05




「お願いします!!!!」

 感嘆符が大量につく声量でお手本のように綺麗な土下座を披露する顔見知りの成人男性に直面した、かわいそうな小学五年生の気持ちを考えてほしい。間違っても、いいもの見たなぁ、にはならないんですよお姉さん。

「お願いしますよ……ッ。このまま坊ちゃんの了承得ないで帰ったら、会社での私の居場所がなくなるんですよぉ……ッ」
「俺も明日から学校で気まずく過ごさなきゃいけないようなので、いい気味だなと思います」

 しかも、下校時間真っただ中の校門の前だ。周囲からの視線が痛い。
 横を通り過ぎる同級生その他から向けられる好奇心によるチラチラもしくは凝視はもちろんのこと、ちょっと遠くで二の足を踏んでいる先生たちからはこれは助けるべきか関わっても問題が無いのかと問うような視線が向けられている。有無を言わず助けに来てください、と思わなくもないが、俺の家庭事情をなんとなく察して大層な想像をしてしまっている大人達なので、迂闊に手が出せないのも分からなくはない。一般的な公立の小学校の先生は、無駄にお金持っている家のゴダゴダに巻き込まれたくないのだ。
 どこにも救いがないと現実逃避する俺の耳に、上空から彼女の笑い声が降ってくる。抱腹絶倒。腹を抱えて転げ回っている彼女が目に浮かぶ。この状況のすべてが面白くて仕方がないらしい。物理的に遥かな高みから見下ろさないでほしいですお姉さん。
 土下座による嘆願と、周囲の視線と、頭上からの笑い声。
 あんまりにもあんまりな状況に、俺は脱兎の如く逃げ出した。ランドセルをガチャガチャ鳴らしながら走る。後ろからの「坊ちゃーーん!!」と俺を呼ぶ声も、更に大きくなった彼女の笑い声も知ったことじゃない。そしてお姉さんはそのまま呼吸困難になって苦しめばいい。

 急いで誰もいない家に駆け込んで、誰もいないリビングでランドセルを投げ捨てる。誰もいないから咎める声もない。
 おや、お姉さんもいないな?
 どっかに置いてきたらしい。どおりで静かだと思った。

「……そういえば何しに来たんだろう、あの人。……まぁ、どうでもいいですね」

 即座に切って捨てる。
 冷蔵庫を開けてペットボトルのお茶を取り出していると、玄関のチャイムがピンポンと鳴った。ドアホンの画面を確認すれば、そこに映っているのは宅配のお兄さん。
 俺は何かを頼んだ覚えはないので、まぁ両親からの仕送りかなにかかな、と予想しつつ玄関に向かう。それってフラグです?とイマジナリーお姉さんが意地悪そうに笑った。いなくてもうるさいなあの幽霊。
 何事もなく荷物を受け取って、荷札を見ればやっぱり送り主は親だった。心の中で、ほらなと無駄な勘繰りをしたイマジナリーお姉さんを一蹴する。
 リビングのソファに座りつつ、みかん箱くらいのそれを床に置いてふたを開けた。近くにハサミもカッターも無かったから、中心部分をボスボス殴って破いて雑に開ける。こわれものとか書いてなかったし大丈夫大丈夫。
 外国語のパッケージのお菓子と一緒に入っていたのは、靴や服の一式だった。とりあえず全部出してテーブルの上に置けば、なんかパーティでも行くのかなと思える正装が出来上がる。

――あの人凄いじゃん、君の住んでる場所ドンピシャに当てちゃったー。
「おかえりなさいお姉さん」

 もっと長い時間いなくなってくれても良かったんですよ。
 もう諦めなよー、とクルクル回転しながら言われて溜め息を吐いた。彼女のこの様子と目の前の正装に、あの人の用件がろくでもないことだと予見する。箱の中をもう一度覗けば、そこに一枚カードが残っていた。思った通り、パーティーの招待状なんてろくでもないことだ。

