〔〜 Separation〕




 あちらでの最期の記憶はあやふやなものの、この世界での最初の記憶は、箱の蓋が閉められる場面。
 向こう側にいる誰かの顔は逆光でよく見えなかったが、今思えば今生での両親のどちらかだったのかもしれない。ああ、でも攫った海賊の可能性の方が大きいのか。うん、まぁ、それでも。とりあえずもしも親だったなら、俺だけでもその顔を覚えてやれれば良かったな、と思う。
 でもそんなことを考えるより前に、すぐそばで眠る片割れに手を握られて、俺の意識は全部そっちに向かった。
 ぎゅっと握られる手の先、ぼんやりする視界の中に見えた赤と白の特徴的な髪色の幼児。同じように握り返せば、寝ているようだがふにゃりと笑う様子にこちらの頬まで緩む。なんとなく、狭いくせに空いた世界が満たされた心地に、ゆっくりと瞼を下ろして眠りに就いた。

2_ _ _
 次に目が覚めて目に入ったのは、俺を抱える厳つい男の顔のドアップだった。
 驚き過ぎて叫びそうになったが、それより先に一緒にいたアイツが別の厳つい顔に抱えられながら泣き喚いたものだから、びっくりし直して叫び声も飲み込んだ。逆に冷静になるよね、ってやつ。
 わんわん泣き声をBGMに周囲を見渡して、次いで自分の身体を見下ろす。グーパー繰り返すクリームパンみたいな手に、大人に抱えられる小さい身体。どこからどう見ても幼児です。生まれ変わってますありがとうございます。ボーナスタイムじゃん、やったぜ。
 転生とかマジにあるんだな、と今更ながら感動するも、ギャンギャン喚くアイツを厳つい顔した大の大人が慌てふためきあやしている様子が気になって早々にそっちに意識が割かれた。
 慣れない手つきが、今にも落っことされそうで怖くて不安になるんだろう。さらには顔も厳ついからか、アイツの声はぎゃんぎゃんぎゃんぎゃん大きくなってく一方だ。あーうるせェ。顔を顰めて耳を塞げば、俺を抱えていた大人が不審そうにこっちを見下ろしていた。二歳児らしくないって?仕方ないだろ中身はジミに前世ありだぞ。

「ぱ、パス!」
「おれもパス!」
「いやムリだって」
「耳が死ぬ」
「医者だろがんばれ!」
「おれかよ!?」

 投げるな投げるな。
 ひょいひょい男どもの腕を流されて、ようやく落ち着いた先はそれなりに居心地悪くなかったらしい。まだふやふや泣きそうにはなるが、鼓膜を破らんばかりの泣き声はやんでいた。
 少しの静けさの後、その場の全員が安堵の深い溜息を吐く。
 ……初っ端これって、こんな連中に拾われて大丈夫か……?

3_ _ _
 育児なんて出来そうもないし、どうせそこらの島の適当な誰かに預けられるんだろうな、と思っていた。

「よう、ディーン。ウタがおまえを探してたぞ」
「……あいあいオカシラ」
「ウタみたいにシャンクスって呼んで良いんだぞ?」
「地味に拒否」

 医務室で本を読んでいたら、わざわざ船長が俺を呼びに顔を出した。船長がパシらされるなと言うべきか、船長をパシらせるなと言うべきか、ちょっと悩む。まぁ、舌出して拒否する俺が言えたことじゃないな。
 パパでもいいぞ、とふざけるので冷めた視線を送っておく。これが『赤髪のシャンクス』か……。

 誰がどうしてそう決めたのか、俺とアイツ、ディーンとウタは拾われた船に乗せられたまますでに一年ほど赤髪海賊団で養育されている。あーあ、俺の陸上生活が遠退いた……。
 たぶん海賊団はウタにほだされたんだと思う。自身を姉と称して弟と決めた俺を構い倒したがるウタは、大人たちには遊んで遊んでと甘えて絡んでいくんだが、それに対して船員たちはそれはもう相好を崩しデレデレのあまあまになる。メロメロの実でも食ったのかアイツ。
 俺はどっちかと言うと遠巻きにされている気がする。ウタと比べて無邪気さが足りないんだか、子どもらしくないんだか、どう対応すればいいんだか分らんって感じ。それはそう。多分気質が海賊に合ってないんだろうな。元事勿れ主義な日本人だし。
 そもそも医務室で分厚い本読んでる三歳児って時点で、普通なら気味悪がって見捨てても仕方がない気がする。

