ミスだ。怒鳴りたい気持ちでいっぱいになるけれど、今口を開けば情けない悲鳴しか上げられない。
 見るのも嫌だが、確認しないことには対処のしようもないため、嫌々ながら自身の左脚を見下ろす。これで脚が無ければ打ち拉がれて泣き喚いたところだが、膝上あたりで足はなんとかくっついていた。三分の一くらい離れていたが。だくだくと流れる血に気が遠退きそうになる。もうほんとマジでヤダ。
 駄々を捏ねたところで現状がどうにかなるわけもない。ローブの内側をあさって魔法薬を掴む。痛み止めと、血止めと、あと何飲めば良いんだっけ?ハナハッカ??飲む?塗る?ぶっかければいいんです??
 血が足りなくて頭も回らない。造血剤も飲むべきか?
 とにかく互いに反発するような作用がないことだけを考えて、がばがば薬を飲む。マダムに見られたら絶対怒られる服用の仕方をしている自覚はある。容量用法は死なない程度に無視した。そしてひたすらまずい。悪魔の実とどっちがまずいだろう。ああ、離れたまま治っても困るから、傷口同士をくっつけないといけない。くっつける前に傷口の砂や海水も洗い流さなければ……、触りたくないよぉ……。ひぃん……。
 「ぐぅッ」だか「ぎぃッ」だか人間らしくない呻き声を上げながら、徐々に引く痛みとくっついていく脚に安堵の息が漏れる。靴の中で指を動かせば特に違和感もなく動かせた。さすがは我らが寮監に認められし私の魔法薬。

「(……でも在庫考えずドカ飲みしたから改めてストック作らないと……。材料はトランクの薬草園に……、あるけどドフィ君たちの船にトランク置きっぱなしじゃん。まずはドフィ君ロシィ君と合流するところからか……)」

 そもそも私はどこに姿現ししたんだろうか。奇跡的に次の目的地の島とか?
 俯けていた顔を僅かに上げて前を見る。鬱蒼とした森が前方に見えた。この世界、自然が豊か過ぎてどの島も基本森がいっぱいあるからなぁ……。場所の特定には役立たない緑にぼんやり目を慣らしていると、今まで血液の不足で機能していなかった嗅覚と聴覚が働き始める。潮の匂いと、波が打つ音。それから、私を囲む人たちの騒めき。
 ……初めてバラけたにしても、周囲の気配に一切気を配れないのはマイナスですね。スリザリン十点減点!あとで挽回するから許して。
 そろそろと顔を上げれば、私を挟んだ左右に多数の男たちが立っていた。服装からして海賊だろう。左右それぞれに船長らしき人がいるからおそらく別々の海賊団で、各々武器を持った状態で所々怪我をしていることから戦闘中、だったのかな……?そこに私がいきなり現れて治療を始めたから中断した、ってことかなぁ??あ〰〰〰ッ、すっ呆けてぇ〰〰〰〰ッ。

「…………お邪魔しました」
「「「いやいやいやいや!!?」」」

 ずりずり後退して海に帰ろうとしたのに周りは大きく声を上げるし、右手側の暖色系の服装をした黒髪黒ひげの近くにいた、青髪赤鼻の少年と赤髪麦わら帽子の少年に両手を掴まれて引き留められた。やめてくれこのまま逃がしてくれ。
 負けじと踏ん張ろうとしたが、思った以上に力が入らず砂浜の上を引き摺られた。いずれかの薬の副作用か、飲み合わせのせいか。あとで要検証しよう。
 ……あとがあればね……。



***
■魔女さん
 現代⇒HP子世代()⇒OPの人。
 初回の現代で育んだ倫理観は次の命で粉々に砕けた人。魔法界の治安は悪い。
 やられたらやり返すしやられる前にやる。
 行動力と適応能力が高い。
 ドンキホーテ兄弟にしまっちゃおうねされる未来が見えるが、魔法使いなので本人の気分次第ですべてが無意味。

■ドフィ君
 怪しい女が浜辺に打ち上っていたので殺そうとしたら空高く吹き飛ばされた。
 そこから始まる怒涛の展開に対して実は一番頭が痛かった人。
 この執着や依存はストックホルム症候群に似ている。
 魔女は家族も家も失くしたものと勘違いしている。だから新しい家と家族を用意した優しい()男。
 糸で引っ張って戻そうとしたら、加減を間違えて足を切り落としそうになった。

■ロシィ君
 「ロシーだよ」といくら訂正してもロシィ君と呼ばれるので早々に諦めた。
 兄上が頻繁にやらかして頻繁に空中シェイクされるので頻繁に学ぶ機会があった次男。次男は長男を見て学ぶんだよ。変わらずドジっ子だけど抜け目がない。
 魔女さんの所為なのかお陰なのか、海軍ルートが消えた人。
 兄上ほどの執着心はないが、そばにいてくれた方が断然いい!の精神の元、兄上と一緒に着々と囲う用意をしていた。
 魔女が海に落ちた時は飛び込んで探そうとした。やめなさいお前はカナヅチだ。

■大伯父
 優れた頭脳と才能とカリスマと美貌を併せ持った天に何物も与えられた美貌の男。大事なことは二回言う。御年71歳のはず。
 「海に流した姪孫の気配が消えたんだが。」


***



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