「子ども一人でパーティー参加なんて出来るわけないじゃないですか」


──それが出来ちゃうんだよなー。

 一応正装に着替えて家で待っていれば、家の前にハイヤーが来た。これで俺が逃げていたらどうするつもりだったんだろう。
 そこからは運転手に任せ、運ばれた先は大きなホテル。受付に招待状のカードを見せれば相手が子どもなのにも関わらず恭しい態度で案内され、乗り込んだエレベーターが着いた先はきらびやかなパーティー会場だった。来る前から分かっていたことだけど、小学生が一人で来るようなところじゃない。
 招待客はちらりと視線をこちらに向け、何事も無かったかのように視線を戻す。
 どちらかと言えば反応があるのは給仕として回っている男の人たちからで、なんで子どもがこんな所に?と表情が分かりやすく変わっていた。そうだよな、それが普通の反応だと思う。
 私ちょっと眺めてくるからー、と離れていく彼女を見送っていると、後ろから声を掛けられた。

「お飲み物をどうぞ」
「ありがとうございます」

 色黒で金髪の、黒縁メガネの男の人だった。眼鏡越しでも分かるイケメンだ。他の給仕と違って顔色一つ変えていない。
 渡されたのは当然ノンアルコール。小学生にお酒渡したら事案だもんな。

 そこからは特にすることもなく、壁際でちびちびと飲んだり食べたりして時間を潰した。これが大人だったら関係者に挨拶とかしなきゃいけないんだろうけど、俺は子どもなので必要ない。そもそも親の関係者の顔も知らない。主催者があのおっさんなんだろうな〜程度しか分からない。
 俺は何しにここに来たんだ?
 うちの誰かがちゃんと参加したよという体裁を保つためです。
 つまりはもう帰っていいのでは????

──いえーい、少年楽しんでるー?

 背泳ぎの姿勢で飛んできた彼女の頭が腹部に刺さって通り過ぎて行った。今更だけど幽霊なんだなぁこの人。

──楽しんでないの?じゃあしりとりして遊ぶ?
「(マイペースが過ぎる)」

 戻ってきた彼女が俺の顔を覗き込む。しりとりのり、りんご!と無理やり始めたので、豪胆、で終わらせる。──ンゴロンゴロ保全地域!くそ、終わらないやつかよ……ッ。
 無駄な抵抗をやめて、適当に思いつく単語でしりとりを続けた。記録、クッキー!、気楽、空気!、記憶、食いつき!、金額、朽木!、筋肉、クランキー!、給食、悔し泣きぃ、えーん!、……もうやだ、面倒な維持張るんじゃなかった。
 しかしここでやめて彼女のドヤ顔を拝みたくはない。今からでも語彙を増やす方法は無いだろうか。

「(キック。…………お姉さん?)」
──はわわわわわ!!!!
 うるさいな。

 続かないので不思議に思い彼女を見れば、会場の奥を見て奇声をあげた。鼓膜いかれるかと思った。
 視線の先を辿ると、そこにいたのは高身長の男性だった。細身だがガタイのいい男性だ。遠目だけれど顔もいいと分かる。高そうな正装が無理なく似合っている。強いて言うならちょっと眼光が鋭すぎるかな。
 彼女が喜びのままに空中で転がりまくるこんな状態になるくらいだから、もしかしたら主要キャラの誰かかもしれない。関わりたくない。
 目が合う前に視線を逸らし、関わることのないようにその場を離れる。なんで離れるのー!?ってろくでもない目に合うことを回避するためだよ当たり前だろ。

──あーッ!今こっち見たのに!あと少しで関わり持てたかもしれないのにー!!
 良かった回避行動を早くとっておいて。

 少年も知ってる人だよ?二年前くらい?と言われるけど、全く見覚えがないので彼女の見間違いである。あ、変装してるから分かんないのかー、と言われるけど、そもそも変装するような知り合いが俺にはいないのである。いたらさっさと縁切った方が良いまである。