 いっそ俺だけでもどこかに預けてもらえないかな、と考えたこともあった。けど、そんな時に限ってウタがべったりくっついて離れてくれないから、実行に移せていない。
 しかも不機嫌そうにそばにいるもので、下手な行動も会話も出来なくてめちゃくちゃ気を遣う。俺くらいいなくなっても良いだろ、その方が全部ひとり占めできるじゃん。
 そんなこんなを包み隠さず副船長さんに相談したが、タバコ咥えながら「無理だな、諦めろ」と鼻で笑って返された。笑い事じゃないんだよなぁ。

 一思いにダイナミック下船でもぶちかまそうかと、立ち寄った島から出港してすぐに船縁に登り海に飛び込もうとしたこともある。
 したら、これでもかと目を見開いたオカシラさんと副船長さんにそれぞれ片足ずつ掴まれて逆さに吊るされた。「死にてェのか!」と怒鳴られたけど、別にそんなつもりはない。そんなつもりはないけど、今の自分が幼児だったとすっかり頭から抜けていた。幼児が海に飛び込んだらそりゃあ普通に死ぬ。
 たんこぶ二つ出来上がるわ、ウタには泣いて縋られるわ、船員からの監視の目が強くなるわで良いことなしだ。二度と船縁には登らないと約束させられた。

 自力での下船は難しく、あのベックマンにも言われてしまったからには仕方ないので下船を諦めて、程ほどの距離を保ちながら赤髪海賊団で養育されている。
 一人で生きていけそうって判断されれば、まぁ、いつかは船を下りる未来もあるだろう。

 それまではいい距離感で過ごそうと思っていたのに、ウタがどこからかガルチューなんて文化を覚えてきた。
 朝も昼も寝る時も、挨拶はほっぺをくっつけてガルチューガルチュー。目が合った瞬間にパァッっと花開かせながら寄ってきて、隙間なんぞ許さんという勢いでガルチューしてくる。さすがに噛みつこうとしてきたのは止めた。
 それに便乗してオカシラさんも寄ってくるので、俺はその度に全力で逃げている。どうせ捕まるのにという船員の生温かい視線は無視。便乗に便乗して他の船員も寄ってこようとするが、おまえらの中で受け付けてもいいと思えるのはモンスター先輩だけだ。他は帰れ。副船長さんも、あんたそんなキャラじゃないだろ悪乗りするんじゃない!

4_ _ _
「ディーン!口あけて!」
「あ?──むがァッ!?」
「さっきのしまでへんなくだものもらったの!おいしい?」

 背後からウタに声を掛けられて、振り向きざまに口に突っ込まれた何か。おいしいかだァあ!?クッソまずいわ!!
 吐き出すのも行儀が悪く、仕方がなしに喉を動かし嚥下する。
 この世にこんなにクソ不味いものがあるのかと逆に感動すら覚えそうだ。今後の食事はいっそう美味く感じられるだろう。
 俺の必死な様子をどうとったのか「そんなにおいしいの?」とウタがアホなことを言う。節穴か?
 口を開けば吐きそうで否定する間もなく、ウタは残っていた奇妙な形の実に噛り付く、……も歯を少し入れた状態のまま顔を真っ青にして冷や汗を流し始めた。吐くかな?と様子を見ていれば、船縁に駆けて行って案の定海に向かって嘔吐いた。あーあ。
 そして、尚も手に持っていた残りは怒りを込めて海に向かって投げ捨てた。確定で悪魔の実を。
 あー、あー、俺は知らねェぞ。
 いや食わされたのは俺だから他人事じゃないんだが。

「食べてないし大丈夫だと思うけど、体におかしいトコとかないか?」
「おかしなトコって?」
「あー、燃えるとか凍るとか爆発四散しそうとか、なんかそんな変なやつ」
「ばくはつしさん?わたしはべつに……、あ」

 あ、ってなんだ。やめろよお前になんかあるとオカシラさんがうるさいんだからな。
 一音だけ発し、両手で口を押さえた状態から動かないウタの次の言葉を待つも、中々動き出す様子はない。視線も一点を見つめて固まったままで、ジッと見つめる先は俺の頭頂部だ。なんだ俺はまだ禿げてねーぞ。
 なんかあるのかと自分の頭に手を置けば、三角のふわふわとした何かが生えていた。べたべた触れば感覚もあり、引っ張っても取れないそれは確かに頭頂部付近から生える獣の耳。思わず確かめた頭部の側面には、数年連れ添った感覚器官が無くなっていた。どこいった俺の耳!!

