04



 俺の年齢に影響されているのか、最近の彼女は童心に帰りたいらしい。

「何してるんですか?」
――……む、虫捕りに?行こうかなぁ、なんて?

 きょどりながら疑問符をつけて返事されても困るんだが?

 服装はいつも通りの黒いセーラー服。
 そんな彼女は右手に何かの液体が入った密閉容器を持ち、左手には丈夫そうな刷毛を握っている。ついでに言えば顔には防護マスクと防護ゴーグルが付いていて、控えめに言っても虫捕りの格好なんかじゃない。そもそも季節じゃないし。今は冬ですが?
 疑わしさが過ぎるのでそのままジッと見ていたら、耐えられなくなったのか、ホントだもん!イケメンな虫取って来るもん!!などと大声で吐き捨てて、わざわざ窓を開けてから飛んで行った。
 いつもならすり抜けていくくせに、何でわざわざ。
 即行で閉めた。寒い。

 すぐ戻ってくるかと思えばそうでもなかったので、暇をもてあましついでに東都民の精神に倣ってちょっと推理してみる。

 たぶん、あの格好のどれかが本物だからすり抜けられなかったんだろう。
 彼女は背後霊というには自由過ぎるが自称背後霊な幽霊なので、外見に関しては彼女の想像力でいくらかの自由が利くらしい。冬は赤いマフラーを巻くし、夏には半袖のセーラー服に衣替えする上に団扇も持ち出す。実際には寒くも暑くもないそうだけど。
 そんな無駄に四季を大事にする彼女の姿はもう豆粒ほどにも見えないが、おそらくマスクとゴーグルは想像の産物だと思う。だとすると、密閉容器に入ったあの液体はなんだろうか。彼女の台詞を鵜呑みにするなら、虫を寄せる為の蜜か何かということになるけれど。

「……この刺激臭で蜜は無いですね」

 顔をしかめ鼻を摘まみつつ、さっき閉めたばかりの窓をまた開けて換気を行う。
 どこからいつから持ってきたのか知らないが、かすかに残る臭いはどう頑張ってみても甘い蜜とは正反対の刺激臭だ。密閉容器の蓋がされていてこの臭気だとすると、蓋がされていなかったらどれだけの異臭になるのか。うん、ご近所から異臭に対して苦情が来ていたかもしれない。

_ _
 イケメンな虫を捕まえてくると豪語し、家を飛び出してからそろそろ一週間経つ。そもそもイケメンな虫とは……?
 虫は虫であって、虫の造形がどうの、美醜がどうのなんて彼女に分かるのだろうか。仮に分かるとして、目の前に虫を突き付けられながら如何にイケメンかを熱く語られても、俺はその話題に乗れる気がしない。虫は虫である。もしもの時のために殺虫剤用意しておこうかな。

 日も暮れ始めたが補導されるような時間でもないし、いつ虫を捕まえた彼女が帰ってきてもいいようにさっさと殺虫剤を買ってしまおう、と外に出る準備をしていると、ドアの向こうがガタンゴトンと騒がしくなる。
 まさかまたドアの向こうに警察が大勢いる、なんてことはないとは思いたい。
 しかし念の為にとまずは窓の向こうを確認し、パトカーが集まってきている様子がなく、空を飛ぶ警察のヘリも見当たらないことに胸を撫で下ろした。窓を少し開けて耳を澄ましても、パトカーのサイレンも避難警報も聞こえてこないのだから可能性はゼロに近い。近いだけであってゼロにならないのは、ここが米花である限り仕方のない話だ。
 とりあえず財布とケータイだけ持ち、ドアを開けて外に出る。

「……うぅ……」

 共用廊下に具合の悪そうな男の人が落ちていた。
 しかも俺の部屋の真ん前だ。やめてほしい。

 一旦ドアを閉めて心を落ち着かせたくなったが、気のせいではなく何やら周りが騒がしかった。身を屈めてコソコソと手すり子の隙間から下を見れば、見るからに怪しそうな全身真っ黒コーデの不審者がうろついている。
 バレない内に顔を引っ込めて、改めて落ちていた人を見た。外の人ほどではないが、まあまあ黒い服装をしているのでお仲間なんだろう。この状況から推察すると、裏切ったかヘマをしたかで追われている、とか。流石は米花町。だからと言ってうちの目の前で力尽きなくてもいいのになぁ。