「空いたグラスをお預かりします」
「ありがとうございます」
──はわわわわわわ!!!!??
 うるせーな。

 色黒金髪の給仕に彼女が過剰反応を示す。おめでとう、主要キャラ確定です。
 おかしくない程度の速足でその場から退避する。過剰過ぎるほど悔やまれたけど知ったことか。はいはい悔し泣きぃ〜。

 安全圏はどこかと、会場内の壁際を歩き回る。壁際を歩くのは、そうしないと子どもなんてすぐにもみくちゃにされるからだ。
 きょろきょろと辺りを見回して、顔のいい人間にも近付かないでおく。彼女の騒ぐ対象は総じて顔が良いのだから、この基準に間違いはないはずだ。それから彼女が騒がないのも目安の一つ。
 と、確認にために彼女を見上げた。見上げた先の彼女は口元を両手で抑え、俺の進行方向を凝視していた。やられた!!

「っ!」
「おっと」

 どんっ、と誰かの脚にぶつかった。衝撃で床に尻もちをつく。頭上の歓声がうるさい。

「大丈夫か?」
「すみません、よそ見をしていました」
「気にしなくていい」

 立てるか?という問い掛けと一緒に差し出された右手を、掴むつもりもなかったのに両手が掴んだ。ちょ、お姉さん!!?だって少年が逃げるからー。まじやだこの幽霊。
 思ったよりも強い力で引っ張られて、一瞬床から両足が浮いて着地する。やべぇ筋力。

「怪我は?」
「大丈夫です。ありがとうございます……」

 感謝の言葉尻が小さくなる。と言うのも、あまりにも視線が強過ぎるからだ。しかも身長差があり過ぎて見下ろされているのもあって威圧感がとても増し増し。掛けられる言葉は優しいが、実は滅茶苦茶怒っているのでは?と背中にダラダラ冷や汗が流れる。表情に出さないだけ褒められていいだろう。
 掴んでいたはずがいつの間にか掴まれていた両手も、グイグイ引っ張ったところで離してくれない。よく分からないが捕獲されている……?

「てめぇ……、」
──あ。
 え。

 バリンッ、と左隣にあった窓が割れた。かと思えば後頭部を何かが擦って行き、右方向の床に何かが撃ち込まれる。……撃ち込まれる……?

──狙撃だ〜。
 反応軽くない???ぐぇ、

 掴まれていた手を引っ張られ、そのまま目の前の男に担がれた。抱っことかおんぶじゃない、小脇に抱えられている状態だ。何がどうしてそうしたのか分からない。
 分からないが、数拍遅れて銃撃に気が付いた周りが悲鳴を上げて逃げまどい始め、俺たちの周りも何人か走り抜けて行くのを見て抱えられていて良かったと思った。下手したら蹴られて踏んづけられての重傷だ。
 男は俺を持ったまま、人波に従って会場を出ようとする。ちらりと顔を窺えば、物凄く苛立ったような表情ででっかい舌打ちをしていた。こっわ。まぁせっかく参加したパーティーを台無しにされたらムカつきもするか……。

 この会場から出るには、エレベーターで降りるしかない。数は四基。一基の重量制限がいくらまでかは知らないが、一度に全員で会場を出ることは出来ないだろう。
 そんな中で全員が会場から出ようとしたらどうなるか。脱出権を賭けたエレベーター前での仁義なき戦いのはじまりである。

「おい退かんか!儂が誰かわからんのか!!」
「ちょっと引っ張らないでよ!私が先に乗ってたのよ!?」
「ぐ……っ。誰だ今殴った奴は!?」
「痛い痛い痛い!!押さないで!!やめてよ、潰れるじゃない!」
「俺を先に乗せろ!」
「私が先だ!」
「どけ!」
「邪魔するな!」