「ディーンにネコミミはえた!!」
「やめろやめろ大事にするなバラすな地味に静かにしやがれ」
「ディーンかわいいッ!!!」
「ウタさん!?」

 静かにしろと言ったのに、どうして更に音量を上げて騒ぐのか。
 案の定、ウタの声に船員たちがわらわらと集まりだし、隠す暇もない俺の頭頂部の獣耳と、言われて気付いた猫の尻尾に注目が集まり大爆笑だ。
 かわいいかわいいと頭を撫でられるが、力加減が下手過ぎて耳が痛い。つい猫の威嚇音がウーウー喉から出るが、それすらも海賊にとってはかわいいのもとにしかならないらしい。もう勝手にしてくれ。俺はもう腕組みして不貞腐れるしかない。
 船員共の騒ぎが落ち着いて、ようやっとオカシラさんと副船長さんがお出ましだ。撫でくり第二段かと身構えれば、飛んできたのはデカイ圧。尻尾がぶわっと膨らむのが分かる。静かにガチギレだと察したが、それでも片手に満たない子どもに向けるものじゃないだろそれ。

「何を食った」
「そんなのウタに聞いてくれよ。何食わされるのか見る間もなく口に突っ込まれたし、投げ捨てられたから、俺は何も知らねェ」
「……ウタ、ディーンに何を食わせたんだ?」
「さ、さっきのしまで、もらった、へんなかたちのくだもの。みずいろで、しかくくて、ちょっとあやしいなっておもったけど、おいしいよっていわれたから……」
「そうか」

 俺に聞くときとウタに聞くときで雰囲気変え過ぎじゃない?女の子だからってか?はァ?俺は上から見下ろしたくせに、ウタには屈んで目線合わせるって、はァ??そもそも怪しいって思った物を他人に食わせるか?普通は食わせないだろ?どういう教育してんのおたく。湧いて出る俺の不機嫌に反応して、尻尾がブンブン揺れる。
 貰った人間の外見とか、もう少し詳しくウタから聞いた後「やっちまったもんは気にすんな」とオカシラさんはウタの頭を撫でた。いや気にしろ。地味に長くジワジワと延々に気にしろ。

「ディーンだってあんなに機嫌よさげにしてるんだ、許してくれるさ」
「うん。……ごめんね、ディーン」
「……しかたねェな。次から気を付けろよ」
「うん!」

 俺のどこが機嫌良さそうに見えるのかとか色々言いたいことはあったが、言ったところで意味もなさそうだし飲み込んだ。子どものやらかしの一つくらい許してやる度量はある。忘れはしないが。

 俺が食ったのは、この世界でお馴染みの悪魔の実だ。悪魔の実といえば伝説とか希少とか、とにかく高価な物のはずなのに、なんでウタみたいなただの子どもの手にホイホイ入ってくるんだよ。おかしいだろ。
 文句言っても食ったことに変わりはないので、ホンゴウさんに悪魔の実図鑑なるものを借りてそれらしいものを探す。この頭に生えたものと尻から生えたものからして『ネコネコの実』で間違いはないだろう。ねこねこ、ねこねこ、ねこ……。多いな?
 ネコネコの実は分類が多かった。というか動物系は総じて種類が多いらしい。中分類して小分類してと、それなりの数がある。この中に俺が食べたアレがあるとは思うが、なんせ俺はその実の見てくれを知らない。ミリ秒で俺の口の中、胃の中へと消えたんだから知るわけがない。そして残りは海の藻屑だ。
 辛うじてウタが覚えていた水色で四角っぽい程度の情報はあるが、それだけ。直接ウタに図鑑を見てもらえば、とも思うが、ウタは絶賛オカシラさんにくっつき虫中である。あれはテコでも離れねェ。
 パラパラパラパラと読むでもなく図鑑をめくり、最後のページに至って図鑑を閉じた。
 めんどくせ。ネコはネコです、ネコはいます。
 猫の実なら、おおよそ猫らしい身体能力が手に入ると考えればそれでいいだろう。聴力嗅覚脚力跳躍力、後は牙と爪とか?試しに爪を意識したらちょっとだけ鋭く伸びた。うわ、猫。
 とりあえず、イカみたいになってる耳はターバンか帽子で隠しておこう。聞こえ辛くなるのはこの際しょーがねェ。

5_ _ _
 せっかくだから身体を鍛えようぜ!と言い出したのは誰だったか……。
 猫のような身軽さを手に入れて、前に比べて動きやすいな、程度の感想を抱いていたんだが、船員たちはそれで終わらせたくないらしい。やれ戦闘訓練だと担ぎ出され、持てもしない剣を渡され素振りをしろだ、扱い方も知らない銃を渡され的に当てろだ、云々云々。
 うるせェ〰〰〰っ!猫は構われ過ぎず静かな環境を好むんだよ知らねェのか!!
 おかげで逃げ足と気配察知と気配を殺す技術ばっかり上達した。
 この前なんて気配消し過ぎて、立ってただけなのに目の前を普通に通過されたし。クセになってんだ、気配殺して過ごすの。
 まぁでも、身体を鍛える点に関しては吝かではないので、体力づくりと軽い筋トレから始めることにした。あと軽めの道具の使用。