 どうしようかと考えて、行動に移すまでは早い。落ちていた人をズリズリと引き摺って、玄関に入り切ったら静かにドアを閉めた。
 慣れない重労働に一つ息を吐く。あんまりにも重すぎて諦めようかと思った。
 大の大人を小学生が、引き摺ったとはいえ運んだのだから褒めてくれていい。しかもこの人、見かけによらずとても重い。筋肉の重さかそれとも別の何かか。もしかしたらアヒルの暗器遣いみたいに、所々に何かしら隠し持っているのかもしれない。この見た目からデカいモーニングスターとか出てきたらテンション上がる。身包みはがして探るつもりはないけど。
 忘れていた玄関の鍵をガチャリと閉めたところで、扉一枚隔てた向こう、外廊下を数人が走り過ぎていった。足音が遠くなり、ようやく気持ちが落ち着く。

ヴヴ、ヴヴヴ、ヴヴヴヴ。
「うぇっ」

 油断したところに急なバイブ着信はやめてほしい。変な声出たじゃん。
 画面を見れば、萩原のお兄さんからの電話着信を知らせていた。出たくないけど、出るまで鳴らし続けるんだよなこの人、約四年の付き合いでよく知ってる。

「…………もしもし?」
〈随分とためた後の返事だな〉
「こんな夜中に電話を掛けてきた人に対する精一杯の抵抗です。それよりどうかしましたか?」
〈いーや、どこぞの不良ぼうずが深夜徘徊してそーな気がしてな〉
「こわ。ストーカーじゃないですか」
〈ストーカーじゃねーよ!冗談だよ!!〉

 お巡りさん呼ばなきゃ。この人がお巡りさんだったどうしようもねぇな。

「でも丁度良かったですストーカーさん」
〈そのネタ引っ張るのかよ〜〉
「実はさっき、部屋の前に人が落ちてたので拾ったんですけど、これからどうしたらいいかなと思いまして」
〈ひろ、拾った……、人を!?〉
「元あった場所も部屋の前なので戻しようもないですよね」
〈そんな捨て猫拾ったみたいに……〉
「それに何だか怪しい人がうちの周りをうろついてるみたいなんですけど」
〈ちょっ、待て待て待て待て〉

 大まかに前後を説明すれば「松田とそっち行くから待ってろ!下手に何かしようとしなくていいからな!」と釘を刺されて終話した。お兄さんから俺への信用が無い。別にいいけど。
 でも良かった、今日いる部屋が萩原のお兄さんたちの知ってる部屋で。もう現時点で三カ所知られてるから、これ以上住処を知られたくない……。

 待つ間の手持ち無沙汰から、未だに具合悪そうに蹲っている人を見る。ちょろっと生えてる顎髭は、童顔を誤魔化したいからだろうか?ジロジロと観察を続けて気が付いたが、顔色がさっきより悪い気がする。大丈夫かと声を掛けてもうーんうーんと唸り声が返ってくるだけで、どうやら意識もハッキリしていないらしい。そもそも意識がハッキリしていたら子どもに引き摺られたりなんてしないだろう。
 萩原のお兄さんには何もするなと言われたが、目の前でこんな状態の人がいて何もしないとか無理な話じゃないか?うーん。……まぁ、下手なことをしなければいいんだろう。

 何をすればいいのか正直分からなかったので、取り敢えず靴を脱がせたり衣服をくつろげたりすることにする。まさかこの行動で悪化したりなんてことも無いだろう。
 まずはジャケットのファスナーに手を掛けて、