──わ〜、醜い争い〜。
 否定はしない。

 周りがパニックになるとそれにつられて更に混乱する人もいれば、逆に冷める人もいる。俺は彼女の存在もあって後者らしい。彼女の場合は撃たれても死にようがないからだとは分かっているんだけど、俺だけ慌てるのは後で馬鹿にされそうなので意地でも慌てたくない。
 これはエレベーターを諦めた方が良いかな。だからと言って他に出て行く方法はないんだけれど。
 周囲を見回して、だいたいの見当を付けてからずっと俺を抱えている男の腕を叩く。どうやら男は俺を抱えていることをすっかり忘れていたようで、俺と目が合った瞬間すごく不思議そうな顔をしていた。抱えてきたのそっちなんだよな〜!
 とりあえず降ろしてもらって、窓側の部屋の隅に寄る。エレベーター前で騒ぐよりは死角なので狙撃される可能性は低いだろう。わー賢いね〜。まぁ攻撃ヘリコプター使われたら終わりだけど。それはどこにいても終わりなのでは……??

「何してやがる」

 なぜかついて来た男が、窓の外を気にしながら俺に話し掛けてきた。気にするだけじゃなく、窓の向こうから見られないように端にも寄っている。

「隠れてます。お兄さんももっと端に寄った方が良いですよ」

 子どもより大人の方が隠れにくいだろうと、隅の隅を譲るためにちょっと場所をあけた。大人一人と子どもが一人並ぶくらいの壁の幅はある。
 男は少し考えた後、背後の喧騒に耳を向けてから俺の隣に立った。あの中にいるよりはマシだと判断したんだろう。ちょっと離れた場所から見てもひどいからなぁ。宥める人間が少な過ぎるのも悪化の一因かな。俺が私がで譲り合いの精神ゼロ。

「……頭大丈夫か」
「 え 」

 唐突な侮辱にびっくりした。
 目を見開いて男を見上げたまま固まっていると、もう一度「頭」と言って自身の後頭部を示す。なんのことだろうと示されたまま自分の後頭部に右手で触れて、濡れた感触に右手のひらを見た。びっくりするほど真っ赤だった。血だらけじゃん!
 気付いてなかったのか、と視線だけで呆れを表した男は、おもむろに首元のアスコットタイを外した。そして胸元のハンカチを俺の後頭部に当てて、それごとアスコットタイで頭をぎゅうぎゅうに縛る。

「何もしないよりはマシだろ」
「ありがとうございます」
「頭部を下げるな。止血した意味がなくなる」
「すみません……」

 いつもの癖で頭を下げてしまい、顔面を掴まれて元位置に戻される。うわぁい手がデカい。俺の顔面潰されそう。

 それからはひたすら無言だった。エレベーター前が相変わらず騒がしいので無音ではない。
 ただし隣から熱い視線だけは感じるけれど。反応したら負けかなと思って頑張って無視を貫いた。何か言いたいことがあるならハッキリ言ってもらわないと困る。下手なことは言いたくないし。
 いつもは俺の近くで浮いてる彼女は、今は色黒金髪の給仕の近くをぐるぐると漂っている。どうやら彼女のお気に入りらしい。そんな彼女に憑りつかれている給仕は、どうにか場を納めようと四苦八苦しているようだ。あ、殴られた。お姉さんが激怒した。会場の敷物が勝手に捲れ上がり波打つという怪奇現象が起きた。あちらこちらから悲鳴が上がる。もう何が何やら分からん惨状。
 隣の男は我関せずでタバコを吸い始めたし、どこかに電話を掛け始めた。自由だな。

「……ああ、わかった。このままだと出られそうにねぇ、迎えに来い」

 俺もお迎えの電話した方が良いだろうか。まぁ、それもこれも一階に降りれなくちゃ意味がないのだけど。そろそろ眠いので帰りたい。
 眠気のままに、くぁ……、と欠伸を一つした頃、ようやくエレベーターの前が落ち着いてきた。嫌でも落ち着かなければエレベーターに乗れないと分かったんだろうか。それとも最初の一発以降撃ち込まれないので落ち着けたんだろうか。帰れるならどちらでもいいけれど。
 徐々に招待客も少なくなり、残るは男が二人と女が一人。それに俺と隣の男、あとは給仕の何人か。
 ようやく帰れると一歩踏み出した足は、床に付かずそのまま宙ぶらりん。代わりに腹部の圧迫感で、また男に小脇に抱えられたと察した。