「器用だな〜」
「まーね」

 感心するヤソップさんに見守られながら、手の中のナイフを三本、空中に投げてクルクルとお手玉をする。普通の子どもなら重さで手首を痛めそうなもんだが、この世界のおかげか悪魔の実のおかげか、そんなことは一切ない。
 そろそろ四本目を足してもいいなァ。
 なんてのんきに考える俺に向かって突進してくる小さな影に、ちょっと溜め息吐きながら横にずれた。目の前を走り通り過ぎた小さな影、もといウタはそのままその先にいたヤソップさんに激突して抱き止められる。すぐウタに突き飛ばされていたが。ヤソップさん可哀想。

「なんでよけるの!」
「刃物持っててあぶねェから」
「わたしもやる!」
「あぶねェからダメぇ〜」
「やるったらやるの!!」
「だァめでェ〜す」

 わがまま言うウタに言い返していたら、段々と膨れっ面になって涙目になってきた。うわぁ〜、泣かれるとオカシラがうるさいんだよなァ。
 しかたねぇなァと渋々、事前に準備していたお手玉を取り出して、それでジャグリングを始める。二個から始めて、三個四個と増やし、しまいに六個の玉が手元を回る。その頃にはウタの涙も引っ込んで、甲板に座ってただただキラキラした視線で玉を追っていた。
 そろそろ落ち着いたところで一回転しながらすべてキャッチし、ウタの前にピラミッド型に積んで見せる。それを見たウタは更に目をまん丸くして、天辺のお手玉を一個持ち上げて掲げた。

「シャンクスだ!」
「副船長さんもいるぜ。こっちはヤソップさん、これはホンゴウさん、モンスター先輩とルゥさん。他もまだ縫ってる」
「まじで器用だなおまえ、今いくつだ?」
「たぶん五歳」
「うわ、末恐ろしい〜」

 両腕を抱いて大げさに震えるヤソップさんには呆れた視線を投げておいて、ウタに向き直る。まだお手玉を手に取って嬉しそうにしていたので「それウタにやるよ。二つくらいならウタもすぐできると思うけど」とプレゼントすれば、これでもかと驚いた顔をした後、満面の笑顔で「ありがとう!」をもらった。素直な時はほんとに素直なんだよなァ。
 その後、練習がてらオカシラさんと副船長さんで遊んでたら急に船が揺れ、その拍子にオカシラさんだけウタの手から海へと放り出された。俺とウタとヤソップの絶叫が船に響いたし、ウタが大泣きして結局オカシラに圧掛けられたしでやってられねェ。
 「シャンクスが海に沈んだ!」「おれはここにいるだろ!?」のやり取りはまぁまぁ面白かった。
 改めて作ったお手玉赤髪海賊団は、大人しくウタの部屋で積まれることになった。なるほど、俺がツムツムの元祖じゃねーか。

6_ _ _
 ウタは歌が好きだ。なんの洒落かと思うが、本当にウタは歌が好きなので洒落ではない。
 将来は赤髪海賊団の音楽家になるの!とは耳にタコができるほど聞いている。その度オカシラさんたちは嬉しそうに笑うんだが、そこまでならまぁ良い。でも続けて「じゃあディーンは何になる?」なんて聞かれるのは困るからやめてほしい。
 この流れで「船降りて陸で暮らしたい」なんて本音を言えるわけもないし。
 しかたがないので「世界中のお宝集めるやつになる」と答えたら、笑顔のままオカシラさんが膝から崩れて甲板に蹲ってしまった。え、急になに。
 なんかマズいこと言ったかと様子を窺えば、くぐもってよく聞こえないけど何事か呻いていた。誰かの名前を呼んでいる気もする。尚も聞こうと近付いたけど、副船長さんに両脇を持ち上げられて「気にすんな」と引き離された。いや、まぁ、副船長さんが言うならまぁ放っといていいか……。