「げ、現行犯!!」

 何の前触れもなくすぐ側の玄関のドアが開いたかと思えば、そこにいたのは萩原のお兄さんで。目が合った第一声がそれだった。
 か、鏡を見ていただけますか……?
 家主の許可なく合鍵作るのも、なんの後ろめたさもなく使用するのも何かしらの罪に問われると思うんだけど??そこのところどう思ってるんだ現役ポリスマン。
 そもそも俺は何も悪いことはしていない!
 釈然としない説教を萩原のお兄さんから受けていると、少し遅れて駆け付けた松田のお兄さんがドアから顔を覗かせ、蹲っている人の顔を見て素っ頓狂な声を上げた。

「はぁ!??」
「ちょっと陣平ちゃん!今真面目に道徳の話してるんだから間抜けな声出すなよな!」
「馬っ鹿、こいつ見ろよ!」
「は?……はぁ!?なんでこいつが……」

 どうやら落ちていた人は二人共通の知り合いだったらしい。
 俺を置いてボソボソと相談し始めるお兄さん方を横目に、壁に掛けられた時計を見る。なんやかやとしている間に出歩いたら確実に補導される時間になっていた。殺虫剤はまた明日買いに行くしかないようだ。

「―――つーわけでコイツは俺と萩原で引き取ってくぞ」
「あぁ、はい。どうぞどうぞ」
「……お前、また話聞いてなかったな?」
「そんなことありませんよ。お二人の知り合いだから連れて行くんですよね?どうぞどうぞ、よろしくお願いします」
「うわぁ、すげー厄介ごと押し付けられてる気分」
「気分じゃなくて、確実に擦り付けてんだろコイツ」

 考え事から意識を戻せば、落ちていた人は萩原のお兄さんに背負われ、松田のお兄さんは会話に参加しつつもドアを少しだけ開けて周囲に注意を向けている。
 やっぱりそんな風に警戒しないといけない案件なんだなぁ。

 去り際、松田のお兄さんに「今日は外に出ないで戸締りキッチリしてそのまま寝ろ!絶対だ」とデコを弾かれながら念を押された。デコを弾く必要性は無いよな?

 翌日。

──オハヨー久し振りー。ところで昨日は何かなかったー?
「…………おはようございます」

 起き抜けに彼女の顔面ドアップは心臓に悪いなと常々思う。二度寝する心配が無いのが唯一の利点だ。
 離れた期間一週間で過去最長かと考えながら、彼女の言う昨日のことを思い出す。いつも通りに学校に行って、帰ってきて、夕飯食べて、外出しようとして、なんだかんだで断念する羽目になったんだっけ?うーん。

「特に何もないですね」
――えぇー!嘘でしょ何かあったはずなのに―!!
「いつも通りの米花町ですよ」
――えぇ……、おかしいなぁ。

 顎に手をあて首を傾げながら宙をクルクル回る彼女はそのまま放置し、俺は黙々と着替えを始める。時折彼女の方から唸り声のようなものと一緒に、おかしいなぁここに来るように調整したのにー、やら、ちょっと分量間違えたかもだから不安だなー、やら、追い込み漁って難しいなー、やらとちょっと不穏そうなセリフが飛んでくるが無視だ無視。そもそもイケメンの虫を捕りに行ったんじゃないのか。なんで虫捕りが漁に変わっているんだ。

――あーあ、イケメンな虫を少年にも見せてあげたかったなー。
「虫捕りなのか漁なのかハッキリしていただけませんかね」

_ _ _
 なんとも懐かしい夢を見た。
 結果として、彼女がしていたのが昆虫採集だったのか漁だったのかはハッキリしなかった。

――おはよー、ねぼすけ少年。
「おはようございます、お姉さん」

 今日も今日とて楽しそうな彼女は、満面の笑みを浮かべて逆さに浮かんで俺に挨拶をする。いい加減起き抜けに天井からぶら下がるのは止めてほしい。垂れ下がる長い黒髪も相まってホラー感が倍増だ。
 視界を覆う長い髪を暖簾のように押し開……、くことは残念ながら相手が幽霊なので出来ない。仕方がないので極力気にしないようにしながら、半透明をすり抜けてベッドから立ち上がり身支度を始める。
 歯を磨いたり顔を洗ったり着替えたりしている間も、彼女が俺の上をふわふわ浮きながら付いてくるのはいつものことだ。羞恥心?プライバシー?言ったところで彼女が気を遣ってくれるわけないじゃないですかヤダァ。そういう繊細な部分が理解出来たなら背後霊なんてしていないと思う。