「……自分で歩けるんですけど……」
「…………」

 無視かぁー!!
 見てよ、給仕の人もびっくりして固まってますからね?お姉さんも笑いごとじゃないですからね??お姉さんはなんで嬉しそうなんです???
 放してもらいたくても子どもの筋力で勝てるわけもなく、そのままエレベーターに乗ったし、降ろしてもらえたのは一階のロビーに着いてからだった。エレベーター内で暴れようもないんだからそこで降ろしてくれても良かったのでは……。

 ホテル前にはすでにパトカーが数台到着しており、
ロビー内では招待客を警察官が保護しているところだった。
 今降りてきた俺たちにも手の空いていた警察官が近付いて来て、怪我の有無などを確認してくる。前にいた大人三人の確認を終えて、後ろの影にいた頭グルグルの俺を目に入れた途端の顔色の変わりようは面白かった。人ってあんな真っ青になるんだなぁ。
 あれよあれよという内に、待機していたらしい救急車に乗せられて病院のお世話になってしまったのは仕方がないとして。どうして日本にいない両親の代わりに呼ばれたのが萩原のお兄さんなのか。子ども一人で云々と、萩原のお兄さんが警察に怒られてしまったじゃないか。
 そこはパーティーに参加してほしいと駄々をこねたあの男に責任を取らせたかった。

──私は生のポエムが聞きたかったー!
 なに言ってんだこの幽霊。

_ _ _
「本当です!ハゲがありますよ!」

 地べたに胡坐をかく俺の背後に回った少年探偵団の内、髪の毛を掻きあげていた光彦くんが叫ぶ。両隣の元太くんと歩美ちゃんも物珍しそうに、二センチくらいの幅の右斜め下方向の傷跡に触れていた。
 そんな嬉々として人のナイーブな部分を叫ばないでほしい。ストレスだとか加齢だとかが原因のものではないから、そこまで俺の柔い精神に刺さらないけれど。

「オレといっしょだな!」
「そうなんですか?鴎士さんのこれは傷跡ですけど、元太くんもそこに怪我を?」
「知らねー!」
「なんですかそれ……」

 光彦くんと元太くんの気の抜けるやり取りの横で、歩美ちゃんだけがいまだに俺の後頭部を撫でながら「ツルツルしてるー」と楽しんでいる。そろそろ放してもらっていいですか……。
 頭上の彼女も歩美ちゃんの真似をして裏声で同じセリフを繰り返しているが、これは完全に俺をおちょくっている。出来ることならその頭を叩いてやりたいが、幽霊である彼女に触れることが叶わないので我慢するしかない。
 そんなことは関係ない、と実行に移したところで、傍目から見てよく分からないところでフルスイングしてる変な人が出来上がるだけである。

「おめーら、そろそろやめてやれよ。傷跡なんか見られて楽しいもんじゃねーんだから」
「「「はーい」」」

 コナンくんの鶴の一声に、よいこの三人が返事をして俺の背後から離れていく。助かったけど、事の発端はきみの観察眼なんだよな……。

 学校からの帰り道。いつもどおり少年探偵団に見つかり捕まり、そのままあれよあれよとサッカーに誘われて遊んでいたところ、俺からボールを奪おうと背後から近寄ってきたコナンくんが一言「あれ、鴎士兄ちゃんハゲてる??」と言ったものだからよいこの三人の興味がサッカーから俺の後頭部に移ってしまったわけである。
 とりあえず一言だけ言わせてほしい。ハゲじゃないです。
 自分でも後頭部を触れば、まぁ確かに他の場所とは感触の違う場所はある。けれどパッと見たところで分かりやすいものではなく、子どもながらに観察眼の鋭さを実感した。
 ──まぁ十八歳以下は子どもだよねー。
 はぁそうですね。