 赤髪海賊団は海賊なので、航海してれば争いも起きる。相手は海賊だったり海軍だったりするが、どちらにせよその時の俺とウタの居場所は船の中の奥の部屋だ。窓もないから外の音もよく聞こえない。いや、むしろ聞かせないためにこの部屋に引っ込まされてる可能性もあるな?
 いつ終わるか分からないが、然程時間もかからないだろう。今回襲ってきた海賊は弱そうだったし。
 暇つぶしに持ち込んだクレヨンで、ウタと二人床に寝ころびながら絵を描いて迎えを待つ。我ながら図太く成長したもんだ。
 ウタはせっせとオカシラさんと自分の絵を描いている。頭に特徴あると判別しやすくて良いわぁ。描いた後に、なに描いたか当ててみて、と振られた時に間違えずに済む。これが犬とか猫だと、確実に間違えるし癇癪起こされるから堪ったもんじゃねェ。

「ディーンはなにかいてるの?」
「レッド・フォース号」
「やだ!ウタのことかいて!」
「今船首かっこよく描くのに忙しいから無理ィ〜」
「かーいーてーッ!!」
「うるさッ。わかった、描くから静かにしてくれ」

 俺ら一応隠れてるんだからな?分かってる??今も甲板でバッチバチに戦闘中だからな???
 駄々をこねるウタの為に、描き途中のレッド・フォース号を横に置いて新しい紙に手を付ける。ウタの方を見れば頬杖ついてニコニコ笑顔を浮かべていた。「かわいくかいてね!」は〰〰、このわがままお姫様め。
 大人しく似顔絵を描くのも癪で、つぶれた丸描いて、上に双葉みたいな兎の耳みたいなの描いて、ヘッドホン描いて、おさげ描いて、真ん中に縦線描いて左右を紅白で塗る。目玉にuとa、口にTを描けばおしまいだ。かわいいか?かわいいだろ多分。

「ほら、ウタのマーク」
「わたしのマーク?」
「あー……、海賊旗みたいな?」
「わたしのかいぞくき!」

 紙を両手で持ってぴょんぴょん跳ねる姿は素直に可愛い。可愛いが、もうちょっと落ち着いてもろて。俺たちは静かに隠れてないとやばいんですよ。
 どうにか手を引っ張って床に座らせる。まだまだ嬉しそうに体を揺らし、鼻歌も歌っていた。まぁこのくらいの声量なら部屋の外には聞こえないだろうから大丈夫大丈夫。
 そこからまたデザインを変えながらマークを量産していけば喜び天元突破のウタに「ディーンはわたしせんぞくのデザイナーにしてあげる!」と高らかに勧誘?宣言?された。わぁーうれしい、って嘘でも言うべきか?「わたしは音楽家で、ディーンはデザイナーになろ!」と俺の将来が勝手に確定された瞬間である。俺はもっと地味な職業がいいな……。
 レッド・フォース号の絵の続きに戻る俺の隣で、ウタが小さな声で歌を口遊む。目をつぶって幸せそうに歌う様子に、またウタワールドに飛んでんなぁと察した。夢見るウタの、夢のような世界。海賊船に乗って生活しているとは思えない言葉だ。
 このまま海賊を続けたいという割に、ウタはどうにも海賊の好い面ばっかり見て夢見る節があるから、いつかポッキリ折れそうで不安になる。それはもう立ち直るのも難しいくらいに。
 そりゃあ、赤髪海賊団は自由と冒険を求める良い方の海賊だけど、現実の世の中には殺すことや奪うことを好き好んでやってる海賊がごまんといる。と言うか、一般人からすれば海賊はみんなそんなもんだ。海賊ってだけで恨まれて疎まれることもあるだろう。今まで立ち寄った島でそこまで白い目で見られなかったのは、きっと赤髪海賊団がそういった島を避けてくれたか、俺たちの目を逸らしてくれたからだ。
 でも、それはいつまでもってわけじゃない。
 ……いやどうだろう。あのオカシラ筆頭に、子ども相手ならどうにか隠し通せる、もしくは誤魔化せると全員思ってそうだな。あとはそこまで問題視してないか、時間が解決してくれるとか考えてそう。自分たちはそうだったから、みたいな。

「飴しか与えてねェのに、なに楽観視してんだか」
「なーに?ディーンあめたべたいの?」
「んなこと言ってねェ〜」
「なんできゅうにふきげんなの?おなかへった?」
「オカシラじゃあるまいし、そんなことで不機嫌になんねェよ」
「シャンクスだってそこまでじゃない!」
「わかった、わるかった。だからまだ地味ィに、静かァに、大人しく待ってような?」