 身支度を粗方終えて壁の時計を見上げれば、待ち合わせの時間に十分余裕をもって出られる時間だった。どちらかと言うと少し待つ可能性がある。まぁ待たせるよりは待つ方が気は楽だ。
 今日の午前中はヒロ君と待ち合わせをして、映画を見る約束をしている。何を見るかはヒロ君任せだが、特に嫌いなジャンルもないしヒロ君は趣味が良いので何の心配もない。昼食はあちらの父親も交えて三人で、と提案されたけれど親子水入らずにお邪魔するつもりは無いので事前に別れる予定だ。
 夕飯は萩原のお兄さんと松田のお兄さんに誘われているので、どこかで合流しようというガバガバな約束もしている。
 現地集合でもいいよと毎度言っているのに、あの二人は無駄に過保護だから出来るだけ俺の一人行動を減らそうと最寄りの駅まで迎えに来ようとするのはどうにかならないものか。俺もう中学三年生なんですけど。

 リュックの中身を検めている最中、ハンカチ持った?ティッシュ持った?一切れのパンとナイフとランプも鞄に詰め込んで出かけようねぇ!!なんて、無駄に高いテンションでわけの分からない物を詰めてこようとする彼女とひと悶着あったり。パンはいいとしてもナイフとランプどこから出した?

「お姉さん、準備の邪魔しないでもらえますか」
――えー?純粋な親切なのにー?
「ありがたくもないただの迷惑です」

 ブーブー文句を言う彼女を無視して、玄関のドアノブに手を掛けながら携帯電話を耳に当てる。

「もう面倒臭いので、お姉さんは先にヒロく「あ!」んの所に、行って、て、はい?」

 彼女と会話しつつマンションの一室から外に出れば、横合いから小さくない声が上がった。なんだなんだと声のした右を向けば、こちらを凝視している男と目が合う。男の左手が中空で中途半端に止まり、まるで俺を捕まえようとしているみたいに見えた。
 ここは東都。
 目の前には見知らぬ挙動不審な男。
 なるほど不審者、通報か逃走か。

「待て待て!怪しくないから通報も逃げるのも無しで!!」
「わ、分かりました!分かりましたから離してください痛いです!」

 一瞬でも悩んだのがいけなかったのか、気が付けば携帯電話を握る左手首を掴まれていた。それも結構な強さで。
 掴まれた手首が痛過ぎて柄にもない大声を出してしまった。言葉尻に“!”付けたの今までの人生で片手に足りる程度だったんですけど。
 イチイチゼロを押し切ることも、この場から逃げることも出来なかったが、左手が俺とサヨナラバイバイしなかっただけ御の字だったと褒めて欲しい。離してもらった手首に残る真っ赤な手形が、もしもの未来を語る確かな証拠である。
 ……いやほんとえげつねぇ程の手形だな。実はこの人ゴリラじゃない?

「ご、ごめんな。力が入り過ぎたみたいだ」
「大丈夫です。特に動きに問題もないようですし、見た目が少しアレなだけですね」
「……本当に申し訳ない」

 左手でグーとパーを繰り返す俺に、男の人は肩を落として本当にすまなそうに頭を下げる。

「気にしないでください、見た目ほど痛みもありませんので」
「でもなぁ……」

 うーん、しょげた犬の耳と尻尾が見える。
 どうしたものかと考えつつ、改めて顔を見れば中々のイケメンのようだ。実はこの人も主要人物の一人なのかもしれない。だとすれば、さぞかし彼女はお喜びだろうなぁ、と視線だけ空中の彼女に向けた。
――ひえぇ〜〜、尊いんじゃあぁ〜〜。
 なんか両手で顔を覆いながら天を仰いでた。待って、もしかしなくても泣いてますね?え、普通に引く。