 そのまま一旦休憩となり、ベンチやその周りでおしゃべりをする。今日小学校であったことを感情いっぱいに教えてくれる三人に、俺とコナンくんと哀さんの三人が聞いてあげる形だ。
 途中で哀さんと歩美ちゃんがお手洗いに行き、男のみとなる。日も暮れてきたし、二人が戻ってきたら解散した方が良いだろう。

「こんにちは、いつもとメンバーが違いますね」
「安室さんだ!こんちには!」

 ボケッと二人を待っていると、色黒金髪の知らない大人に声を掛けられた。しかし知らないのは俺だけのようで、元太くんも光彦くんもコナンくんも顔見知りらしい。彼女に至っては口元に両拳を当てた、所謂ぶりっ子のポーズではわわわ!言っている。顔が良いからかな……。
 元太くんと光彦くんが楽しそうに話し掛けているのを、一歩引いた場所で様子を伺う。知らない大人と関わるなと、萩原のお兄さんと松田のお兄さんに口酸っぱく言われているもので。

 このままフェードアウトしようかな、と更に一歩引いたところ、コナンくんと安室?のお兄さんが揃ってこちらに顔を向けた。何も悪いことしてないのでこっち見ないでください。

「初めまして、安室透と言います。毛利探偵の探偵助手をしています」
「初めまして、百合鴎士です。中学生です」

 探偵か〰〰ッ。これはもう主要人物。なんとなく見たことがある気もするので、過去にお姉さんから説明を受けた可能性もある。出来ることなら主人公の完全な味方ポジションであって欲しい。実は悪の組織に属していて、なんて要素はいらない。
 光彦くんが俺をお友達であると説明すると、安室のお兄さんの視線がちょっとばかりキツくなった気がする。俺はわるいスライムじゃないです。

「サッカーをして遊んだんです!」
「鴎士兄ちゃんへたくそなんだぜ!」
「こら元太!」
「本当のことでも言って良いことと悪いことがありますよ!」

 子ども正直なセリフが俺の心を抉る。元太くんは言わずもがな、コナンくんも光彦くんも否定しないってことは同意してるってことなんだよな。悲しくて泣きそう。
 コナンくんは俺の様子に気付いたようで、やべっ、と言う顔をする。遅いんだよな……。

「さっきまで鴎士くんの後ろに集まっていたみたいですけど、仲が良いんだね」

 さっき……??
 さっきと言うにはちょっと間が空き過ぎている気もするが、光彦くんがかくかくしかじか説明する。すると安室のお兄さんも興味をひかれたらしく、俺の背後に回った。本日何度目かの古傷のお披露目である。

「この傷は……」
「小学生の時にちょっとかすってしまったんです」

 何をとは言わないが。
 それでも安室のお兄さんは俺の後頭部から視線を外さず、逆にじっくりと観察しているようだった。少年探偵団でもそこまで凝視しなかったんですけど……??
 そんな安室のお兄さんを、超近距離で彼女が観察しているのは見ていて大変よろしくない。心なし、彼女の呼吸が荒い気もする。へ、へんたいだ!!
 しかし幽霊である彼女を捕まえられる警察はこの世にいないのである。霊感のある警察官とかいないものかな。

「……きみがあの時の……」
「え?」

 ぽつりと零された言葉に、ぞわりと嫌な感覚がして鳥肌が立つ。ふと合った視線は、探偵が犯人を追い詰める際のものに似ていた。コナンくんもたまにその視線を向けてくるので予習はばっちりだ。全く嬉しくない。
 これはさっさとこの場を立ち去るに限る。着けてもいない腕時計を確認して「そろそろ門限なので帰りますね!」と足早にその場を去った。
 走ってはいけない。競歩だ競歩。