 あくまで俺たちは隠れているのだから、そう声を荒げられては堪ったもんじゃない。びーくーるびーくーる。
 頬を膨らまし不機嫌さを隠さないウタには、断腸の思いで尻尾を差し出した。ウタは俺の尻尾や耳の感触が好きらしい。機嫌を損ねたときにはこれのどちらかを差し出すと楽だと学んだ。でもしっかり神経が通ってるから、あんまりしたくはない。
 ウタさん、尻尾をリボンでカラフルに飾らないでいただいて……。

7_ _ _
 ウタのお姫様扱いが堂に入り過ぎ問題。
 この際自分のことを『歌姫』呼び──正しくは『世界の歌姫になる』宣言だが──するのは良いとして、それに付き合ってあげてるのか喜び勇んで構ってるのかは知らねェが、とりあえず大人どもは自身の行いを振り返ってほしい。男親にとって娘が可愛いとかそういう次元じゃねェんだよなァ〰〰。

 体力づくりがてらマストを上っていると、何やら甲板の上が騒がしい。敵襲でもないだろうにどうしたのかと見下ろせば、ルゥさんがいそいそと木箱を積んでいた。ああ、まただよ。
 近場にいた船員が囃し立て、満を持して登場したウタが木箱の上に立つ。赤髪海賊団『歌姫』ウタの単独ライブ開催のようだ。
 マストの上にも聞こえてくる歌は確かに綺麗だが、毎度毎度場をあつらえるあの行動が俺はあんまり好きじゃない。海外のミュージカル映画か?とツッコミたいが、通じもしないツッコミほど空しいものはないので心の内に留めている。
 せめて自分で用意するなら許容できるかもしれない。あの一連の流れはもっと小さい時からずっとだから、今更変えられやしないだろうが。
 ウタが歌い終わるより先に、観客がバタバタと眠りこけていく。何度見てもおかしな光景だ。なんでもウタのウタワールドにご招待されているらしい。つまりはウタの『夢の世界』だ。
 そこがどんな場所なのか俺は知らない。だってウタの歌を聞いても俺は眠くならないのだ。それが生まれによるものなのか、血縁が関係するのか、まったく別の理由なのかとつらつら考えるけど、証明のしようがないので謎のままである。
 歌が途切れたので下を向けば、歌い終わったウタがこちらを見上げて笑顔で手を振ってきた。応えて手を振り返すと、パッと表情を咲かせて俺が登っているマストに向かって走ってくる。そのまま登ろうとするのを慌てて叫んで止めて、急いで降りて隣に立った。
 「なんで降りてくるの!」て、あぶねェからだよ!
 いつもならそのまま夢の世界にいるのに珍しいと聞けば、「たまにはお姉ちゃんらしく弟の世話をしてあげよーと思って!」だそうで。……まだ生きてたんだその設定。
 とくに世話してほしいことも無く、手っ取り早く寝てもらうためにもライブの続行を願い出たら喜んで歌い始めた。「ディーンったら私の歌好きなんだから!」だって。チョロい姉である。
 ついでに場をあつらえるのをどうにか出来ないかと遠回しに打診したが、歌姫にはステージが必須だから無理と断られた。あぁ、さいですか。

8_ _ _
 次の目的地はフーシャ村らしい。
 その地名知ってる、主人公の故郷の村だろ?あと、近々オカシラさんの左か右の腕が無くなる予定地。……必要な過程なのかもしれないが、どうにか出来ないかと往生際悪く考える。赤髪海賊団に子ども二人も増えてるんだし、原作崩壊してくれねェかな。育ての親の腕が無くなるとか、ちょっとどころじゃなく嫌なんだが。
 そんな俺の悩みなんかいざ知らず、「いい場所だといいなァ〜」と暢気なことをオカシラさんが言う。まぁ、いい場所だとは思うけど。
 そんな俺の反応をどう捉えたのか、いきなり脇の下に手を差し込んで持ち上げてくる。なんだなんだと暴れる間もなく、俺はオカシラさんに肩車されていた。いや急に何!?

「ウタもディーンも警戒心が強ェからなァ。特にディーンは、新しい島って言う度にそうやって暗い顔になるよな!」

 大事にしてる麦わら帽子に掴まっていいものか悩んでる俺の心情なんて知らないオカシラさんは、そのままクルクル回りながら甲板を走り始めた。ちょっと!待って!まだ掴む場所決めてねェ!!

「せっかくの冒険だ!おれの息子なら、場所だろうが人だろうが新しい出会いを楽しめよ!」
「わかった!わかったから止まってくれオカシラ!!」
「だ〜っはっはっはっは!」
「笑いごとじゃねェ〰〰っ!!」

 この麦わら帽子、猫爪立てて穴だらけにしてやろうか!