「そうだ!お詫びに食事でもどうかな?」
「お気持ちだけもらっておきますね」
「え?」
「え?」

 何をそんな、まさか断られるなんて小指の爪の先程も考えていませんでした、みたいなビックリ顔をしているのか。下手なナンパか当たり屋みたいだよね、手口がさぁ。俺の中では現在進行形で不審者ですからねこの男。
 あんまり関わり合いにならんとこ、ということで、軽く会釈だけして横を通り過ぎる。また手首を掴まれそうになったが、十五年も東都で暮らしてきた甲斐もあってするりと避けられた。
 また驚いているようだけど、この土地で無事に過ごしたいなら多少は自力で身を守っていかないと。攻守が駄目でも走を鍛えればどうにかならんこともない。

「それじゃあ、失礼します」

 まだ何か言いたそうな男の人に一言そう言って、すたこらさっさとその場を離れた。
――あぁ〜〜、闇の炎に抱かれて消えたかったぁ〜〜。
 ちょっと何言ってるのか分かんないです。

_ _
 という朝の出来事をヒロ君に話したら、ひどく衝撃を受けたようだった。東都二年生にはまだ刺激が強かったのかもしれない。
 上映時間までまだ余裕もあったので、近くにあった椅子に衝撃に固まったままのヒロ君を座らせる。飲み物も買ってこようかと声を掛けたが、そんなことよりも、と両手を引っ張られて隣に座らされた。インドア派の小学六年生に力で負けたなんてそんな。

「まだ試作段階だけど、鴎士さん危なっかしいからこれ持ってて」
「はい」

 渡されたのは、見た目完全にたまごっ○だった。台詞との繋がりが見えなくて困惑する。私はデジ○ン派だったなー、とか言う彼女の主張はどうでも良いです。
 ヒロ君の説明によると、小型の防犯器具らしい。中にノア君の一部、というか分離体、まぁそんな感じのミニノア君システムが入っているそうで、持ち主のバイタルやら状況やらを独自で判断して色々こなしてくれるんだとか。不審者に遭遇した際の警告音や、警察やヒロ君への緊急連絡とかそういうこと。いや何でそこでヒロ君に連絡が行ってしまうんだろうね?

「鴎士さん危機感あんまりないから心配だな……」
「一応それなりにはあると思いますけど」
「鴎士さんだからなぁ」
「俺の何がそんなに不満なんですかね」
――わぁ、別れ話みたーい。
 うるさいです。

 不安そうな顔から一転、嬉々として性能を語るヒロ君の声を流し聞きつつ、適当に相槌を打って分かった振りをする。俺程度の脳みそで理解できるはずがないことは最初から分かり切っているのだから、無駄な努力はしないのだ。そもそも俺が分かっていなくても、ミニノア君が自動的に頑張ってくれるんだから大丈夫大丈夫。
 気が付けば上映時間過ぎていたけど、ヒロ君の話を遮るほどのものではないしまぁいいか。

「それでここを押し付けるとスタンガンになるんだ!」
「わぁ、すごくいい笑顔ですねぇ」

 ヒロ君が楽しいならそれでいいんじゃないかなぁ。

_ _
 そんなこんなで日も暮れて。ヒロ君と別れた俺はお兄さん方と合流して、定食もある居酒屋で夕食をとることになった。
 二人はビールを頼み、俺はオレンジジュースを頼む。
 飲み物が来るまでの暇な時間、話の流れでヒロ君にもしたように朝の話をしたら難しい顔をされた。現役お巡りさんなので不審人物に対して警戒しているのかもしれない。