 俺がいなくなってすぐに、安室のお兄さんもその場からいなくなったようだ。いまだに安室のお兄さんのストーカーをしているらしい彼女の視覚が共有されてくる。やめてほしい、ストーカーも共有も。
 子どもたちと笑顔で別れて、十分に距離をあけた後、ぽつりぽつりと極々小さな声で誰かに話し掛け始める。

「……ああそうだ、調べてほしい人物がいる」

 やめろやめろ。俺と別れた後にその会話されたら、調査対象が俺みたいじゃないか。おれは!!!わるいすらいむじゃないです!!!!

──悪くなくても怪しまれちゃったらしょうがないよね〜。
 俺が一体何したと言うのだろう……。善良な一国民として日々を頑張って生きているのに……。
──頑張って公安から逃げようね!
 要らない情報が足された!俺は国家体制を脅かす存在ではないのだが??悪の組織じゃなく正義の組織なだけマシな感じかな??
──悪の組織にも属してるよ〜。潜入捜査ってやつ?トリプルフェイスかっこいいよね!!
 ……これ以上要らない情報を聞きたくないため、彼女の存在を無視することにした。喋っている内容は右から左に流して脳みそに残さない。俺はもうこれ以上関わりたくないです。

 家に帰ったら、ヒロ君から「公安に命を狙われてるって本当!?」と強めに揺すぶられたし、ミニノア君の機能強化をされた。周囲の電子機器に強制的に侵入し危害を及ぼす人間が接近したら分かる、とかなんとか。
 軽く法に触れているような気もしたが、ヒロ君が「やりきりました!」といい笑顔をしていたので、まぁいいかと放っておくことにした。


***

■悪いスライムじゃないモブ男くん。
黒寄りの白いお金で生きているお坊ちゃん。
察してはいるけど、だからと言ってどうしようもないのでのらりくらりと生きている。
パーティー参加は親に連れられて何度か行っているが、子ども一人で行くようなものじゃないのでこれ以降は絶対に何があっても行かない。
運動神経はあまりよろしくない。
二度とサッカーはしないと誓った。
いらない知識が増えたので早急に記憶を消したい。

■推しに会うと語彙力無くなる彼女。
変装が秒で分かる彼女。
えっ、えっ、その変装誰がしたんです??自分でしたんです??あっ、相方に??もしかしてもしかしてベルモット姉さんにしてもらったんです????はわわわエモい!!!美味しい!!!どうしてその場に私いなかったの!!??
基本箱推しだけど一番の推しはトリプルフェイスだったりする。
この至近距離で眺めてもイケメンって凄いな……。
そのままストーカーしたかったけどモブ男くんの視線が今までで一番冷たかったので断念した。

■色黒金髪の人。
組織側の関係で給仕としてパーティーに潜入していたとりぷるふぇいす。
参加者の大半が黒なので容赦なく色々しようとしていたのに、子どもは参加するわ、銃撃はされるわ、パーティーは途中で終わるわで大きな成果をあげられませんでした。
幹部がわざわざ接触していた子どもに興味深々。
四年越しにちょっとつついてみるも、出てくるのは黒寄りながらも白の親の情報くらい。モブ男自体は基本ただの一般中学生なので、いくら叩いても埃は出ない。
どころか同期の命の恩人だったので大変複雑な心持となる。コナン君の知り合いみたいだしポアロに来たらサービスしてあげようと考えるも、お小遣いの足りないモブ男くんは喫茶店に行かないのである。

■お迎え呼んでた人。
見つけた。
見つけただけで特に何かすることはない。
今のところは。
モブ男くんの怪我で警察がわちゃわちゃしている間にこっそり帰った。お迎えはいつもの人。

■セコム。
モブ男を守るためならちょっとくらい法を犯しても仕方がないよねと思っている。ちょっとどころじゃない。


***



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