 なんかウタが主人公に絡まれてる。
 その様子を、甲板に伏せつつ船縁の間から眺めた。平和な世界を夢見るくせに、ウタは結構負けず嫌いで好戦的だ。さすが海賊の娘。
 オカシラさんまで加わって話し始めるので、俺までとばっちりがくる前に下船作業中の副船長さんの近くに避難する。一瞬不思議そうな顔をされたが、ウタたちの様子を遠目に見て逃げてきたことを察したようだ。ちょっと呆れられたが、あんな面倒くさそうな状況に巻き込まれるくらいなら呆れられた方が何倍もマシ。

「ディーンも自由にしてきていいぞ。危ない場所と危ないやつらには気を付けろよ」
「わかった」
「無駄にけんか売るなよ。とくに、陸には海賊の代わりに山賊がいるからな」
「そんなことしねェよ、ウタじゃあるまいし」
「ディーンなんか言った!?」

 この距離で聞こえるとか地獄耳かよ。怒るウタに冷や汗を流しながら、主人公であるルフィが来た方向とは逆方向に駆け出した。
 少し進んで後ろを振り向いたが、追い駆けては来てないようだ。たぶん、今は俺のことよりルフィと白黒つける方が優先なんだろう。ぜひともこの島にいる間はずっとそうしててくれ。
 思いがけず、いろんな意味で自由な時間を手に入れた。いつも何だかんだウタが引っ付いてきて引っ張り回すから、こんな風に自分一人で散策するのは初めてかもしれない。心なし足が軽い気もする。
 ウタが興味を引きそうな店や場所に目もくれず、とにかく村の外れまで走った。船の上とは違って随分と長いその距離に、思わず口角が上がる。それどころか笑い声をあげながら全力疾走してしまった。一般市民の皆様からヤベェやつ認定確定である。

「……今のディーンか?それともおれの幻覚か?」
「おれも見たから現実だろ。あいつがあそこまで馬鹿笑いしてんの初めて見たな」
「にしても“ぎゃははは”って。笑い方のガラ悪すぎだろ」
「そりゃあ、あいつも海賊だから仕方がねェ!」
 がははははッ!

 俺はやっぱり陸のが好きだなァ!!
 ぶっ倒れるまで走り続けて、そのまま野っ原で寝こけた俺は副船長さんに回収された。「久し振りにガキらしい顔を見た」って言うのは単なる感想なのかからかっているのか。ニヤニヤ笑ってるからからかってんな?

 オカシラさんはフーシャ村が気に入ったらしい。しばらくここを拠点に航海すると言っていたから間違いない。
 俺もフーシャ村が気に入ったので異論なんてあるわけなかった。
 というか、ウタの気を引いてくれるルフィがいるからぜひとも頻繁に立ち寄ってほしいとすら思う。
 二人が勝負にいそしんでいる間、俺はひたすらに島中を走り回った。たまに島の人から指を差されたり手を振られたりするので、きっと赤髪海賊団着港時の名物のひとつみたいになってるんだろう。ジミに生きたいのに有名人になっちまったなァ。
 行かない方がいいぞと顔見知りのじいさんから親切に教えられた方向には素直に行かず、それでも広い陸地を思う存分に駆け回る。たまには山も登りたいなと遠目に山を眺めるが、あっちには山賊がいるらしいので行ったことはない。たぶん近い内に赤髪海賊団にけんかを売って、詳細は忘れたがとりあえずすぐにいなくなる連中だ。オカシラさんの腕が無くなる一因でもあったと思う。
 ……どうにかして追い出すか?
 今の俺じゃあ腕力やら色々と足りないが、山に火でもつければ否が応にも住処を追われるだろう。でもそうすると、被害は山に住む動物や近隣の人たちにまで及んでしまう。山火事にならず、ピンポイントで狙えればありなんだけどなァ。そんな技能はないので残念ながら却下である。
 走り回ってるおかげか、最近は体力がついてどこかでぶっ倒れて寝こけることも無くなった。
 自分の足でみんながいる酒場に帰れば、数人から残念そうな顔で肩を落とされたので心底不満。落ちてる俺を拾うことを楽しみにするんじゃねェ。

「ウタは?」
「ホンゴウが抱えて寝てる」

 いつもならすぐに駆け寄ってくるウタが来ないので確認すれば、指差された先のオカシラさんの近くに座るホンゴウさんの腕の中でグースカ寝ていた。またライブを開いたんだろう。今寝ると夜に寝れなくなって、八つ当たりされんの俺なんだが。
 溜め息を我慢してカウンターに座る。さっさと飯を食ってさっさと宿に戻ろう。