「……なぁ、そいつの特徴覚えてるか?」
「特徴ですか?うーん、童顔で握力ゴリラなことでしょうか……」
「「どっちだ……」」

 どうやら二人ともに心当たりがあるらしい。しかも該当する人物も二人もいるときた。童顔で握力ゴリラに該当する人物が二人もいるってすごいな。
 悩み始める二人を余所に、俺は夕食になりつつ二人のつまみにそうなものを注文パネルでさっさと選んでいく。メインは豚の生姜焼き定食として、だし巻き卵、ホッケの塩焼きに焼き鳥の盛り合わせ。こんなもんでいいかと注文を終えようとしたら、横から萩原のお兄さんの手が伸びてきてサラダを注文された。要らんものを。健康になるので止めてください。

「おい、他に特徴はなかったのか?」

 俺が萩原のお兄さんを不満げに見ていることを意に介さず、松田のお兄さんは更に不審人物の詳細を聞いてきた。屋内なのでサングラスをしていないが、今だけは屋内だろうとサングラスをしてほしい。目力強い。

「他ですか……、えー……」

 考えながら更にパネルを押していく。元気で育ち盛りな男子中学生だからこれくらい余裕でいけるいける。目の前に二人働き盛りの人もいるから何の問題もない。胃としても懐としても。

――ちょっとツリ目だったよねー。かあいいよねー!
「ああ。ちょっとツリ目だったような気がします」
「「そっちか!」」

 該当者が一人に絞れたらしい。二人揃って声を上げ、晴れやかな顔で届いたビールを乾杯したかと思えばまた何やら話し合いを始めてしまった。
 またしても除け者にされた俺は、仕方がないので届いた料理を腹に収める作業に没頭する。「今後こそふん縛ってやる」だとか「全部吐くまで逃がさねぇ」だとか、ちょっと不穏な言葉を聞かない為にも俺は食事に専念するのだ。

 時折つまみ食いする彼女を責めるように見ながら、黙々と夕食を進めていく。彼女が食べた後の物は、そこに残ってはいるけど味がしなくなるから困る。まさか残すわけにもいかず、二人に食べさせるわけにもいかず、粛々とそれらも胃に入れていくしかない。
 目の前の二人はいつの間にか机に突っ伏して寝てしまっている。
 確か夕食前、子どもの前で酔いつぶれるわけねーだろと自信満々に宣った大人が二人ほどいたっけな。
 まぁ、話し合いながら飲みながら、集中しているのを良いことに、無くなりそうになる度新しい酒を次々注文してはすり替えていった俺のせいなんですけど。あーあ酔い潰しちゃった、って言われてもこうなる前に気付くかと思って。

「どうしましょうね」
――お持ち帰りする?
「場所とりそうなので要らないですねー」
「……誰と話してんのー?」
「び、っくりしました。おはようございます、知り合いと電話中です」

 念のために携帯電話使っといて良かった。すっかり寝ているものだと思っていた萩原のお兄さんが、据わった目つきで俺を見ている。
 俺の返答には「ふーん」と簡素な反応だけで、そのままごそごそと松田のお兄さんのポケットを漁り始めた。何してんのかなと見守っていれば取り出したのは携帯電話で、楽しそうに鼻歌しながらポチポチしている。何してんのかな。

「あとはよろしくー」
「は?」

 思わずキャッチした投げて寄越された携帯電話は発信中の画面を表示しているが、肝心の持ち主はお休み三秒を決めている。幸せそうな顔で寝てんじゃねぇぞ、コミュ障にこれはちょっと勘弁してください。
 切ってしまおうかと悩んだが、それより先に相手側が通話を押してしまった。「もしもし?」と聞こえた声は男のもので、画面に表示されているのは伊達と言う名前だ。

〈おーい?〉
「あの、すみません」
〈……誰だ?〉

 ちょっと声が低くなった。怖いので通話を終わりたい。

「えー、目の前でお兄さんが二人酔い潰れていまして。伊達さん?にお電話したらまた寝始めてしまったんですが……」

 無いコミュ力を絞り出し、しどろもどろに現状を説明する。そんな俺を見て抱腹絶倒する彼女は許さない絶対にだ。
 お兄さん二人は伊達さんが拾ってくれるそうなので捨てた。



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