「なァ、おまえも海賊か?」
「うわ近ェ」

 注文しようと顔を上げれば、間近に子どもの顔があった。みんなの主人公ルフィ君である。いや、てか、パーソナルスペースが狭いどころか無ェじゃん。
 とりあえずカウンターに土足は衛生上よろしくないので抱えて椅子の上に下ろした。軽い。なんならウタより軽い。本人に言ったら絶対ぶん殴られるやつ。

「なァなァなァなァなァなァッ!」
「元気だなァ」
「無視すんな!」

 椅子の上に立ってポカスカ叩いてくるルフィを放って、俺は俺の食事に手を付ける。食事の邪魔をするのは悪いと思ったのか殴るのをやめて、ルフィはそんな俺をジッと見てきた。目力強いんよ。これでも飲んでろとオマケでもらったオレンジジュースを手渡してやった。「くれんのか?ありがと!」とお礼を言えるいい子である。そのままジュースだけ見ててくれ。
 ジュースが無くなる前に飯を口に掻っ込んで、宿に戻ると宣言して酒場を出る。後ろからルフィの引き留める声と、船員たちの笑い声が聞こえてきたが無視した。
 主人公様との接触なんて一長一短じゃん。遠くから見てるくらいが丁度いい。

 それからも度々フーシャ村に寄って、ウタはルフィと勝負を重ねて、オカシラさんはありもしない入団試験でルフィを煙に巻いて、俺はそんなの関係ねェと駆け回った。
 たまにルフィが話しかけようとしてくるけど、その前にウタが割り込んできて勝負が始まる。オカシラさんが関わってもそんな感じらしい。お姉ちゃんったら頼りになるゥ〜。
 それでも負けないのがルフィという男で、ウタが寝こけていたりすると俺のところに飛んできた。優先順位は越えられない壁オカシラさん状態なので、そこまで頻度は高くないが。
 しかしだからと言って俺が走るのをやめる理由もないので、だいたいルフィが途中でバテて倒れて俺が拾って酒場に届けてまた走りに戻っての繰り返しだ。
 まともに会話したことがないどころか、自己紹介すらしてない。
 でも三回目くらいから「まてディーン!」と叫んでいたので、ウタかオカシラさんか船員の誰かに名前は聞いたようだった。個人情報守ってくれ。


「エレジア?」
「ああ!世界中の音楽が集まる島、エレジアに向かうことにした!!」
「音楽……。あァなるほど、ウタが喜ぶやつ」
「そうだ!」

 満面の笑顔で頷かれても困る。オカシラさんのテンションの高さに、船員たちも感化されてだいぶソワソワして落ち着きがない。ウタも浮足立ってぴょんぴょん跳ねている。
 俺たちを見送る側のルフィだけが仏頂面だ。
 こればっかりは入団試験()にいまだ受かれていないルフィが悪いので、大人しく、帰ってきたウタからの自慢交じりの土産話で我慢してもらうしかない。

「ディーンもたまには話聞かせてくれよ!」
「気分が乗ったらな」
「ケチ!そういうところはシャンクスにそっくりだ!」

 そりゃあまぁ、いちおう親子らしいので。別に喜ぶところじゃねェぞオカシラさん。

9✂- - - - - - - -
 ――――――、
 ――――、
 ――。

 気が付くと、レッド・フォース号の自室のベッドの上だった。
 なんだか曖昧な記憶を辿りながら体を起こせば頭痛がして、触れた頭には包帯が巻かれていた。よく見れば体のいたるところに包帯は巻いてあり、場所によっては血が滲んでいる。怪我なんか、したっけか。
 ふらふらと覚束ない足取りで部屋を出て、甲板に上がる。朝焼け空の下マストの帆は張られていて、今は航海中だと判断できた。

「ディーン、起きたのか」
「ホンゴウさん」
「あー、急に動いたから傷が開いたみたいだな。包帯巻き直すか?」
「……そんなに痛くねェし、大丈夫」

 船内から出てきたホンゴウさんに背後から声を掛けられて、振り返る。所々怪我した姿と、眉尻下げた情けない面に、開いた口をいったん閉じた。浮かぶ疑問を尋ねてくれるなと表情で語っていたからだ。でも、そんなことは知った事じゃない。

「なァ、ウタは?」

「ウタは船を降りてエレジアに残った。あいつはエレジアで、世界一の歌手になるんだ」

 答えてくれたのは、甲板にいたオカシラさんだった。背に負った朝焼けのせいで表情はぼんやりとしかうかがえない。

「──ディーンも、船を降りろ」
「………は?」

 いやマジで「は?」しか言えんのだが?


**



8/22
- / / -
- Main / Top -
ALICE+